魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十三章 国際連合に対抗する魔王連合

平和カッコカリ

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アスガルドから帰った翌日、僕は自室のベッドで横になっていた。帰界によるズレは八時間ほどで、帰った時には二次会が終わっていただけで、他に問題はなかった。しかし結婚式当日に夫に放置されたアルは理由に納得しながらも落ち込んでいて、今日は一日中傍に居ることを求められた。ナイの捜索は僕には出来ない、ライアーと兄に頼み報告を待っている。

『ふわぁ……ん、ぅ…………おはよう、ヘル……』

欠伸をして、十数秒の静止の後に活動開始。翼を広げて伸びをしたアルは起こしていた上体を再び倒し、僕の胸の上に頭を乗せた。

『二度寝する?』

『起きる……』

その声に起きる気はない。愛らしい寝坊助の背を撫でていると、頭の上で高く小さな欠伸が聞こえた。

『おぁよぉー……おとーたぁ』

枕の横に置いた籠の中から這い出たクラールは僕の髪を踏みつけて進み、僕の肩に顎を乗せた。どうやら二度寝を始めたアルの様子を窺っているようだ。

『おかーたん? わふっ、わぅわぅ!』

『お母さんは二度寝中だよ』

『にぉねちゅー……?』

起こしたいのだろうか、クラールはアルの鼻の頭を前足で叩いたり、大きく吠えたりしている。クラールが高い声で吠える度にアルの耳がピクピクと揺れるのが面白くて笑っていると、胸が跳ねたからかアルが居心地悪そうに頭の向きを変えた。そっぽを向かれてしまったクラールは悲しそうに唸って僕の寝間着の中に鼻先を突っ込み、二度寝を始めた。
可愛らしい妻子に幸せを感じ、僕も目を閉じ──むに、と頬に沈む指の感覚に目を開けた。

『……お、おはよ、お兄ちゃん』

頬をつつかれたことに苛立ち、相手を確認せずに睨んだ。僕を起こしに来たらしいフェルは僕の視線に怯えて手を引っ込め、目を逸らした。

『フェル? おはよう、どうしたの?』

起きないからと言ってフェルが起こしに来ることは滅多にないし、まだそこまでとやかく言われる時間でもない。

『え、と……ライアーさん、ベルゼブブさん、マンモンさんがリビングに集まってて……お兄ちゃん呼べって。用事は分かんない……』

『ぁー……雁首揃えちゃって、なんだよもう……』

『…………お兄ちゃんってさ』

透過を使ってベッドから抜け出し、着替えているとフェルがボソリと呟いた。

『結構、口悪いし……大人しくもないよね。僕……本当に、お兄ちゃんに似てなくなっちゃったかな』

それは悪口か? それともただ似ていないのを落ち込んでいるだけか? 同じ脳を持っているはずなのに今やフェルの思考は七割程度しか読めない。

『別に似てなくてもいいでしょ。それよりフェル、髪結ってよ』

『ぁ……うん』

フェルはまだ何か言いたそうにしていたが、二本の打ち紐を受け取ると黙って僕の髪を結い上げ始めた。

『……フェル、何か話したいことあるなら話していいよ』

『ぁ、いや、ごめん……そんなふうに見えた? 別に不満はないんだ』

不満があるだろうなんて言っていない。こういうところはやはり僕の悪いところが出ているな、自分に似ているだけに腹が立つ。

『ただ、その……にいさまに構われなくなって、お兄ちゃんがお兄ちゃんになるって言ってくれて、その、幸せ……なんだけどさ、最近……お兄ちゃん、構ってくれないから』

結い上げが終わり、ずっしりとした感覚が後頭部に渡される。後ろ頭を軽く引っ張られているような重みだ。

『構われなくて寂しかった?』

結い上げが解けないのを頭を軽く揺らして確認したら振り返り、ブラシに絡まった抜け毛を外しているフェルを抱き締める。

『……もう少し待ってね。もう少ししたら、いつでも甘えていいから』

『ぁ……や、あのっ、別に……僕は』

もう少し──そう、クラールが死んだら。そうすれば今クラールに費やしている時間が宙に浮く。全てアルに移すつもりでいたけれど、たまには弟の面倒も見てやらなければ。

『……じゃあ、僕はリビング行くよ。アルとクラール見ててくれる?』

胸の前で両手でブラシを握り締め、コクリと頷く。妙に小さく見えたその姿は、黒と白に分かれた髪の少年は、確かに昔の僕で……うじうじしているところを見ると殴りたくなる。
僕は興奮にも似た苛立ちを抑え、笑顔で手を振って部屋を出た。胸に手を当てて跳ねる鼓動を手のひらに感じ、異常なまでの暴力衝動に怯える。

『…………おはよー、集まってるね、フェルに聞いたよ、何か用?』

発汗と震えを抑えてリビングに入り、必要以上に明るい声を出す。ライアーもベルゼブブもマンモンもそんな僕に冷ややかな目を向け、無言で僕の席を指した。

『……何か大変なこと?』

『まぁ、大変だね。急なことでも予想外なことでもないけど』

『正義の国、そして天界の動向ですよ』

『最近活発なのよねぇ。戦争まで秒読みよ』

机の上に並べられた写真や書類を自分の頭で噛み砕いて理解するのは面倒だ、このまま三人からの説明を待とう。

『まず、世界中の国連非加盟国から監視役の天使が撤退しました。代わりにある国連加盟国の守りが厚くなっています』

『うちの国からもゼルクとラビエルが居なくなったのよね。ある国連加盟国ってのは科学の国のことよ、兵器の国が潰れちゃったから兵器は科学の国で開発することになったみたいね。その速度も最近増してるって言うし……』

兵器の国は正義の国の属国で、科学の国の指示の元兵器を作っていた。言わば工場や実験場だ。それが使えなくなったから科学の国は自分で兵器開発のリスクを負わなければばならなくなった。これを失敗させられたら戦争も楽なのだけれど。

『で、これはアスタロトからの情報なので微妙なんですが、メタトロンが人界に干渉したそうです』

『正直、これが一番やばいのよね……メタトロンって言ったら過去の神魔戦争でも一度も顔を出さなかったのよ?』

『だから存在自体怪しいものだったんですよね、アスタロトが一人で言ってただけで。でも、アスタロトが本当のことを言っていたとすると、ミカエル以上の壁かも知れません』

『ミカエルとサタンが互角……って言うのが通説なのよね、互いが同じ条件のことが滅多にないから実際に互角だったところは見たことないんだけど』

メタトロンと言うとミカエルを取り込もうとした時に妨害を加えてきたあの目玉か。天使には見えなかったが、僕を貫いた槍は確かに天使が扱うものだった。

『ボクからもいい? 邪神捜索のために探知魔法を頑張って広げてたんだけど、太陽系を丸々使った魔法陣が描かれてる』

『……どういう意味です?』

ライアーが片手を挙げて発言し、ベルゼブブが複眼で睨む。

『魔法ってのは人界で扱うために非ユークリッド幾何学に落とし込んでる部分が多い。だから魔法陣を描くのには計算が必要で……つまり、この星の体積や角度だけでなく時点速度公転速度そして太陽系の他の星との距離角度──』

『あ、具体的な説明要らないです』

『…………そもそも誰がどうやって封印したのかボクは知らないから何とも言えないけど、アレはクトゥルフの封印を無理矢理解くためのものだ。まだ算出できてないけど、近いうちに解けると思う』

そういえば封印されたとしか知らないな。封印した者に助力を得られればいいのだが、遠い昔の話だ、その手はきっと使えない。

『あの魔法陣の作りを理解するのはボクには無理だ、処理能力が足りない。ニャルラトホテプもきっと一つの顕現だけでやったんじゃないだろうし……あぁでも彼が彼同士協力してクトゥルフの封印を無理に解くってのはなんか彼らしくないな……怪しい、すっごく怪しい、嫌な予感がする……』

ライアーは独り言のように呟きながら頭を抱える。

『らしくないの?』

『……顕現ごとに好き勝手楽しむだけなのが、突然一つの目標に向けて足並み揃えたんだよ? しかもその目標がクトゥルフの復活? 意味が分からない、復活させてどうするのさ、何がしたいんだよ、復活させて何が楽しいんだよ』

『楽しいって……私達みたいに戦力集めたいだけとかじゃないんですか?』

『キミも知ってるだろ? アレは楽しいか楽しくないかで動く。クトゥルフだけに絞った意味も分からない、何かクトゥルフがアレにとって楽しくなることを引き起こすか何かするはずなんだよ。アレの行動を読むにはアレが楽しめるかどうかで考えないと……』

あまりライアーにナイに関わらせると顕現として吸収されてしまうと聞いた、行動を読もうとするなんて以ての外だ。

『兄さん、ナイに関しては僕に任せて、考えがあるから。兄さんはベルゼブブとマンモンと一緒に科学の国の兵器開発をどう探るかについて話して、案が出たら持ってきて、後、他の国の動向も片っ端から調べてまとめて持ってきて』

『え……? いや、ボクが一番アレに関しては分かるはずだよ?』

『兄さんは取り込まれるかもしれないんでしょ? リスクが大き過ぎるよ、こっちでやるから兄さんはもうナイについて考えないで。僕は出かけてくるから……他の国の調査お願いね』

リビングを出て玄関に向かい、靴を履いたらカヤを呼んで酒色の国の菓子屋に向かう。

『……すいません、蜂蜜クッキーを箱で二つ。あ、アルコール入りの方で……はい』

王様だと騒ぐ国民達に無愛想で悪いと謝りながら手を振り、手土産を買ったら再びカヤに跨り、国を出た。
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