魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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終章 魔神王による希望に満ち溢れた新世界

僕と君の兄弟達

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科学の国跡地。トリニテートが引き起こした津波によって文明が洗い流され、荒廃していた小さな島。津波によって壊れた建造物から溢れた数多の化学物質等々は島を人が住むことが出来ない土地に変えた。
今は大樹の力で文明の名残を無理矢理植物で覆い隠してある、その上を環境に適応した元実験体の魔獣達が走り回っている。

『着いたね、アル。平和そうだよ』

科学の国に居た人間は牢獄の国に移住させた。異種族や魔物に慣れない科学の国の人間は、人間のみで社会を築いている牢獄の国跡地でしか生きられないだろう。旅行などで少しずつ慣れていってくれたらと願う。

『ん……? おぉ……! 兄弟、兄弟起きろ! 兄弟が来たぞ!』

『久しぶり……ちょっとアル、会いたいって言ったのアルなんだから隠れないでよ』

ビルが倒れているのだろう小高い丘の上に赤銅色の翼と鬣を持つライオンが寝転がっていた。僕とアルを見つけて走り寄ってきた彼はカルコス、アルの弟だ。

『久しぶりだな、駄犬。それと……お前、魔神王だとか名乗っているらしいな? ふんっ、ガキが偉そうに』

『僕が考えたわけじゃないんだから許してよ……』

大樹の方から二対の白い翼を生やした虎が飛んできた。カルコスの呼び声に応えた彼はクリューソス、アルの兄だ。

『久しいなぁ姉上、この頃はどうだ?』

『別に……』

『どうせ昼も夜もなく盛りっぱなしだろう、天界には貴様らしか居らんのだからな』

立派な鬣を押し付けながらアルの頬を舐めるカルコスは愛らしいが、口角を上げて嫌味を言うクリューソスは憎らしい。その嫌味が当たるとも遠からずなのに更に腹が立つ。

『兄上、兄上、この頃はどうだ?』

『僕? 僕は元気だよ、ありがとうカルコス』

『そうか? 顔が曇って見えたが……』

勘のいい獅子だ。死に向き合って暗い気分になっていたのを見抜かれてしまった。

『そういえば……雌犬、お前も暗いな。茸でも生やしていそうに湿っぽい』

『……なら離れろ』

『娘を全員死なせたことをまだ気にしているのか?』

カルコスの鬣を撫でて癒してもらっていたら背後で獣の唸り声が轟いた。振り返ればアルがクリューソスの首に噛みつき、クリューソスは前足でアルの胸を押している。

『アル! ダメ、アル! 離れて!』

アルをクリューソスから引き剥がして抱き締め、息が荒い彼女を落ち着かせる。クリューソスは金と黒の毛皮を自身の血で汚していたが、傷はもう塞がっている。

『クリューソス……ありがとう、爪を立てないでくれて』

アルの胸元に傷はない、クリューソスは肉球でアルを押し返していたのだろう。

『……でも、娘のことをそんなふうに話すのはやめてよ。アルが死なせたわけじゃない、アルのせいじゃないんだから』

『どうだかな。合成魔獣の仔は上手く育たないと相場が決まっている。なぁ?』

『……うむ、ここに我ら実験魔獣の王国を作ってから、もう何度も流れた仔を見た』

未だに娘達の障害の原因は分かっていない。生命の実を食べさせれば解決すると分かり、今後産まれてくるだろう子供達は問題ないだろうから、原因究明から目を逸らしていた。
やはりアルが合成魔獣だったからなのだろうか、ベルゼブブも似たようなことを言っていた。

『アル……アル、違うよ。アルのせいじゃないからね、気にしないで』

『……気にするなだと? そんな事が出来るものか! あの子達は私の腹から産まれ、私の目の前で死んでいったんだ! 大して言葉も覚えず、小さなまま、子供のまま死んだ!』

『分かってるよ……分かってる、アル……君の悲しみは分かる。でも、自分を責めるのだけはやめてよ』

抱き締めていればアルは僕の腕の中で暴れるだけだ。人間だった頃にはアルを押さえ込むなんて考えもしなかった。

『悲しみが分かるだと……? 適当を言うな! 男親に分かる訳が無い! あの子達は皆私の腹の中に居たんだ……私の。貴方のじゃない』

『アル……僕ね、天使をたくさん取り込んで、色んな能力を手に入れたからね……君の心が聞こえるんだよ。本当に分かるんだ、君がどれだけ悲しいか……胸が痛いよね、すごく痛い、分かる……僕も感じる』

アルが暴れるのをやめて僕を見上げる。見開かれた目は「気持ちを分かってくれた」なんて思ってはいない。

『ヘ、ル……私は』

『……アル、大丈夫。気にしないで』

『分かる訳が無いなどと……私は。貴方が、あの子達をどれだけ愛していたか……私は知っていたのに。あの子達への愛は貴方の方が上だと知っていたのに! 私はっ……私は!』

『アル、ダメ、その先は言わないで、お願い』

今までずっと心の声を聞いてきたわけではないけれど、今だけはアルに対してずっと力を使っている。だからこれからアルが言おうとしていることも先に分かってしまう。

『私は貴方からの愛を受ける娘達に嫉妬までしたのに!』

抱き締めたアルの大きな口から漏れる息は熱く、布越しに僕の腹を温める。

『……兄弟、そうだったのか? あんなに可愛がっていたくせに……妬んでもいたのか?』

『所詮、雌犬だな。自分の雄を盗る雌は自分の娘だろうと許せないんだろう』

僕に頭を押し付けたアルはぐったりと体から力を抜いている。そんなアルの様子を心配したカルコスは傍に寄ってアルの毛繕いを始めた。

『クリューソス、黙れ』

『……なんだ? ガキ……おっと、魔神王様?』

『君が本能でアルを嫌いなのも、それでもアルを妹だと愛しているのを僕は知ってる』

『俺の心も聞いたか、気持ち悪い奴だな』

『君の言葉は酷すぎる。どうしてそんな言葉を出せるんだよ、アルが今日だけでどれだけ傷付いたと思ってるんだよ』

肉食獣らしい金色の瞳が鋭くなり、僕は僅かにたじろぐ。

『よく自分の妹をメス呼ばわり出来るよな、しかも夫の目の前で』

『俺達は獣だからな、お前の感覚とはズレがあるだろうさ』

『嘘だね、君達は人間の中で育った合成魔獣だ。メスって同種に言うのは人間と同じだけの抵抗がある。なのに君は平気で言う…………女の子にトラウマでもあんのかこの童貞が』

牙を向いた口を閉じさせるように顔を掴み、力で押さえて地面に顎を付けさせる。

『…………君は考えてることはそこまで酷くないんだから、言葉をもう少し選んでよ。ほら、早くアルに謝れ。暖炉の前に敷かれたくなきゃね』

手を離すとクリューソスは不快そうに体を震わせ、深いため息をついてアルに寄った。

『押さえ込んで言うことを聞かせるなどという力技、低脳のイヌ科ならともかくネコ科に通じると思うなよ』

僕を睨んで吐き捨ててからアルの頬を舐め、低く唸った。

『…………悪かったな、言い過ぎた』

『……いい。事実だ』

『いや、お前はちゃんと母親として娘を愛したし、その娘が死んだ原因はお前じゃない。それこそが事実だ』

『………………今日は地面から雨が降るな』

アルが微かに笑みを零すとクリューソスは「これでいいだろう」と僕を見つめ、一歩下がって寝転がった。

『……一件落着か? 全く、兄弟と兄弟は顔を合わせる度に喧嘩をする……もう少し仲良くして欲しいものだ』

カルコスはアルの目の前に回り、クリューソスの顔に腰を下ろした。ネコ科だなぁ……とでも思っておこう。

『…………そうだ兄弟、仲良くなった魔獣が大勢居るんだ! 紹介したい、共に鬼事でもして遊ぼう!』

僕を見上げるアルに微笑むと彼女はカルコスに向き直り、口角を上げた。

『……いいだろう』

『よし、行くぞ!』

カルコスはクリューソスの頭を蹴って草原の方へかけていく。彼の咆哮で魔獣達が集まっていく……合成魔獣ばかりなのだから仕方ないが、異形ばかりだな。

『……クリューソス、さっきは無理矢理押さえてごめんね? アル達が戻るまでゆっくり話そうよ、仲直りしよ』

『…………ふん』

そっぽを向く仕草には肯定の意味が込められている。僕は彼の隣に腰を下ろし、一方的に話し始めた。
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