魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十六章 正義を滅ぼす魔性の王とその下僕

全て契約の下

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分身を作ればその分魔力消費が増えるからと、兄は竜の里を拠点にした時に分身を残らず取り込んでいた。竜の里を出る時に分裂はしていなかったと思う、バックアップは……ない?

『にいさま……嘘、ぅ、そ……そんな』

賢い兄のことだ。きっと僕も知らない安全な場所に脳だけの分身でも残してあるはずだ。そうでなければならない。

『……必須悪辣十項、其の三、斬殺!』

魔力を実体化させた剣を作り出し、槍に貫かれた腕を切り落とす。ラファエルの治癒の力ですぐに腕を再生させる。

『必須悪辣十項、其の八、撃殺っ……!』

魔力を実体化させた猟銃を両手に持ち、引き金を引く。本物の猟銃とは違い、弾を込める手間はない、弾などない、僕の魔力の塊が飛ぶだけだ。

『…………効いてないっ! ルシフェル! こいつの能力なに!』

『だから契約だって』

『契約ってなんだよ!』

『契約は契約。全ての天使はこいつに攻撃が通らないって契約を結んでる、その代わりに槍を自由に使わせてもらってるんだ。いくら魔力で代替してようと元が天使の属性なんだから、神様の攻撃がメタトロンに効くわけないよ』

天使の攻撃が通らない? それじゃあ僕に攻撃手段がないようなものじゃないか、これまで食ってきた物は全て無駄になるのか。

『悪魔は堕ちた天使や神だしなぁ……創造神系列の神や精霊が元じゃなきゃ通るかな? でも、そんなに強い悪魔なんて居ないよねぇ……君以外には』

『……そうだな』

サタンは一歩前に出た瞬間に巨大な黒竜に姿を変え、大口を開けてメタトロンに突っ込んだ。

『神様! 目くらましくらいは出来るはずだから私と一緒に眩しい感じの術を!』

ルシフェルはそう叫んで僕の胴に腕を巻き、翼を広げて巨竜に姿を変えたサタンの背が見える位置まで飛び上がり、僕の耳元で囁いた。

『……メタトロンはサンダルフォンを大切にしてる。人質になる。サンダルフォンは弱いから私が攫ってくるよ、神様はサタンの手助けをしてあげて』

分かったと返事をする暇もなくサタンの元へ投げられ、彼の肩に叩きつけられる。僕は慌てて立ち上がって自分の翼で飛び、ミカエルの力である白い炎でメタトロンを包んだ。しかし、当然、効果はない。

『サタン、平気?』

メタトロンはサタンの噛みつきや引っ掻きを防ぐのに純白の槍を生成してサタンの口や手に突き刺している。貫かれた箇所をちぎり落とすことで動きを止められる事態は避けているが、再生に魔力を回さなければならないので黒い焔の出が悪い。

『魔物使い……それにルシフェルには失望したよ。この空間は私と契約していると言っただろう? 内緒話ができると思うのか?』

『……っ、ルシフェル! ルシフェル、大丈夫!?』

『何とかー……でも、動けないかも……』

木の影の向こうから返事があった。
動けない……槍によって地面に縫い止められたのだろう。手足くらいなら引きちぎるという力技が使えるが、兄のように串刺しにされたなら身動きが取れなくなる。

『…………サタン、奥さんに刺さってた槍って……こいつが作ってたんだね』

黒い巨竜の頭の横でボソッと呟く。途端、黒い焔の火力が上がる。

『へぇ……! これは、楽しめそうだね……!』

サタンの体の周りに無数の白い槍が現れる。

『氷膜、止めろぉっ!』

氷の膜を作り出してサタンを覆い、彼に突き刺さる槍の威力を下げる。鱗に僅かに刺さった程度なら体を揺らせば抜けてしまうし、僕がサタンに治癒をかけ続ければ彼が自身の再生に気を取られることはなくなる。

『サタン、僕の力は全部無効化される。僕は補助に回るから頑張って!』

メタトロンは契約によって多少の無茶はやってのけるようだが、サタンとは何も契約していない。天使達と交わした契約もメタトロン自身に損傷を与えられないというものだけで、個々の能力を借りられるなんて突拍子のないものではない。

『いける、できる、勝てるよサタン!』

先程から攻撃は槍を作って飛ばしてくるだけだ。能力がとんでもない分物理的な攻撃は苦手なのだろう。

『まずいな…………私の可愛い妹よ、歌え』

『はい! ねぇ様!』

何十枚もの翼の末端が焦げ始めた。気持ちの悪い無数の目も焼けている。
しかし、木の影に隠れていたサンダルフォンが歌い出した途端、火は弱まった。

『何……!? ルシフェル、あの歌には何も効果ないんじゃなかったの!?』

『歌には、ないはずー! ただ単に、空間の……神力濃度が上昇して、相殺されかかってるんだと思う』

『え……サ、サタン! サタンのバカ! リリスは品がない! サタンもリリスも偉そうでムカつく! みんなそう思ってる!』

憤怒の属性のサタンを強くするには怒らせるしかない。だから悪口を叫んでみたが──多少火力は上がったが、追いついていない。

『無駄だったね、魔物使い……これで終わりだ』

今まで飛んできていた槍の数倍大きな槍が現れ、サタンに向かう。僕は当然それを止めようとしたが、その努力は無駄に終わり、サタンは兄やルシフェルと同じように動きを止められた。

『サ、サタン! サタン、そのままでも火は出せるでしょ! 頑張って!』

空間の神力濃度が上がっているから槍も強力になったのか? そして逆にルシフェルとサタンは弱る……まずい、まずい……そうだ、サンダルフォンを先に食ってしまえば──!

『……っ、させるか!』

『きゃあっ! ぁ、ありがとうねぇ様……』

サタンの角を蹴ってサンダルフォンの元へ飛んだが、あと少しというところでサタン達と同じように槍に串刺しにされた。

『く、ぅっ……鹿の、角……黒化』

いつか篦鹿の女神から教わった力。真っ白な篦鹿の角を生やし、負の感情を強く持つことで白い角を黒い腕に変化させ、動かない角を自由自在に動かせる腕に変える。

『何っ!? しまった……サンダルフォン、逃げろ!』

『へっ……きゃあっ!』

サンダルフォンを狙った腕に槍が無数に突き刺さる。だが、いくら腕を潰したところで、地面に縫い止めたところで、腕は無数に生えるのだ。槍と腕の生成速度の勝負と言ったところだな。

『ねぇ様、ねぇ様ぁっ! 助けっ……! ぁ……』

油断していたメタトロンの妹を守る気持ちより、僕の負の感情の方が大きかった。当然だ、僕が何人分の属性を持っていると思っている。魔力の生成速度で負ける訳がない。
捕まえたサンダルフォンの手足首を掴んで引っ張り、小さな体を大の字に広げてミシミシと音を立てさせる。自力で守ることができなくなった腹と胸を腕で貫き、体内を荒らし回り、魂を無理矢理奪った。

『か、返せっ! サンダルフォン……! クソ! どこだ!』

太さ様々な無数の腕を絡ませ合えばどの腕が魂を持っているかなんて分からない。しかし、僕の体は九割以上が槍で破壊されているから取り込むのは難しい。
だから僕はメタトロンがサンダルフォンへの攻撃に気を取られている間に腕を一本地面に潜らせ、兄だった粘液の元に向かい、蓄電石を掴んだ。

『よし……上手くいってる……』

通常のスライムと同じなら物理攻撃で飛び散っても分散しただけで死んでいる訳ではない、脳が潰されたから動かないだけで個々の細胞は生きている。
だから蓄電石に込められた神力に残るトールの性質を呼び起こすことが出来れば、兄が先程やったようにトールを一時的に作り出すことができる。

『僕を助けて神様!』

『雷神……!?』

蓄電石に込められた神力を使って作り出したトールの模倣品は神力によって動く。いくら魔力濃度が低かろうと関係なく、助けを求めた僕を善神らしく助けてくれる。
そう、メタトロンを殴り飛ばし、肉片に近くなった僕を無数の槍の中から力づくで引きずり出してくれる。

『よし、ありがとう、トールさん……』

体を再生させてトールもどきを見上げれば、既にそこには何もなく、足元に黒い粘液と蓄電石が転がっていた。僕は蓄電石を拾い、真球の中で音符が揺れるサンダルフォンの魂を飲み込んだ。

『さ、て……神力を場に満ちさせる天国の歌があるなら……同じ要領で魔力を場に満ちさせる……うーん、地獄の歌? があってもおかしくないよね』

影からエレクトリック・ギターを引っ張り出し、いつの間にか取り込んでいたイスラーフィールという天使の『音楽』の属性とサンダルフォンの『天国の歌』の属性を多少曲解して発動する。

『Willkommen in der Hölle der Herrschaft……』

気取って声を発した瞬間、青空が赤黒く変化し、咲き誇っていた花が散り、周囲が一気に血腥くなった。
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