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第三十七章 水底より甦りし邪神
枯れ尾花
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僕が呼ぼうとしていたのを察して来てくれただろうに叫ぶとは失礼な真似をした。僕の大声に驚いたのか硬直した従業員を数秒眺め、反省した。
『す、すいませんでした……あの、幼児用のプレイルーム? ってどこですか?』
反応はない。眉を上げて目を見開いて、手を胸のあたりに上げたまま動かない。
『……あの?』
そっと肩に触れて揺らすと、彫像のように固まったまま後ろに倒れた。
『…………しっ、死んだ!?』
『偽死です~……すいませんお客様』
まさか叫んだだけで殺してしまうとは……と罪悪感と焦燥とどう誤魔化すかを考えていた僕は急に視界に割り込んできた別の従業員にまた驚いて叫んだ。
『……えっ、ぁ、嘘っ……』
後から来た方も固まってしまった。
『さっきからうるさいぞ、馬鹿め、気持ちよく酒風呂を楽しんでいるというに、無礼者』
『…………目、撃者……?』
『人間の思考に面食らったのは初めてだ。それは死んでない、驚いて気絶しただけだ、馬鹿め』
容器に満たしたはずの酒がかなり減っているので、入り切らなかった酒を追加した。流れる液体を見ると心が落ち着く。
『驚いて気絶ってそんな……』
『申し訳ございませんお客様……うちの従業員はみんなこうなので、大きな音を立てないでもらえると助かります……』
『わっ……ぁ、は、はい、すいません』
それなら急に出てくるのをやめてくれないか。
『幼児用プレイルームはこちらです』
『……こ、この人達は?』
『そのうち起きます』
真後ろに受身も取れず倒れたから救護は必要だと思うのだが。まぁ、客の見えないところで……なんて心遣いかもしれないし、だとしたら僕は早く出ていかなければ。
『こちらです。プレイルーム内で薬草等を燃やすのは御遠慮ください』
『ぁ、うん……そんな危ない趣味はないから』
確かに、天使化が進んで健康的な見た目になる前は何か薬でもやってそうな見た目だったけれども。いや……魔法薬の原材料を食べさせられていたりしたから、事実そうだったのだろうか。後で治癒魔法をかけられたから数えなくていいのだろうか。
『ヘル、来たのか』
どうでもいいことを考えつつ扉を抜けて、床も壁もクッションで覆われたカラフルな部屋に新鮮味を与えられる。
クラールは僕の握り拳ほどの大きさの柔らかそうなボールを転がして遊んでいた。アルはハート型のクッションに身を沈めてその様子を眺めている。
『うん、ありがと見ててくれて』
『私の子だからな……? なぁヘル、クラールは少し様子がおかしいんだ』
アルは僕の足に尾を絡めて引き寄せ、間近で真剣な顔を見せた。その表情には思わずうっとりしてしまう。
『ここに来て直ぐは私がボールを転がしてクラールがそれを追い掛ける……という遊びをしていた。途中からああやって一人で転がし始めたから放って置いているだけで、決して面倒を見るのが嫌だとかそんなのでは無いからな。な……何なんだその顔は!』
『アル……かっこいい。綺麗……何、もぅ……ただただ見た目が最高過ぎる。もちろん見た目以外もいいけど』
『な、ぁっ…………あぁもう! 話の腰を折るな! えぇと、そうだ、クラール! クラールにボールを転がして、手元が狂ってあらぬ方向へ行ってしまったんだ』
『ドジっ子可愛い……』
『そっ、そしたら! クラールは追い掛けなかったんだ』
アルは僕の褒め言葉を無視し、話を続けた。賢明な判断だがそれでも声が上擦って顔を背けようとするのが可愛くってたまらない。
『遠くて諦めたのかと思っていたのだが、クラールは「ボール早く」と急かした。今転がしたと言っても「来てない」の一点張りでな……なぁ、ヘル、おかしくないか?』
『あぁ、クラール目見えてないから』
『成程……えっ? い、今、何と?』
『クラール、目、見えてない』
アルは呆然と口と目を開ける。そういえばアルには言っていなかったな、カルコスとは話したけれど。
『そう……なのか。時々、妙な動きをしていると思っていたが……そうか。私はどうして気付けなかったんだろうな』
しゅんと耳を垂らし、落ち込んだアルの頭を撫でる。
『でもさ、僕がほら、視界共有したら見えるから。まだ試してないけど……そうだ、ここならびっくりして走り回っても大丈夫だし、試してみよっか』
『……あぁ』
アルに頼んでクラールに僕の視界を共有させる旨を伝えてもらう。理解出来たかどうかは分からないが、クラールは元気に肯定の返事をしたらしい。
『魔物使いの名の元にクラール・ルーラーに視界共有を命じる……どうかな?』
僕には何の変わりもない。クラールは焦ったように回転し、止まったと思えば前足を上げたり座ったりまた立ったりと、落ち着かない。
『見えてる?』
『そのようだ。しかし他人の視界で自分が動くのは難しいだろうな』
『んー……でも今まで見えてなかった訳だし、途中から変わったならともかく最初からこれなら何とかなるんじゃないかな』
クラールを抱き上げ、視界の真ん中に持ってくる。
『これが君だよ。アル、教えてあげて』
『難しいな……自分が見える……うぅん』
アルは言葉に戸惑いながらもクラールが今見えているものは何かを伝えた。僕には伝えられたのかもクラールが理解出来たのかも分からない。
『で、奥に見えるのがアル、お母さんだよ』
一番に見せるのはアルと決めていた。性根の醜さが滲んだ僕の顔なんて一生分からなくていい、体温だけを覚えてくれればいい。
床に下ろすとクラールはいつもとは違った鈍い動きでアルの元へ向かった。
『……飲み込みが早いな』
『出来てるの?』
『自分の感覚と貴方の視界との連携は大方完了したようだな。その内に走り出すだろう』
『そっか……大丈夫そうだね。僕はあんまり動いたりしない方がいいかな』
常にクラールを視界の中央に入れて、酔ったりもしないよう揺らさないようにして……
『……っ、ヘル! クラールが吐いた!』
『えっ……ぁ、と、とりあえず共有解除して、えっと、水もらってくる!』
もう酔ってしまったようだ。別に首を振ったりはしていなかったのに。
口を拭って、水を飲ませて、抱いたまま背を撫でる。大人しくはなったが特に体調が悪そうには見えない。
『何で吐いたんだろ』
『自分は移動しているのに全く動かない視界に混乱したんだろう。乗り物酔いと同じだ……若しくは、食べた後に走り回ったから』
後者なら視界共有に問題が無くて良いのだが。
『小烏あたり頭に乗せて共有させておく……の方がいいかなぁ』
『貴方も別の事が出来るし、何でも試してみるべきだ』
『……うん、でも…………寝ちゃった』
夢には映像があるのだろうか、音だけなのだろうか、どちらだとしても体温を感じた方が心地良いだろう。
『僕も寝よっかなー……』
『歯を磨け』
『……じゃ、アルちょっとクラール見ててよ』
『む……仕方ないな。置いて行け』
伏せたアルの腹の横にクラールを寝かせる。置いてすぐに瞳を開けたが、アルの腹を前足で二、三度押すと目を閉じた。
娯楽室を出て歯磨きなど寝る準備を整えて戻る途中、クラールを咥えたアルと鉢合わせする。
『……それ本当に痛くないの?』
アルは黙ったまま僕を見つめ、クラールを突き出す。受け取ると僕の足で口を拭った。
『首周りは噛んでも引っ張っても大丈夫だ。で、ヘル? どこに行く気だ、娯楽室も寝室も反対だぞ』
『……おかしいなぁ、右から来たと思ったんだけど』
『右から来たなら帰りは左だろう』
『え……? ぁ、あー……反対。そっか……』
余程僕は信用出来ないらしく、腰に尾を添えられ寝室まで誘導された。
『じゃ、アル。一緒に寝よっか』
『……分かった』
布団の右半分に寝転がって枕にクラールを置き、伸ばした腕を枕にさせてアルを布団の左半分に寝かせる。掛け布団は暑いと翼で投げられて、寒いと言うとその翼に包まれた。
いつも通りの確かな温かさと石鹸混じりの獣臭さを感じながら、僕はゆっくりと夢に落ちた。
『す、すいませんでした……あの、幼児用のプレイルーム? ってどこですか?』
反応はない。眉を上げて目を見開いて、手を胸のあたりに上げたまま動かない。
『……あの?』
そっと肩に触れて揺らすと、彫像のように固まったまま後ろに倒れた。
『…………しっ、死んだ!?』
『偽死です~……すいませんお客様』
まさか叫んだだけで殺してしまうとは……と罪悪感と焦燥とどう誤魔化すかを考えていた僕は急に視界に割り込んできた別の従業員にまた驚いて叫んだ。
『……えっ、ぁ、嘘っ……』
後から来た方も固まってしまった。
『さっきからうるさいぞ、馬鹿め、気持ちよく酒風呂を楽しんでいるというに、無礼者』
『…………目、撃者……?』
『人間の思考に面食らったのは初めてだ。それは死んでない、驚いて気絶しただけだ、馬鹿め』
容器に満たしたはずの酒がかなり減っているので、入り切らなかった酒を追加した。流れる液体を見ると心が落ち着く。
『驚いて気絶ってそんな……』
『申し訳ございませんお客様……うちの従業員はみんなこうなので、大きな音を立てないでもらえると助かります……』
『わっ……ぁ、は、はい、すいません』
それなら急に出てくるのをやめてくれないか。
『幼児用プレイルームはこちらです』
『……こ、この人達は?』
『そのうち起きます』
真後ろに受身も取れず倒れたから救護は必要だと思うのだが。まぁ、客の見えないところで……なんて心遣いかもしれないし、だとしたら僕は早く出ていかなければ。
『こちらです。プレイルーム内で薬草等を燃やすのは御遠慮ください』
『ぁ、うん……そんな危ない趣味はないから』
確かに、天使化が進んで健康的な見た目になる前は何か薬でもやってそうな見た目だったけれども。いや……魔法薬の原材料を食べさせられていたりしたから、事実そうだったのだろうか。後で治癒魔法をかけられたから数えなくていいのだろうか。
『ヘル、来たのか』
どうでもいいことを考えつつ扉を抜けて、床も壁もクッションで覆われたカラフルな部屋に新鮮味を与えられる。
クラールは僕の握り拳ほどの大きさの柔らかそうなボールを転がして遊んでいた。アルはハート型のクッションに身を沈めてその様子を眺めている。
『うん、ありがと見ててくれて』
『私の子だからな……? なぁヘル、クラールは少し様子がおかしいんだ』
アルは僕の足に尾を絡めて引き寄せ、間近で真剣な顔を見せた。その表情には思わずうっとりしてしまう。
『ここに来て直ぐは私がボールを転がしてクラールがそれを追い掛ける……という遊びをしていた。途中からああやって一人で転がし始めたから放って置いているだけで、決して面倒を見るのが嫌だとかそんなのでは無いからな。な……何なんだその顔は!』
『アル……かっこいい。綺麗……何、もぅ……ただただ見た目が最高過ぎる。もちろん見た目以外もいいけど』
『な、ぁっ…………あぁもう! 話の腰を折るな! えぇと、そうだ、クラール! クラールにボールを転がして、手元が狂ってあらぬ方向へ行ってしまったんだ』
『ドジっ子可愛い……』
『そっ、そしたら! クラールは追い掛けなかったんだ』
アルは僕の褒め言葉を無視し、話を続けた。賢明な判断だがそれでも声が上擦って顔を背けようとするのが可愛くってたまらない。
『遠くて諦めたのかと思っていたのだが、クラールは「ボール早く」と急かした。今転がしたと言っても「来てない」の一点張りでな……なぁ、ヘル、おかしくないか?』
『あぁ、クラール目見えてないから』
『成程……えっ? い、今、何と?』
『クラール、目、見えてない』
アルは呆然と口と目を開ける。そういえばアルには言っていなかったな、カルコスとは話したけれど。
『そう……なのか。時々、妙な動きをしていると思っていたが……そうか。私はどうして気付けなかったんだろうな』
しゅんと耳を垂らし、落ち込んだアルの頭を撫でる。
『でもさ、僕がほら、視界共有したら見えるから。まだ試してないけど……そうだ、ここならびっくりして走り回っても大丈夫だし、試してみよっか』
『……あぁ』
アルに頼んでクラールに僕の視界を共有させる旨を伝えてもらう。理解出来たかどうかは分からないが、クラールは元気に肯定の返事をしたらしい。
『魔物使いの名の元にクラール・ルーラーに視界共有を命じる……どうかな?』
僕には何の変わりもない。クラールは焦ったように回転し、止まったと思えば前足を上げたり座ったりまた立ったりと、落ち着かない。
『見えてる?』
『そのようだ。しかし他人の視界で自分が動くのは難しいだろうな』
『んー……でも今まで見えてなかった訳だし、途中から変わったならともかく最初からこれなら何とかなるんじゃないかな』
クラールを抱き上げ、視界の真ん中に持ってくる。
『これが君だよ。アル、教えてあげて』
『難しいな……自分が見える……うぅん』
アルは言葉に戸惑いながらもクラールが今見えているものは何かを伝えた。僕には伝えられたのかもクラールが理解出来たのかも分からない。
『で、奥に見えるのがアル、お母さんだよ』
一番に見せるのはアルと決めていた。性根の醜さが滲んだ僕の顔なんて一生分からなくていい、体温だけを覚えてくれればいい。
床に下ろすとクラールはいつもとは違った鈍い動きでアルの元へ向かった。
『……飲み込みが早いな』
『出来てるの?』
『自分の感覚と貴方の視界との連携は大方完了したようだな。その内に走り出すだろう』
『そっか……大丈夫そうだね。僕はあんまり動いたりしない方がいいかな』
常にクラールを視界の中央に入れて、酔ったりもしないよう揺らさないようにして……
『……っ、ヘル! クラールが吐いた!』
『えっ……ぁ、と、とりあえず共有解除して、えっと、水もらってくる!』
もう酔ってしまったようだ。別に首を振ったりはしていなかったのに。
口を拭って、水を飲ませて、抱いたまま背を撫でる。大人しくはなったが特に体調が悪そうには見えない。
『何で吐いたんだろ』
『自分は移動しているのに全く動かない視界に混乱したんだろう。乗り物酔いと同じだ……若しくは、食べた後に走り回ったから』
後者なら視界共有に問題が無くて良いのだが。
『小烏あたり頭に乗せて共有させておく……の方がいいかなぁ』
『貴方も別の事が出来るし、何でも試してみるべきだ』
『……うん、でも…………寝ちゃった』
夢には映像があるのだろうか、音だけなのだろうか、どちらだとしても体温を感じた方が心地良いだろう。
『僕も寝よっかなー……』
『歯を磨け』
『……じゃ、アルちょっとクラール見ててよ』
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『首周りは噛んでも引っ張っても大丈夫だ。で、ヘル? どこに行く気だ、娯楽室も寝室も反対だぞ』
『……おかしいなぁ、右から来たと思ったんだけど』
『右から来たなら帰りは左だろう』
『え……? ぁ、あー……反対。そっか……』
余程僕は信用出来ないらしく、腰に尾を添えられ寝室まで誘導された。
『じゃ、アル。一緒に寝よっか』
『……分かった』
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