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第三十八章 乱雑なる国家運営と国家防衛
それぞれの危機、王城の場合
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時は遡り、ヘルがナイと接触する少し前──酒色の国の結界が解かれた時。元アシュ邸、現王城の一室ではメルが呪術陣の上に座って妄想に耽っていた。
アシュメダイの『淫蕩の呪』を再現するための魔力だ。瞑想で高まるようなものでは穢れが足りない、淫らな妄想でのみ近付ける。と言っても清いメルは妄想の説得力に欠けていて、呪術陣のサポートがあってもアシュメダイと同等の呪いを吐き出すことは出来なかった。
『……だーりんと、こう……ぅー……んー?』
今日は調子が悪い。メルは心の中でそう呟いて目を開ける。妄想の種になればとマンモンが置いていった本はどれも男性向けの上刺激が強く、触れる気にすらなれなかった。
『…………ご飯食べてからにしよっと』
メルは部屋を出てようやく外の騒ぎに気が付いた。そっと廊下の窓から外の様子を伺って絶句した、あったはずの結界が無く、天使が大勢入ってきていたのだ。
『えっ……? えっ? な、なんで? だーりん……』
無意識に後退り壁に背を預け、ヘルを呼ぼうとして今は隣国に行っているのだと思い出す。
『ど、どうしよう……セネカ、セネカは……』
ヘルの次に頼れる強い友人、セネカ。メルは昼休みを使って呪いを吐き出しに来ていたが、セネカはまかないを貰うと言っていた。メルはセネカがレストランに居るだろうと予想し、向かうことにした。
『メロウ様! メロウ様、非常事態です!』
『外に居た者が何人かやられました、残っている者を集めましたが、どうしますか?』
玄関に向かう途中でアシュメダイの情婦と情夫の群れに……ただの部下として引き継がされた淫魔達に囲まれる。
『どうするって……』
『私達吸精鬼は結界を張れません』
『吸血鬼は今この家には居なくて……』
『ここが襲われるのも時間の問題です! どうかご判断を』
『そ、そんな、そんな……ワタシに聞かれても……』
緊急時の意思決定は上の者がする。メルもそれは分かっていたが、自分が決めるより目の前の部下達が各々で動いた方がいいとも分かっていた。
『…………じゃ、じゃあとりあえず、全員でレストランを──きゃあっ!?』
セネカの元に行こうと、そんな他力本願さを見せる寸前、壁が崩れた。
『クックックッ……ハッハハハハッ! やっぱ最強攻めねぇと面白くねぇ……ぁん?』
瓦礫と埃の向こうに立つのは刺々しい金髪の男、赤い伊達眼鏡の奥に凶暴そうな赤紫の瞳を隠した男。彼の背には真っ白い翼が、頭の上には光輪が見えた。
『天使っ……!? そんな、どうして……』
『…………なんだ、弱そうだな』
男は楽しそうで嗜虐的な笑みを消し、つまらなさそうにため息をつく。
『お前だよなぁ、この国呪ってんだからさ、この国最強お前だよな』
『なっ、何……? 何言ってるの……?』
『……力を司る天使、神の腕、ゼルク! 娯楽の国監視役天使……その俺が忙しい中わざわざ来てやったのによぉ、せっっっかくイイ喧嘩相手見っかると思ってたのによぉー! 淫魔で、女で、細っこくて魔力も微妙…………ざっけんなよちきしょう』
ゼルクはメルには理解出来ない理由で怒りながら瓦礫の山から降りてメルに詰め寄った。
『……手加減してやっから楽しませろよ?』
容赦のない顔への拳に襲われるまで、メルは身動き一つ取れなかった。
『…………ケッ、つまんねぇ』
ゼルクの正面、メルの背にあった壁は崩れている。瓦礫からメルの手足が少しはみ出しているけれど、ピクリとも動かない。それを見たメルの部下だった淫魔達はゼルクの視線に怯え、互いの背に隠れ互いを前に押し出し合った。
戦う気もない弱者に拳を振るう気はない、そんな意味合いのため息をついて、自分の翼を掴んだ。両手合わせて十数本の羽根を毟り、それを淫魔立ちに向かって投げる。ヒラヒラと舞い落ちるだけのはずの羽根はゼルクの手を離れると同時にナイフへと変わり、淫魔達を貫いた。
『……よっわ』
ナイフに傷付けられた淫魔達は痛みに呻き、当たらなかった者も恐怖や介抱に追われて逃げられないでいた。
『てめぇらみてぇな雑魚どうでもいいんだけどよ、天使としてはてめぇらみてぇな人間に害を与えるタイプの悪魔は優先的に殺さなきゃなんだよなぁー、あぁうっぜぇ、うろちょろすんなよ?』
ゼルクは再び自分の羽根を毟る、指の間に挟まった羽根がナイフに変わると同時に、彼の後ろから瓦礫が崩れる音が響いた。
『……へぇ? 意外と頑丈じゃん』
『女のコの顔殴るなんて、最っ低……』
瓦礫をどかしたメルは殴られた箇所を手で押さえてよろよろと立ち上がる。脳震盪は治まっていたが足はまだ覚束無い。
『何顔隠してんだよ、鼻血でも出たか? あぁ? ハハッ……安心しろよ、もっと歪めてやるからよぉ!』
投げられたナイフを避け、角で弾き、何とか切り傷刺し傷は負わなかった。しかしナイフに気を取られたメルは懐への侵入を許してしまった。
『メロウ様! ど、どうしよう……メロウ様が負けたら、次は……』
『だっ、誰か王様呼んで来てよ! 私足に刺さって動けないの!』
腹を殴られてくの字に吹っ飛んだメルに淫魔達は次は自分だという恐怖を抱き、半分以上は泣き出した。
『…………王様ぁ?』
ゼルクは淫魔の一人が叫んだ言葉に惹かれ、その淫魔の髪を掴んで持ち上げる。
『おいてめぇ、王様って何だ。この国にゃ居ねぇはずだろ』
『ひっ……つ、ついこの間、現れたのよぉ! 王様のおかげで、色々よくなってきてたのにっ……どうしてよ! 私達人間と共存出来てたじゃない! 殺したり、一方的に搾取したりなんかしてない!』
ゼルクは女の手を取り、指を重ねた。所謂恋人繋ぎ……女がその手に疑問を抱くよりも早く、ゼルクは手に力を込めた。ゼルクの指と指の間に挟まれた部分が潰れ、手の甲が外側に折れ曲がる。左手は使い物にならなくなった。
『聞いたことだけ答えやがれ、雑魚が。てめぇらは存在そのもんが罪なんだよバーカ』
『ひっ、ぅ、うぅっ……ごめん、なさい。ごめんなさいぃっ……』
『聞いたことだけ答えろつっただろうが!』
『いやぁああっ! ごめんなさい、ごめんなさいぃ!』
同種が、同僚が受けている仕打ちを見て他の淫魔達は絶句した。ここから出たところで外にも天使が居る、ここに居てもそのうちに虐め殺される、彼女達の脳裏には惨たらしい自分の死体が浮かんでいた。
『で、どこに居んだよそれ』
『いっ、今はっ、今は、隣の国に……貿易とかぁ、そういう、色々話しに行ってます……』
『ほーぉ、悪魔と取引か? イイねぇ、獣人共庇ってて中々手ぇ出せなかったあの国潰すイイ材料じゃねぇか。こことそこ植民地にしちまえばいよいよ俺らの神の天下だ、なぁ?』
『…………あんたなんか、王様が一瞬でやっつけちゃうんだから……そんなこと言ってられるのも今のうぢっ!』
言い終わるよりも前にゼルクは女の頭を床に叩きつけた。大理石にはヒビが入り、僅かに砕けている。ゼルクは痙攣する四肢を一瞥し、つまらなさそうに舌打ちをし、外遊中の国王とやらを探すため、この場に居る淫魔達をとっとと全員殺してしまおうと決めた。
腹に刺さったナイフによる重傷で身体を横にし、仲間の止血により何とか意識を留めていた淫魔の頭に足を乗せる。しかし、踏み潰すため力を込める寸前に翼を引っ張られた。
『…………お前、もういいんだよ。クッッソ弱ぇくせによぉっ!』
殴られて吹っ飛び、壁に埋まってしまっていたメルは意識を朦朧とさせながらもゼルクを止めるため、彼の翼を引っ張った。振り払われて尻餅をついて、自分を見下げるゼルクを睨み上げる。
『……魅了! ワタシに……恋しなさい、ゼルク!』
目を合わせてくれたおかげで、大声で名乗ってくれたおかげで、トドメを刺さずに放置してくれたおかげで、最大級の魅了の術を発動させることが出来た。
メルは少々嫌味っぽく好機を噛み締め、確かな手応えに拳を握り締めた。
アシュメダイの『淫蕩の呪』を再現するための魔力だ。瞑想で高まるようなものでは穢れが足りない、淫らな妄想でのみ近付ける。と言っても清いメルは妄想の説得力に欠けていて、呪術陣のサポートがあってもアシュメダイと同等の呪いを吐き出すことは出来なかった。
『……だーりんと、こう……ぅー……んー?』
今日は調子が悪い。メルは心の中でそう呟いて目を開ける。妄想の種になればとマンモンが置いていった本はどれも男性向けの上刺激が強く、触れる気にすらなれなかった。
『…………ご飯食べてからにしよっと』
メルは部屋を出てようやく外の騒ぎに気が付いた。そっと廊下の窓から外の様子を伺って絶句した、あったはずの結界が無く、天使が大勢入ってきていたのだ。
『えっ……? えっ? な、なんで? だーりん……』
無意識に後退り壁に背を預け、ヘルを呼ぼうとして今は隣国に行っているのだと思い出す。
『ど、どうしよう……セネカ、セネカは……』
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『メロウ様! メロウ様、非常事態です!』
『外に居た者が何人かやられました、残っている者を集めましたが、どうしますか?』
玄関に向かう途中でアシュメダイの情婦と情夫の群れに……ただの部下として引き継がされた淫魔達に囲まれる。
『どうするって……』
『私達吸精鬼は結界を張れません』
『吸血鬼は今この家には居なくて……』
『ここが襲われるのも時間の問題です! どうかご判断を』
『そ、そんな、そんな……ワタシに聞かれても……』
緊急時の意思決定は上の者がする。メルもそれは分かっていたが、自分が決めるより目の前の部下達が各々で動いた方がいいとも分かっていた。
『…………じゃ、じゃあとりあえず、全員でレストランを──きゃあっ!?』
セネカの元に行こうと、そんな他力本願さを見せる寸前、壁が崩れた。
『クックックッ……ハッハハハハッ! やっぱ最強攻めねぇと面白くねぇ……ぁん?』
瓦礫と埃の向こうに立つのは刺々しい金髪の男、赤い伊達眼鏡の奥に凶暴そうな赤紫の瞳を隠した男。彼の背には真っ白い翼が、頭の上には光輪が見えた。
『天使っ……!? そんな、どうして……』
『…………なんだ、弱そうだな』
男は楽しそうで嗜虐的な笑みを消し、つまらなさそうにため息をつく。
『お前だよなぁ、この国呪ってんだからさ、この国最強お前だよな』
『なっ、何……? 何言ってるの……?』
『……力を司る天使、神の腕、ゼルク! 娯楽の国監視役天使……その俺が忙しい中わざわざ来てやったのによぉ、せっっっかくイイ喧嘩相手見っかると思ってたのによぉー! 淫魔で、女で、細っこくて魔力も微妙…………ざっけんなよちきしょう』
ゼルクはメルには理解出来ない理由で怒りながら瓦礫の山から降りてメルに詰め寄った。
『……手加減してやっから楽しませろよ?』
容赦のない顔への拳に襲われるまで、メルは身動き一つ取れなかった。
『…………ケッ、つまんねぇ』
ゼルクの正面、メルの背にあった壁は崩れている。瓦礫からメルの手足が少しはみ出しているけれど、ピクリとも動かない。それを見たメルの部下だった淫魔達はゼルクの視線に怯え、互いの背に隠れ互いを前に押し出し合った。
戦う気もない弱者に拳を振るう気はない、そんな意味合いのため息をついて、自分の翼を掴んだ。両手合わせて十数本の羽根を毟り、それを淫魔立ちに向かって投げる。ヒラヒラと舞い落ちるだけのはずの羽根はゼルクの手を離れると同時にナイフへと変わり、淫魔達を貫いた。
『……よっわ』
ナイフに傷付けられた淫魔達は痛みに呻き、当たらなかった者も恐怖や介抱に追われて逃げられないでいた。
『てめぇらみてぇな雑魚どうでもいいんだけどよ、天使としてはてめぇらみてぇな人間に害を与えるタイプの悪魔は優先的に殺さなきゃなんだよなぁー、あぁうっぜぇ、うろちょろすんなよ?』
ゼルクは再び自分の羽根を毟る、指の間に挟まった羽根がナイフに変わると同時に、彼の後ろから瓦礫が崩れる音が響いた。
『……へぇ? 意外と頑丈じゃん』
『女のコの顔殴るなんて、最っ低……』
瓦礫をどかしたメルは殴られた箇所を手で押さえてよろよろと立ち上がる。脳震盪は治まっていたが足はまだ覚束無い。
『何顔隠してんだよ、鼻血でも出たか? あぁ? ハハッ……安心しろよ、もっと歪めてやるからよぉ!』
投げられたナイフを避け、角で弾き、何とか切り傷刺し傷は負わなかった。しかしナイフに気を取られたメルは懐への侵入を許してしまった。
『メロウ様! ど、どうしよう……メロウ様が負けたら、次は……』
『だっ、誰か王様呼んで来てよ! 私足に刺さって動けないの!』
腹を殴られてくの字に吹っ飛んだメルに淫魔達は次は自分だという恐怖を抱き、半分以上は泣き出した。
『…………王様ぁ?』
ゼルクは淫魔の一人が叫んだ言葉に惹かれ、その淫魔の髪を掴んで持ち上げる。
『おいてめぇ、王様って何だ。この国にゃ居ねぇはずだろ』
『ひっ……つ、ついこの間、現れたのよぉ! 王様のおかげで、色々よくなってきてたのにっ……どうしてよ! 私達人間と共存出来てたじゃない! 殺したり、一方的に搾取したりなんかしてない!』
ゼルクは女の手を取り、指を重ねた。所謂恋人繋ぎ……女がその手に疑問を抱くよりも早く、ゼルクは手に力を込めた。ゼルクの指と指の間に挟まれた部分が潰れ、手の甲が外側に折れ曲がる。左手は使い物にならなくなった。
『聞いたことだけ答えやがれ、雑魚が。てめぇらは存在そのもんが罪なんだよバーカ』
『ひっ、ぅ、うぅっ……ごめん、なさい。ごめんなさいぃっ……』
『聞いたことだけ答えろつっただろうが!』
『いやぁああっ! ごめんなさい、ごめんなさいぃ!』
同種が、同僚が受けている仕打ちを見て他の淫魔達は絶句した。ここから出たところで外にも天使が居る、ここに居てもそのうちに虐め殺される、彼女達の脳裏には惨たらしい自分の死体が浮かんでいた。
『で、どこに居んだよそれ』
『いっ、今はっ、今は、隣の国に……貿易とかぁ、そういう、色々話しに行ってます……』
『ほーぉ、悪魔と取引か? イイねぇ、獣人共庇ってて中々手ぇ出せなかったあの国潰すイイ材料じゃねぇか。こことそこ植民地にしちまえばいよいよ俺らの神の天下だ、なぁ?』
『…………あんたなんか、王様が一瞬でやっつけちゃうんだから……そんなこと言ってられるのも今のうぢっ!』
言い終わるよりも前にゼルクは女の頭を床に叩きつけた。大理石にはヒビが入り、僅かに砕けている。ゼルクは痙攣する四肢を一瞥し、つまらなさそうに舌打ちをし、外遊中の国王とやらを探すため、この場に居る淫魔達をとっとと全員殺してしまおうと決めた。
腹に刺さったナイフによる重傷で身体を横にし、仲間の止血により何とか意識を留めていた淫魔の頭に足を乗せる。しかし、踏み潰すため力を込める寸前に翼を引っ張られた。
『…………お前、もういいんだよ。クッッソ弱ぇくせによぉっ!』
殴られて吹っ飛び、壁に埋まってしまっていたメルは意識を朦朧とさせながらもゼルクを止めるため、彼の翼を引っ張った。振り払われて尻餅をついて、自分を見下げるゼルクを睨み上げる。
『……魅了! ワタシに……恋しなさい、ゼルク!』
目を合わせてくれたおかげで、大声で名乗ってくれたおかげで、トドメを刺さずに放置してくれたおかげで、最大級の魅了の術を発動させることが出来た。
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