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第四十五章 消えていく少年だった証拠
まず一柱
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魔界最深部、サタンの城の一階の広間に集う。テレパシーの影響を濃く受けた者達は頭痛を訴えたりしていたがそれだけだ、後遺症はない。
『──つまり、クトゥルフの人界追放は出来てないって事ですよね』
人界であったことを報告し、悪魔達に意見を求めるとベルゼブブが一番に応えた。僕が「分からない」と返すと深いため息をつき、アスタロトに視線を送った。
『顕現候補の人魚は凍結、代わりは見つけからない。テレパシーはこれまで通り海水に遮られるでしょう』
『復活の未来は視えないんだな?』
『はい、サタン様』
サタンは満足そうに口元を歪めたが、ベルゼブブは不満そうに僕を睨む。しかし彼女が文句を言う前にアスタロトが続けた。
『クトゥルフは肉体まで完全に人界に顕現しておりますし、信者を皆殺しにしたとて人界への干渉権抹消は難しいかと』
『あぁそうですか……ニャルラトホテプはどうなんです?』
『あまり見たくないのですが……アレは明確な実体、本体、肉体などが存在しません。力を使い果たさせられたなら追放は可能かと』
普段相手にする分には厄介な性質だが、完全に追い出すなら存在の不安定さは逆手に取れる。存在が不安定なのは僕も同じだ、この肉体は人界に留まる錨になってくれるだろうか。
『……その邪神に此方から仕掛けるのは困難と見た。此方は正義の国並び天界との戦争に尽力する。作戦決行はリリスからの暗殺成功の連絡があってから二百四十分以内とする』
異論はあるか、と異論を認めそうにない雰囲気を醸し出しながら聞き、静寂を数秒待つと決定を宣言した。
『魔物使いは人界に残る天使共を可能な限り吸収しておけ。悪魔は門作り。その他は適当に英気を養え。解散』
一方的に解散を告げたサタンはリリスの腰に腕を回して奥の部屋へと帰っていくが──
『待ちぃや、そんなさっさかせんでええやろ』
──酒呑が彼らの前に割り込み、朗らかな声色とは正反対の鋭い瞳を向けた。
『……何か用か』
『最近、頭領の気配がえらい変わっとる。もう別人みたいや。聞けば天使やら取り込んどるそうやなぁ、それやらせとってええんか自分』
『…………何が言いたい』
『どんどんどんどん取り込んでったら頭領は頭領やなくなるんとちゃうんか言うてんねん』
僕の心配をしているのか? それはありがたいが喧嘩を売るような態度はどうにかならないのか、相手は悪魔の王だぞ。
『支配属性は遍く属性を支配下に置く。しかし主力として使う属性が見えやすくなるのは、貴様がそれを見て別人と認識するのは、致し方ないことだ。不安になる必要はない、根幹は揺るがん、魔物使いは魔物使いだ』
『……せやったらええわ』
納得なんて一切していなさそうな目付きでそう言うと、わざと肩をぶつけてサタンの前から去った。
『酒呑! 何やってるんだよ、サタンは一番強い悪魔なんだよ? もうちょっと態度気にしてよ、サタンは温厚だから良かったけど喧嘩とか嫌だよ僕』
ライアーが描いた空間転移の魔法陣の中に入ろうとしていた酒呑を呼び止めて注意すると、彼は大きな舌打ちをした。
『……怪しいんや、あのオッサン。気付けへんのか頭領、頭領見とる時のあの気っ色悪い目ぇ』
舌打ちに面食らったが、その後続けた言葉にも驚いた。
『どこが気持ち悪いのさ、酒呑って爬虫類苦手だっけ? 苦手でもそんなこと言っちゃダメだよ』
酒呑もサタンも金色の瞳をしている。酒呑は極度に小さな瞳孔を、サタンは蛇に似た瞳孔を持っている。膨らみや萎みが分かりやすい縦長の瞳孔が苦手というのは分からなくもないが、酒呑の眼も大して変わらないだろう。
『そういうんとちゃうわ、頭領見る目がおかしい言うてんねん』
『どうおかしいの?』
『……なんて言うんやろな、まぁ蛇に似とる言うたら似とるわ。獲物ねろてる時の蛇やな、けったくそ悪い』
獲物? 僕が? サタンの?
『気のせいだよ』
『…………頭領、何かあったらあのオッサンより先に俺に言いや』
『え……? あぁ、うん……まぁ酒呑の方が付き合い長いし、信頼してるし、言われなくてもそうするよ』
不機嫌そうに細められていた金色の瞳が丸く見開かれ、への字に近くなっていた口の端が吊り上がる。
『さよか! ほんならええわ、すまんな頭領』
『え? あ、うん……別に』
どうして喜んだのか、何に対する謝罪なのかは分からないが、彼とサタンは相性が悪いということは分かった。
『……旦那様、帰ろう』
『おとーたぁ、かえりゅー?』
アルに擦り寄られ、クラールに指を甘噛みされ、考え事は全て吹っ飛んだ。
会議の翌朝、港に戻っていたシェリーに頼み、ライアーと共に竜の里に視察に行った。正義の国に囚われていた獣人達がライアーが意地で間に合わせた仮住居に住んでいるはずだ。
好奇心旺盛ながら臆病な竜達は彼らを遠巻きに眺めているらしく、また近寄られると隠れたり逃げたりしているようで、接触には至っていないようだ。両種族には互いの存在を説明しているから好きに交流してくれて構わないのだが、なかなか上手くはいかないらしい。
『じゃあ兄さんはそっち見てきてね』
『分かった。二時間くらいしたら合流しようね』
家の数は十分過ぎたが家具や服などは足りていないようで、ライアーにはその調査とその他要望の聞き取りに行ってもらった。
『魔王様、正義の国との戦いはいつですか? 我々も死力を尽くします!』
手頃な広場を探していると茶髪の青年が話しかけてきた。人間寄りの獣人のようで、何の獣が混じっているのかは分からない。
『ありがとう。でも天使との戦いになるから君達は前線には出てもらえないんだ。だから君達には後方支援をしてもらいたい。戦時中、戦後、減るだろう食料だとか、衣類だとか……そういうの』
『……我々は戦いのお役には立てないんですね』
『うん、でも、戦う人達はその他のことに不器用なことが多いから、その他のことを助けて欲しい。戦争が終わったら君達には色々なところに住んでもらいたい、竜の里に留まってもいいけどね。兄さんに場所を移してもらうから、色んな施設を作って欲しい。教育被服医療食事その他諸々……娯楽でもいいからね。戦争中も君達みたいな避難民や怪我をした僕達が来るかもしれないから、その人達の世話をしてあげて欲しい。不満……かな、こういう役割は』
『…………いえ! お任せ下さい、我々獣人は魔王様のお役に立てるのなら何でも致します!』
『ふふ……ありがとう。でも、強制はダメだよ? ぁ、ごめん、ちょっと下がってくれる? この辺りが良さそうだ』
家や川がない草原、町から少し離れた高台、僕と青年はそこで止まり、僕達に着いてきている獣人達もその場で止まった。
『何をするのですか?』
『木を生やすんだ。シンボルとして、そして、竜の里の魔力を効率的に使えるように、この土地が栄えるように……大樹を与える』
打ち紐を解いて髪を下ろし、地面に引き摺る。草や土に触れる白い長髪が一部持ち上がる。耳の上辺りから生えた篦鹿の角に絡まって持ち上がっているのだろう。
『……ま、魔王様……魔王様は、鹿の……?』
角の重みにグラグラと揺れながら地面に膝を着き、両の手のひらを地面に触れさせる。魔力を流し込むように意識すれば草原の真ん中に芽が出た。その芽はどんどんと成長して若木になり、大木になり、何十人もが手を繋がなければ太さを計れない大樹となった。
『な、な…………こ、これはっ……一体……』
角がカランと抜け落ち、髪をまとめようと手を頭の横に上げると、バランスを崩して倒れた。
『あ……魔王様! 魔王様、大丈夫ですか』
『ん……ごめ、ん……ちょっと疲れて。平気だよ』
手にも足にも力が入らない。青年に助けてもらい、大樹に背を預けた。少し休んでから周囲に集まっていた獣人達に向けて説明を始めた。
『この木は僕の力で生やしたもの。竜の里を独立した世界として保たせている魔力の循環の手助けや、飢饉や疫病が流行らないように土壌や空気中の魔力濃度の調整の役割を持つ。戦争が終わったら世界中に生やすつもりだから、この木の良いところや悪いところを沢山見つけて言ってくれると嬉しい』
試験という言葉は使わずに説明を終え、大勢からの拍手に頬が緩む。ニヤニヤと笑ってしまう顔を見られないように俯くと青年が僕を心配してか顔を覗き込んできた。
『魔王様……』
『あぁ、ごめんね、ありがとう、大丈夫だから』
『……そんな野望、叶えさせる訳には参りません』
青年の手の中に光が集まり、純白の槍が生成される。しかし疲れ切った僕は全く動けず、彼の頭上に浮かんだ光輪をただ睨んだ。
『──つまり、クトゥルフの人界追放は出来てないって事ですよね』
人界であったことを報告し、悪魔達に意見を求めるとベルゼブブが一番に応えた。僕が「分からない」と返すと深いため息をつき、アスタロトに視線を送った。
『顕現候補の人魚は凍結、代わりは見つけからない。テレパシーはこれまで通り海水に遮られるでしょう』
『復活の未来は視えないんだな?』
『はい、サタン様』
サタンは満足そうに口元を歪めたが、ベルゼブブは不満そうに僕を睨む。しかし彼女が文句を言う前にアスタロトが続けた。
『クトゥルフは肉体まで完全に人界に顕現しておりますし、信者を皆殺しにしたとて人界への干渉権抹消は難しいかと』
『あぁそうですか……ニャルラトホテプはどうなんです?』
『あまり見たくないのですが……アレは明確な実体、本体、肉体などが存在しません。力を使い果たさせられたなら追放は可能かと』
普段相手にする分には厄介な性質だが、完全に追い出すなら存在の不安定さは逆手に取れる。存在が不安定なのは僕も同じだ、この肉体は人界に留まる錨になってくれるだろうか。
『……その邪神に此方から仕掛けるのは困難と見た。此方は正義の国並び天界との戦争に尽力する。作戦決行はリリスからの暗殺成功の連絡があってから二百四十分以内とする』
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『魔物使いは人界に残る天使共を可能な限り吸収しておけ。悪魔は門作り。その他は適当に英気を養え。解散』
一方的に解散を告げたサタンはリリスの腰に腕を回して奥の部屋へと帰っていくが──
『待ちぃや、そんなさっさかせんでええやろ』
──酒呑が彼らの前に割り込み、朗らかな声色とは正反対の鋭い瞳を向けた。
『……何か用か』
『最近、頭領の気配がえらい変わっとる。もう別人みたいや。聞けば天使やら取り込んどるそうやなぁ、それやらせとってええんか自分』
『…………何が言いたい』
『どんどんどんどん取り込んでったら頭領は頭領やなくなるんとちゃうんか言うてんねん』
僕の心配をしているのか? それはありがたいが喧嘩を売るような態度はどうにかならないのか、相手は悪魔の王だぞ。
『支配属性は遍く属性を支配下に置く。しかし主力として使う属性が見えやすくなるのは、貴様がそれを見て別人と認識するのは、致し方ないことだ。不安になる必要はない、根幹は揺るがん、魔物使いは魔物使いだ』
『……せやったらええわ』
納得なんて一切していなさそうな目付きでそう言うと、わざと肩をぶつけてサタンの前から去った。
『酒呑! 何やってるんだよ、サタンは一番強い悪魔なんだよ? もうちょっと態度気にしてよ、サタンは温厚だから良かったけど喧嘩とか嫌だよ僕』
ライアーが描いた空間転移の魔法陣の中に入ろうとしていた酒呑を呼び止めて注意すると、彼は大きな舌打ちをした。
『……怪しいんや、あのオッサン。気付けへんのか頭領、頭領見とる時のあの気っ色悪い目ぇ』
舌打ちに面食らったが、その後続けた言葉にも驚いた。
『どこが気持ち悪いのさ、酒呑って爬虫類苦手だっけ? 苦手でもそんなこと言っちゃダメだよ』
酒呑もサタンも金色の瞳をしている。酒呑は極度に小さな瞳孔を、サタンは蛇に似た瞳孔を持っている。膨らみや萎みが分かりやすい縦長の瞳孔が苦手というのは分からなくもないが、酒呑の眼も大して変わらないだろう。
『そういうんとちゃうわ、頭領見る目がおかしい言うてんねん』
『どうおかしいの?』
『……なんて言うんやろな、まぁ蛇に似とる言うたら似とるわ。獲物ねろてる時の蛇やな、けったくそ悪い』
獲物? 僕が? サタンの?
『気のせいだよ』
『…………頭領、何かあったらあのオッサンより先に俺に言いや』
『え……? あぁ、うん……まぁ酒呑の方が付き合い長いし、信頼してるし、言われなくてもそうするよ』
不機嫌そうに細められていた金色の瞳が丸く見開かれ、への字に近くなっていた口の端が吊り上がる。
『さよか! ほんならええわ、すまんな頭領』
『え? あ、うん……別に』
どうして喜んだのか、何に対する謝罪なのかは分からないが、彼とサタンは相性が悪いということは分かった。
『……旦那様、帰ろう』
『おとーたぁ、かえりゅー?』
アルに擦り寄られ、クラールに指を甘噛みされ、考え事は全て吹っ飛んだ。
会議の翌朝、港に戻っていたシェリーに頼み、ライアーと共に竜の里に視察に行った。正義の国に囚われていた獣人達がライアーが意地で間に合わせた仮住居に住んでいるはずだ。
好奇心旺盛ながら臆病な竜達は彼らを遠巻きに眺めているらしく、また近寄られると隠れたり逃げたりしているようで、接触には至っていないようだ。両種族には互いの存在を説明しているから好きに交流してくれて構わないのだが、なかなか上手くはいかないらしい。
『じゃあ兄さんはそっち見てきてね』
『分かった。二時間くらいしたら合流しようね』
家の数は十分過ぎたが家具や服などは足りていないようで、ライアーにはその調査とその他要望の聞き取りに行ってもらった。
『魔王様、正義の国との戦いはいつですか? 我々も死力を尽くします!』
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『ありがとう。でも天使との戦いになるから君達は前線には出てもらえないんだ。だから君達には後方支援をしてもらいたい。戦時中、戦後、減るだろう食料だとか、衣類だとか……そういうの』
『……我々は戦いのお役には立てないんですね』
『うん、でも、戦う人達はその他のことに不器用なことが多いから、その他のことを助けて欲しい。戦争が終わったら君達には色々なところに住んでもらいたい、竜の里に留まってもいいけどね。兄さんに場所を移してもらうから、色んな施設を作って欲しい。教育被服医療食事その他諸々……娯楽でもいいからね。戦争中も君達みたいな避難民や怪我をした僕達が来るかもしれないから、その人達の世話をしてあげて欲しい。不満……かな、こういう役割は』
『…………いえ! お任せ下さい、我々獣人は魔王様のお役に立てるのなら何でも致します!』
『ふふ……ありがとう。でも、強制はダメだよ? ぁ、ごめん、ちょっと下がってくれる? この辺りが良さそうだ』
家や川がない草原、町から少し離れた高台、僕と青年はそこで止まり、僕達に着いてきている獣人達もその場で止まった。
『何をするのですか?』
『木を生やすんだ。シンボルとして、そして、竜の里の魔力を効率的に使えるように、この土地が栄えるように……大樹を与える』
打ち紐を解いて髪を下ろし、地面に引き摺る。草や土に触れる白い長髪が一部持ち上がる。耳の上辺りから生えた篦鹿の角に絡まって持ち上がっているのだろう。
『……ま、魔王様……魔王様は、鹿の……?』
角の重みにグラグラと揺れながら地面に膝を着き、両の手のひらを地面に触れさせる。魔力を流し込むように意識すれば草原の真ん中に芽が出た。その芽はどんどんと成長して若木になり、大木になり、何十人もが手を繋がなければ太さを計れない大樹となった。
『な、な…………こ、これはっ……一体……』
角がカランと抜け落ち、髪をまとめようと手を頭の横に上げると、バランスを崩して倒れた。
『あ……魔王様! 魔王様、大丈夫ですか』
『ん……ごめ、ん……ちょっと疲れて。平気だよ』
手にも足にも力が入らない。青年に助けてもらい、大樹に背を預けた。少し休んでから周囲に集まっていた獣人達に向けて説明を始めた。
『この木は僕の力で生やしたもの。竜の里を独立した世界として保たせている魔力の循環の手助けや、飢饉や疫病が流行らないように土壌や空気中の魔力濃度の調整の役割を持つ。戦争が終わったら世界中に生やすつもりだから、この木の良いところや悪いところを沢山見つけて言ってくれると嬉しい』
試験という言葉は使わずに説明を終え、大勢からの拍手に頬が緩む。ニヤニヤと笑ってしまう顔を見られないように俯くと青年が僕を心配してか顔を覗き込んできた。
『魔王様……』
『あぁ、ごめんね、ありがとう、大丈夫だから』
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