魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
907 / 909
終章 魔神王による希望に満ち溢れた新世界

生きること

しおりを挟む
ヘルメスの葬儀が終わり、天界に戻って数日、僕はベッドから一歩も動かなかった。アルもずっと隣で眠っている。
不老不死の僕達は食事や睡眠の必要がなく、一日一日に大した意味がない。けれどヘルメスのような人間は、普通の生き物は、一日一日死に近付いている。

『ふぁ……うぅん…………水浴びをしてくる』

数日ぶりにアルの体温が離れた。

『……ま、待って! 僕も、僕も行く』

サタンによって魔界のような内装に改造された天界、その沐浴場もおどろおどろしい雰囲気がある。設備には全く問題がないので気にしない。

『ねぇ、アル……ヘルメスさん、幸せだって言ってたんだ。生きてる時も、死んで……霊体になった時も、幸せだって』

『……そうか。なら良かった』

『本当、かな。だってヘルメスさん、路地裏で育って、盗みばっかりして、身体酷使して、二十にもなれずに死んじゃって』

無駄に長く伸びた白髪が濡れて頭が重い。

『ヘル、彼が幸せだと言ったなら幸せだったんだ。疑うのは彼の人生を貶める行為だ、たとえ貴方がただ優しさでそう言っているのだとしてもな』

身体に張り付く白髪が鬱陶しい。

『終わり良ければ全て良し。家族と和解し、彼にとって理想の妻を娶り、短期間とはいえ息子と触れ合い、頼れる後輩に全てを託す。私はヘルメスは幸せだったと思う』

浴びているのはお湯のはずなのに身体が温まらない。

『……最近、さ。死んだ人にお祈りしたり、殺した人にお祈りしたり、したじゃん。それで……先輩の死ぬとこ見て…………兄さんが消えたの思い出したりして、僕、思うんだ。生き物は何のために生きてるんだろうって』

『創造神の座を奪った貴方がそれを言うとはな』

『だって、死ぬじゃん。死んだら全部終わりなんだよ、生まれ変わっても記憶も技術も財産も何も引き継げないんだよ。生まれて、死んで、その繰り返し…………なにこの無間地獄』

濡れた黒翼に抱き寄せられ、温かい銀毛にもたれさせられる。

『貴方はヘルメスが生きた意味は何も無かったと言うのか?』

『だって、先輩っ……まだあんなに若いのに、子供産まれてこれからなのに』

『どうせ死ぬ。貴方がそう言った、若かろうと老いようと関係無いのだろう?』

冷えた体が温まっていく。

『ヘル……生き物は何かを次に託す為に生きている。それが種の存続なのか、技術の継承なのか、主義の伝播なのか、それはそのモノによる。ヘルメスは何を託した?』

『めるくん……?』

『だけか? 貴方は彼に何を教わった? 貴方はそれをどう活かす? 彼が何かを教えたのは貴方だけでは無い。彼は死んだが彼の意思は世界に広がり、緩やかに世界は変わる。それはどんなモノでも同じだ』

彼の生き様は英雄としては素晴らしかった。命を削って大衆に尽くす、その行為の危険性と尊さを教えてくれたのは彼だ。

『じゃあ……僕は何が出来るの? 僕は死なない……何も託せないよ、僕は、生きてるの?』

アルは自身の大きな頭を胸に押し当てる。

『とく、とく……と鼓動が聞こえる。貴方は生きている』

『……なら、心臓が止まれば生きてないの? 止められるよ?』

目を閉じたアルから困ったような笑いが聞こえた。

『ヘル、貴方は生きている。心臓が止まろうと、頭が弾け飛ぼうと、身体が粉々に潰れようと……貴方は生きている。私が証明する』

『…………アルが居なくなったら、僕は』

『死ぬ』

予想外の答えに何も言えずにいるとアルは目を開けて僕を見上げた。真っ黒の瞳孔が膨らみ、真っ白の僕が映っている。

『貴方は私が居なければ生きてはいけないだろう? 私が死んで、私を造り直す事も出来ないとなれば、貴方は死んでしまうのだろう?』

『……僕は不老不死だよ』

『貴方は創造神の座を奪った、この世界に満ちる魔力と神力が人格を持った存在が貴方だ。貴方は世界であり、世界は貴方だ。貴方がこの世界を破壊し、創り直す事も無いのなら、誰も貴方を観測せず貴方も貴方を否定するのなら、それは貴方の消滅を意味する』

アルが死んでしまったら世界中の生物を道連れに自殺する。アルは僕をそんな奴だと思っているのか。

『……僕はアルが消えたらみんなを殺すの?』

『貴方にとって私の存在はそれほど大きい』

『…………そう、かもね』

愛情が伝わっているのだと嬉しくなり、更に伝えるために抱き締める。

『……ねぇ、アル、僕はどうして生きているのか、それはまだ分かってないよ、教えて? 生物が何かを伝えるために生きるなら、僕は何のために生きればいいの?』

『生物の営みを見守る、それが神の役目だ』

『…………そう』

これはアルの考えだ。同じく神性であるハスターは文明を破壊し、停滞した平和の箱庭を作ることを神の仕事だと言い張っている。いや……アレも言い換えれば「見守る」か? 見守りやすい形にして、見守って……よく分からなくなってきた。

『そう難しい顔をするな。今のは真面目に考えるなら……だ』

『真面目に考えなきゃダメなことだと思うんだけど、真面目に考えてない答えって何?』

『貴方は私を愛する為に生きている』

一番しっくりくる答えだ。けれどそれをアルが答えてしまうのは意外だ、アルは僕の愛を受け取ろうとしないことも多かったのに。

『確かにそうかも……うん、そうだね。人間だった頃から、アルと出会った頃からずっと、そうだった。アル……よく「貴方に愛される資格なんてない」とか言っちゃうくせに、本心では違ったの?』

アルは僕の足の間に黒蛇の尾を滑り込ませ、僕を尾に座らせるようにして持ち上げた。

『……人の死を実感し、貴方は生に疑問を抱いたな?』

『うん……? まぁ、そうだね』

『私は死を実感して本能を活性化させた』

遠回しな言い方に首を傾げる。

『ヘル、不死身でも何かを託す事は出来る。誰かに教える事は出来るだろう? そして……種を残すのも』

長い舌が頬を舐める。

『ヘル、死を実感した私の本能が囁くんだ。生きている内に子を成せ、と。私はコアを砕かれない限り死なないと言うのに……命を紡げと煩いんだ』

『えっと、アル……? それって』

『ヘルぅ……ここまで言ったなら察してくれ。これ以上は恥ずかしい……』

アルは俯いて耳を垂らしてしまった。申し訳なさが溢れ、謝るために顔を上げさせようと顎に手を添える。

『ごめんね、大丈夫……分かってるよ』

そのまま僕達は不老不死のくせに残っている生物の本能に従って行動した。時計も窓もない沐浴場では時間の経過など分からない。ベッドで動かなかったのと同じだけ時間を使ったのか、太陽の傾きが目にも分からない程度の時間だったのか、分からない。

『はぁ……そろそろ、出よっか』

『…………体が動かん』

『僕も……もうここで寝ちゃおうか、どうせ風邪なんて引かないんだし』

不老不死になってから生活が乱暴になった気がする。悪魔達はよく毎日ちゃんとした服を着ているものだ。

『ふわぁ……そろそろ部屋戻ろうか』

『十分休めたな。もう一度下界に行かないか? 兄弟達がどうしているか気になる』

『あー、僕も兄弟気になるなぁ……行こっか』

沐浴場を出て外出の準備を整え、不意にアルの背中を撫でる。

『ヘル?』

『……アル、妊娠とかしてない?』

『あぁ……そういえば今回は「孕め」だとか言わなかったな、珍しい。言葉も出ない程興奮していたと見える』

『えっ僕そんなこと言ったことないけど……』

『覚えていないのか。いつも言っていたぞ』

鏡で全身を確認してからカヤを呼び、アルが会いたいと言っていたアルの兄弟達が住んでいるはずの科学の国跡地に向かった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

処理中です...