魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十七章 支配の魔神と無貌の邪神

豊穣の反転

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時は少し遡り、ヘル達が天界に侵略を開始してしばらく。人界では。

『……クソトカゲ共、天界に行ったみたいですね』

『てめぇは行かねぇのか?』

陶器製の天使も名前持ちの天使も関係なく蹴散らし、よそ見をしながら会話をするベルゼブブとマンモン。その戦い方は天使達の怒りを買うには十分過ぎたが、ベルフェゴールに呪われた天使達はどうにもやる気が出ず、実力を発揮することもなく倒されていた。

『私は最初から行く気ありませんよ、天界の物って不味いんです』

『へぇ? でも創造神こそが本当のお父さんなんだろ? 死に目見なくていいのか?』

『それもう一度言ったら殺しますからね。それより……アスタロトはどこ行ったんです?』

魔界を出た瞬間には確かに居たのに、いつの間にか姿をくらましていた側近にベルゼブブな苛立ちを溜めていた。

『居ねぇの? 自分の側近の場所すら分からないのぉ? 三魔王のNo.2ともあろうものが!』

『うるさいですね! 私は二番目じゃありません、一番強いんです! アスタロトだって三魔王の一人ですし……アイツ意味分かんないんですよ!』

ベルゼブブは苛立ちを紛らわすために瓦礫を拾ってお菓子に変え、口に放り込んだ。しかし、すぐに吐き出した。

『クッソ不味っ……嘘でしょ、今変換したばっかりなのに……』

『どした便所蝿』

『……今変換したばかりのお菓子が腐ってて……近くに何か居ます?』

『そりゃこんだけ天使居たら何かしら起こるだろうよ』

マンモンがそう言うとベルゼブブは無数の蝿に姿を変え、眠気で動きが鈍っている天使達の体内に潜り込み、魂に損傷を与えた。数秒と経たずマンモンとベルゼブブの周囲に居た天使は天界へ強制送還された。

『……それ出来るんなら初めっからやれや。てめぇにも堕落の呪は効いてんのか?』

人型に戻ったベルゼブブは再び瓦礫を齧るが、すぐに吐き出した。

『ん……? あれ、魔物使い君?』

すぐに腐ってしまったお菓子を踏みつけるベルゼブブの傍ら、マンモンは遠くに無数の黒い腕を見つける。篦鹿の角のように頭部から生えたその腕はヘルが使うものとよく似ていた、だが、マンモンが見たものこそが本物だった。

『…………てめぇの仕業かぁっ!』

マンモンの疑問の声に顔を上げたベルゼブブもその腕を見つけ、腕の元へ飛んだ。

『これだから神性は! 嫌いなんですよ!』

ゆらゆらと揺れる無数の黒い腕が生えた頭部もまた黒く、その黒髪は触手としてのたうち回り、通常の倍に伸びた足の先には蹄があった。首から下、太腿までは性と芸術を両立させる見事な女体で、それもまた黒い。
彼女の全身が黒く染まっているのは黒い粘液のせいらしく、彼女の体を離れて滴った液体は瓦礫や土を腐食させている。

『……痛イ』

みぞおちに爪先を突き刺すようにしてベルゼブブに蹴られた彼女はふらふらと揺れる。長く伸びた足のせいで彼女の身長は非常に高く、小柄なベルゼブブの三倍はあるだろう。

『痛いですって!? こっちのセリフですよ、この腐れ女神!』

篦鹿の女神──イホウウンデーを蹴った足は崩れていた。足だけではなく飛び散った粘液が触れた服やもう片方の足の各所も腐食が始まっている。

『再生を相殺するなんて酷いじゃないですか……』

『おい便所蝿、手ぇ貸すか?』

『要りません! と言いたいところですが……直接攻撃は危険ですね、腐食してしまいます。お願いします』

捕食、突進などが攻撃手段であるベルゼブブには不利な相手だ。取り込んだバアルの力、暴風を使えば腐食性の粘液が各所に飛び散って部下にも甚大な被害が出る。ベルゼブブは彼女にとっては苦渋の決断を下した。

『はぁい。じゃ、やっちまいましょ。欲しい、欲しい……欲しいっ…………てめぇを殺す武器が欲しい!』

マンモンは持ち歩いていた鞄を開いてイホウンデーに向ける。その内側の深淵に似た亜空間から兵器が現れる。

『さて、どんな兵器か……!』

マンモンの属性は『強欲』。その力を詰めた鞄は地球上のあらゆる場所と繋がるワームホールを作り出し、マンモンの欲しい物を移動させる。つまり窃盗の便利道具だ。

『……へぇ、なかなかの威力……科学の国の物ですかね』

今回出したのはロケットランチャーのようだ。砲弾はイホウンデーの顔面に命中し、よろめかせた。しかし背を反らした彼女は長い足を地面に突き刺すようにして姿勢を戻し、マンモンの方へ向かっていく。

『効いてねぇ……! クソっ!』

マンモンは双頭の黒い鳥の姿に変わり、足に掴んだ開いたままの鞄から小型爆弾をばらまいた。
頭上を飛び回り爆弾を落としてくるマンモンを疎ましく思ったイホウンデーは頭部から生えた篦鹿の角のような腕を長く多く大きく伸ばし、マンモンを追った。

『……っそだろオイ!』

地上を見たマンモンの目に映るのは一面の黒い腕、地上からマンモンを見上げるベルゼブブの目に映るのは一面の黒い腕、鳥の翼は急な上昇や加速には不向きで、マンモンはあっさりと腕に捕らえられた。
マンモンを捕らえた腕は花が萎むようにイホウンデーの頭上で縦長の球体になり、その球の中でマンモンを押し潰し、羽を毟り、好き勝手にいたぶった。

『仕方ありませんね……腐れ女神、真っ向勝負しましょう』

薄緑色のドレスは背中がぱっくりと空いており、そこからは髑髏模様のある蝿の翅が四枚生えていた。ベルゼブブはそれを震わせて人間に不快感を与える音を立て、長く伸びた触覚を揺らし、無数の瞳が集まった赤い目を飛び出しそうなくらいに見開いた。

『三魔王が一人、魔界の最高司令官ベルゼブブ……『暴食の呪』発動します!』

普段は自分を中心として周囲一帯に放出したり、触れた物だけに注いだり、そんな使い方が多い『暴食』属性の魔力をイホウンデーだけを狙ってぶつける。

『……っ! 何……? 甘イ、匂ィ……』

イホウンデーが異常を感じ取った仕草を見せた瞬間、ベルゼブブは巨大な蝿の姿に変わり、ブラックチョコレートで全身を覆った女神を捕食した。長く棘の生えた舌が無数に伸びてイホウンデーの手足を絡め、頭の上で球体を作っていた腕も押さえ込み、ぐちゃぐちゃぱきぺきと咀嚼し、呑み込んだ。

『ご馳走様でした、なかなかいい味でしたよ、貴方以外は』

少女の姿に戻ったベルゼブブは咀嚼中に舌を巻き付けておいたマンモンの足を引っ張り、双頭の黒い鳥を胃の奥から引っ張り出した。

『……ぶはぁっ! はぁっ、げほっ、けほっ、臭っ……ぉええっ……!』

地面に叩きつけられた鳥は燕尾服姿の仮面を着けた男へと変わって咳き込んだ。

『お元気ですか、マンモン』

『げほっ、てめぇ……丸呑みにしやがって』

『貴方は噛まないよう気を付けたんですから感謝してくださいね』

噛み潰された女神が流した液体、ベルゼブブの消化液、そんな物にまみれて匂いを気にするマンモンは不意にベルゼブブの足が再生していないのに気付く。

『ベルゼブブ……? 足は?』

『腐食したところは再生が進みませんね、ここからちぎりますか』

ベルゼブブは足の他にも再生が滞っていた箇所をちぎり、毟り、再生し、無傷の少女へと戻った。自身の肉をちぎったり毟ったりする姿は不気味なものだったが、悪魔にとってはそう不思議でもないようで、マンモンはただ眺めていた。

『……何か、腹にも違和感が……』

ベルゼブブが自身の腹を摩ってそう言った直後、彼女の腹が異常な膨らみを見せた。妊婦のそれとは違う、もっと局所的に、細長い物がベルゼブブの腹を内側から押し上げている。その凸は増え、暴れている。ベルゼブブの腹の中で暴れ回っている。

『便所蝿! それは……!』

『切ってください!』

マンモンは鞄から剣を引っ張り出し、ベルゼブブの胸の下から臍の下までを真っ直ぐ切った。するとベルゼブブの中で暴れていた黒い触手が地面に滑り落ち、のたうち回っった。

『こ、これは……!?』

『なるほど……あの邪神、嫁を操ってたんですね』

ベルゼブブがのたうつ触手を踏みつけると触手はピタリと動かなくなったが、代わりに黒い粘液を溢れさせた。その粘液を踏んだベルゼブブは慌てて足を上げたが、彼女の靴は腐食していない。それも当然、その粘液は腐食性のものとは別の、空間と空間を繋げる媒介だったのだから。
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