魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十六章 正義を滅ぼす魔性の王とその下僕

天国の門

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白一色の世界に白い閃光、視界が戻ろうとも周囲に何も居なければいつ視界が戻ったのか分からない。白い天井や壁が崩れた瓦礫はあるが、その先の空間も真っ白な上、瓦礫は発光していて影をほとんど作らない。

『……どうしよう、天界ってめちゃくちゃ視界不良』

『おとーと、電磁波は分かる? 赤外線を見れるはずだよ、それを分析すれば熱を可視にできる』

『よく分かんないなぁ……』

電磁波ということは雷属性の応用で何とかなるのか? だが感覚で分からないことには──あれ? 分かる、感覚で分かる……あぁそうか、これは天使の知識か。

『うん……熱を可視に、だね…………やってみたけど真っ白だよ』

『え? 嘘……ぁ、ほんとだ。熱いんだね、まぁ炎属性ばっかり集まっちゃそうなるかぁ……』

『他に何かないの?』

『空間認識は? できる? 天界みたいな霊体が主なところだとそれも難しいかなぁ……』

やってみると言い、脳の中の知識の棚に勝手に足されただろう天使の知識を漁っていると、突然顔を褐色肌の美男に覗き込まれ、驚いて飛び退いた。

『わ……ぁ、あぁ、サタンか……』

サタンは無言で僕の頭を叩くように手を振るったが、すり抜けて舌打ちをした。

『サ、サタン?』

『……隣で戦っていた余に何も言わず、あんな攻撃をするか?』

『…………ごめん』

縦長の瞳孔が更に細くなり、金色の虹彩が強調される。

『まぁいい、ミカエルとの戦いは長引きそうだった。早く追うぞ』

サタンによるとミカエルとウリエルは飛んで離脱しようとしていたから僕の攻撃によって遠くへ吹っ飛ばされたらしい。

『う、うん……ルシフェルは?』

そう言った直後、瓦礫が持ち上がって黒翼が広がった。


兄は服の影の中に入れたまま、三人で瓦礫を越えていくとウリエルを見つけた。燃え上がる炎の剣を持ち、荘厳な扉の前に仁王立ちになっている。

『ミカエルは?』

『てめェに言う義理はねェな、おっさん』

『……おっさん?』

『天国の門の先にはゼッテー進ませねェ』

この巨大な扉は天国の門と言うのか。この先にミカエルが居るのか? まぁ、どっちでもいい。まずはウリエルから喰ってやろう。

『威勢がいいねぇ! 私より強い天使なんて居るはずがないのに……!』

『ヴァーカ、供給は今はこっちが上だ。ここは俺にとって本拠地だぞ? てめェらは部外者だ、いくらサタンが来てようが魔力生成速度には限界がある』

ルシフェルは鎖で繋がったサタンに魔力を供給されている。サタンの魔力生成の効率は怒らせるほどに上がる──思い付いた。

『サタン、ちょっと頭触らせて……記憶操作、最悪反芻……』

『記憶……!? ザドキエルか……! どいつもこいつもホイホイ食われやがって……』

手に入れたばかりの記憶の属性を使ってサタンにとって最低最悪の思い出を反芻させる。何を見ているかまでは僕の精神状態も悪くなりそうなので覗いていないが、僕ならアルを殺された瞬間が何度も再生されるようなもの──サタンには後で謝らないとな。

『魔物使い、何を……! こんな、記憶を……やめろっ……!』

『ごめん! 耐えて、怒って!』

『ゃ、めっ……ぁあっ……! こんなっ、こんなことっ……何度も……』

珍しくも苦痛に顔を歪めているサタンの金色の角を掴んで頭を振るのに耐えて頭に触れ続ける。

『よく分かんねェが……今だな!』

『ルシフェル、防げ!』

突っ込んできたウリエルと僕達の間にルシフェルが割り込み、炎の剣を掴んで止める。

『燃えろっ、裏切りモンがァァっ!』

『私が間違っている訳がない、間違っているお前達に裏切り者などと呼ばれる筋合いはない!』

ルシフェルは炎の剣を掴んだ手から燃えて崩れていっているが、僕が彼女に治癒をかけて素早く再生させている。
間近の高熱に僕の皮膚も焦げてきた、サタンに触れるために透過を解いているのだ。自分にも治癒を掛けて素早く癒しているからいいものの、直撃すれば灰にになってしまう、ルシフェルにはこのまま防いでおいてもらわないと。

『サタン、いいよ、もっと怒って、いい感じに効率上がってる、もっと、もっと……!』

着実に怒りを溜めているサタンの魔力生成の効率が上がり、ルシフェルに供給される魔力の質と量も上がっていく。ウリエルによる焼却よりルシフェル自身の再生と僕の治癒の速度が上回り、十二枚の黒翼は燃えながらも完全な形を保って禍々しい光を放った。

『……っ、ちくしょォっ! ミカエル様っ……!』

『私の弟に発情しないでもらえないかな雌猫!』

暴言と共に光の出力が上がり、ウリエルの霊体が完全に消滅する。後に残った炎を閉じ込めた真球をを拾い、振り返ったルシフェルの笑顔はすぐに消えた。
天国の門の向こうではなく、僕達が選ばなかった分かれ道に潜んでいたらしいミカエルの大剣が僕を貫いたからだ。
刺さった感覚があってすぐにサタンを突き飛ばしたのが功を奏し、彼に傷はない。
白い炎が僕を灰に返してしまう、その前に──

『にいさまっ……!』

──影から兄を引っ張り出し、サタンの方へ投げた。兄の心配をする前に透過して逃れるべきだったのだろう、しかし、咄嗟の動きというものは不合理なものだ。

『え……おとーとっ! おとーとっ、嘘ぉっ!』

僕はミカエルの浄化の炎によって灰になってしまった。

『神様……!? 嘘っ、そんな……』

『魔物使い………………ミカエル、よくもっ……!』

灰から再生するには治癒じゃダメだな、手に入れたばかりの不死の属性を使おう。ゼタルとかいう天使のものらしい、元々不老不死だから持ち腐れかとも思ったがこういう場合には復活速度を上げるのに使える、要らない属性なんてないのだ。

『……魔物使い、とうばつかんりょう……次は、ルシフェル!』

身の丈を越える大剣を振るうミカエルが放出している白い炎はその大剣の数倍あり、刃渡りよりも遠くからルシフェルに攻撃を加えた。

『強くなったね、ミカエル……お姉ちゃん嬉しいよ!』

右腕を焼き切り飛ばされたルシフェルは黒翼を広げて光を放つ。ミカエルはその小柄さを活かして光線の隙間を縫って飛び、ルシフェルの腹に大剣を叩き込んだ。

『くっ……! 本当にっ、強くなったね……』

『おまえなんか、あにでもあねでもない!』

『酷いっ、なぁっ! 傷付くよ!』

供給速度と量と質の差なのか、ルシフェルが若干押され気味だ。
…………彼女達の争いによって起こる風で灰が飛ばされて再生が進まないな、どうしよう。

『もえつきろっ、叛逆者!』

翼を焼き尽くされたルシフェルに追撃が迫る。だが、巨大な黒竜に姿を変えたサタンがミカエルに突っ込み、噛みつき、それは阻止された。
黄金の角と瞳を持つ漆黒の鱗の竜は怒りと憎しみを込めてミカエルを咀嚼する。腕がちぎれて大剣は落ちたが、白い炎はミカエルを包み、竜の上顎を焼き払った。

『きみも、もえて! ぜんぶぜんぶぜんぶっ、もえて!』

サタンの口内から脱出したミカエルは白い肌と翼と衣装を血に染め、金髪の輝きも赤黒く鈍らせていた。幼子の姿には似合わない痛々しさが僕の胸を締め付ける──っと、まだ胸再生してないや。

『…………死ね』

大きな翼を広げて飛び上がったミカエルの頭上に雲もないのに雷が発生し、ミカエルを巻き込んで落ちる。その雷は金髪金眼の屈曲な青年の姿になり、ミカエルを執拗に殴った。

『死ね、死ねっ、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ねぇっ!』

青年が拳を振るう度に地響きが起こる。青年が拳を振るう度にミカエルの体が破裂し、血肉が飛び散った。

『痛た……サタン、平気かい?』

『……あぁ』

『あれは……雷神?』

『いや、弟に執着する狂人だ』

再生を終えたルシフェルが人の姿に戻り再生途中のサタンを立ち上がらせ、揃って可哀想なものを見る目でミカエルを殴り付ける青年を見つめる。

『死ねっ、死ね、死ね…………ぁ……』

耳の上までの長さだった金髪は黒髪に変わって肩につかない程度まで伸び、屈曲だった体から筋肉が失われ、輝く金眼は虚ろな黒眼へと変わった──いや、戻ったのだ。蓄電石に込められた神力でトールの姿に変わっていた兄が元の姿に戻った。

『…………僕の、おとーと……返してよぉ……』

肉塊の上にへたり込んですすり泣く兄の頭に骨に肉がこびりついただけの再生途中のミカエルの手が伸びる。
まだ片腕と頭の半分が再生していないが、僕は慌てて立ち上がってその手を蹴りつけた。途端、足が燃え上がったのですぐに切り落とし、兄の首根っこを掴んで残った足で後ろに飛んだ。

『……おとーとぉっ! よかった、よかったぁ、生きてたんだね、治れたんだね!』

『必要悪辣十項、其の十、爆殺』

抱き着く兄を無視してミカエルの体に小さな爆発を起こすと、肋骨の中に光り輝く魂が露出した。

『……ミカ。僕のこと好き? 好きな僕と一つになれるんだから、喜んでくれるよね?』

『……………………………………ぅ……ん』

真球を拾い上げ、丸呑みにすると肉塊は跡形もなく消え去った。
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