魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十三章 神々の全面戦争

星を見上げる鮨

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今日の夕飯は僕が作る、とフェルに言ったところかなり強く止められてしまった。だから僕は兄に伝えてから川に出向いた。
フェルは僕に料理を作らせてはくれないが、僕を何よりも優先する兄には逆らえない。そう、つまり──

「今夜のキッチンは僕の城だよ」

『嫌な予感がします、帰って来るべきじゃありませんでしたね』

ベルゼブブは仕事はしていないが『淫蕩の呪』の管理をマンモンと交代でしているらしく、家に居ないことが増えた。安定すれば国内ならどこででも呪いの監視は出来るようになるとのことで、しばらくすれば引きこもりが増える。

「まず、にいさまに頼んで作っておいてもらった酢飯」

『まさか兄君、炊飯器に直接酢をぶち込んだんですか……? え、酢で炊いたんですか? べちゃべちゃ……どれだけ入れたんですか』

「とりあえず酢を入れておけばいいんだよね?」

生まれ直した世界では味覚が正常に働いていて、兄との仲も良好だったので料理の腕は上がっている。上がっているのだが、魔法の国に米は無かった。炊き方は何となくでしか分からない、兄もきっと同じだったのだろう。

『匂いだけで吐きそうなんですけど……』

グロルを部屋に運んだら来ると言っていたアルがまだ来ない。グロルがぐずりでもしているのだろうか。

「とりあえず一個作るから味見してよ」

器に酢飯を盛り、桶に移しておいた魚を一匹捕まえ、米の上に乗せてベルゼブブに渡す。

『踊り食いですか……?』

「生魚なんだってさ」

『鮨は食べたことありますけど、こんなのじゃなかったと……』

「だから味見だって。違うなら修正する。いいから食べて」

眉を顰め、匂いを嗅ぎ、僕を見る。頷くとベルゼブブは目を閉じて器を傾け、一口で頬張った。

「ど、どうかな……美味しい?」

『クソ不味いですね、殺す気ですか? まず米が酢の凝縮体、そして魚が口の中で暴れ回る、小魚ならそれはアクセントになりますが、手のひらサイズの魚のビチビチはもはや拷問です、喉が死にます』

「…………美味しい?」

『聞いてました? クッッソ不味いんですよ』

暴れて食べにくいのならやはり先に捌くべきだろうか、いや、生魚だと言うからには生きていなくてはいけない。
僕は二杯目を器に盛り、魚を捕まえて包丁を手に取った。エラの少し下あたりに刃を突き立て、動きが弱まった魚を米に刺した。

「早く食べて、魚死んじゃう」

『はいはい…………ふむ、クソ不味いですね。食べやすくはなりましたよ』

一歩前進だ。味を誤魔化すのならやはり調味料に頼るしかないだろう。先程と同じ手順で作った「僕が鮨だと思うモノ」を醤油に浸し、ベルゼブブに渡す。

「鮨には醤油だって言ってたから合うと思うけど」

この国ではまず手に入らない高級品だ。茨木がいつの間にか勝手に個人輸入していた、想像以上に高額でヴェーンが後にも先にもないほど怒っていたのが記憶に新しい。

『この料理と名乗る生ゴミに合う調味料があるなら世界が平和になると思いますよ』

「……そんなに文句ばっかり言うならベルゼブブ作ってみてよ!」

『生ゴミ生産機が逆ギレしないでください。いいですか、まず生魚と言っても生きた魚丸々一匹という訳ではなく、新鮮なものを刺身にするんです』

ベルゼブブは慣れた手つきで魚を捌く。

『そして一口サイズ……でなくてもいいですけど、そのくらいの米の塊に刺身を乗せます』

「……足りるの?」

『一人でいくつも食べるんですよ』

俵型に握られた酢飯の上に刺身が乗る。僕が作ったものよりは料理に近い。ベルゼブブはそれに醤油を一滴垂らし、口の中に放り込んだ。

『鮨って言うのはこういうものですよ。しかし、どちらにせよ米がクッッソ不味いのでどうしようもありません』

「……米はにいさまだから」

『指示は?』

「…………僕だけどさぁ」

僕はただ酢を使って米を炊いておいてと言っただけで、こんな匂いからして不味いものを作れと言った覚えはない。

『先輩が来ないのがこの米の威力の証ですよ』

「……今から炊いても間に合わないよ」

『弟君解放してきたらどうです?』

「にいさまに僕が作るって言っちゃったし……」

『仕方ありませんねぇ、私が教えて差し上げますからその米捨ててきなさい』

炊飯器ごと渡され、途方に暮れる。捨ててこいと言われてもどこに捨てればいいのか分からない。早くしろと言われてとりあえず廊下の隅に置いて部屋に戻った。

『魚を適当に洗ったらキッチンペーパーで水気を拭き取り、弟君が用意していたと思われる片栗粉と塩コショウを混ぜたものの中に入れ、揉みます』

戻った途端に新たな任務が言いつけられる。ビニールの中の粉に暴れる魚を入れ、跳ね回る感触に怯えながら揉む。

『魚に粉が十分にまとわりついたらこの私が用意して差し上げた油の中に入れてください』

「鍋に油入れただけで恩着せがましい……」

『何か言いました?』

「なんでもない」

ベルゼブブの指示通りに魚を揚げると、至って普通の小魚のフライが完成した。

「……味うっすい」

『ん、いい感じですね。その調子で全部揚げてください』

「鮨は?」

『無理に決まってんでしょこのクソガキ』

思わぬ暴言に反抗できず、ただただ魚を揚げるだけの生き物に成り果てる。

『美味しく炊けた米が無いなら既に焼いてあるパンをそれっぽく切って出せばいいじゃないですか、それだけのことです』

ベルゼブブは紙袋に包んであったパンを「それっぽく」切っていく。

『パン、揚げ物、後は……サラダとかですかね? スープは面倒なので市販の粉末を溶かすだけでいいです、お湯沸かしてください』

魚を揚げる片手間に水を汲み、火にかける。僕が全ての魚を揚げ終わるより前に、ベルゼブブがスープを作り終える。

『魚交代します。サラダ作ってください。キッチン鋏出して、レタス適当に切って皿に盛ってください、それっぽさを出すのを忘れないで』

フライをベルゼブブに任せ、冷蔵庫の一番下からレタスを取り出す。

『トマトも鋏でいいです、潰れますけど。パプリカ薄めに散らしたらクルトン乗せてください。それっぽくなりました? 完成です』

適当に切られたレタスにぐちゃぐちゃのトマト、申し訳程度のパプリカとクルトン。それっぽくは……なっていると思おう。

「……なんか出来たけど、これでいいの?」

『シザーズサラダってやつですよ』

「へぇ……?」

『…………冗談って馬鹿には通じないんですよね』

山盛りの小魚フライを机の中心に、その横にサラダを、各々にパンとスープを配膳していく。コップを並べ終わる頃、扉が開きよろよろとアルが入ってきた。

「アル! どうしたの、何かあった?」

『……酷い臭いが家中に広がっていたぞ。一体何を作ったんだ?』

「あっ……炊飯器かな、あれ、炊飯器どこ?」

廊下の隅に置いた炊飯器が消えていた。

『外に投げてしまったが……必要だったか?』

酢の匂いに耐え切れなかったアルの仕業か。まぁ、臭かったのなら仕方ない、アルなら罪は無い。

『洗って落ちるかも怪しいですし、あれ古くて動作が悪いって弟君よく言ってましたし、問題ありませんよ』

問題無いのならいいか。
僕は思考を止め、席に着いた。



ほどなくして全員が集まり、特に不満もなく食事は進んだ。

『ヘルシャフト君料理上手くなったね! これからは兄弟で交代でもいいんじゃない?』

セネカはそう言うが、僕は下手になったと思っている。娯楽の国で作った時はそれなりに上手く出来ていた、夢に変わってしまった世界でも上手く作っていた。しかし、今回は作ろうと思った物を作れなかった。

『お寿司作ってくれるんとちゃうかったん? まぁ……これも美味しいからええけど』

「ごめんね、魚がちょっと……」

『川魚ばっかりやけど……海のん手に入らんかったん?』

「え? ぁ、う、うん、そう……川魚ばっかり」

川魚ではそもそも駄目だったのだろうか。やはり下調べは何においても重要だ。

『せや、帰り道にめっちゃ臭い炊飯器落ちててんけど、頭領アレなんや知らんか』

「……し、知らないなー」

『………………お兄ちゃん、ご飯終わったら話があるんだけど』

「…………お手柔らかに」

酒呑からの質問は誤魔化せたが、フェルは誤魔化されてくれず、説教の予定を立てられた。

『ねぇだーりん、このスープ……ワタシとセネカが働いてる店のと同じ味なんだけど』

『そりゃそこが出してる粉末スープですもん』

『あー、どこかで食べた味だと思ってた! それかぁ……』

仕事先から売れ残りを貰ってきたのはセネカだったと思うのだが……まぁ、楽しそうだし言わないでおこう。

「……なぁ王様、骨多くて食えねぇんだけど」

「背骨以外ならよく噛めば大丈夫だよ」

グロルならフライを崩して骨を取り除いてやってもいいが、アザゼルだとそんな気が起きない。見た目は同じなのに不思議な感覚だ。

『…………ねぇ、ヘル。僕が炊いたご飯ってどうなったの?』

失敗した割に楽しい夕飯を囲めていたから油断していた。背後に忍び寄った兄に気付かなかった。

「ぁ、あんまり美味しく出来てたからベルゼブブと二人で全部食べちゃった……」

一人で食べたと言うには無理がある量だ、しかしベルゼブブを組み込むことで量は意味をなさなくなる。咄嗟の割にいい言い訳が出来た。

『……そう? ふふ……ならまたヘルのために何か作ってあげるね』

「わーい、楽しみ……」

現在の平穏より優先すべきことはない、たとえ来ると分かっている絶望の未来だとしても。
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