魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十七章 支配の魔神と無貌の邪神

七十八の驢馬

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ベルフェゴールを庇うように飛び回る人間の拳ほどはあるだろう蝿にナイフが次々と突き刺さっていく。分厚い蝿の体をナイフは貫くことが出来ず、ベルフェゴールには当たらず蝿を落としていく。

『……ちぇっ、ナイフなくなっちった』

紫色のパーカーのポケットをひっくり返し、ロキの姿のナイがつまらなさそうに呟く。地面に落ちた蝿が消え、飛んでいた蝿が寄り集まって翠髪の少女となる。

『…………本当、魔力ごっそり持っていかれますね……呪いか何かですか? 治りも悪い……』

ベルゼブブに負傷は見えない。だが、無数の蝿の姿となった時に四分の一を削られ、確かに消耗していた。
体力の回復とベルフェゴールの呪いが悪魔達に効くのを待ち、じっと構えるベルゼブブの無数の眼には笑みを絶やさないナイの姿が無数に映っていた。

『へへっ……』

ナイは足元の土を蹴り上げ、土埃を起こした。しかしそれは目くらましにもならない程度で、ベルゼブブは動機の読めない行動に困惑した。

『……死ね、蝿』

ベルゼブブの目の前に突如ナイフが現れる。巻き上げられた一粒と一本のナイフを交換したのだ、ナイはそのナイフの柄の部分を蹴り、ベルゼブブへ飛ばした。ベルゼブブはそのナイフを易々と摘み、蹴りを仕掛けたナイの足も掴んで地面に叩きつけた。

『私は魔界最速ですよ? 舐めないでください』

『……知ってるっつーの便所蝿』

ベルゼブブが掴んだ足はマンモンのもので、彼はじとっとした目でベルゼブブを睨み上げた。

『何してるんです貴方』

『てめぇが急に足掴んだんだろ!?』

『はいはい交換テレポートのせいですよ分かってます』

起き上がったマンモンを押しのけて再び距離を取ったナイを睨む。その背後には九割以上が眠ってしまった悪魔達が居た。

『さて……どうしますかね。同士討ちは回避できましたが、私達だけで攻撃したとしても彼らを盾にされては結局こちらが減っていくだけです』

ベルゼブブが悩む間にナイは足元の土を掴んで懐に入れ、交換テレポートでベルフェゴールの周りに散らばったナイフを全て回収した。

『マンモン様、武器を』

『え? ぇ、えぇ……はい、どうぞ』

今の今まで見物を決め込んでいたアスタロトがベルゼブブの前に立った。マンモンは困惑しながらも鞄を開け、アスタロトの手を暗闇に沈ませた。

『……アスタロト? 何をする気です?』

『皆を眠らせるよう言ったのは私。ここは私にお任せを』

『それが筋ってもんですけどね、貴方が筋を守るなんて思いませんでした』

アスタロトが鞄から抜き取ったのは細長い剣、レイピアだ。

『……それでオレサマをどうする気だ?』

バカにするように笑うナイの右肩から左脇腹にかけてが深く切り裂かれる。

『あ、れっ……? 交換……』

攻撃を加えられる寸前に交換テレポートで悪魔にダメージを擦り付けるはずだったのに、自分の体を傷付けられたナイは珍しく困惑した。

『……っ、オマエ、時空系か!』

アスタロトは何も言わずにもう一度剣を振った。ただ一度の振りだったのにも拘わらず、ナイの体は細切れになった。

『え……アスタロト、強かったんですね』

『てめぇの側近だろうがよ便所蝿』

剣に付着した血を払うとアスタロトはベルゼブブに向き直った。彼がまともに戦ったところを初めて見たベルゼブブはビクッと体を跳ねさせる。

『ベルゼブブ様、再生する前に食べてしまってください』

『……分かってますよ』

ベルゼブブは無数の蝿に姿を変え、細切れの死体に群がった。一瞬で骨まで食い尽くされ、跡には赤いシミが残るだけとなった。

『炎、消えましたね……間髪入れず、というか一気に何体も来る覚悟してたくらいなんですけど』

『……ねぇ、アスタロト? テレポートを封じて攻撃できるなら皆を眠らせる必要なんてなかったんじゃないのぉ?』

『マンモン様、ベルフェゴールを鞄に入れてください』

マンモンは何故かを聞いても答えてもらえないと察し、うとうとと船を漕いでいるベルフェゴールを鞄に詰めた。

『おい! お前ら。酒呑が起きない。茨木もだ。何故だ? 敵か? 何かされたのか? 敵はどこだ?』

『レヴィアタン……いえ、ヤマタノオロチ、彼らは大丈夫だと思いますが、念の為眠らせておいてあげてください。三割ですが恐慌状態に陥る可能性があります』

オロチは素直に両手に引きずっていた鬼達を離し、腕を組んでアスタロトを見つめた。その瞳は蛇らしく縦長で冷たく、感情を悟らせない。

『アスタロト、未来が変動するかもしれないからと貴方が説明を避けることがあるのな分かっていますが──』

『ニャルラトホテプの計算通りです。イホウンデーの体内に仕込んだ顕現、アース神族の神格を奪った顕現、この二つの形式上の死体をベルゼブブ様に食わせることで、ベルゼブブ様を門として巨大で恐ろしい顕現を使うつもりなのです』

『…………は? あ、貴方が喰えと言ったんでしょう!? 私を門に……!? 冗談じゃない!』

『ええ、冗談ではありません。貴方は危険なのです、創造神の正当な子供が反転した悪魔である貴方は、創造神が戻る足がかりになるかもしれない』

『私を……始末する気で、貴方は』

アスタロトはにっこりと笑い、それから深く頭を下げた。

『申し訳のないことです、ベルゼブブ様、どうかお許しを……サタン様も貴方の命を張った予防線に喜ぶことでしょう』

『ふ、ふざけるなっ!』

アスタロトに掴みかかった瞬間、小さな少女の身体が軋む。腹が歪に内側から突き上がり、喉の奥から触手が溢れた。話すことすら出来なくなったベルゼブブはマンモンに手を伸ばすが、その異様さと今から飛び出してくるだろう巨大な顕現に近付くのを嫌って手を払われた。

『アスタロト……あなた、そんなことしていいの?』

『問題ありませんよマンモン様。サタン様が戻ってこられると些かまずいのですが、その確率は百分の一に満たな……い……』

自信ありげに語り、苦痛に喘ぐベルゼブブを見下ろして楽しんでいたアスタロトの目は雲の向こうから降りてきた黒竜の翼と尾を生やした人影に釘付けになる。

『…………馬鹿な。創造神が人間に愛想を尽かしていない限り、こんな早く帰ってくるはずは……!』

『……1パー以下だろうがなる時はなるんだよ、しっかり叱られるんだな』

『マンモン。マンモン。なんなんだ? さっきから。お前ら。さっきから。何を話しているんだ? ちっとも分からん』

『ぁー、はいはいこれでも飲んでな』

あまり話を聞いていない上に少し酔っているオロチはマンモンに説明をねだるが、酒を渡され誤魔化された。
サタンが地面に降り立つのとほぼ同時にベルゼブブの体が引き裂かれ、巨大な顕現が姿を現す。創造神の存在を否定するような冒涜的な姿には元々天使だった悪魔達に恐慌状態に陥る可能性を与える。アスタロトは円滑に計画を進めるために悪魔達を眠らせたのだ。

『……ブブ、起きろ』

ベルゼブブの半身を引っ張り起こしたサタンはすぐに魔力を送り込んで裂けた体を再生させ、振り下ろされる巨大な鉤爪を避けるため後ろに跳んだ。

『ぅ……ん……サタン様……? 私……私アスタロトに嵌められたんです! あのロバ生意気にも私を騙して!』

『騙されるような阿呆に育てた覚えはない』

サタンはベルゼブブが起きたの確認すると後ろに放り投げ、巨大な顕現に勝るとも劣らない大きさの黒竜へと姿を変えた。

『あっ、ちょっとクソトカゲ……なんですかこの怪獣大決戦は!』

円錐状の頭部に目や口などからなる顔はなく、鉤爪を持つ腕は長く、無数に生えた触手は手慰みのように眠っている悪魔達を絡めとっている。

『……ちょっとマンモンさん! 何してるんですか、全員その小汚い鞄に避難させなさい!』

『小汚い!? クソっ……命令に従ってやるから訂正しろ便所蝿!』

マンモンは双頭の鳥に姿を変えて触手を避けて飛び回り、眠っている悪魔達を鞄に詰めていく。

『アスタロト、貴方が彼らを無視しベルフェゴールだけを隠せと言ったのは……彼らも死んでもらった方が都合がいいとか、そういうことですか?』

『…………ええ、正解です』

ベルゼブブは続けて理由を尋ねたがアスタロトは何も言わず、前線から退いて見物に徹した。
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