魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
858 / 909
第四十五章 消えていく少年だった証拠

まず一柱

しおりを挟む
魔界最深部、サタンの城の一階の広間に集う。テレパシーの影響を濃く受けた者達は頭痛を訴えたりしていたがそれだけだ、後遺症はない。

『──つまり、クトゥルフの人界追放は出来てないって事ですよね』

人界であったことを報告し、悪魔達に意見を求めるとベルゼブブが一番に応えた。僕が「分からない」と返すと深いため息をつき、アスタロトに視線を送った。

『顕現候補の人魚は凍結、代わりは見つけからない。テレパシーはこれまで通り海水に遮られるでしょう』

『復活の未来は視えないんだな?』

『はい、サタン様』

サタンは満足そうに口元を歪めたが、ベルゼブブは不満そうに僕を睨む。しかし彼女が文句を言う前にアスタロトが続けた。

『クトゥルフは肉体まで完全に人界に顕現しておりますし、信者を皆殺しにしたとて人界への干渉権抹消は難しいかと』

『あぁそうですか……ニャルラトホテプはどうなんです?』

『あまり見たくないのですが……アレは明確な実体、本体、肉体などが存在しません。力を使い果たさせられたなら追放は可能かと』

普段相手にする分には厄介な性質だが、完全に追い出すなら存在の不安定さは逆手に取れる。存在が不安定なのは僕も同じだ、この肉体は人界に留まる錨になってくれるだろうか。

『……その邪神に此方から仕掛けるのは困難と見た。此方は正義の国並び天界との戦争に尽力する。作戦決行はリリスからの暗殺成功の連絡があってから二百四十分以内とする』

異論はあるか、と異論を認めそうにない雰囲気を醸し出しながら聞き、静寂を数秒待つと決定を宣言した。

『魔物使いは人界に残る天使共を可能な限り吸収しておけ。悪魔は門作り。その他は適当に英気を養え。解散』

一方的に解散を告げたサタンはリリスの腰に腕を回して奥の部屋へと帰っていくが──

『待ちぃや、そんなさっさかせんでええやろ』

──酒呑が彼らの前に割り込み、朗らかな声色とは正反対の鋭い瞳を向けた。

『……何か用か』

『最近、頭領の気配がえらい変わっとる。もう別人みたいや。聞けば天使やら取り込んどるそうやなぁ、それやらせとってええんか自分』

『…………何が言いたい』

『どんどんどんどん取り込んでったら頭領は頭領やなくなるんとちゃうんか言うてんねん』

僕の心配をしているのか? それはありがたいが喧嘩を売るような態度はどうにかならないのか、相手は悪魔の王だぞ。

『支配属性は遍く属性を支配下に置く。しかし主力として使う属性が見えやすくなるのは、貴様がそれを見て別人と認識するのは、致し方ないことだ。不安になる必要はない、根幹は揺るがん、魔物使いは魔物使いだ』

『……せやったらええわ』

納得なんて一切していなさそうな目付きでそう言うと、わざと肩をぶつけてサタンの前から去った。

『酒呑! 何やってるんだよ、サタンは一番強い悪魔なんだよ? もうちょっと態度気にしてよ、サタンは温厚だから良かったけど喧嘩とか嫌だよ僕』

ライアーが描いた空間転移の魔法陣の中に入ろうとしていた酒呑を呼び止めて注意すると、彼は大きな舌打ちをした。

『……怪しいんや、あのオッサン。気付けへんのか頭領、頭領見とる時のあの気っ色悪い目ぇ』

舌打ちに面食らったが、その後続けた言葉にも驚いた。

『どこが気持ち悪いのさ、酒呑って爬虫類苦手だっけ? 苦手でもそんなこと言っちゃダメだよ』

酒呑もサタンも金色の瞳をしている。酒呑は極度に小さな瞳孔を、サタンは蛇に似た瞳孔を持っている。膨らみや萎みが分かりやすい縦長の瞳孔が苦手というのは分からなくもないが、酒呑の眼も大して変わらないだろう。

『そういうんとちゃうわ、頭領見る目がおかしい言うてんねん』

『どうおかしいの?』

『……なんて言うんやろな、まぁ蛇に似とる言うたら似とるわ。獲物ねろてる時の蛇やな、けったくそ悪い』

獲物? 僕が? サタンの?

『気のせいだよ』

『…………頭領、何かあったらあのオッサンより先に俺に言いや』

『え……? あぁ、うん……まぁ酒呑の方が付き合い長いし、信頼してるし、言われなくてもそうするよ』

不機嫌そうに細められていた金色の瞳が丸く見開かれ、への字に近くなっていた口の端が吊り上がる。

『さよか! ほんならええわ、すまんな頭領』

『え? あ、うん……別に』

どうして喜んだのか、何に対する謝罪なのかは分からないが、彼とサタンは相性が悪いということは分かった。

『……旦那様、帰ろう』

『おとーたぁ、かえりゅー?』

アルに擦り寄られ、クラールに指を甘噛みされ、考え事は全て吹っ飛んだ。


会議の翌朝、港に戻っていたシェリーに頼み、ライアーと共に竜の里に視察に行った。正義の国に囚われていた獣人達がライアーが意地で間に合わせた仮住居に住んでいるはずだ。
好奇心旺盛ながら臆病な竜達は彼らを遠巻きに眺めているらしく、また近寄られると隠れたり逃げたりしているようで、接触には至っていないようだ。両種族には互いの存在を説明しているから好きに交流してくれて構わないのだが、なかなか上手くはいかないらしい。

『じゃあ兄さんはそっち見てきてね』

『分かった。二時間くらいしたら合流しようね』

家の数は十分過ぎたが家具や服などは足りていないようで、ライアーにはその調査とその他要望の聞き取りに行ってもらった。

『魔王様、正義の国との戦いはいつですか? 我々も死力を尽くします!』

手頃な広場を探していると茶髪の青年が話しかけてきた。人間寄りの獣人のようで、何の獣が混じっているのかは分からない。

『ありがとう。でも天使との戦いになるから君達は前線には出てもらえないんだ。だから君達には後方支援をしてもらいたい。戦時中、戦後、減るだろう食料だとか、衣類だとか……そういうの』

『……我々は戦いのお役には立てないんですね』

『うん、でも、戦う人達はその他のことに不器用なことが多いから、その他のことを助けて欲しい。戦争が終わったら君達には色々なところに住んでもらいたい、竜の里に留まってもいいけどね。兄さんに場所を移してもらうから、色んな施設を作って欲しい。教育被服医療食事その他諸々……娯楽でもいいからね。戦争中も君達みたいな避難民や怪我をした僕達が来るかもしれないから、その人達の世話をしてあげて欲しい。不満……かな、こういう役割は』

『…………いえ! お任せ下さい、我々獣人は魔王様のお役に立てるのなら何でも致します!』

『ふふ……ありがとう。でも、強制はダメだよ? ぁ、ごめん、ちょっと下がってくれる? この辺りが良さそうだ』

家や川がない草原、町から少し離れた高台、僕と青年はそこで止まり、僕達に着いてきている獣人達もその場で止まった。

『何をするのですか?』

『木を生やすんだ。シンボルとして、そして、竜の里の魔力を効率的に使えるように、この土地が栄えるように……大樹を与える』

打ち紐を解いて髪を下ろし、地面に引き摺る。草や土に触れる白い長髪が一部持ち上がる。耳の上辺りから生えた篦鹿の角に絡まって持ち上がっているのだろう。

『……ま、魔王様……魔王様は、鹿の……?』

角の重みにグラグラと揺れながら地面に膝を着き、両の手のひらを地面に触れさせる。魔力を流し込むように意識すれば草原の真ん中に芽が出た。その芽はどんどんと成長して若木になり、大木になり、何十人もが手を繋がなければ太さを計れない大樹となった。

『な、な…………こ、これはっ……一体……』

角がカランと抜け落ち、髪をまとめようと手を頭の横に上げると、バランスを崩して倒れた。

『あ……魔王様! 魔王様、大丈夫ですか』

『ん……ごめ、ん……ちょっと疲れて。平気だよ』

手にも足にも力が入らない。青年に助けてもらい、大樹に背を預けた。少し休んでから周囲に集まっていた獣人達に向けて説明を始めた。

『この木は僕の力で生やしたもの。竜の里を独立した世界として保たせている魔力の循環の手助けや、飢饉や疫病が流行らないように土壌や空気中の魔力濃度の調整の役割を持つ。戦争が終わったら世界中に生やすつもりだから、この木の良いところや悪いところを沢山見つけて言ってくれると嬉しい』

試験という言葉は使わずに説明を終え、大勢からの拍手に頬が緩む。ニヤニヤと笑ってしまう顔を見られないように俯くと青年が僕を心配してか顔を覗き込んできた。

『魔王様……』

『あぁ、ごめんね、ありがとう、大丈夫だから』

『……そんな野望、叶えさせる訳には参りません』

青年の手の中に光が集まり、純白の槍が生成される。しかし疲れ切った僕は全く動けず、彼の頭上に浮かんだ光輪をただ睨んだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

処理中です...