魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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終章 魔神王による希望に満ち溢れた新世界

希望的観測

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カヤに頼んで移動した先はツァールロスの元。ウェナトリアが娘のように扱っている、昔の僕によく似た消極的な女だ。

「ご機嫌麗しゅう魔神王様、お止まりください」
「ご機嫌麗しゅう魔神王様、持ち物検査を」

顔の前に交差した槍が突き出されて後ずさり、アルの腹にふくらはぎをぶつけた。

『やぁ……えっと、久しぶり』

僕の前に立ちはだかったのは蟻の亜種人類、アーマイゼ族の少女。触角と複眼以外は人間と変わらないように見える、黒い鎧を着た兵隊のような一族だ。

『……ツァールロスさん、居る? 会いたいんだけど』

「ツァールロス……キュッヒェンシュナーベ?」
「教育中。中に入るのなら持ち物検査を」

少女達の前で両手を肩の高さに上げ、ポンポンと身体を触られて凶器の有無を確認される。僕は影に武器を収納出来るし、魔力を実体化させて作ることも出来るのだから、凶器なんて持ち歩いている訳がない。

「これは……ブラシ? 持ち込みを許可します」
「魔神王様、奥方様、通行を許可します」

アルも僕と同じように検査されていたが、ポンポンではなくぽふぽふと言った具合だった。

『ツァールロスさーん、挨拶に来ました』

教えられた部屋の扉を開けるとそこは広間で、アーマイゼ族の少年とホルニッセ族の少年が大勢集まっていた。誰も彼もやる気が見られない、引きこもっていた時の僕のような雰囲気がある。

「あら、魔神王様。何かご用?」

『あ、えっと……カルディナールさん、こんにちは。色々落ち着いたので挨拶に来ました、最近はどうですか?』

「あの大きな木が植えられてから豊作が続いていますし、何百年と内向的だった亜種人類全体が外向的になり始めている感覚があります……私はあまり楽観的な物言いは嫌いですけれど、良い未来が開けていく予感がありますわ」

先程会ったモナルヒは「女王らしさ」が弱まっていたように感じたけれど、カルディナールはむしろ増したように思える。

『そうですか……よかった。あの、ツァールロスさんは?』

「彼女には人の上に立つ才能がある、私はそう感じました。ですのでそれを鍛えています」

カルディナールが視線で示した先には台の上に乗せられたツァールロスが居た。部屋に密集したアーマイゼ族とホルニッセ族の少年達のまばらな視線に緊張している様子だ。

「……正確には、社会が切り捨てた弱者をまとめあげる力、ですね」

『はぁ……弱者……?』

「私達アーマイゼ族、そしてホルニッセ族には似た慣習があります。産まれた子供のうち女児は兵隊に、男児は次の子を産むための種に……相応しい男児一人以外は捨てる。その捨てられた男児達に彼女は好かれやすいのです」

さらりと話された二つの種族の慣習は虫らしいものだ。近親相姦を繰り返しているということになるが、それで不調はないのだろうか。

『……世界は開けましたから、あなた達の種族ももう少し風通しをよくしてもいいと思いますよ』

「ふふ、魔神王様はお優しいですね。地下に住む我らはの天敵は晴天白日と気持ちのいい風……私達があなたが言うようになる日が来たら、それはもう私達が別の生き物になった証です」

暮らしを変える気は今のところはない、と。

『それで問題がないのならいいんですけど……何かあったら気軽に相談してくださいね』

強制はよくない、逃げ道を用意するだけにしておこう。
カルディナールとの会話をやめ、アルを背負って少年達の隙間を抜けてツァールロスの元へ向かった。

『ツァールロスさん、久しぶり』

「ん……? あっ、魔神王。久しぶりだな」

相変わらず長い前髪で顔が隠れている。ぬばたまの黒髪や艶のある黒く硬そうな翅には上品な美を感じ、上に立つものらしいと思わせてくれる。

「聞いてくれよ魔神王、ウェナトリアもカルディナールも私にこいつらの面倒見ろって言うんだ」

ツァールロスが指したのは部屋を埋め尽くした気だるげな少年達。

「こいつら、何かあるごとに姉御だとか姉貴だとか……なんでこんなことに」

『カルディナールさんはツァールロスさんに上に立つ才能があるんだって言ってたけど』

「ない! 私なんかにある訳ない! 私を良いように使いたいんだ、厄介事を押し付けてきてるんだ!」

ネガティブを発揮して喚くツァールロスに過去の自分を重ねて恥ずかしさが膨らんできた。思わず目を逸らすとボソボソと話している少年達が不意にツァールロスに話しかけた。

「厄介事って酷いですよ姉貴」
「そうっす、厄介どころじゃないですよ姉御」

「その姉貴とか姉御とか呼ぶのやめろよ! 私はお前らの姉になった気はないぞ!」

慕われているようで何よりだ。ツァールロスも少年達も共に消極的で、自己肯定感が低い。そういう者達は話していると共に沈んでいくのであまり会わせない方がいいと思うのだが、彼らの場合は仲間意識が生まれて上手くいったようだ。

「……ウェナトリアに頼まれて仕方なく来たけど、やっぱり来なきゃよかった」

『ウェナトリアさん達は彼らをツァールロスさんに任せてどうしたいんだろう』

「簡単な仕事からやらせて、ちょっとずつ社会復帰させるんだ。その監督役が私、私にそんなこと出来るわけないのに……」

社会から零れてしまった者達の復帰方法は他の大陸にも共有しておかなければ。後でウェナトリアに文章にまとめてもらおう。

『でも、ツァールロスさん。彼らはツァールロスさんみたいに自分に自信がない人ばっかりだよ。気持ち分かる人が監督してくれたら安心出来るんじゃないかな』

「……私なんかが監督してたら不安しかないだろ」

『僕もずっと引きこもってたしちょっと分かるんだけどさ……ほら、やってみようかなって簡単な作業から慣れてる時に、変にやる気ある人に頑張れ頑張れって言われると怖いじゃん』

台の上に三角座りをしたツァールロスはじっと僕を見つめている。

『慣れてないから失敗して、落ち込んでる時に「そんなことも出来ないのか」って怒られたら立ち直れないよね。でもツァールロスさんそういうことせず、励ましてくれそうじゃん』

「そりゃ私も完璧に出来る自信ないんだから怒るなんて無理だ。励ますったって……まぁ、私より嫌われてる奴なんか居ないんだから、私より落ち込まなくてもいいとは思うし、そう言うかもだけど」

『今まで何にもしてこなかった人にとって、突然外に放り出されるのはとっても怖いことなんだよ、激励なんて怖いだけなんだ。それをしないってだけでツァールロスさんは才能あるよ』

ムスッとしたままのツァールロスは膝に顔を押し付けてしまった。僕なんかの言葉は届かないのだろうか。しかしアルはキツいことを言いそうだから黙っておいてもらわなくては困る。

「姉御、俺ら姉御が一緒にやってみようって言ってくれるとちょっとやる気出るんすよ」
「そうっすそうっす、暗ーい姉貴見てたら俺もあんななのかって、直さなきゃなーって気するし」
「他の奴らと違って姉御は俺達の存在否定したりしないし、俺達は姉御好きっすよ」

ツァールロスが落ち込んでいると察した少年達は僕の後ろでコソコソと話し合い、押し付け合いながらツァールロスを励ます代表を決めて、僕の斜め後ろで彼女を励ました。

「……なんだよ。暗い私見て直すって……反面教師かよ……」

三角座りをしたまま深いため息をつき、不意に立ち上がった。

「ま、まぁ……そんなに言うなら、ウェナトリアにも頼まれてるし、仕事として監督やってやるけどさ……お前ら私に期待すんなよ!」

「はい、姉御も俺らに期待しないでください」
「うっす、他の奴らが期待しないよう言っといてください」
「出来れば仕事減らしてください」

消極的なのは変わらないし、暗いままだけれど、これはこれで上手くいきそうだ。

『ツァールロスさん、何か問題が出たら気軽に相談してくださいね。今日はもう僕帰ります』

「あぁ、分かった。なんかありがとうな」

亜種人類の未来は明るい。僕もそんな予感がする。
アルの背を撫で、カヤを呼び、ツァールロス達に手を振ってその場を後にした。
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