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第三十九章 君臨する支配者は決定事項に咽ぶ

思い出

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アルをしっかりと抱き締めて影に手を翳す。もうすっかり使い慣れた銀の鍵を回した。


暗闇で意識が戻る。鬼の力を使うよう意識すると夜目がきくようになり、籠の中で眠るクラールとその隣の籠でとぐろを巻いて眠るドッペル達を見つけた。ベッドの上でぐるぐると回って戸惑うアルの首に腕を巻いて誘導し、窓から庭に出た。

『ヘル……? ここは、いや……どうして夜に』

『今は……えっと、三日前くらいかな』

『三日前? 何のだ』

『ドッペルとハルプが死ぬ三日前』

月を浮かべて輝く黒い瞳が大きくなる。頬に手を添えれば月明かりに輝く銀毛に指が沈んで、整った顔が困惑に揺れる様子が癒しになる。

『あの子達は、死んで……』

『ないよ、今はまだ。詳しい説明は僕の頭が悪いから難しいんだけど、今は過去なんだよ。時間戻ったの。ドッペルとハルプが死ぬ三日前が今なんだ』

『…………時間を? そんな事が……いや、そうだな、貴方は前にも……それをやったんだな。そうか……なら、やり直せるんだな? ハルプもドッペルも助けられるんだ、そうだろう?』

『……今からちょっと惨いこと説明するから、しっかり聞いてね』

惨いこと? と不安そうに首を傾げるアルの表情も仕草も何もかもが愛おしい。子供が三人とも死んでしまうとしても可愛い妻が失われないなら、きっと僕は壊れずに済む。四人目以降の我が子にも、子供達の生まれ変わりにも会える。

『ドッペルとハルプは助けられない。あの子達は寿命なんだよ、聞いただろ? 霊体が劣化してるんだ。どうしてたった数週間で……っていうのは分からない。産まれる前に行って天界に殴り込んだけど、別に嫌がらせとかじゃないみたいなんだ』

『…………そうか、貴方がそう言うのなら……助ける方法は無いんだな』

『……クラールも、短いみたいなんだ。ドッペルとハルプほどじゃないけど、半年以内には死んじゃう』

抱き締めている逞しい身体が強ばる。腕に力を入れて背中を優しく撫でてもその強ばりはなかなか取れない。

『どう、して……? どうして、何故……』

僕も同じように混乱したし、今も落ち着いてはいるけれど同じ気持ちだ。どうしてあの子達に限って──そうやって全てを呪った。

『…………私が、合成魔獣だから』

『な、何言ってるの、違うよ? 寿命なんだよ、アルは関係ない』

『継ぎ接ぎで、魂も無いからっ……あの子達にまともな生命を与えられなかったんだ!』

『違う!』

魂も霊体も天界で管理され、送られるものだ。母親がどれだけ歪な生命だろうと子供には関係ない。

『身体だってそうだ! 光すら見えない目もっ……双子の結合も、私が、私がこんな醜い獣だからっ……』

『違うっ、違う……よ、違う。やめてよ、アル……そんなこと言わないで』

肉体の方は分からない。狼と鬼が混じった姿も、蛇と鳥が混じった姿も、僕達からの遺伝だ。多過ぎる選択肢が身体を作るのを迷わせて不備を起こさせてしまっていたとしたら──そんな考えは拭えない。

『クラールの目は綺麗じゃないか。何も見えないからあんなに綺麗なんだよ、見えてなくても元気に走り回ってるし……ドッペルとハルプだって不便そうにはしてないし、喧嘩もしてない……寂しくなくていいじゃないか』

『…………本気で言っているのか? あんな出来損ないの身体に短い寿命で……』

『出来損ないなんて言わないでよっ!』

きゃんっ! と甲高く短い悲鳴が腕の中で上がる。

『えっ……? ぁ、あっ、ごめん! ごめん、アルっ……ごめんなさい、アル……ごめん』

腕に力が入ったのか、魔物使いの力を使ったのか、アルを傷付けてしまった。

『…………大丈夫。治ったよ』

『本当にごめんっ……わざとじゃないんだ、その、本当に、違う……アルに痛いことしようなんて、全然……』

気に入らないことを言ったから痛めつけるなんて、そんな、兄みたいな。

『違うっ……僕は、僕は……!』

幼い頃に教わったやり方でアルに接するなんて、そんなことしない。しないはずなのに、兄と同じことをした。

『ヘル、ヘル、大丈夫……分かっているよ、貴方が私を故意に傷付けたりするものか。貴方の私の扱い方は分かっている。痛くないかと、苦しくないかと、優しく優しく抱いてくれる……貴方はどんな時でも私を大切にしてくれている』

『……今、酷いこと……した』

『貴方を怒らせた私が悪いんだ。貴方は悪くないよ』

『怒ってない! 違うよアル、怒ったからって酷いことするような奴最低だろ!? 怒ってないしっ、違うんだよアル!』

アルは何をしたって僕を受け入れてくれる。気に入らないことを言ったからと殴って黙らせても、きっと僕を嫌ったりしない。そんな甘えがあったから「つい」やってしまったんだ。
気に入らない言葉を吐いたから、苛立ったから、黙らせるためにストレス解消のために何をしても許してくれるアルを利用した。
あぁ、なんだ、兄と同じだ。いや、兄より酷い。僕はやはり最低な人間だったんだ。

『……ヘル、泣かないで』

泣きたいのはアルの方だろう? 子供がもうすぐ死んでしまうと告げられて混乱しただけなのに、励まして慰め合うべき夫に暴力を振るわれたのだから、泣きたいのは、泣いてもいいのは、アルだけだ。

『…………ごめん』

これも兄と同じだ。好き勝手に暴力を振るってすっきりしておいて、泣いて謝る。そうすれば相手に責められず、許される。

『……大丈夫、ヘル。私は何ともないし、貴方を責めたりしない。怒ってもいないよ』

許すどころか泣いて謝っている時の優しさを好んでしまう。

『うん……うん、ごめん。ごめんね、アル……』

この流れの危険性を理解しているのに泣いて謝る以外の行動を取れない。このままでは日常的にアルを傷付けてしまう。
兄の気持ちがようやく理解出来た、今まで理解した気でいたのなんてただの勘違いだったのだ。兄も初めから僕を虐めたかった訳ではないのだ、それ以外の行動が取れなくなってしまって、趣味にすることで自分の心を守っていたのだ。

『………………アル』

『……ん?』

『…………僕、君のこと大好き。愛してるんだ。だから……傷付けたくなんてない、何があったって暴力なんてしない。ずっと大切にする。だから……僕が何かしたら、本気で逃げて、本気で怒って、責めてくれないと……僕は、多分……』

『……分かった。今度からそうするよ』

『うん……ごめんね、ありがとう……』

兄が僕を殴るようになった時、泣くだけでなく反抗していたら、落ち着いた兄に慰められた時に喜ばなければ──きっとどうにもならなかった。反抗すれば酷くなるし、懐かなければ酷くなる、思い通りに振る舞うしかなかった。そう思わなければ僕の過去がより救われないものになってしまう。

『私は酷い事を言った。貴方の行動の是非は兎も角、私は責められるべきだった。だから今回はいい。私も少し落ち着いた。あの子達の身体があんななのも、寿命が短いのも……私の責任だとしても違うとしても、今やるべきことは一つだけ。そうだろう?』

『…………うん』

『……あの子達の運命を悲観するのは後にしよう。あの子達を悲しむのは私達のエゴだ、あの子達を可哀想にしてしまうのは私達の言動だ。今は全てあの子達の為だけに動くべきだ』

アルはいつも正しいことしか言わない。存在自体が間違いのような僕には眩し過ぎる。

『…………家族の思い出を作る?』

『……そうだな、先に逝ってしまうあの子達が寂しくないように、沢山の土産を持たせてやらなければな』

『どうしよう……何すればいいのかな、何も思い付かないよ』

子供の頃、何をやったら嬉しかった? 兄の機嫌を損ねなければ良い日だった。
アルは──子供時代なんてあったのだろうか。兄弟はいても親はいない、製作者は親になれていたのだろうか。

『……家族の思い出、か』

『一緒の机でご飯食べたこともないのに……そんな、特別なものなんて……』

『…………私もだ』

不幸な家庭は連鎖してしまうのだろうか、いやダメだ、こんな連鎖許されない。

『本、とかで……何か、読まなかった? 家族の特別な思い出……えっと』

『…………遠出?』

『そう! だね……お出かけ、お出かけはよく見たかも……ほら、草原でさ』

持参した手作りの弁当を広げて──

『草原で……弱らせた獲物を追わせる?』

『……お弁当ってそういうのだったかな』

同じ狼のクラールにはそっちの方が楽しいのかもしれないけれど、人間の感覚が剥がせない僕としては血みどろな思い出は持たせたくない。

『弁当か……ふむ、そうだな、遠足というやつだ。それはいい考えだな』

『ピクニックだね! 早速お弁当作って……もらおうかな』

大事な日に失敗するのも嫌だし、フェルに作ってもらおう。弁当だけでなく市販の豪華な食事を持って行ってもいいかもしれない。夜はレストランにでも行こうか。
計画を二人で立てている間だけは、その後に死んでしまうことなんて考えずに子供達の笑顔だけを脳裏に浮かべられて幸せだった。
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