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第三十三章 神々の全面戦争
仕事の調子は
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地震による被害は兄の魔法によって無かったことにされた。
書物の国にもう用はない、帰ろう。そう言った僕を皆は不審な目で見たが、大した反対は無かった。魔術書を読んでいたこと、銀の鍵を手に入れた直後の不審な言動から、何らかの収穫はあったと見なされたのだろう。
「おかえりぃー。どこ行ってたんだ?」
着替えたいだとか風呂に入りたいだとか言いながら、とりあえず何か飲もうとダイニングに入るとヴェーンが出迎えた。そういえば書物の国に行くとは伝えていなかったな。
「んー、野暮用?」
「暇なら仕事探せよ」
邸内は酷く静かだ、人気は無い。皆仕事に行ったのだろう。
『私は働きませんよ、絶対働きません。帝王が働くなんてありえませんよ』
「帝王ならお金出してよ」
ベルゼブブは顔を背け、冷蔵庫を漁り始めた。
「……つーか、そいつ誰だよ」
牛乳を受け取り、ヴェーンが指差した方を見る。
連れて来た者なんて居ないはずだ、マルコシアスもアガリアレプトも「何かあれば……」と言ってくれたが書物の国から移動する気は無いと。
『……来ちゃった。なんつって』
鬱陶しくポーズを決めた装飾過多な紫の服を着た青年──ロキが立っていた。
『何してんの君』
『いや、お前が空間転移巻き込んだんだろ』
兄の魔法で入って来たから結界が作動しなかったのか? しかし、ロキに居着かれては困る。戦力的には欲しいが日常生活への支障が大き過ぎる。
『そ、悪かったね。じゃあもう一回やってあげるから国に帰りなよ』
ロキの足元に魔法陣が現れる。しかし、ロキは発動の直前で後ろに飛び退いた。
『デカい家住んでんなー、誰持ち? こんな広さ要らねぇだろ』
『……何してんの? 動かないで』
『ちょっとくらいいいだろ。あの国暇だしさぁー、あの子全然相手してくんねぇーんだもん』
『…………もん、はやめろよ中年』
見た目は青年だし、実年齢なら万を越していると思う。神性だからなんて適当な予想だけど。
「で、誰なんだよヘル。俺の家に知らねぇ奴連れてくんな」
「ごめん、手違い。えっと……ロキだよ、邪神。関わらない方がいい」
「お前の知り合いって全員関わらない方がいい奴だよな」
「まぁ身内がアレだし」
異界の神性と対等に口喧嘩する兄を目で示すと、ヴェーンは乾いた笑いを返した。
『ヘルシャフト様ヘルシャフト様、ダンピールと話してないでこれ持っておいてください』
無理矢理何かを握らされ、嫌な感触に顔を顰めながら視線を落とす。僕の握り拳と大差ない大きさの蝿が居た。
『マルコシアスとアガリアレプトにも同じものを渡しました。通信用の我が子です、大事にしてください』
「…………見た目なんとかならない?」
『気になるなら布で包めばいいじゃないですか。あ、ダンピール。貴方にも渡しておきます。他の人にも渡しておいてください。数足ります?』
机に丸々と肥えた大きな蝿が積まれていく。その大きさのせいで普通なら見えない全身の細かい毛まで見えて、不快感を煽られる。
仲間の数も増えてきたし、別行動も多い。テレパシーも出来ないし、こういった通信機は確かに有用だ。しかし、見た目が悪い。悪いなんて言葉では足りないくらいに悪い。酷い。
「ひーふーみーよー……足りるぜ」
『どーも。はぁー……何か疲れましたね。私部屋に戻りますねー、ご飯出来たら呼んでください』
言い争うロキと兄の間を抜け、ベルゼブブはリビングから去った。残された蝿達はブブブ……と不快な羽音を鳴らしている。
「……どう使うんだこれ」
「さぁ……ねぇヴェーンさん、何か布くれない?」
「人形用の服着せてみるか」
コレクター向けの赤子の人形用だという薄い黄色の服をポケットから取り出し、蝿に着せる。そして僕の手のひらに戻す。
「…………気持ち悪い」
「他の奴らもそう言って放置するだろうなー……便利そうだけど、俺も嫌だ。何かぬいぐるみにでも詰めてやるよ。借りとくぜ」
「あ、うん……窒息しないかな」
「魔力の凝縮体で生きモンじゃねぇから平気だろ。使い減りしたら握って魔力込めて、緊急事態には喰って……って感じだな。相当便利だぜこれ」
握って、喰って──ただの動詞から目の前の蝿に対する行動を細やかに思い描いてしまう自身の想像力を憎む。
ヴェーンの手芸に全幅の信頼を寄せ、僕はアルを連れて風呂に──
「ぅわガサッてしたぁっ!」
アルの額に手を置こうとしたら蝿が居た。
『む……どうした、ヘル』
「なんで頭に乗っけるんだよ!」
額に乗った蝿をヴェーンに取らせ、無地の布で構わないから詰めるように頼んだ。
『無礼だぞ、ヘル。賜り物に対してそんな態度を取って』
「僕虫嫌いなの! もう……頭念入りに洗ってよね!」
いつも以上に念入りな風呂を上がり、小腹が空いたとリビングに向かう。しかし、誰も居ない。
「フェルも仕事なのかな……誰が家事するんだよ」
『自分の分は自分でやれ』
「正論嫌いだなー。適材適所ってあるしぃ」
冷蔵庫を開け、食べ物を探す。どれもこれも調理が必要なものばかりだ。
「…………ぁ、ザクロジャムだって」
見慣れないジャムを入手。後はパンがあれば調理の手間は省ける、この際パンは生でも構わない。
「切ったパンあった。塗って食べよ」
『……盛る、と言ったらどうだ』
蓋を開けて瓶を引っくり返し、底を叩いて中身をパンの上に乗せる。
『私も何か欲しいな』
「ん」
ジャムの厚みがパンの厚みを越した、僕としては普通のパンを食べながら、アルの前に足を差し出す。
『…………あのな、ヘル。躊躇い無く自分を喰わせようとするな、もう少し自分を大事にしろ』
「だいじょーぶ、痛くないから」
痛みを感じたくないと願えば身体がどうなっても痛みは訪れない。『黒』の能力は本当に便利だ、返す前に堪能したい。
『痛い痛くないの問題ではないと何故分からない。私は嫌なんだ、貴方が自分を蔑ろにするのが……堪らなく嫌だ』
「食べたくないなら食べなくていいよ」
『違う、そうではなくて──』
「食べたいなら素直に食べなよ」
『違う! ヘル……頼むから自分を大切にしてくれ』
痛くないと言っているのに、食べても食べなくても構わないと言っているのに、アルは何が不満なんだろう。肉の気分ではないということだろうか。
「……ごちそうさま。アル、何も食べなくて平気?」
『…………ああ』
「そっかー、なら、部屋に戻ってお昼寝でもしよっか」
疲れはそこまででもないが、やることはない。黒』を探すにしてもアテがないし、仕事を探す気分ではない。
僕は自分勝手に理由を付けてアルと部屋に戻った。
「久しぶりのベッド……ぁーやっぱりコレ最高」
上等なベッドを選んで良かった。寝転ぶ度にそう思う。
『久しぶり……? なぁ、ヘル。書物の国では何もしなかったように思えたが、どうなんだ?』
「あぁ……えぇっと。あの魔導書と鍵には時間を…………遡る力があってさ」
別の未来を生み出してしまったことは黙っておこう。話せば聡明なアルはあれが夢ではないと気付いてしまうだろう。
「遡るって言っても見るだけなんだけど。それで……ちょっと久しぶりだなーって、錯覚? とはちょっと違うかもだけど、そんな感じ」
『ふむ……成程、そんな物があったとはな。何を見たんだ?』
「えっと…………昔の魔物使いが何やってたか。まぁ、前世から学ぼうって感じ」
『そうか、何か学べたか?』
いずれ名前を返すつもりだし、天使の力を手に入れたことは黙っていよう。しかし、こうもしつこく質問されては漏らしてしまいそうだ。返事を遅らせてでも思考の時間を手に入れなければ。
「んー……感覚共有は多数にも出来る。壊れろって願えば僕も魔物倒せる。魔物使いは魔物使い以外何も出来ない」
『…………大した知識ではないな』
「あはは……そ、そうかな」
『雰囲気が変わっていたから心配だったが……貴方は何も変わっていないようだな、安心したぞ』
人間でなくなったと言ったらどんな顔をするだろう。夢と同じだと驚くだろうか、ただの夢ではないと気付くだろうか、永遠の生命だと喜ぶだろうか、悲しむだろうか──
予想を楽しむことは許されているが、実際に試すことは許されない。僕は眠くなったフリをして自然に会話を中断した。
書物の国にもう用はない、帰ろう。そう言った僕を皆は不審な目で見たが、大した反対は無かった。魔術書を読んでいたこと、銀の鍵を手に入れた直後の不審な言動から、何らかの収穫はあったと見なされたのだろう。
「おかえりぃー。どこ行ってたんだ?」
着替えたいだとか風呂に入りたいだとか言いながら、とりあえず何か飲もうとダイニングに入るとヴェーンが出迎えた。そういえば書物の国に行くとは伝えていなかったな。
「んー、野暮用?」
「暇なら仕事探せよ」
邸内は酷く静かだ、人気は無い。皆仕事に行ったのだろう。
『私は働きませんよ、絶対働きません。帝王が働くなんてありえませんよ』
「帝王ならお金出してよ」
ベルゼブブは顔を背け、冷蔵庫を漁り始めた。
「……つーか、そいつ誰だよ」
牛乳を受け取り、ヴェーンが指差した方を見る。
連れて来た者なんて居ないはずだ、マルコシアスもアガリアレプトも「何かあれば……」と言ってくれたが書物の国から移動する気は無いと。
『……来ちゃった。なんつって』
鬱陶しくポーズを決めた装飾過多な紫の服を着た青年──ロキが立っていた。
『何してんの君』
『いや、お前が空間転移巻き込んだんだろ』
兄の魔法で入って来たから結界が作動しなかったのか? しかし、ロキに居着かれては困る。戦力的には欲しいが日常生活への支障が大き過ぎる。
『そ、悪かったね。じゃあもう一回やってあげるから国に帰りなよ』
ロキの足元に魔法陣が現れる。しかし、ロキは発動の直前で後ろに飛び退いた。
『デカい家住んでんなー、誰持ち? こんな広さ要らねぇだろ』
『……何してんの? 動かないで』
『ちょっとくらいいいだろ。あの国暇だしさぁー、あの子全然相手してくんねぇーんだもん』
『…………もん、はやめろよ中年』
見た目は青年だし、実年齢なら万を越していると思う。神性だからなんて適当な予想だけど。
「で、誰なんだよヘル。俺の家に知らねぇ奴連れてくんな」
「ごめん、手違い。えっと……ロキだよ、邪神。関わらない方がいい」
「お前の知り合いって全員関わらない方がいい奴だよな」
「まぁ身内がアレだし」
異界の神性と対等に口喧嘩する兄を目で示すと、ヴェーンは乾いた笑いを返した。
『ヘルシャフト様ヘルシャフト様、ダンピールと話してないでこれ持っておいてください』
無理矢理何かを握らされ、嫌な感触に顔を顰めながら視線を落とす。僕の握り拳と大差ない大きさの蝿が居た。
『マルコシアスとアガリアレプトにも同じものを渡しました。通信用の我が子です、大事にしてください』
「…………見た目なんとかならない?」
『気になるなら布で包めばいいじゃないですか。あ、ダンピール。貴方にも渡しておきます。他の人にも渡しておいてください。数足ります?』
机に丸々と肥えた大きな蝿が積まれていく。その大きさのせいで普通なら見えない全身の細かい毛まで見えて、不快感を煽られる。
仲間の数も増えてきたし、別行動も多い。テレパシーも出来ないし、こういった通信機は確かに有用だ。しかし、見た目が悪い。悪いなんて言葉では足りないくらいに悪い。酷い。
「ひーふーみーよー……足りるぜ」
『どーも。はぁー……何か疲れましたね。私部屋に戻りますねー、ご飯出来たら呼んでください』
言い争うロキと兄の間を抜け、ベルゼブブはリビングから去った。残された蝿達はブブブ……と不快な羽音を鳴らしている。
「……どう使うんだこれ」
「さぁ……ねぇヴェーンさん、何か布くれない?」
「人形用の服着せてみるか」
コレクター向けの赤子の人形用だという薄い黄色の服をポケットから取り出し、蝿に着せる。そして僕の手のひらに戻す。
「…………気持ち悪い」
「他の奴らもそう言って放置するだろうなー……便利そうだけど、俺も嫌だ。何かぬいぐるみにでも詰めてやるよ。借りとくぜ」
「あ、うん……窒息しないかな」
「魔力の凝縮体で生きモンじゃねぇから平気だろ。使い減りしたら握って魔力込めて、緊急事態には喰って……って感じだな。相当便利だぜこれ」
握って、喰って──ただの動詞から目の前の蝿に対する行動を細やかに思い描いてしまう自身の想像力を憎む。
ヴェーンの手芸に全幅の信頼を寄せ、僕はアルを連れて風呂に──
「ぅわガサッてしたぁっ!」
アルの額に手を置こうとしたら蝿が居た。
『む……どうした、ヘル』
「なんで頭に乗っけるんだよ!」
額に乗った蝿をヴェーンに取らせ、無地の布で構わないから詰めるように頼んだ。
『無礼だぞ、ヘル。賜り物に対してそんな態度を取って』
「僕虫嫌いなの! もう……頭念入りに洗ってよね!」
いつも以上に念入りな風呂を上がり、小腹が空いたとリビングに向かう。しかし、誰も居ない。
「フェルも仕事なのかな……誰が家事するんだよ」
『自分の分は自分でやれ』
「正論嫌いだなー。適材適所ってあるしぃ」
冷蔵庫を開け、食べ物を探す。どれもこれも調理が必要なものばかりだ。
「…………ぁ、ザクロジャムだって」
見慣れないジャムを入手。後はパンがあれば調理の手間は省ける、この際パンは生でも構わない。
「切ったパンあった。塗って食べよ」
『……盛る、と言ったらどうだ』
蓋を開けて瓶を引っくり返し、底を叩いて中身をパンの上に乗せる。
『私も何か欲しいな』
「ん」
ジャムの厚みがパンの厚みを越した、僕としては普通のパンを食べながら、アルの前に足を差し出す。
『…………あのな、ヘル。躊躇い無く自分を喰わせようとするな、もう少し自分を大事にしろ』
「だいじょーぶ、痛くないから」
痛みを感じたくないと願えば身体がどうなっても痛みは訪れない。『黒』の能力は本当に便利だ、返す前に堪能したい。
『痛い痛くないの問題ではないと何故分からない。私は嫌なんだ、貴方が自分を蔑ろにするのが……堪らなく嫌だ』
「食べたくないなら食べなくていいよ」
『違う、そうではなくて──』
「食べたいなら素直に食べなよ」
『違う! ヘル……頼むから自分を大切にしてくれ』
痛くないと言っているのに、食べても食べなくても構わないと言っているのに、アルは何が不満なんだろう。肉の気分ではないということだろうか。
「……ごちそうさま。アル、何も食べなくて平気?」
『…………ああ』
「そっかー、なら、部屋に戻ってお昼寝でもしよっか」
疲れはそこまででもないが、やることはない。黒』を探すにしてもアテがないし、仕事を探す気分ではない。
僕は自分勝手に理由を付けてアルと部屋に戻った。
「久しぶりのベッド……ぁーやっぱりコレ最高」
上等なベッドを選んで良かった。寝転ぶ度にそう思う。
『久しぶり……? なぁ、ヘル。書物の国では何もしなかったように思えたが、どうなんだ?』
「あぁ……えぇっと。あの魔導書と鍵には時間を…………遡る力があってさ」
別の未来を生み出してしまったことは黙っておこう。話せば聡明なアルはあれが夢ではないと気付いてしまうだろう。
「遡るって言っても見るだけなんだけど。それで……ちょっと久しぶりだなーって、錯覚? とはちょっと違うかもだけど、そんな感じ」
『ふむ……成程、そんな物があったとはな。何を見たんだ?』
「えっと…………昔の魔物使いが何やってたか。まぁ、前世から学ぼうって感じ」
『そうか、何か学べたか?』
いずれ名前を返すつもりだし、天使の力を手に入れたことは黙っていよう。しかし、こうもしつこく質問されては漏らしてしまいそうだ。返事を遅らせてでも思考の時間を手に入れなければ。
「んー……感覚共有は多数にも出来る。壊れろって願えば僕も魔物倒せる。魔物使いは魔物使い以外何も出来ない」
『…………大した知識ではないな』
「あはは……そ、そうかな」
『雰囲気が変わっていたから心配だったが……貴方は何も変わっていないようだな、安心したぞ』
人間でなくなったと言ったらどんな顔をするだろう。夢と同じだと驚くだろうか、ただの夢ではないと気付くだろうか、永遠の生命だと喜ぶだろうか、悲しむだろうか──
予想を楽しむことは許されているが、実際に試すことは許されない。僕は眠くなったフリをして自然に会話を中断した。
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