魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
511 / 909
第三十一章 月の裏側で夢を見よう

支配者と偽物

しおりを挟む
フェルにどう納得してもらおうか悩んでいると、彼は僕の肩を弱々しく引いて声を震わせながら尋ねた。

『……ヘルは愛されてるでしょ?』

「そう思いたいね。でも、ヘルって名前の意味は愛される人って意味じゃない。君がヘルでも僕みたいには愛されない。だって、魔物使いじゃないから」

『…………それ、って』

「魔物使いだからって愛されるわけじゃないけどね。ただ、危険視されたり重宝されたりするだけ。まぁ人間の扱いじゃないよ」

フェルの両手が僕の顔を包む。何をしているのかと思っていると、こつんと額がぶつかった。

『……ヘルは愛されてないの?』

「…………君と僕が名前も能力も立場も完全に入れ替わったとしても、君は愛されてるって胸を張れないよ。僕には妬まれるかもだけど」

『どうして? 狼さんとか、にいさまとか、ヘルのこと愛してるよね?』

「……それを感じられないって言ってるんだよ。分からない? 同じ脳なんだから分かるよね。僕は誰かに愛されたいけど、誰からの愛も受け付けられないの」

一時なら思える。けれど、常にではない。ずっと不安が付きまとう。愛してるなんて嘘ではないのかと、たった今嫌われたのではないかと、いつか手酷く捨てられるのではないかと──それはきっと誰からも愛されないよりも長く続く苦痛だ。

『なっ、なんで!? だって、狼さんなんかあんなに分かりやすく愛情表現してるのに……』

「知らないよそんなの、分からない。何やっても、何やられても不安が消えない。愛してるって言い合ってても、ふと頭に不信感が生まれるんだよ。僕はそれを必死に押し殺して、信じてるフリして、自分にも言い聞かせてる。でも完全には騙せないし、騙されない」

知らない分からないと言ったが原因は分かっている。兄だ。兄の過保護と虐待が原因だ。愛してるなんて宣いながら殴られて、次の瞬間にはどうでもいいと吐き捨てられて、気まぐれに抱き締められて大切にされる。
分からなくなっても仕方ないじゃないか。

「……ねぇ、フェル。弟じゃダメかな。君が僕を見て愛されてるって分かるんなら、僕も分かるよ。フェルは愛されてる」

『…………誰に? みんな僕のことなんて何とも思ってない、脇役、うぅん、モブキャラだよ。にいさまって言ったら怒るよ? にいさまは僕を疎ましがってるんだから!』

「お兄ちゃんだよ」

『だから! にいさまは僕を疎ましがってるんだって!』

「違う、僕だよ。お兄ちゃん。ヘルお兄ちゃんはフェルのこと大事に思ってる」

唯一無二の弟だから。泣きそうな顔で首を振って逃げようとするフェルを捕まえて、伝わらないと分かっていながら抱き締めた。

「……信用出来ないよね?」

『…………一番、信用出来ない』

「だよね。でも、本当だよ。嘘吐きと裏切り者が大っ嫌いな僕が、僕と同じ脳の君にやるわけないだろ? バレた時に殺されるって分かってるもん」

愛してると言ってきた奴が嘘吐きだと分かったら、僕なら殺してる。

『……そうだね。その辺のもので頭殴って』

「首、絞めて」

『ナイフでも持ってきて』

「お腹裂いて」

『……だんだん冷えていくお腹の中に手を突っ込んで顔埋めて』

「……冷たくなって固くなったら、もう要らない」

腕を離し、向かい合う。どちらともなく笑い出し、両手でハイタッチ。

「気が合うね!」

『当たり前!』

笑いあって、手を繋ぎあって、勢いをつけてベッドに倒れ込む。

『だって双子だもん。ね、お兄ちゃん』

複製だからと言わなくなったのは進歩だ。彼は僕でも僕の複製でも、ましてやスライムでもなく、僕の弟。心の底ではそう思っていなくても、自分に言い聞かせる努力をしているのなら、それは僕という人間が持てる最大限の信頼だ。

「……ね、何か不満ある?」

『あるある! 料理と掃除と洗濯と……全部僕なんだよ、だーれも手伝おうとしないし、お礼も言わない。おかわりって堂々言ってきて、ツマミ作れって叩き起してくるんだ』

それから……とフェルは延々と愚痴を吐き出す。

『グロルちゃんは僕みたらどろどろって言って逃げるし、ベルゼブブと茨木は馬鹿にしてくるし、酒呑は酒買ってこさせるし!』

「……全部サボっちゃえば?」

『…………それいいね! そうだね、今日はサボっちゃえ! この部屋閉じこもって、お兄ちゃんと遊ぶ!』

「なんなら抜け出して遊びに行こうか」

『最っ高! 流石お兄ちゃん!』

フェルは思い立ったが吉日と窓を開け、外に降りた。

『空間湾曲……はい、お兄ちゃんの靴!』

僕の靴を用意し、塀に飛び乗る。フェルは片手で軽々と僕を持ち上げ、僕達はヴェーン邸の敷地内から簡単に脱走した。
郊外だからか人は少ない、せっかくなら中心街まで行こうと足を早めた。


中心街に行く途中、少しずつ賑やかになっていく広い道に怯え、僕達はどちらともなく手を繋ぐ。
そして思う、どうして抜け出すなんて言ってしまったんだと。
どうかしていた、特に僕は勝手に外に出るなと言われたばかりなのに。いつ何に襲われるか分からないのに。せめてアルを連れてくれば、ベルゼブブに断ってからなら、そんな後悔が頭の中を巡り続ける。

『……ね、お兄ちゃん』

フェルも同じ心境のようで、抜け出してすぐは明るかった顔色は今とても悪い。

『帰り道、覚えてる?』

やはり帰りたくなっていたか。流石は双子、考えることが同じ。それなら──

「分かってるだろ……」

──道を全く覚えていないことも分かるはずだ。
どうしようかと見つめ合い、どうせなら中心街に行こうと無言で結論を出す。気分はすっかり萎んでしまったが、行ってみたら案外楽しめるかもしれない。

『……知ってたけどさ、お酒とかのお店しかないね』

「酒色だからね……」

酒、色、両方の店が僕に合わない。下品なまでに鮮やかな店の電灯は薄暗くなってきた空を跳ね返し街を明るく照らしている。
疲れたからどこかに座ろうと街を歩き、看板にノンアルコール有りと書かれたバーに入る。客はそう多くなく、その客も淫魔ばかりだ。

『いらっしゃいませ~、あら、人間さん? 珍しい』

淫魔ばかり来る店なのだろうか。一抹の不安を胸に、オレンジジュースを二つ頼む。

『……ねぇ、お兄ちゃんはどうする?』

「うん……どうしようか」

来た道を戻れとよく言うけれど、来た道を覚えているのなら苦労はしない。いや、フェルなら地図を浮かび上がらせるような魔法を使えるのではないか?

『ジャンボチョコとフルーツ盛りどっちがいいかな……お兄ちゃんどっちにする?』

「パフェの話……? 両方頼みなよ、半分こしよ」

まぁ、地図のような魔法が使えるかどうかは後で聞こう。フェルは楽しくなってきたようだし、帰る話なんて今は聞きたくないだろう。

『おまたせしました~』

パフェが二つ僕達の前に置かれる。幸運なことに左右対称だ、分けやすい。

「あ、美味しい。フェル、あーん」

「……ん、美味しい。お兄ちゃん、こっちも」

スプーンで掬った部分の反対、同じ量を互いに差し出す。タイミングを測る必要もなく、一人で食べている時よりもスムーズに進む。

『……ねぇ、ボク達双子?』

する、と隣に薄い紫の髪の女が座る。服装と羽から見てサキュバスだ、目のやり場に困る。

『私達も双子なのよ』

フェルの方を見ればフェルの隣にも同じ見た目の淫魔が座っている。

『お姉さん達とお話しない?』
『盛り上がったら、場所変えましょ?』

僕は話しかけられて咄嗟にパフェを多めに掬い、口に含んだ。返事を思い付かなくても話さなくていい言い訳を得るためだ。

『……いえ、遠慮します。今日は兄弟二人で遊びますから』

『多い方が楽しいわよ?』
『そうそう、とっても楽しませてあげる』

『…………邪魔するな、って言ってるのが分かりません?』

するするとフェルの髪が伸び始める。僕はそれに驚いて噎せ、淫魔達は言葉を失った。伸びた髪はひとりでに二つにまとまり、先が割れて目の無い蛇のようなものになる。

『僕は出来損ないの作り損ないですけど、地道に営業しなきゃならないサキュバスくらいには勝てますよ』

『……や、やーね。もう』
『怖い冗談言わないで』

そう笑いながら立ち上がり、店を出て行った。

「…………行った?」

『うん。酷いよお兄ちゃん、僕に対応押し付けるなんて』

「追っ払い方なんか分かんないし……」

脅すのが正解とは思えないけれど。元の長さに戻っていく髪を見ながら、頭の中で冗談めかして呟いた。

『それとも追い払わない方がよかった? 美人だったけど』

「いや……絶対ぼったくられる」

『確かに。そんなにお金持ってる訳じゃないしね』

そう言いながらフェルはぺたぺたとポケットを押さえる。

『……財布、無い』

「えっ、忘れたの?」

『持って来たよ! お兄ちゃんの靴取る時に一緒に取った!』

「落としたとか?」

『……うぅん、多分……さっきの人達に盗まれた』

密着してきていたし、ポケットから財布を抜き取るのは位置的には可能だ。

『まぁいいや、とりあえずパフェ食べよ』

『そうだね。はい、あーん』

抜け出した時靴を取ったのと同じ要領で取り返せばいい。僕達はともにそんな結論を出し、パフェを優先した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

処理中です...