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第三十一章 過去全ての魔物使いを凌駕せよ

一瞬だけの真の平和

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旧支配者の復活騒動から数年、前世の僕と悪魔達は平和に暮らしていた。
植物の国となる島に避難した人間達も頃合いを見て各々の大陸に帰っていった。中には残る者も居たらしい。
魔法の国はナハトというリーダーを失っても問題なく存続している、僕が力に目覚めたあの日まで外界を拒絶し続けるのだろう。

『魔物使い様魔物使い様、知ってます? ベルフェゴールが住み着いた島、最近自然神が目覚めたそうなんです』

幼少を過ごした魔界の邸宅、そして人界にも似た造りの邸宅が建てられた。近くには魔界に通じる大穴もあって、どちらに居ても常に悪魔が傍に居た。

「何か問題があったってこと?」

『いえ、そうではなく……その自然神が虫っぽい見た目してて気持ち悪いって文句言ってくるんですよ』

「……ずっと寝てるんだから見た目なんか気にしてないだろ」

『そう思いますよねー?  でも何かと連絡寄越すんですよ彼女』

虫っぽい見た目の自然神……か、まさかその神性が亜種人類の祖先なのか?  あの島に残った人間と子を為して、その子孫達なのか?  だとしたら自分のルーツを知りたがっているウェナトリアには伝えてあげたい。確証が欲しいけれど、この前世はもうすぐ死ぬだろう。前世が死んだ後はそう長く留まれない、神性が人間を娶るかどうかは見られないだろう。

「君に虫っぽくて気持ち悪いって話するって、酷いね……」

『でっすよねぇー! 遠回しに私に悪口言ってるんですよアレ!』

まぁ確証でなくとも手掛かりにはなる、今度機会があったらウェナトリアに伝えておこう。

『ところで魔物使い様、いつプロポーズするんです?』

「へっ? な、何の話?」

『とぼけないでくださいよ、みんな知ってますよ。式の準備も食事以外は整ってるので、とっととプロポーズしてOK貰って来なさい』

「な、なんで知ってるんだよ……」

『あんだけイチャついてたら「いつ結婚するんだよ」って冷ややかな目で見ますよ』

「せめて温かい目で見てよ」

プロポーズというと『黒』に対してのものだろう。ナハトを殺し続けた一万年前の魔物使いは『黒』に贈る指輪を買いに行って死んだ。そう、もうすぐ彼の最期が訪れる。

「……指輪のサイズ測って来てくれない?」

『了解でーす! 今は確か釣りに行ってたと思うので、探してそれとなく測って来ます!』

「バレないでねー」

前世の僕にとっては初めてのプロポーズでも『黒』にとっては何度も繰り返されたものだろう、勘のいい彼女のことだ、きっと気が付いている。
それから数十分、邸内にはまだまだ多くの悪魔が居る。この後ベルゼブブが戻って来て指輪のサイズを伝えて──買い物に行くとして、どうして一人になったんだ?

『魔物使い様! 大変です!』

ソファでくつろいでいた前世の僕を叩き起したのはマスティマだった。

『ベルゼブブ様がしくじりました、プロポーズ勘づかれちゃいましたよ!』

「…………頼まなきゃよかった」

『今必死に時間稼いでますから、指輪買いに行きましょう! 私ベルゼブブ様からサイズ聞いてきました!』

「わ、分かった……じゃあ人間に化けられる悪魔何人か連れてついて来て」

前世の僕はソファから飛び降り、慌てて正装に着替える。

『護衛そんなに要ります?』

「天使が各地に派遣され始めただろ? 監視役とか言って……あれで悪魔の契約者が殺されてる。どう考えても僕が一番狙われるだろ、悪魔大勢抱え込んでるんだから。この辺にはまだ来てないから指輪買って帰るくらい大丈夫だと思うけど、結婚生活は魔界かな。暗くて落ち着くからいいけど……」

狙われていると分かっていて護衛を付けている。
どういうことだ? 一人で買い物に出かけて殺された間抜けだと聞いていたのに、僕の前世とは思えないほど聡明じゃないか。

『……集めましたよ!  六人でいいですよね?』

「うん、行こ!」

前世の僕は走って出て行った。
僕は以前に聞いた話との食い違いが気になって考え込んでしまって、その背を追うのを忘れていた。

『ただいま戻りましたー! バッチリですよ、全然気付かれませんでした……あれ、魔物使い様ー?』

窓が開き、ベルゼブブが戻って来る。
気付かれなかったと言ったか? どうなっているんだ、マスティマはベルゼブブがしくじったと、今は時間稼ぎをしていると言っていた。

『あ、ちょっとそこの魔獣さん。魔物使い様知りません? トイレか何かですか?』

ベルゼブブは日向ぼっこをしていたらしい猫型の魔獣を叩き起し、前世の僕の行方を訪ねた。

『にゃ……買イ物? にゃ……』

あまり人の言葉を操るのは得意でないらしい。

『買い物ぉ? 近頃天使が活発だって言うのに何してんですかあの人。仕方ありませんねぇ。私探して来ますから誰か来たらそう言っておいてくださいよ』

ベルゼブブはまた窓から出て行った。

『にゃ……ベルゼブブ様、魔物使イ様、マスティマ様、買イ物…………なぁぁん……』

ごろごろと喉を鳴らし、温まったフローリングで身体を伸ばす。そんな可愛らしい姿を見ても僕の胸騒ぎは治まらない。

「……ウムルさんっ!」

僕の前世は間抜けではなかった。マスティマは嘘をついていた。この二つが僕を焦らせた。

『はい、少し時間を戻しましょう』

振り返る寸前に襟首を引っ張られ、次の瞬間には僕は街中に立っていた。

「僕は……僕の前世は……居た!」

マスティマに先導され、人間に化けた複数の悪魔に囲まれた前世の僕を見つけた。僕は悪魔達の身体をすり抜け、前世の僕の隣に並んだ。

「……ねぇ、本当にこっちなの?」

『ええ! 確認済みです!』

「ふぅん……? 流石はサタンの側近、そういうの気が回るよね君って」

『お褒めに預かり恐悦至極……ふふっ』

角を曲がり、美しい噴水が中心にある広場に出る。

『この噴水の前で指輪を渡してもいいかもしれませんね』

「無理。天使がいつくるか分からないし、指輪買ったら魔界に潜るよ。早く店に案内して」

『へぇ……それじゃ今が最初で最後のチャンスなんですね』

マスティマが突然足を止め、振り返って指を鳴らす。すると悪魔達は真の姿を現して周囲の人々を襲い始めた。

「え……? な、何やってんだよ! 止 ま れ !」

前世の僕は当然その悪魔を止めるために力を使う。僕だってそうするだろう。悪魔達はピタリと動きを止め、空から振ってきた純白の槍に身体を貫かれた。

「……天使っ!? まずい、マスティマ! 逃げる……いや、お前、まさか……」

『…………どうしました、魔物使い様。私はサタン様の側近、そんな目で見ないでください』

マスティマは変わらない笑顔を浮かべている。周囲には陶器製の天使達が居るのにも関わらず……悪魔の反応としては異常だ。

「…………裏切ったな」

マスティマの手の中に純白の細い槍が現れ、前世の僕はそれで腹を貫かれた。

『裏切ってなんかいませんよ。魔物使い様』

彼女はあえて細い槍を喚び出し、重要な臓器を避けて攻撃した。誇りたかったのだろう、自慢したかったのだろう、自らの鮮やかな手際を。

『改めて自己紹介を。私はマスティマ、神の使徒。神に従い神を信じる者を試す必要悪を司る天使……悪魔を率いる唯一の天使。遺言があるなら聞きましょう、天使ですので慈悲はあります』

「………………楽に死ねると思うな」

『あはっ、それはあなたのことですよ』

マスティマは前世の僕を取り囲んだ陶器製の天使の一人に視線をやる。するとその天使は手に持った槍で前世の僕の右太腿を貫いた。

『どうです? 太ももって結構痛いらしいんですよ、右って利き足ですよね? どうです? もう歩けませんよ?』

次は右手だ。手の甲、肘、二の腕、骨のあるなしに関わらず槍は簡単に人体を貫く。

『利き手右でしたよね? どうです? もう何も出来ませんね! まぁ魔物を操る以外何も出来ないのが魔物使いですが……』

マスティマは左手を優しく持ち上げ、指を絡め──爪を一枚ずつ剥がしていった。

『道具のくせして図に乗るから痛い目見るんです。神様の言うこと聞いていればいいだけなのに……あ、次は魔眼いきますか! 先に鬱陶しい喉潰します? 私はどこかの穢らわしい悪魔と違って拷問趣味はありませんので声とか要らないんです!』

少なくとも加虐趣味はあるだろう。僕は自分の前世が少しずつ人の形を失っていく様を見ていられず、目を背けた。声を失ってからは空気が漏れる音や血が零れる音だけが聞こえていた。

『ふぅ……そろそろ誰かに気付かれますよね』

肉を潰す音が止んで視線をやれば、そこには呼吸を辛うじて行っているらしい肉の塊があった。身体があれば吐いていただろう。

『これでも死なないってのは人体の神秘ですね! では撤収です! 私もアリバイ作ってサタン様に疑われないようにー……ふふふ』

マスティマが姿を消すと陶器製の天使達は前世の僕の身体中に突き刺さっていた槍を引き抜き、天へと帰って行った。
支えを失って倒れ、ぐちゃっという音を最後に微動だにしない肉塊。まだ生きているのか、槍が抜かれた時か倒れた時に死んだのか、それすらも分からない。
これが前世の僕の最期の一つだなんて知りたくなかった。
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