魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十三章 神々の全面戦争

洗脳

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この顕現は信用出来る。どんな不満を言ってもいい、漏洩も拒絶もないのだ。
深淵そのものの美しい黒い瞳を見るうちに彼への信頼は絶対的なものになっていった。

「…………邪魔、なんだ。この、自由意志の力を持ってから仲間に守ってもらう必要がなくなって……そうだよ、この力がブレてバアルに殺されかけたのだって、にいさまが居たから」

バアルが兄を盾にしなければ、兄が居なければ、僕が透過の集中を乱すことはなかった。

「結界は張れない遠距離攻撃は出来ない毒や呪いの耐性は一切ない、持久力が持ち味のくせに一瞬で勝負を決めようとする…………アルは馬鹿なんだよ、僕を守るってうるさいんだ、今は僕の方が強いんだよ。黙って僕の言うこと聞いてればいいのに、僕に逆らって……暗示かけるのも面倒なのに」

部屋で待っているはずのアルはどんな様子だろう。ベルゼブブはボーッとしているだとか言っていたか。

「帰って暗示解いたらまたうるさいんだよきっと。何で帰しただとか貴方は分かってないだとか私は貴方の傍に居たいだとか……馬鹿じゃないの、一緒に居たらきっとアルは大怪我してた、死んでたかもしれない、アルを神性との戦いに連れて行けるわけないじゃん……」

ナイは黙って僕の話を聞いてくれている。時折に頭を撫でて、頬を伝う涙を拭って、僕を甘やかしてくれる。

「僕は……僕には、アルさえ居ればいいんだ。自由意志の力なんて要らない、にいさまも兄さんも極論どうだっていい。アルと……ずっと、真っ暗闇で、愛し合っていたいんだ」

生まれ変わった世界でアルと巣穴で過ごした日々、あれこそが僕の理想だ。出なければ良かった、出ようというアルを引き止めて、抱いて、言葉を奪えばよかった。

『……お兄さん、お兄さんは……あの狼のこと大好きなんだね』

「好きっ……大好き、だってアルは……アルだけは、何があっても僕を愛してくれる」

『じゃあ、ボクもお兄さんのこと愛してるって言ったらどう?』

ニコニコと変わらない微笑みと深淵の瞳から感情は読み取れない。けれど彼が嘘を吐くはずはない。

「ナイ君……大好き」

『…………ありがとうお兄さん。ふふ……』

彼は、彼だけは唯一善良な顕現だ。理由は分からないけれど──いや、理由なんてどうでもいい。彼が善良だということが、僕を拒絶しないでくれるということだけが重要なのだ。

『……ねぇお兄さん、あの狼がヘマしたからリーインさんは死んだんだよね? あの狼は言うこと聞かずにお兄さんに逆らってばっかりで困ってるんだよね?』

「…………そうかもしれないけど」

『なら、あの狼要らなくない? ボクが代わりに愛してあげるよ? どう?』

「……ダメだよ、そんなの。アルは僕の大事な……」

大事な、何? 友達? 相棒? 仲間? 駒? 乗り物? 恋人?

「大事、な…………お嫁さんなんだ」

『ボクじゃダメかな? あの狼よりボクの方が床上手……っと、ちょっと下品だったかな。どう? 今、試してみる?』

「…………アルのこと悪く言わないでよ」

いくら僕を拒絶しない善良な顕現だろうとアルを侮辱するのは許せない。

『……ごめんね? お兄さんがあんまりアルアル言うから嫉妬しちゃった』

「…………ならいいよ。ねぇ、まだ愚痴聞いてくれる?」

元気に首が縦に振られ、僕は彼に不満を聞かせ続けた。
兄の機嫌の変わりようが面倒だとか、カルコスとクリューソスは目にも耳にもうるさいだとか、鬼達は自分勝手だとかベルゼブブが偉そうだとか、そんな幸福自慢に聞こえなくもない愚痴だ。

『ふふ……ん? 暗くなってきたね』

「…………あぁ、ごめん、話し過ぎたかな」

『もう夜かぁ……お腹空いてない? ボク空いた。キッチンから何か取ってくるね』

「……お願い」

ナイはぺたぺたと軽い足音を鳴らしてキッチンへ向かった。可愛らしい足音に思い出す、グロルはいつまでグロルを保てるのだろうか。アザゼルと統合されれば子守りは必要なくなるけれど純粋なあの子は居なくなる。ランシアの忘れ形見が消えてしまう。

「…………今は、いいや」

ナイが戻ったら愚痴混じりに相談してみよう。僕はそう考えて目を閉じ、暗闇に包まれて思考を放棄した。




ヘルが壁際で蹲った部屋の隣、民家にしては広い台所。灯りもないまま暗闇でクルクルと踊る影。聞いた者の精神の隅々までを破壊するであろう美しい歌声。人間の身体で出せる音ではなく、暗闇に溶けた影は人の形を──

『──灯火よ……』

部屋の真ん中に置かれたランプが優しい明かりを灯し、暗闇を部屋の隅に追いやり美しい少年の輪郭を顕にした。

『…………相変わらず簡単に落ちる子だなぁ』

少年は豪奢に巻かれた腕輪を重たそうに手を振り、包丁を手に取ると野菜を切り始めた。

『……奴隷だとか男娼だとかは事実だけどさ? だからってボクが病むわけないよねぇ、面白くって仕方ないよ。顔が無いってホント便利……ふふふっ』

乱雑に切られたキャッサバは鍋の中に放り込まれる。火を通しさえすればいい、そんな考えが伺えた。

『おにーさん……ね。ふふっ……本当、ブラザーコンプレックスの塊なんだから……いや、ブラザーだけじゃないね、あの狼への執着……マザコンもあるかな? もはやファミリー? なーんて、ふふっ』

味付けのつもりなのか目に付いた香辛料を適当に鍋振りかけて蓋を閉じ、煮えるまでの間クルクルと踊り出した。

『神性……か。ふふっ、ボクが実在してる時点で…………神性も魔性も人を救うようなもんじゃないって分からないのかな』

誰も居ない部屋で誰かに向かって話しかける。その行為に含まれる意味は──
ぐつぐつという音を聞いて火を止め、鍋を抱えてヘルが待つ部屋に向かった。




ぺたぺたと軽い足音が戻ってくる。目を開けると同時に目の前に大きな鍋が置かれ、ナイがにこっと微笑んだ。

『キャッサバ煮、香辛料ましまし……お待たせしましたお兄さん』

「……ぁ、ありがと……え、全部イモ? 毒大丈夫?」

『キャッサバだってばー』

「イモじゃん……いや、別にいいんだけどさ。うわ、鼻痛い……何香辛料どれだけ入れたの」

料理はあまり得意ではないのだろうか。まぁ、格好からして料理をするような身分には見えないし、身の上話から考えても料理を作っていたとは思えない。作ってくれたことに感謝しよう、嗅覚も味覚も消したいと思えば消せるのだから、臭くても不味くても問題はない。

『どう? 美味しい?』

「……うん、美味しいよ」

そもそも味覚が乏しい僕は多少味がおかしくても気付けない。いや、大量に入った香辛料のおかげで味が何となく分かって食べやすい。普通の人間が食べれば不味いというのかもしれないが、僕には問題ない。味覚を消す必要はなさそうだ。

『良かった。ぁ、お風呂準備してくるねー』

ナイは食べないのだろうか、いくら腹が減っていても鍋一杯食べるのは不可能だ。この量ならあえて残す必要もない、僕は食べたいだけ食べてナイを待つことにした。

『ただいま。ここシャワーしかなかったよ』

「まぁ……水不足な国らしいし」

『王宮にはおっきいのあるのになー』

「……帰らなくていいの? 王様心配しない?」

この国の王はナイをとても可愛がっていたと覚えている。

『ふふっ……実はね、裏切っちゃった。お兄さんが神降の国に手を貸してるって知ってさ、そっちに味方したらお兄さんと仲良くなれるかなーって……色々仕掛けたり、情報漏らしたり、ふふふっ』

「…………大丈夫なの、それ」

『怒ってるだろうねー、見つかったらどうなるかなぁ。でも……戦争中にわざわざボクに兵割かないと思うし、平気だよ』

人間相手には魔物使いの力はほとんど役に立たない。だが、『黒』の名を奪ってしまったことで手に入れた鬼の力なら──

「…………誰が来ても守ってあげる。一緒に酒色の国に行こう?」

──人間程度、捻り殺せる。
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