魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
661 / 909
第三十六章 怠惰の悪魔と鬼喰らいの神虫

繰り返される悪夢

しおりを挟む
シュピネ族の集会所であるツリーハウスには誰も居ない。僕は今起きたばかりで、今まで見ていたものは夢。仲間が次々と殺されたのも、その夢から覚めてクラールが僕の子ではないというのも夢で、今はその夢から覚めて──これは現実?

『クラール、お父さん……誰?』

『……おとーた? おとぉたん!』

クラールは僕の太腿に擦り寄る。夢の中では僕の手の中で暴れた、クラールに似た白い狼に擦り寄られて大人しくなった。あれは……あの夢は、アルが浮気していたということだろうか。ありえないけれど、それが僕の深層心理? 人間と狼で子供が作れるなんてありえない、そう思っていたから見た夢なのか? アルを信用していないのか?

『おとぉしゃ、おとーたぁん! わうっ!』

自己嫌悪に浸っているとクラールの声が遠くなっていくのに気が付く。顔を上げ、クラールが開きっぱなしの扉に向かっていくのに気が付く。

『わぅわうっ! おとーしゃん!』

外に行こうと僕を呼んでいるのだろう。一瞬振り返り、僅かな段差を乗り越える。

『クラールっ! 動くな! 今行くから、お父さんと一緒に……!』

クラールは空を飛べない、滑空すら出来ない。ツリーハウスから落ちれば一溜りもない。魔物使いの力は効くはずなのに手応えはなく、純白の小さな体は見えなくなった。

『クラール! クラールっ……大丈夫? クラール……』

飛び降りながら伸ばした手は届かなくて、拾い上げた体は動かなくて、返事はなくて──!

『嫌、嫌っ、そんなっ、こんなの……嘘、やだっ……嫌ぁぁあぁあっ!』

クラールの死を悟り、叫んだ。次の瞬間にはまたツリーハウスの天井が目に飛び込んできた。

『え……? ぁ、夢……か。そっ……か』

今度はクラールの目覚ましがない。今度こそ本当に目が覚めたのだろうか。上体を起こして辺りを見回せばアルだけが見つかった、他には誰も居ない。

『……アル! おはよ、みんなどこ行ったの?』

アルが居る位置は僕が指示した部屋の隅だ。ツヅラは居ないけれど、僕は彼の前で倒れたから対角に居るのも合っている。今度こそ現実だ。
目が覚めた時から鳴っていたくちゃくちゃという水音はアルに声をかけた瞬間から止まっていて、立ち上がって近付いていくとまた鳴り出した。

『これ何の音? なんか気持ち悪いね』

アルは角に鼻先を押し付け、微かに揺らしている。

『…………アル?』

翼を引っ張るとアルは振り返った。その口元は真っ赤に濡れていた。

『……っ!? ぁ、食事中……? ごめん……ね』

アルは翼をたたみ、腰を下ろした。するとアルの体に隠れていたアルが食べていたものが、痙攣する赤いものが、何なのか分かってしまった。

『…………クラール?』

純白の毛皮はほとんど剥がれてしまっていたけれど、足は四本とも半分もなかったけれど、僕には分かった。

『何してんだよアルっ! カルコスは!? 兄さんっ、兄さん早く!』

アルを押しのけ、抱き上げようとして、触れていいものかと悩んで寸前で指先を揺らす。

『……ぉ、と…………しゃ……?』

『ぁ……良かった! まだ話せる? 待って、今治すからね!』

カルコスかライアーを探そうと視線を逸らしたその一瞬の隙を突いてアルが動いた。肉が潰れた音が、骨が砕けた音が、血が跳ねる音が、小さな断末魔が、何も出来なかった僕を責めるように鼓膜を揺らした。

『…………な、ん……で?』

ごくんっ、とアルの喉が一瞬膨らみ、部屋の隅に赤いシミが残るだけとなった。クラールはもう一片も残っていない。アルを責める気力も絶望に叫ぶ気力もなくて、ただ涙を流して目を閉じた。目を開けば、また誰も居ないツリーハウス。

『おとーたん! おちょ、おとぉた……おとーしゃ! あぅう……?』

空っぽの部屋の中心で一人跳ね回るクラール。

『…………クラール、これも、夢かな。君……また、死ぬのかな』

上体を起こすとクラールは駆け寄ってきた。クラールを抱き締めてもう一度仰向けになり、ぎゅっと目を閉ざした。

『……もう、嫌だ。いつから夢だったの? ねぇ……クラール、君は実在してるの?』

ツヅラに夢を見せられているという認識すら夢だったのではないだろうか。人間と狼の間に子供が生まれるなんてありえない。植物の国に来たのすら夢かもしれない。もしかしたらアルに出会ったのだって、これまでの旅だって、兄に嬲り殺される寸前の僕が見ている夢なのかもしれない。
本当は兄も居なくて、僕は人間ですらないのかもしれない。けれど僕の存在だけは僕が僕について考えることで証明され続けている。

『…………でも、今度こそ現実かもしれないし……全力で君を守るからね』

『わぅー……』

『動けないのは嫌? ダメだよ、誰か帰ってくるまでここから出ない、動かない……絶対、死なせないから……』

『わぅわうっ! わうぅっ!』

『怒ってるの? だーめ……ふふ』

また起き上がり、部屋の隅に蹲る。身動きをほとんど封じられたクラールは不満げに鳴いている。頭を撫でて宥めていると、クラールは突然咳のような呼吸をするようになった。

『クラール!? クラール、どうしたの、今度は何!』

僕が起きる前に木片でも呑み込んでしまったかと小さな牙の隙間に指を差し込んで口を開くと、喉の奥から吸盤のある触腕が飛び出した。

『なっ、何これっ……クラール、吐いて! とりあえず吐いてっ……ぺっして、ぺっ!』

触腕はぬるぬると動き回り、そのうち二本に増え、三本に増え……どんどんとクラールの奥から伸びてくる。腹を撫でればパンパンに膨らんでいた。引っ張り出しても全容が見えることはなく、焦りだけを貯めていると、唐突に終わりは訪れた。パンっと軽い音を鳴らしてクラールは破裂し、僕の手の中にはタコに似たどんどんと膨らんでいく化け物だけが残った。


そんなことが何度もあった。ツリーハウスに僕とクラール以外の者が居るのは五回に一回程度で、現れた者は大抵クラールを喰うか壁に叩きつけるかしていた。破裂したり、ツリーハウスが崩れるなんてこともあった。抱き上げた時に砂のように崩れたのはキツかったな。

『…………クラール』

何十回か、何百回か、悪夢は覚め続け、次の悪夢に送り出した。

『………………あはっ』

目を覚まして上体を起こして、真っ二つになった小さな体を隣に見つけて、思わず笑いが漏れた。ほとんど無意識だったがこの夢を仕組んでいる誰かへの狂人アピールだった。

『あははっ、はは……あはははっ…………面白いよ、うん、いい考え、これなら楽に僕を壊せるね。ね、壊れたよ? もう無駄、もう終わりだって、これ以上は無駄だって』

瞬きをすれば僕は再び仰向けになっていて、クラールが胸の上に乗っていた。恐る恐る撫でようと手を伸ばせば、触れた途端に皮が剥がれ、悲痛な鳴き声を上げ、のたうち回って死んでしまった。

『無駄だって、無駄、ねぇ、もう、無理。もうこれ以上、無駄だって。もうこれ以上僕壊れないって、もうっ……』

目を閉じて、今度は開けなかった。腕にクラールの前足の感触があったけれど、開けなかった。きゃんっと鳴いていたけれど、開けなかった。お父さんと泣き叫んでいたけれど、開けられなかった。

『もう……もうっ、無駄なんだってばぁ……やめてよっ、もう……やめて……何が楽しいの? こんな小さい子殺してっ、そんな夢作って! 何が楽しいんだよっ!』

怒りに飛び起きて目を開け、僕を見上げて尻尾を振るクラールを見つける。

『……クラールぅ…………お父さん、もうやだぁ……どうして? 嫌だ……君、死んじゃう…………やだよぉ……嫌ぁ……』

めきっと音が鳴ったと思えば天井の板が一枚剥がれて落ちてきて、クラールを潰した。はみ出た前足がぴくぴく動いて、甲高い鳴き声が小さくなっていく。

『………………そっか、目、潰せばいいんだ』

クラールが死んでしまう姿を見られないように、目を抉り出した。痛覚を消すことも忘れていて、クラールの断末魔が聞こえて、目の痛みに叫びながら耳の奥に指を突っ込んだ。ぶつっと音が途切れて、たしたしと触れる前足の感触があって、生温い液体を頭から浴びて──

『………………お父さんが死ねばいいの? どうやって? 僕、どうやったら死ねるの?』

視覚と聴覚以外から与えられる我が子の死の情報に耐え切れず、喉を掻き毟った。
それでも僕の意識が途切れることはなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

処理中です...