魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十三章 神々の全面戦争

暴走

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沐浴を終え、ベッドに腰掛ける。この家の持ち主らしい人間の服は僕に合った大きさで、部屋着は砂漠の国らしさがなく僕の普段着と似たような形だったから助かった。

『……ね、お風呂入る前の話なんだけどさ』

ナイはどうして部屋の中でもフードを脱がないのだろう。せっかくの可愛らしい顔があまり見えない。覗けば瞳くらいは見えるけれど、わざわざ覗くのもどうだろうなんて考えてしまう。

『酒色の国に──ってどういうこと?』

「僕、今は酒色の国に住んでるんだ」

『それは知ってるよ』

何故知っているのかは聞かない。深淵そのものの瞳を見ていれば分かる、彼に隠し事など出来ないと。

「……一緒に住まない? ってこと」

『いいの?』

「大勢居るから一人くらい増えても大丈夫だよ。君の占いの力はすごいし、何より、 僕を……」

僕を拒絶しないでいてくれる。

「…………うぅん、なんでもない。で、どうかな?」

身勝手で気持ちの悪い理由は言わず、首を傾げる。微かに覗いた黒い瞳から感情を読み取るのは困難だ。

『ボクが居て大丈夫かなぁ』

ベルゼブブは敵意を剥き出しにするだろう。クリューソスあたりも怪しい。だが、ナイを殺すには非常に高いリスクを背負わなければならないし、家に入れてしまえば無闇に手を出せないはずだ。その考えが出来ないほど殺気立っていても、危害を加えるなと命令してしまえばいい。
不信感を煽る? 問題ない、善良な顕現を連れて帰っただけで不信がるような奴は僕を最初から信用していない。アルなら快く受け入れてくれるはずだ。

「……大丈夫。僕が大丈夫にしてあげる」

『そう? お兄さんボクのこと信頼してくれてる?』

「当たり前だよ。君は善良な顕現だ、君とは仲良くできる」

『ふふ……ありがと』

灯りを消して暗闇に横たわり、ぼうっと今後のことを考える。神降の国が攻め込むとしたらその前に脱出しなくてはいけない、避難所の人々は放っておいても殺されることはないだろう。
酒色の国に帰った後──アルには帰らせたことを詰められるだろうし、ベルゼブブはナイを殺そうとする。兄が出て行ったことについても考えなくては、トールが連れて帰ってくれるとは限らない、蝿を持ったままならベルゼブブには位置が分かるはずだが、それは兄も分かっているし捨てるか潰すかしている可能性が高い。
ぐるぐると悩みながら寝てしまったからだろう、悪夢を見た僕は深夜に自分の叫び声で飛び起きた。

『んー……なぁに、どうしたのお兄さん』

「ナイ君っ……ごめんね? 起こした?」

腕枕をして痺れた右腕を軽く振り、手探りでナイの頭を撫でる。

『別にいいけどさ……何か、来たみたいだし?』

「…………何か?」

耳を澄ませると誰かが外を歩いている音が聞こえてきた。数人居る、鎧を着ている。

「……鬼化。小烏、来い』

ベッドを降りて立ち上がり、服を整え角に髪を引っ掛ける。手を下に向けて広げると刀が吸い付いた。

『灯りいる?』

『いや、いいよ。見える』

大概の魔物は夜目がきく、鬼も例に漏れず。耳も鼻も人間より遥かに優れている。そんな耳にこの家の扉を破る音が聞こえてきた。
民家に侵入してくるのなら神降の国ではないだろう。だが、戦争中に砂漠の国がこんな場所を彷徨いているとも思えない。僕かナイを追ってきた呪術師か? 呪術でもなければ居場所なんて分からないだろうし。それなら……殺してもいいかな。
危険な考えを抱くと同時に部屋の扉が蹴り開けられ、ランプを持った兵士らしい男が入ってきた。続けて五人、槍を持った兵士が入り、最後に豪奢な服装の男が入ってきた。

『王様……!』

ナイが呟く。王? 何故王がここに来る、ナイを連れ戻したいなら兵士だけ遣わせればいいし、そもそも戦争中に何をしているんだ。

「…………所詮は淫売か。もういい、もう要らん! やれ!」

『六人……かぁ。いけるかな、ナイ君動かないでね』

ランプを持った兵士に刀を投げる。狙い通り首に突き立ち、その姿勢のまま後ろに倒れる。同僚の死に怯んだ兵士にベッド脇に置いてあったランプを投げ、一番近くに居た兵士の頭を掴み、潰す。

『わ……! お兄さんすごーい!』

兜と頭蓋骨が手のひらをチクチクと刺す。その苛立ちとナイの声援に応える気持ちを乗せて死体を投げ、二人の兵士の姿勢を崩す。ランプが頭に命中して昏倒していた兵士の頭を踏み潰し、向けられた槍を掴む。穂先を掴んだ手に血が滲むが、痛みは消している。

「……役、立たズ共が」

槍を持った兵士の首に手を伸ばそうとして、頭が取れていることに気が付く。先程姿勢を崩した二人を見れば、そちらも同様に頭がない。

『……お、王様…………まさか、アレ飲んだの』

ナイの前に立ち、王を睨む。王は懐から巾着袋を取り出し、その中の丸薬らしき物を幾つも口に放り込んだ。

『やめなよ、そんなに飲んだら理性も保てないよ』

『……ナイ君? あれ何』

『…………兵士を強化するために作ったんだけど、制御効かなくなるから中止したやつ。人間の脳が大好物。一個だけなら身体の一部位、腕とかを変形出来るようになるだけなんだけど』

王の服がぼこぼこと歪に盛り上がる。

『あんなに飲んだら、どうなるか……』

服が裂けて虫のような足が飛び出る。服がめくれてイカのような触手が伸びる。カクカクと、ぬるぬると、不気味な動きを見せる。

「ホ、て……プ…………それとも、寝たのか」

『……ナイ君、逃げて』

「あンなに……愛してやっタと言うに! 裏ギりおって!」

首が伸びて頭が床に落ちる。膨らんだ頭部からナメクジのように目が飛び出て、ぐるぐると揺れた後に僕を睨んだ。

『……小烏っ!』

頭が持ち上がったかと思えば首まで縦に裂け、人間の身長を越す縦長の口が現れる。その中心で揺れていた舌を切り裂き、刀が僕の手に戻る。

『…………なんでそれ勝手に動くの?』

『知らないよ! っていうか早く逃げてよ!』

『……お兄さんと居た方が安全だもん』

ナイを抱えて背後の壁を蹴り破って外に出ると、ぐにゃぐにゃと頭や腕を揺らす兵士に囲まれる。室内に視線を移せば喉を刺して殺したはずの兵士が起き上がっていた。

『弱点は脳幹ね。逆に言えばそこを潰さない限り死なないよ』

『なんてもの作ってくれてるんだよ!』

起き上がった兵士の頭をもぎって飲み込み、王だった生き物が吼える。地面を蹴って屋根に飛び乗り、ナイを抱え直す。足の下からピシッと音がして飛び退くと巨大な触手が屋根を貫き家を割った。
崩れていく屋根を蹴って翼を生やし、空に飛び上がる。だが、速度を出せるような翼ではない。

『ナイ君魔法! 魔法ないの!?』

『ボクが使えるのは占いと日用魔法ばっかりで……料理用の火とか水割り用の氷とかで良ければあるけど』

『絶対効かないよ……何なの、何なんだよこれっ、トカゲ!? 何を使ってあの薬作ったんだよ!』

ナメクジやイカ、虫らしい部位を持ってはいるがシルエットはトカゲに近い。その身体はどんどんと膨らみ、家を囲んでいた兵士達を飲み込んでいる。触手を生やした巨大なトカゲ……言葉が追いつかない不快感があった。

『名状しがたきうにょうにょ……気持ち悪いなぁ』

『君が作ったんだろ!? この邪神! どんなに善良でも邪神は邪神だよやっぱり!』

『酷い! ボク悪い邪神じゃないもん!』

『何かないの!? 脳幹とかもうどこか分かんないよ、何かほら、火が苦手とか、水が嫌いとかそういうの!』

身体の膨張速度は遅いが触手を振るう速度は速い、高度を上げて躱してはいるものの、これからもどんどんと増える触手を全て躱す自信はない。

『何かモデルに似てきてる気がするし……風属性なのかなぁ。うーん……ハー君は水とタコと兄弟が嫌い……全部同じか』

『真面目に考えてよ、君の危機なんだからね!? 僕だけなら透過すればいいだけなのに、何でか君に加護がかからないから避けなきゃいけないんだよ! ってかモデルってなんだよそんなの居るのそいつ誰だよ!』

『怒らないでよヘル君……ボクは神性なんだから天使の加護なんかかかるわけないじゃん。モデルはほら、ハー君。ハー君知らない?』

『君の知り合いなんか知るわけないだろ。どうせろくな奴じゃないだろうし』

王が成り果てた化物のモデルとなると……会いたくないな。

『知り合いっていうか……親戚? でもない……いや親戚か』

『血が繋がってるかどうかくらい把握してよ!』

『血……って考え方されると弱いんだよねボク神様だし、神様たるもの家系図難解でこそって感じでしょ』

敵対していればこの上なく厄介なくせに味方にすればこの体たらく。真剣さすら伺えない。助かりたくないのか?

『……お兄さんはボク守ってくれるんだよね? 信じてるよ、おにーちゃん』

僕は何を考えていたんだ。そうだ、僕が守ると決めたのに何とかしろと叫ぶなんて責任感の欠如なんて言葉ですら罵りきれない。

『そうだったね……ナイ君は何もしなくていいよ。ごめんね』

『………………ちょろいなぁキミ』

僕が使えるのは『黒』から奪ってしまった力だけではない。豊穣神に魔力の扱い方の手解きを受けた、カヤももう問題無く動かせる。ライアーは損傷があると言っていたか……頼るのはやめるべきかな。
僕は膨張が止まった王だった化け物を眼下に自信を取り戻そうとしていた。
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