魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
887 / 909
第四十六章 正義を滅ぼす魔性の王とその下僕

Herrschaft

しおりを挟む
音楽を司る天使と天国の歌を司る天使を取り込んだ僕の演奏と歌唱は素晴らしいものだっただろう。自分では分からないし、拍手する者は居ないけれど。

一通り演奏を終えてエレクトリック・ギターを影の中に戻す。直後、背後で咆哮が上がった。振り向けば槍を無理矢理引き抜いたと思われるサタンが竜の姿のまま勝利を喜んでいた。

『サタン、勝った?』

枯れ、散った花を踏みつけてサタンの元に走ると彼は大きな頭を地面スレスレに下ろし、口を開けて長い舌を突き出し、舌の上の翼と目の集合体の残骸を見せた。それを吐き出すと竜は黒い焔に包まれ、褐色肌の美男の姿になる。

『魔物使い、ほら』

『ありがとう』

真っ白の真球を渡され、それを直ぐに飲み込む。するとズタボロになったメタトロンは消え、僕の翼が増えた。

『へっ……!? 今まで見た目は変わらなかったのに……』

何十枚もの翼が……しかも羽根の一枚一枚に目が……気持ち悪い。

『二、四、六──十六、十八! かける二で……三十六!? 三十六枚あるよサタン!』

数え終わる頃にはルシフェルがサタンの隣に並んでいた。

『えっ、と……何だっけ? 何を……ぁ、そうだ! 生命の実!』

枯れた花畑の真ん中に立った大樹はまだ枯れていない。僕は赤い実をなっているだけ取り、影の中に入れた。

『……嘘じゃなかったんだね、本当に……これを食べさせればクラールは……うん、そりゃそうだよ、神の果実だもん。天使や人に不可能な奇跡も起こせるよ』

メタトロンを取り込んだことで彼女が最初に持ちかけてきた契約の内容が真実だったと分かった。

『あれ……? 僕、なんで実が欲しかったんだっけ……クラール……クラール? え? く……あれ、今、僕……誰の名前を』

たった今頭に思い描いていたはずの者の顔も名前も思い出せない。自分の顔と名前も分からない。目の前に居る彼らの名も分からない。

『僕、僕は……誰? 僕は、何……?』

『魔物使い……あぁ、魔物使い、此方へおいで』

スーツに身を包んだ黒髪に褐色肌の男が手を広げる。金色の瞳は優しく細められており、僕は彼が信頼に足る人物だと悟って彼に抱き着いた。少し前まで彼の名前は覚えていたはずなのに、彼が誰なのか知っているはずなのに、分からない。

『雨を降らすにはまず雨雲、生体電気を操るのは加減が難しいから壊れてもいいものにだけ使って、契約の時には代償を必ず……』

忘れた何かを思い出そうとすれば力の使い方ばかり頭に浮かぶ。

『神様? 神様、どうしたの? サタン、神様どうしたの?』

『これは神様ではない、魔神王様だ、そうだろうルシフェル。我ら魔性の王であり、神なのだから』

『ぁー、んー、そうだね、じゃあ魔神王様、どうしたの?』

緩くウェーブがかかった長い金髪の女がその赤い瞳に僕の顔を映した。

『天使を取り込み過ぎて少し混乱しているだけだ。何も問題ない』

男に抱き上げられたので彼の首に腕を引っかけ、頭から生えた腕や背中から生えた翼などを消し、人の姿に戻る。

『……さて、神を殺すか』

『あぁ、そうだね、恨みがある……私を愛さなかった、私を認めなかった、正しい私を悪だと断じた神……! あれ? 何も居ない……神も、何も……』

僕を抱えた男と金髪の女は大きな扉を抜けて玉座の間へ辿り着く。しかしそこには何もない。

『いないな。とうに神は去っていたのか……? 人に愛想を尽かして、メタトロンを代理にして……? とにかく、人格はもうここには居ない、別世界へと旅立った、残るのは概念だけだ』

『……えーと?』

『誰も居ない玉座に座るだけで天界の主は描き変わる』

歩くことで起こる心地好い揺れに目を閉じていると大きな椅子の上にドサッと落とされた。

『さぁ……魔物使い。残留する神力全てを吸収し、その心を完全に壊し、神に至れ』

頭を撫でながらそう言われて、僕は深く息を吸った。そうすると白一色で光に包まれていた玉座の間が黒一色の闇に閉ざされた。

『ふ、ふ……ははっ、はははははっ! やった……やったぞ、遂にやった! 余の悲願は達成された! 天界は余の手中に落ちた!』

男がダンッと足を踏み鳴らすと黒い焔が広がり、玉座の間を整えた。まだまだ薄暗いが赤っぽい灯が点き、深い赤色の絨毯が敷かれ、壁や天井の彫刻なども様変わりして僕の目に届いた。

『おぉー……天界がどんどん魔界風に……』

『ふん、もはやここは天界ではない、魔界と同じだ。余は人界に連なる上位界を二つとも手にした。余が、サタンが、全ての王だ』

『魔神王様は?』

『もう動かん。ほら、ルシフェル、一度人界に戻って勝利と功績を報告するぞ。魔界から人界や天界に移住したがる者も出るだろう、竜の里も解放して好きな場所で好きなように暮らし、余を讃えるよう整えなければな。忙しくなるぞ』

男は愉快そうに高笑いしながら玉座の間を、いや、天界を後にした。僕には彼が天界を去ったのが分かる、天界の隅々まで手に取るように分かる、僕の支配する空間なのだと認識できる。

『魔神王様……? 動かないなんて、そんなの……嘘だよね? 魔神王様は私を愛して私を褒めてくれるんだよね?』

女は僕の前に留まっている。僕はそっと手を伸ばし、屈んだ彼女の頭を撫でた。すると不安そうな顔は一転して笑顔に変わり、立ち上がった。

『だよね! じゃあ魔神王様、すぐに奥方を連れてくるよ!』

魔神王とは僕のことか……奥方? 僕は結婚していたのか? 覚えていないな。僕の妻はどんな人だろう、美人だといいな。

『えーっと、シェリーちゃんだったかな? おいで』

女は僕の影に手を突っ込み、何かを掴んで引っ張った。その何かは竜の角だったようで、美しい水色の鱗を持つ竜が僕の影の中から現れた。

『シェリーちゃん、竜の里に入れてくれないかな? 魔神王様の奥さんを呼びたいんだ』

竜はそのつぶらな瞳で僕を見つめた後、可愛らしく甲高い声で返事をして、石の床を爪で彫って円形の模様を描き始めた。その模様が完成すると女は円の中に飛び込み、水面のようになった石の床の中に吸い込まれた。

『きゅーぅ、きゅいきゅい!』

竜が甘えるような声を出して膝に鼻の先端を乗せてきたので撫でてやる。竜は嬉しそうに鳴いて僕の太腿に鼻先を擦り付けた。
手足を動かす気は起きないが、撫でて欲しそうにする誰かを撫でるのは反射的に行える。声の出し方も表情筋の使い方もハッキリとは思い出せないけれど、撫でられて喜ぶ誰かを安心させるための微笑みは作れる。

『きゅ? きゅうぅ、きゅいぃ、きゅい!』

竜が鳴いて僕の膝の上から離れ、石の床に彫った円の中から帰ってきた女を顎で指す。女は白い仔狼を咥えた銀狼を連れていた。

『奥方連れてきたよ、魔神王様』

銀狼は僕の前まで来ると僕の膝の上に仔狼を落とした。反射的にその仔狼を撫でる。今までと違って反応がないし、体温も低い、柔らかさもない。

『ヘル……勝ったんだな、おめでとう……でも、貴方が戦っている間に、クラールはっ……私に毛繕いされながら、貴方を呼びながら、眠るように……死んでしまった』

この仔狼は死んでいるようだ。

『生命の実を食べさせれば助かるかもって話だったのに……惜しかったねぇ』

『あぁ……そうだ、たった今ルシフェルに生命の実の話を聞いた。済まない、ヘル……後、後十分、私がクラールを踏ん張らせていられたらっ……言ってしまったんだ、私は。貴方を呼ぶクラールに……何とか目を開けていようとするクラールに「また会えるから無理はするな」と……言ってしまったんだ』

銀狼は仔狼の母親らしく、酷く悲しんでいる。子供が死ぬ気持ちは僕には分からないが、とても悲しいことなのだろう。

『あまり留まらせていたら魂も壊れてしまう。魂が壊れたら生まれ変わりにすら会えない……だから、もう大丈夫だよと言ってあげたくなって……言わなければと思って……私は、馬鹿だ、大馬鹿だ……ヘル、ヘル……ごめんなさい、ヘル……ヘルっ、ヘルぅ……』

銀狼は僕の膝に前足を乗せて大きな頭を僕の胸に寄せた。仔狼にはなかった体温に、鼻腔に届いた獣臭に、僕の心と頭の奥の深いところが揺さぶられた。

『ア、ル……?』

『あぁ、ヘル。アルだよ、アルギュロスだ……済まない、ヘル……もう、子は……居ない。私しか……アルしか……居ないんだ』

『アル……』

銀狼は普通の狼とは違っていた。光を吸い込むように黒い翼を生やし、漆を塗ったような光沢を放つ黒蛇を尾にしていた。その黒蛇の美しい鱗には醜い傷痕があった、その傷痕は文字のようで、こう書かれていた。
Herrschaft──と。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

処理中です...