魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
716 / 909
第三十八章 乱雑なる国家運営と国家防衛

陶器の軍勢

しおりを挟む
咆哮を上げる顔の無い巨大なモノを見上げる僕の前に黒く細長い影が立つ。彼はナイの巨大な顕現を包むように立体の魔法陣を描き、ナイを消してしまった。

『…………兄さん?』

僕の呼び掛けに振り向く黒い青年。肌も、目も、髪も、何もかもが黒く、そして美しい。無表情の彼を眺めていると寒気を覚えた。

『……ヘルぅうっ! 無事!? 無事だね、あぁ良かった、ごめんね、お兄ちゃん最近夢弄っててさぁ! ごめんねごめんね寂しかったよねぇ!』

神学者を名乗り、たった今僕が殺したナイと全く同じ見た目をしたライアーは僕に抱き着いて泣き喚いた。崩れた表情と仕草はナイらしくなさを教えてくれて、ようやく安心した。

『ん……? うわっ…………ヘル? やっちゃったものは仕方ないけどもう少し隠す努力をしようね?』

ライアーはそう言ってツヅラを持ち上げる。

『あれ、瞬きした?』

『ごめん兄さんこの人まだ生きてるんだ』

手に浮かんだ魔法陣に嫌な予感がして慌ててツヅラを奪い返した。

『……ねぇ、あの大っきいナイ君どこにやったの?』

『海底に転移させたよ。こっちはどうする?』

ナイも顕れてすぐに海に捨てられるとは思わなかっただろうな。
ライアーが指差した先には僕が殺したナイが居た。正義の国の重要人物とか言っていたか、ここで死んだとなれば神降の国に迷惑になるし、僕がやったと分かればまた狙われる理由が増える。増えたところで……だけれども。

『……証拠隠滅お願い』

『ん、おっけー』

地面に染み込んだ血まで一瞬で消えるのを見て、ツヅラを奪い返すのが少しでも遅かったらどうなっていただろうと背筋が寒くなった。

『魔物使い君魔物使い君、零にマスク被せとかなさっむいまんまやで』

『あ、はい……意識失っても力出しっぱなしなんですね。ツヅラさんちょっと神父様のお腹乗せますけどいいですよね?』

『好きにしぃ』

寝ても放出しているのは疲れるだろうななんて考えつつ零を地面に寝かせ、マスクを拾う。留め具が複雑な上に零が無理矢理脱いだようで捲れているところもあり、初めて触れる僕には上手く被せられない。

「おーい新支配者どのー、片付いたかー?」

『とりあえずは大丈夫です』

国王が盾を構えたまま歩いてくる。盾には女の顔と蛇を象った装飾があり、僕には酷く悪趣味に思えた。

「ふーん……なぁ、神父どのその鉄塊で殴ったんだよな? 死んでないか?」

『えっ……? まさか、刀で殴っただけですよ?』

刃は当てていないし、零の頭部にも外傷は無い──あれ、おかしいな……陥没しているような……そんな感触がある。

『せやせや、鉄の塊で殴られたくらいやったら死なへんて』

「この人外共……死んでなくても多分重傷だぞ」

『…………にっ、兄さん?』

『はいはい、治癒ね治癒』

ライアーに治癒魔法をかけさせて、また後頭部を撫でる。凹んでいたり柔らかかったりする部分はなくなった。呼吸も確認できたので死んではいない。改めてマスクを被せ、留め具を全て留めると寒さがマシになっていく気がした。

『……ヘル? 終わったのか?』

『アル! うん、終わったよ、癒して……痛っ!?』

盾の影から顔を覗かせたアルに向かって屈みながら両手を広げると顎を突き上げるような頭突きが襲った。

『また貴方は私を除け者にして! 私がそんなに弱いと思っているのか!? 私が傍に居たなら貴方は大火傷なんて負わなかった!』

『い、いや、もう治ったし……それにほら、クラールが……』

『あぁ、クラールが居る。だから私は飛び出さなかった。貴方の判断は父親として正しい……とは分かっているが気持ちが治まらん!』

『分かったよもう……いくらでも頭突きしてよ……』

正しい行動をしたと評価されているのに頭突きを食らうなんて……と心の中で愚痴を言いつつ胸に頭突きを繰り返すアルを眺める。次第に頭突きの威力は下がり、四度目が終わると僕の胸にぐりぐりと顔を擦り付け始めた。

『…………アル?』

『ば、か……ヘルの、ばか…………どうして、そう、自分を……』

泣いているのだろう。
形が違うからなのか、アルの表情は分かりにくい。示してくれる感情は分かるけれど、今回のように怒りに扮した悲しみや隠そうとする心の傷は僕には読み取り難い。

『……ごめんね』

謝れば謝る程、心の距離は遠ざかる。

『…………クラールは?』

『……翼の中に』

アルの頭を抱き締めたまま、少し開いた翼の中にクラールを見つける。優しく叩くようにアルの頭を撫でると翼はまたクラールを隠した。

『寒そうに震えていてな……温めていたんだが自然現象ではなく神力を起因とする冷気だからあまり効果が無くて。貴方が遠ざかってから国王がやって来てな、盾を前に置かれると寒くなくなったんだ』

『この盾……? へぇ…………あっ、えっと、ありがとうございます王様』

「おう、女の子二人が寒さに震えてたら何とかしてやるのが男ってもんだ」

『その間ずっと下品な話をされなければ素直に感謝出来たのだがな』

格好良いと思ってしまった僕が馬鹿だったのか、庇う格好良さと性格は切り離して考えるべきなのか、とりあえず妻にそんな話を押し付けたことを怒るべきだ。

『どんな話したんですか』

「……いや、別に。そう怒るなよ新支配者どの」

『じーっと見ては「いやいや無理だろ」「いやキツいわ」と呟いた。傷付いた』

『は? 小烏おいで』

「待て待て待て待て違う違う」

そりゃ大して深く知りもしない狼なんて普通の嗜好を持った人間には「無理」だろう。だがだからと言って聞こえるように口に出すのは良くない、刺す。

『その後で顔を覗き込んで「どーやってするの」「体位は? 新支配者どの上手い?」と……』

『遺言どうぞ』

「待って待って誤解誤解」

『何が誤解なんですか! 国によっては捕まりますよ!?』

「俺の国でも新支配者どのの国でも合法なんだから俺無罪」

目上、年上、恩人、三拍子揃った男の胸倉を掴む日が来るとは思わなかった。

「いや、新しい扉を開きたくて。事前調査は必要だと」

『人の! 嫁で! やるな!』

「仰る通り」

カヤが吸ってくれて治まったはずの苛立ちが再発した。自分では温厚な方だと思っていたが、僕は本当は怒りっぽいのかもしれない。

「じゃあ新支配者どのに聞くけどさ、嫁さん常に全裸な訳じゃん、どこでスイッチ入んの?」

『本っ当に刺しますよ……?』

「気ーにーなーるぅーだーけー。じゃあこれだけ答えて。どうやってとかは何となく分かるけどさ、ヤったところで子供できるもんなの?」

これだけだと自分で言ったならもうこれ以上僕を苛立たせるようなことは言わないだろう。国王の服を離し、刀を影に落としてため息をついた。

『僕は魔物使いですから。魔物使いってのは魔物に命令聞かせるだけの能力じゃなくて魔力を支配してしまう力なので、魔力だけで動く魔獣にはかなり無茶が通るんですよ。しっかり見つめて声に出して強く願えば……できるみたいですね』

僕だって子供ができるなんて思っていなかったし、産まれてしばらくは信じられなかった。けれど僕に似た角も生えてきたりして、何より僕を父親と慕ってくれているから、理屈や事実なんてどうでもよくなった。

「…………つまり新支配者どのは女の子抱く時に孕めとか言っちゃうタイプってこっ……!?」

気が付けば手は握り拳を作り、国王の顎を突き上げていた。

『ヘル!? 殴るな! 一国の王が一国の王を殴るな、大問題になるぞ!』

『………………つい』

『貴方は短気だという自覚を持て! 認めたくないだろうが兄君に似ているんだ貴方は……! 特に私の事となると特に……私の、事に…………もぅ、仕方ないな、ヘルは……ふふ……』

僕の手に尾を絡めて止めたアルは説教を途中で崩し、嬉しそうに僕に擦り寄った。

『叱るんやったら最後まで叱りーな』

『そうそう、生首さんの言う通りだよアルちゃん。ところでさ、ヘル、国戻らなくていいの? やばそうだけど』

『…………兄さん空間転移お願い! 王様、殴ってすいませんアルとクラール守ってくれてありがとうございました神父様達お願いしますさようならまた後で埋め合わせします!』

アルを抱き寄せライアーの腕にしがみつき、頭を下げて早口で挨拶を済ませる。

「いいアッパーだったぞー、またなー」

『また会いに来たってなー』

光に包まれ、浮遊感が訪れる寸前、そんな返事が聞こえた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

処理中です...