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第四十五章 消えていく少年だった証拠
赤子攫い
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天使にしか扱えない純白の槍は僕の首を掠って大樹に突き刺さった。茶髪の青年──いや、茶髪の天使は僕の影から伸びた白い腕に手を掴まれて狙いを外した。
『……どうやって入ったの?』
首の傷を再生させつつ、冷静に尋ねる。
竜の里には竜に招かれることでしか入れない。兄が繋いだ空間転移は例外だ、アレは竜達の力を借りて作った特別な魔法だった。
『獣人共に流行ってたタトゥーを取り上げたらこのザマ、入ろうとして入った訳じゃありませんよ、全然出られないし……』
天使は僕の影から現れたルシフェルを見て槍を手放し、簡単に質問に答えた。
『獣人達の中に裏切り者が居る訳じゃないんだね? 他に天使は居ないの?』
『えっと……』
天使の背後に立ったルシフェルは天使の足を蹴り折り、後頭部を掴んで地面に叩きつけ、真っ白の羽根に妬みをぶつけるように毟り始めた。
『痛い痛い痛い痛いぃっ! やめてっ……誤魔化そうとしたわけじゃ、ないっ、痛いって……やめてくださいルシフェル様ぁっ!』
『ルシフェル、聞けない、一旦やめて』
『……ぅ、うぅ…………居ない、です。俺だけ……俺だけです』
周囲に集まっていた獣人達は天使の姿を見て逃げかけたが、簡単に押えられたのを見て再び近寄ってきていた。僕は彼らに危険だから下がれと言ってから天使に視線を落とした。
『獣人達に溶け込むなんて……何か変な術でも使った?』
『私の神様、この世界では神力が届かないからポテーは槍の生成に全てを賭けていたと思うよ』
『ぁ……そう? じゃあ互いの顔覚えてなかっただけか』
獣人達は幾つかの集団に分けられて仕事をさせられていたのだから、見知らぬ顔が居ても別の仕事場の者だと思うのだろう。念の為に不審人物が居ないか後で確認しておこう。
『……待って、ポテー? 君ポテーっていうの?』
天使が何も答えないでいるとルシフェルは再び羽根を毟り始める。
『ポテーですっ! 俺ポテーですぅっ!』
赤い血と共に白い羽根が舞う。その光景は凄惨と言う他ないが、獣人達は目を爛々とさせて食い入るようにこちらを見つめていた。
『そう……じゃあ君が獣人を攫って無理矢理働かせてたんだね。親から子供の記憶を消して、子供にはそれを伝えずに頑張れば親に会えるなんて嘘ついて』
僕の言葉に静まり返っていた獣人達がザワザワと騒ぎ始め、そのうちに怒鳴り声が上がり始める。大きな声で言ったわけでもないのに聞き取るのは流石獣人と言えよう。
『子を持つ親として君みたいなのは許せない。知ってる? 膨らんでいくお腹を撫でる幸福、弱る妻を想う気持ち、もうすぐ会える子への期待、子を抱き上げる喜び、初めてお父さんって呼ばれた時の感激……分からないんだろ、天使には』
分かりますと嘘を叫ぶポテーへの苛立ちが募るとルシフェルが唐突に彼の腕を引きちぎった。
『ルシフェル!? 何を……そんなこと命令してない!』
『え……? ご、ごめん……神様、そう望んだように聞こえて』
心底戸惑った赤い瞳を震わせ、首枷を撫でる。そうか……妙にルシフェルの間がいいと思っていたが、サタンの細工か。首枷は僕の魔力に混じる僕の危機や僕の苛立ちまで伝えているのだ。
『ポテー、ほら、くっつけろ』
『む、無茶言わないでくださっ……ぃ、痛い痛い痛いぃいっ! 痛い! 痛いやめて痛い!』
投げ捨てた腕を拾ってきたルシフェルは断面同士をぐりぐりと押し付けさせている。血を見て、悲鳴を聞いて、獣人達は明らかに興奮している。
なるほど、天使への不満と獣としての本能か。
『……いいよ、ルシフェル。好きなように……思い切り惨たらしく殺してやって。魂を取り出して僕にちょうだい』
不安と焦燥は喜色満面に取って代わり、もう片方の腕を肩甲骨ごと引き抜いて獣人達の方へ投げた。腰を踏んで足を掴んでねじ切って、膝を反対に曲げてから獣人達の中に投げ込む。その足の残りともう片方の足を掴んで持ち上げると真っ二つに引き裂き、内臓を零させた。
『どうぞ』
撒き散らされた肉片と血の海の中心に浮かんだ真球を拾い、ボール投げで遊んでいた犬のように持ってくる。そんなルシフェルを作り笑いで労い、真球を眺める。真球の中は曇っていてよく見えない、忘れた思い出のようだと感じた。
『ん……ふぅっ……ごちそうさまー、なんてね』
ポテーの魂を丸呑みにして、胃の辺りを摩る。ふと思い立って目の前に屈んでいるルシフェルの頭に手を伸ばした。錦糸のような金髪の滑らかさが憎らしい。
『アルを殺した前後数日間の全てを忘れろ』
ピクっと体を跳ねさせ、こめかみを押さえる。頭痛でもあったのだろうか。
『……ぁ、れ? えっと……』
『ルシフェル、気分はどう?』
『神様……いや、何ともないよ』
これで僕をあの時の人間だと気付くリスクが消えた。クトゥルフのテレパシーによる記憶混濁に便乗していただけだから、彼の影響がなくなった今不安だったのだ。
『にしても……ぁー、なんか疲れたなぁ。僕ちょっと寝るから兄さん来たら起こして、あと誰か何か聞きに来たら起こして』
了解の返事を聞いて大樹の影に寝転がり、正座をしたルシフェルの太腿に頭を乗せる。完璧な美の具現化と言っていい彼女の足は大変寝心地がいい。
『おやすみなさい、神様』
僕の髪を撫でる手つきも僕に向ける微笑みも聖女そのもので、禍々しい十二枚の黒翼がなければ絆されてしまいそうだった。
昼寝を始めてしばらく、ルシフェルに肩を揺らされて目を覚ました。目を擦りつつ起き上がれば灰色の髪の少女が居た。
「魔王様、久しぶり。お休み中ごめんなさい」
『あー……えっと』
誰だったかと記憶の引き出しを片っ端から漁っていると、彼女の隣に獣寄りの獣人の青年が並んだ。灰色の毛皮を持つ狼だ、首から下はともかく頭は狼と全く同じ形、素晴らしい。
『11895さん? でしたっけ』
「11895は兄さん、私は11896よ」
数字の名前なんて覚えられない。あだ名のようなものでいいから名前を考えさせておいた方が良さそうだ。
「アンタのおかげで妹と暮らせる。どうしても礼を言っておきたくてな」
撫でさせろとか言ったら失礼かな。
「本当にありがとう、魔王様」
『いや……僕の都合みたいなものだから』
「感謝してるの、ちゃんと私達の気持ちを受け取って」
少女は僕の手を両手で包むように握り、微笑んだ。
「そんなに男に簡単に触るもんじゃない、嫁入り前の娘が……」
青年が少女の手を剥がすと少女は不満そうに頬を膨らませたが、青年はその頬を手で押さえて空気を吐き出させた。何とも微笑ましい兄妹だ。
「ん……? あぁ、ありがとう魔王様」
少女に握られた手をそのまま青年の前に突き出すと少女と同じように両手で包むように握られた。
「魔王様……?」
肉球……肉球がある! 長年の仕事のせいか硬くなってカサカサしているけれど確かに肉球だ、素晴らしい、気持ちいい、離したくない……!
「あの、魔王様、手を離してくれないか」
『え、ぁ……ごめんなさい。寝惚けてて』
アルとは手を握り合ったりできないから肉球との握手は貴重な経験だ。もっと握っていたいし揉ませて欲しいし足の方も見せて欲しい。僕は彼の恩人なのだし、言えばさせてくれるだろうか。気持ち悪がられるかな。
「にしても……相変わらずめちゃくちゃ良い女の匂いをさせているな……」
青年は自身の両手の匂いを嗅ぐとズボンからはみ出させた尻尾をパタパタと揺らした。
「兄さん気持ち悪い……」
「い、いや、魔王様の匂いに興奮している訳じゃないぞ? 魔王様にはめっちゃくちゃ良い女の匂いが染み付いていてな」
「私が握った後だからでしょ、気持ち悪い」
「いや全然違う、そんな青臭いガキの匂いじゃなくてもっと良い女の──痛っ!? は、鼻を叩くな!」
喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったものだ。
『……ねぇルシフェル、僕って獣臭い?』
『え? うーん……とても』
『そ、そっか……』
服を引っ張って顔を押し当てると何とも落ち着く獣臭がした。
『……どうやって入ったの?』
首の傷を再生させつつ、冷静に尋ねる。
竜の里には竜に招かれることでしか入れない。兄が繋いだ空間転移は例外だ、アレは竜達の力を借りて作った特別な魔法だった。
『獣人共に流行ってたタトゥーを取り上げたらこのザマ、入ろうとして入った訳じゃありませんよ、全然出られないし……』
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『痛い痛い痛い痛いぃっ! やめてっ……誤魔化そうとしたわけじゃ、ないっ、痛いって……やめてくださいルシフェル様ぁっ!』
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『……ぅ、うぅ…………居ない、です。俺だけ……俺だけです』
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『獣人達に溶け込むなんて……何か変な術でも使った?』
『私の神様、この世界では神力が届かないからポテーは槍の生成に全てを賭けていたと思うよ』
『ぁ……そう? じゃあ互いの顔覚えてなかっただけか』
獣人達は幾つかの集団に分けられて仕事をさせられていたのだから、見知らぬ顔が居ても別の仕事場の者だと思うのだろう。念の為に不審人物が居ないか後で確認しておこう。
『……待って、ポテー? 君ポテーっていうの?』
天使が何も答えないでいるとルシフェルは再び羽根を毟り始める。
『ポテーですっ! 俺ポテーですぅっ!』
赤い血と共に白い羽根が舞う。その光景は凄惨と言う他ないが、獣人達は目を爛々とさせて食い入るようにこちらを見つめていた。
『そう……じゃあ君が獣人を攫って無理矢理働かせてたんだね。親から子供の記憶を消して、子供にはそれを伝えずに頑張れば親に会えるなんて嘘ついて』
僕の言葉に静まり返っていた獣人達がザワザワと騒ぎ始め、そのうちに怒鳴り声が上がり始める。大きな声で言ったわけでもないのに聞き取るのは流石獣人と言えよう。
『子を持つ親として君みたいなのは許せない。知ってる? 膨らんでいくお腹を撫でる幸福、弱る妻を想う気持ち、もうすぐ会える子への期待、子を抱き上げる喜び、初めてお父さんって呼ばれた時の感激……分からないんだろ、天使には』
分かりますと嘘を叫ぶポテーへの苛立ちが募るとルシフェルが唐突に彼の腕を引きちぎった。
『ルシフェル!? 何を……そんなこと命令してない!』
『え……? ご、ごめん……神様、そう望んだように聞こえて』
心底戸惑った赤い瞳を震わせ、首枷を撫でる。そうか……妙にルシフェルの間がいいと思っていたが、サタンの細工か。首枷は僕の魔力に混じる僕の危機や僕の苛立ちまで伝えているのだ。
『ポテー、ほら、くっつけろ』
『む、無茶言わないでくださっ……ぃ、痛い痛い痛いぃいっ! 痛い! 痛いやめて痛い!』
投げ捨てた腕を拾ってきたルシフェルは断面同士をぐりぐりと押し付けさせている。血を見て、悲鳴を聞いて、獣人達は明らかに興奮している。
なるほど、天使への不満と獣としての本能か。
『……いいよ、ルシフェル。好きなように……思い切り惨たらしく殺してやって。魂を取り出して僕にちょうだい』
不安と焦燥は喜色満面に取って代わり、もう片方の腕を肩甲骨ごと引き抜いて獣人達の方へ投げた。腰を踏んで足を掴んでねじ切って、膝を反対に曲げてから獣人達の中に投げ込む。その足の残りともう片方の足を掴んで持ち上げると真っ二つに引き裂き、内臓を零させた。
『どうぞ』
撒き散らされた肉片と血の海の中心に浮かんだ真球を拾い、ボール投げで遊んでいた犬のように持ってくる。そんなルシフェルを作り笑いで労い、真球を眺める。真球の中は曇っていてよく見えない、忘れた思い出のようだと感じた。
『ん……ふぅっ……ごちそうさまー、なんてね』
ポテーの魂を丸呑みにして、胃の辺りを摩る。ふと思い立って目の前に屈んでいるルシフェルの頭に手を伸ばした。錦糸のような金髪の滑らかさが憎らしい。
『アルを殺した前後数日間の全てを忘れろ』
ピクっと体を跳ねさせ、こめかみを押さえる。頭痛でもあったのだろうか。
『……ぁ、れ? えっと……』
『ルシフェル、気分はどう?』
『神様……いや、何ともないよ』
これで僕をあの時の人間だと気付くリスクが消えた。クトゥルフのテレパシーによる記憶混濁に便乗していただけだから、彼の影響がなくなった今不安だったのだ。
『にしても……ぁー、なんか疲れたなぁ。僕ちょっと寝るから兄さん来たら起こして、あと誰か何か聞きに来たら起こして』
了解の返事を聞いて大樹の影に寝転がり、正座をしたルシフェルの太腿に頭を乗せる。完璧な美の具現化と言っていい彼女の足は大変寝心地がいい。
『おやすみなさい、神様』
僕の髪を撫でる手つきも僕に向ける微笑みも聖女そのもので、禍々しい十二枚の黒翼がなければ絆されてしまいそうだった。
昼寝を始めてしばらく、ルシフェルに肩を揺らされて目を覚ました。目を擦りつつ起き上がれば灰色の髪の少女が居た。
「魔王様、久しぶり。お休み中ごめんなさい」
『あー……えっと』
誰だったかと記憶の引き出しを片っ端から漁っていると、彼女の隣に獣寄りの獣人の青年が並んだ。灰色の毛皮を持つ狼だ、首から下はともかく頭は狼と全く同じ形、素晴らしい。
『11895さん? でしたっけ』
「11895は兄さん、私は11896よ」
数字の名前なんて覚えられない。あだ名のようなものでいいから名前を考えさせておいた方が良さそうだ。
「アンタのおかげで妹と暮らせる。どうしても礼を言っておきたくてな」
撫でさせろとか言ったら失礼かな。
「本当にありがとう、魔王様」
『いや……僕の都合みたいなものだから』
「感謝してるの、ちゃんと私達の気持ちを受け取って」
少女は僕の手を両手で包むように握り、微笑んだ。
「そんなに男に簡単に触るもんじゃない、嫁入り前の娘が……」
青年が少女の手を剥がすと少女は不満そうに頬を膨らませたが、青年はその頬を手で押さえて空気を吐き出させた。何とも微笑ましい兄妹だ。
「ん……? あぁ、ありがとう魔王様」
少女に握られた手をそのまま青年の前に突き出すと少女と同じように両手で包むように握られた。
「魔王様……?」
肉球……肉球がある! 長年の仕事のせいか硬くなってカサカサしているけれど確かに肉球だ、素晴らしい、気持ちいい、離したくない……!
「あの、魔王様、手を離してくれないか」
『え、ぁ……ごめんなさい。寝惚けてて』
アルとは手を握り合ったりできないから肉球との握手は貴重な経験だ。もっと握っていたいし揉ませて欲しいし足の方も見せて欲しい。僕は彼の恩人なのだし、言えばさせてくれるだろうか。気持ち悪がられるかな。
「にしても……相変わらずめちゃくちゃ良い女の匂いをさせているな……」
青年は自身の両手の匂いを嗅ぐとズボンからはみ出させた尻尾をパタパタと揺らした。
「兄さん気持ち悪い……」
「い、いや、魔王様の匂いに興奮している訳じゃないぞ? 魔王様にはめっちゃくちゃ良い女の匂いが染み付いていてな」
「私が握った後だからでしょ、気持ち悪い」
「いや全然違う、そんな青臭いガキの匂いじゃなくてもっと良い女の──痛っ!? は、鼻を叩くな!」
喧嘩するほど仲が良いとはよく言ったものだ。
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