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第三十七章 水底より甦りし邪神

朝日の元では

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黒い翼の隙間から射し込む陽光に目を覚ます。起き上がり、辺りを見回し、僕はまだ夢の中に居るのだと引き攣った笑みを零した。
だって、町の近くの山の麓の原っぱに寝転がっていたのだから。

『…………アルっ、アル起きて! アル!』

『うぅん……何だ、騒がしい。灯りを消せ、眩しい』

『あの灯りは人間にはどうしようもないやつなんだよ! 起きてってば!』

揺さぶり起こしたアルはキョロキョロと辺りを見回し、鼻で笑って、また寝ようとした。なのでヒゲを引っ張った。その指は噛まれた。

『……夢ではないようだな』

『うん、痛かったもんね』

『済まない…………寝惚けて加減出来なかった』

『こんなあっさり骨までいくんだね』

ちぎれた指を再生しつつ、耳元で鳴るコリコリという咀嚼音を聞く。

『あの宿何かおかしいと思ってたけど……何、夜逃げ? にしても寝てる間に取り壊すとか……みんなどこかな、クラールは?』

アルは起き上がって自分の身体の下や翼の中を探している。布団もないから枕元に居るはずなんて探し方も出来ない。僕も起き上がって──と、眼前に現れる鋭く赤い瞳。

『わっ……ぁ、茨木か。あの、何か寝てる間に宿なくなってて』

『そらそやわ、狸の宿やもん。狐狸の術は朝日に弱いんはお決まりや』

『た、狸……? 狸って、何だっけ』

『尻尾のふとーい犬みたいなもんや。人を化かすん得意やね』

あまり害のないアライグマのようなものだったか。馴染みがないのでよく知らないが妖怪化していた連中だったらしい。

『上手い子らなら朝でも平気やねんけどなぁ、葉っぱ要るような子らやし尻尾出てはったし、まぁこうなることは分かってたわ』

『分かってるなら言ってよ……』

『見破って口に出したらそんときに宿崩れるわ、雨ん中放り出されたかったん?』

だから尻尾を帯飾りだなんて言っていたのか。見破って口に出したら──か、僕が狸をよく知らなくて良かったのかもしれない。

『ヘル、ヘル、大変だ。クラールが居ない』

『……生皮剥いでやる』

『やめたってーな、ええ子らやって多分』

『クラール攫うような連中のどこが良い奴なんだよ! アル、アルの肩がけにしてあげるからね』

『要らんそんな物』

ひとまず冷静になり、クラールの匂いを追うアルの後を追う。酒呑やサタンの居場所も気になるが、彼らは放っておいても死ぬ心配はないから今はどうでもいい。
朝露に濡れた茂みをかき分けて進んでしばらく、小さな太鼓を叩くような軽い音とクラールの鳴き声が聞こえてくる。

『居たぞ』

『……クラール!』

名前を叫びながら茂みを飛び越えると作為的な円の広場があった。クラールはその中心に居て、クラールの周りには数匹の狸が転がっていた。

『あーぁー頭領はんが驚かすから』

『クラール! クラール、大丈夫?』

『聞いてへんわ』

抱き上げたクラールに傷や汚れはなく、不思議そうに首を傾げていた。

『遊んどっただけやろ? なぁ?』

茨木が狸に手を伸ばすと、狸は慌てて起き上がって仲間の元に走った。

『……遊んでたの? クラール、だったらごめんね、お父さん邪魔しちゃったかな』

『……気にしていないらしい。貴方が来た喜びで吹っ飛んだようだな』

『そ、そっか……お父さん来て嬉しい? そっか……』

『頭領はーん、捕まえたで』

ぬ、と目の前に現れる狸。目の周りの黒い模様が何だか可愛らしい。首根っこを掴まれ抵抗を諦めた狸に、茨木の足に縋り付く他の狸達、短い手足が何とも言えぬ愛らしさを醸し出していた。

『……泊めてくれてありがとう。代金……払ってないけど』

クラールをアルの背に乗せ、狸を受け取る。狸はぶんぶん首を振り、目を回して頭を垂らした。

『要らないの? いや、結構いい宿だったし……背中痛いけど。何か渡さなきゃ。そうだ、僕の血とか……』

『駄目だ。ヘル、よく考えろよ、貴方の魔力の濃度や栄養価の高さの話はしたよな? 殆ど動物の魔獣に与えていいものでは無い、下手を打てば死ぬぞ』

栄養価が高くて死ぬなんてのはよく分からない……いや、そうか、薬草も量を食べると胃が破れる、きっとそれだ。栄養価と言っているから分かりにくかったが経験から自分の血の危険性を理解し、とりあえず狸の頭を撫でた。

『じゃあ何あげよう』

『これどう? 酒呑様が隠し持っとった酒』

『いくつ持ってるの彼……』

これでいいかと差し出すと僕の膝の上に居ない狸達は小躍りを始めた。何と言うか……陽気だ。短い手足での踊りを眺めていると茂みが鳴り、狸が出てくる。どんどん増える。

『頭領はん、着替え持ってきてくれはったで』

『ぁ……ありがと』

籠に入れていた服だ。顔を押し当てると微かに洗剤の匂いがした。不思議に思っていると茨木が耳打ちする。

『……さっき渡した酒、ほんまは宿にあったやつやねん。まぁ酒呑様が勝手に持って帰ろうとしはってたから嘘言うた訳やないんやけどな?』

『宿は消えたけど……小物は本当にあったってこと?』

『服もほんまに貰ったしなぁ。ま、この国の隠れ屋敷や何やはこういうもんや、不思議なもんやねん。あんまり探って見破ったら土くれや葉っぱになってまうかも分からんで?』

納得は行かないが、納得するしかないだろう。目の前で揺れる赤く豪奢な着物を見ながらそう思った。


永遠に続きそうな狸達の宴を抜け出し、葉っぱを払って町に向かう。途中酔い潰れた酒呑を拾い、茨木が引き摺ってまた進む。

『魔物使い、遅かったな』

大通りが見えてくる頃、路地からサタンが顔を出す。

『どこに行ってたの?』

『ほら』

白い団子に三色団子、きな粉にみたらし、そして餡子。四本の串を渡され、指の間に挟む。

『お団子? ありがと。お金持ってたんだ』

『いや、店の前に居た女にこう……片目を閉じて』

『……す、すごいね』

色仕掛け……でいいのか? 見ず知らずの人に買ってもらったという訳だ。買ってもらえるその手腕も凄いが、何より赤の他人に突然ウインクを仕掛けるその度胸が凄い。流石は悪魔の王だ。

『んー……もちもち……』

『なぁなぁ、うちにも頂戴?』

僕が団子を食べる様子を見ていた茨木がサタンに腕を絡ませる。

『自分の主人に買ってもらうんだな』

『……酒呑様ー、お団子食べたい。酒呑様、酒呑……起きへんわ、お金だけもらって置いてこ』

巾着を持った茨木が楽しそうに駆けて行く。何か後ろに落ちている気がするが、振り向かないでいよう。

『クラール、食べる? って、ちょ……何してるのクラール!』

『な、何だ? どうしたヘル』

アルは自身の上に居るクラールの異常に気付かなかったようで、黒蛇を背に持ち上げて今確認している。

『痒いの? にしてもやり過ぎだって、えっと……サタン、ちょっと団子返す』

『あぁ』

『クラール、ダメだよ。クラール!』

首を後ろ足で掻いたり前足を噛んだりしているクラールを止める。胴を手で包むように持ち上げれば自分を引っ掻くことは出来ない。

『……ん? うわっ何か飛んでる何これキモい!』

『…………蚤だな。その辺の狸と戯れるから……』

『ノミ? ノミって……穴あける』

『違う、虫の方だ。寧ろ何故貴方は鑿を知っている?』

『昔にいさまが目に……』

『いい、やっぱりいい、話すな』

クラールの毛皮を飛び回るこれは蚤なのか。しかしどうするべきか、洗えば落ちるのだろうか。

『魔物使い、貸せ。団子は返す』

『ぁ、うん……交換……』

何か策があるのだろうと無警戒に団子とクラールを交換する。サタンはクラールをじっと見つめた後、クラールを黒い炎で包んだ。

『なっ、何してるの!? やめて……あれ?』

『返す』

『ぅ……ん、クラール……? 無事……だね』

あの黒い炎はかなりの熱だったと思うのだが、純白の毛皮には焦げ一つない。クラールは炎に耐性があったのか?

『余の炎をただの炎と思うなよ、憎いモノだけを燃やすなど造作もないことよ』

『ぁ……そ、そうなんだ。ありがと……色々、ほんと助かるよ』

『サタン様、私も背中が痒くて……蚤が居るようでしたら燃して頂けないかと……』

クラールが無事なのは火加減上手なサタンのお陰らしい。やはりクラールは火に近付けない方が良いようだ。改めて三色団子の白いのをクラールに半分あげて、緑をアルにあげて、団子を買って来た茨木と合流した。
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