魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
781 / 909
第四十一章 叩き折った旗を挙式の礎に

対策を立てる時は大勢で

しおりを挟む
ベルゼブブが帰ってきたことで呪いの管理と国王の仕事が楽になった。地獄の帝王と自称するだけあって国務の手腕はなかなかのものだ、税収が上がって重度の潔癖症の吸鬼への対応が手厚くなってきている。

「……ハスター、かぁ。りょーちゃん知ってる?」

そんな訳で暇になった僕はハスターについての報告も兼ねて零の元に遊びに来ていた。

『いや……俺普段はその辺何も分からんから』

神降の国獣人特区、その隅の一軒家に零とツヅラは住んでいた。僕はその家に押しかけ、冷えた紅茶に砂糖が底に溜まるまで入れて、机の上に生首が乗っている光景を違和感と捉える頭を誤魔化していた。

『……ぁ、零、クッキー放り込んで』

大きく口を開ける生首……いや、ツヅラ。相変わらずの毒気を抜くゆるゆるとした話し方と声で返事をしてクッキーを放り込む零は悪疫の医師の格好をしている。加護の力を封じているからこそ室内の気温が心地好く下がる程度で、家の外には影響が出ていないのだが、見た目の衝撃が強過ぎる。

『んー、美味いなぁこのクッキー。作ったんやったっけ?』

『あ、はい。ベルゼブブが「観光客の多い国なんだから土産の一つや二つ国が推しなさい」ということで、クッキーとかストラップとかお土産の定番品を試作中なんです』

「うんうん、いいと思うよこのクッキー、美味しいよぉ。でも、酒色の国らしさは別にないかなぁ」

いいと思うと言っておいての鋭い指摘。零らしいと思っておこう。

『文字や絵を入れようかと思ってるんですけど、微妙ですかね』

「んー、悪くはないけど、二流だよねぇ」

『俺はええ思うよ。美味いし。プリントでコスト上げるくらいやったら普通に売った方がええんとちゃう』

二人とも厳しいな。いや、おかしいぞ? 今日彼らと話しに来たのはクッキーの批評が欲しかったからではない、ハスターの報告、そしてクトゥルフ復活阻止のアイディア募集の為だ。

「食品にするなら名産品使って欲しいなぁ」

『ないですよそんなの……』

『酒色の国やろ? お酒入れたええんちゃうん』

『……それだ! それですツヅラさん! ボンボンにしましょう! クッキーじゃなくてチョコで……いいですよそれ!』

しかし、土産のアイディアもくれるなら貰おう。

『企画通ったら発案代ちょーだいな』

『えっ……ぁー……まぁ、ボンボンは酒呑あたりも思い付くかもしれませんし、他の人が言ったらアレですけど、僕が言って通ったらまぁ考えますよ』

通るかどうかは別として発案者は別の者として記録しておこう。

『……いやお土産の話はいいんですよ。ハスター、それにクトゥルフ、この旧支配者達についてです』

希少鉱石の国にハスターが居ること。あの国は山側と海側に分かれていてハスターは山側で信仰されていること。経済的にもかなりの立場に居ること。彼を見張る意味もあって軍を派遣したこと。その他僕が抱いた彼の印象や人柄についてを話した。

『黄色っぽい布を被った温和な羊好きの神さん……知らんわー……堪忍なぁ魔物使い君、俺、クトゥルフ? とテレパシー繋がってへん時はホンマに創造神様のこと以外分からへんねん』

「零もぷーちゃんに聞いてたのはりょーちゃんに関わることだけだし……んー、でも聞いたことある気はするんだよねぇ」

零の言う「ぷーちゃん」というのは正義の国で神学者をやっていたナイのことだ。僕が殺した。

『俺は役に立たへんやろうし、しばらく黙っとくわ。零、手前にクッキー置いてくれんか。半分くらいに割ってくれたら吸って自力で食える思うねん』

零は考え込むような仕草をしながらクッキーを割り、皿に分け、ツヅラの口のすぐ前に置いた。

「……ぁ、そうだ、確か……クトゥルフと敵対しててぇ、クトゥルフの信者とかと揉めた時に助けを求めたら、割と答えてくれるから、活用してみろーとか言ってた気がするなぁ」

『なるほど……やっぱり仲悪いんですね』

ひゅっ、と息を吸う音が聞こえて視線をやれば、ツヅラが自力でクッキーを頬張って美味しそうに微笑んでいた。

『他には……?』

「んー……ぁ、機嫌悪いことが多いからぁ、お願いする時は生贄用意した方がいいって……言ってた、かなぁ?」

機嫌が悪そうに見えたのは羊を嫌いだと聞いた時と演劇を見ないと聞いた時だけだ。それ以外は零と同じようなふわふわとした雰囲気を醸し出していた。まぁ、零と違って狂気的というか不気味な雰囲気もあったけれど、性格としてはゆるゆるとしたところが似ていると思う。

『機嫌……むしろずっと良さそうな感じでしたけど』

「記憶曖昧だし……そもそもぷーちゃんに聞いた話だしぃ」

確かにナイは信用出来ない。しかし全く意味の無い嘘をつくとは思えない。零の記憶違いでなければハスターが不機嫌なことが多いというのは真実か、もしくはナイの意図を読める可能性のある嘘、どちらにしても価値のある情報だ。

『……まぁ、これから付き合っていけば分かる話です』

「だねー。ぁ、そうそう、零は軍を派遣したって話も気になるなぁ」

『あぁ……もちろんハスターを見張るためだけじゃなく、上位存在の動きをより広範囲で観測するためです』

天使の巡回に法則はあるのか、あるとしたらどんなものか。世界の歪みとはどんなものか、真相は何なのか。ナイは希少鉱石の国にも居るのか、居るとしたら何をしているのか。希少鉱石の国が正義の国に因縁をつけられてはいないか、ロキに悪戯されてはいないか。
そういったことを調べるための軍の派遣でもある。

「ふぅーん? この国には置かないの?」

『仲が良いので観測結果は教えてもらえてますし』

「……隠してたりして」

『まさか……隠す意味ありませんよ』

正義の国に近い場所での観測も行いたいが、正義の国に近い国は大抵国連加盟国、でなければ滅んだ跡や植民地。
今後の課題に頭を悩ませていると、ツヅラが噎せた。どうやらクッキーの欠片が喉に当たったらしい、やはり吸うのは良くない。しかし……食べた物はどこに行っているんだ?

「クトゥルフの復活の阻止は零もやりたいところだしぃ、実行に移す時は教えてよぉ。いくらでも協力するし、協力出来なくても見ておきたいからぁ」

『分かりました。何か良い方法思い付きませんか? さっきも言った通り、今出てる案には確実性がなくて』

「んー、零も海凍らせようかなぁとかしか考えてなかったよぉ」

テレパシーが土中では進み海水でのみ遮断されるとしたら、埋め立てなどは無意味だから、凍らせた方が良いかもしれない。

「……でもさぁ、そもそもルルイエの浮上が物理的なものかどうかは分からないよねぇ」

『…………とは?』

「んー、封印が解けて、こう、ズズズズっ……って浮かんでくるのを想定してるんだよね? 隆起……って感じだと思ってるんだよねぇ」

その通りだ。海底に沈んだ都市が浮かんでくると想定している。都市の下ごと持ち上がるのか、都市が浮き島になるのかは考えていなかった。

「星座を使う巨大な陣による封印なんだからぁ、浮かぶとしても魔術的なことかもよぉ? ズズズズって出て来るとしてもぉ、上にあるものを通り抜けて進むかもぉ。それなら土でも氷でも海水でも関係ないよねぇ?」

『あ……! い、いや、まさか……そんな』

「……想定はしておいた方がいいよぉ」

『…………そう、ですね。ただでさえ常識外の上位存在……人間の思い付きなんか届かない……』

もしそうだとしたら止める手立てがない。それこそ星の運行を止めるしか──止められるのか?

『封印陣に使われている星を破壊する……とか』

「それじゃ封印が完全に解けちゃうんじゃないかなぁ」

『…………です、ね』

ダメだ、考えが浅過ぎる。もう少し考えてからものを言え。星を止めるとしたら空間固定系の魔法を使うしか……可能なのか? 前にそんな話が出た時は兄は難しい顔をしていた。それに魔法を使ったとしたらナイに逆手に取られる、兄とライアーに協力させたとしてもナイは無数に現れるんだ、絶対に押し負ける。

「……ぷーちゃんも確か、揃った状態で星座を固定するのは狙ってたかもぉ」

『本当ですか? それなら……それを阻止して、星座が戻るのを待った方が……?』

「封印がどれくらいの間緩んでるのかは分からないけどぉ……クトゥルフが出てきたらぁ、ほんの少しの時間でも……」

零は声を低く小さくしてツヅラの方を見る。ツヅラは懲りずにクッキーを吸って頬張っていた。

『……他に何が居るのかも分かりませんし……そうだっ、そうですよ、他にも居るんじゃないんですか!? 今回封印が解ける旧支配者!』

「うーん……零は知らないよぉ」

『調べないと……何か調べる方法ありませんか?』

「無茶言うなぁ……むかーしのその土地の伝承とか漁ったらそれっぽいのあるかもしれないけどぉ」

それではただの自然神を炙り出すことになる可能性の方が高い。
また悩みの種が増えたとため息をつくと、扉が勢いよく外れた。

『ヘル! ヘル……大変だ、クラールが居なくなった!』

扉を壊して入ってきたアルはそう叫び、僕の悩みと焦りを増やした。

『カヤ、クラールを連れて来い』

焦燥の中早々に解決策を見い出せたのは僕としては及第点だろう。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

処理中です...