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序章 異世界への通行手形
狼の群れとの遭遇
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全身を覆う重厚な鎧を着たジャックは平気で歩いているのに、厚手の布の服を着ているだけの僕は転んでしまった。
「ユウ……? ユウっ! どうした、大丈夫か」
鞄の中に入っている物がガシャンと音を立て、僕が転んだことに気付いたジャックが走って戻ってきた。
「立てるか? 怪我は?」
「な、ないよ……ごめんなさい、本当にごめんなさい、鞄の中の壊れたかも……ごめんなさい」
「鞄は俺が持とう。必要なら肩も貸す」
「い、いいよ、大丈夫……ちゃんと着いていく」
鞄の中を確認し、ジャックは再び僕の前を歩く。僕と彼の距離はやはり開いていく。
「この森を抜ければすぐに街だ、しかしその前にやっておくことがある。ユウ……遅いぞ、やはり足を痛めたのか?」
「ご、ごめんなさい! 森なんか歩いたことないし……足、ちょっと痛いのもあって、ぁ、言い訳のつもりじゃなくて、その、ごめんなさい、ごめんなさい……頑張るから、怒らないで……」
「そう謝るな。今から魔樹の樹液採取をする。高値で売れるし俺の燃料でもある、必須だ」
ジャックは茂みをかき分けて大木の前に立ち、その木の肌を撫で、鞄から瓶を取り出した。中を覗けば五百ミリは入りそうな瓶が六本入っていた、先程ガシャンと鳴ったのはこれだ。幸い割れていない。
「魔樹と呼ばれる特別な木がある、ユウに見分けは無理だろう。俺が示した木だけに近付け、動く木もあるからな。魔樹に短剣を突き立てると樹液が零れる、それを入れるんだ」
ジャックは腰にぶら下げた短剣を木の肌に突き刺しながら説明した。鞄には折り畳みナイフも入っている、これを使ってお前もやれということだろう。罪悪感を覚えつつ木にナイフを突き立て、滴り落ちる黄色っぽい粘性の液体を瓶に受け止めていく。よく見れば木には刺傷や樹液が流れた跡だろうシミが多くあった。
「この樹液がどうして高く売れるの?」
「質の良い濃い魔力を含むからだ。しかもどの属性の魔力にも染まり、拒絶反応を起こさない。人に対しては効果が薄いが、魔物には傷も病も一瞬で治る万能薬になる」
魔物の万能薬なら持っていても仕方ない、僕達には金を稼ぐためのものでしかないな。
「……これで全部か」
「重っ……!」
かなりの時間をかけて六本の瓶を樹液で満たした。元々重かった鞄は約三キロ増えたことになる。
「俺が持つんだ、貸せ」
「……ごめんね、足手まといで」
「俺がユウを足手まといと思うことは絶対にない」
鬱蒼と生い茂る木々を掻き分けてしばらく進むと道らしき場所に出た。車輪の跡がある、車が通ったのだろうか。
「轍……馬車だな。街はこっちだ」
ジャックが指差した方に目を凝らせば森の終わりと建物が見えた。舗装こそされていないものの木の根や草や石がない道は歩きやすく、足取りが軽くなる。しばらく行くと犬の鳴き声が聞こえてきて、足を止める。
「ユウ? 何してる、行くぞ」
「犬が鳴いてる……なんかキュンキュン言ってる、ちょっと見に行かない?」
「もう日が暮れるぞ」
「でも……怪我してるのかもしれないし、ジャック先行ってて。道まっすぐだから一人で追いかけられるよ」
茂みに入り、鳴き声の方に歩いていくと灰色の大きな犬の群れが倒木に集っていた。
「ハスキー……?」
「狼だ」
ジャックは街に向かわず僕に着いてきてくれていた。
「狼? すごい、異世界ってすごいね、野生の狼がいるんだ」
「……これ以上近付くな、大声も出すな。連中は魔物だ、女神様はああいうのを倒せと言っている」
魔物……アレが? ただの狼に見えるが。
「動物とは違うの?」
「こちらの世界にユウの世界のような動物はいないと考えていい」
なら動物と魔物の役割はほぼ同じか。
「倒しちゃダメだよ、狼を殺したら鹿とかが増えて山が禿げちゃうって読んだよ」
野生動物に関わるのはよくないし、狼となれば怖い。大人しく街に向かおう──そう思ったが、倒木の下敷きになった狼を見つけた。周りに居る狼はその狼を助けようとしているらしく、倒木の隙間に鼻先を潜り込ませたり引っ掻いたりしていた。下敷きになった狼のキュンキュンという苦しそうな鳴き声が僕の足を止めてしまう。
「……あれ何とかならないかな、可哀想だよ」
「計測……計測…………計測完了。あの木なら俺は持ち上げられるが、する必要はない」
「助けられるなら助けてあげて、あのままじゃ死んじゃう」
僕はジャックの腕を引っ張って狼の群れに近付いた。狼達は途端に僕の方を向き、姿勢を落とした──警戒されているのかな?
「安心して、大丈夫だよ、この人は木をどかせられるって。その子を助けたいんだ」
獣に言葉が通じるわけがない。分かっていつつも落胆したが一番前に居た真っ白な体毛の狼が僕に近付いてきた。
「……アルファの雄だな、つまりこの群れのボスだ」
「綺麗な目してるね、すごく綺麗な深い青……」
やはり僕にはハスキー犬に見える。
白い狼は僕をしばらく眺め、後ずさりをして距離を取ってから振り返り、狼達に向かって一声吠えた。すると狼達が下がり、下敷きになった狼までの道ができた。
「…………助けてってさ。ジャック、お願い」
「言葉が分かるのか?」
「いや、全然……でも、そう言ってる気がする」
全身を金属板で覆っているジャックの表情は分からないが、僕に呆れていることだろう。しかしジャックは倒木を持ち上げて僕に狼を引っ張り出すよう言った。
前足を掴んで引っ張り出したが狼の後ろ足は折れているようで、立ち上がろうとして悲痛な鳴き声を上げた。
「あぁ、ダメだよ動いちゃ……どうしよう、折れてるよこれ……」
「複雑骨折だな、野生動物にとって足の傷は致命的だ。安楽死が妥当だろう」
「ダメ! そんなのダメだよ……! ぁ、そうだ、樹液、ねぇ樹液って使えない?」
樹液の採取中、ジャックは「魔樹の樹液は魔物にとって万能薬」と言っていた。
「……ユウ、それを一本売るだけで二日分の宿代になるんだぞ?」
「お金より命の方が大事だよ。どう使えばいいの?」
「外傷なら患部にかけて使う」
カバンから取り出した瓶の栓を抜き、樹液を狼の足や腰にかけていく。
「かけ過ぎだ、もったいない……」
みるみるうちに折れ曲がった足が元の形に戻り、狼が元気に立ち上がる。
「すごい! すごい効き目だね! これ……現実にもあればなぁ」
全身に浴びれば僕の火傷跡も治るだろう、異世界が僕の現実ならよかったのに。いや、魔物にしか効かないんだっけ?
半分に減った瓶の中の樹液を光に透かしていると骨折が治ったばかりの狼が頬を舐めてきた。
「わ……わっ、あははっ……元気になったみたいだね、よかった」
「早く行くぞ」
ジャックは僕から瓶を奪って鞄に入れ、街道に戻っていく。
「あ、ま、待ってよ! じゃあね! 気を付けるんだよ!」
街道に出てからも僕をじっと見つめていた白い狼の澄んだ青い瞳はいつまでも記憶に残るだろう。
「ユウ……? ユウっ! どうした、大丈夫か」
鞄の中に入っている物がガシャンと音を立て、僕が転んだことに気付いたジャックが走って戻ってきた。
「立てるか? 怪我は?」
「な、ないよ……ごめんなさい、本当にごめんなさい、鞄の中の壊れたかも……ごめんなさい」
「鞄は俺が持とう。必要なら肩も貸す」
「い、いいよ、大丈夫……ちゃんと着いていく」
鞄の中を確認し、ジャックは再び僕の前を歩く。僕と彼の距離はやはり開いていく。
「この森を抜ければすぐに街だ、しかしその前にやっておくことがある。ユウ……遅いぞ、やはり足を痛めたのか?」
「ご、ごめんなさい! 森なんか歩いたことないし……足、ちょっと痛いのもあって、ぁ、言い訳のつもりじゃなくて、その、ごめんなさい、ごめんなさい……頑張るから、怒らないで……」
「そう謝るな。今から魔樹の樹液採取をする。高値で売れるし俺の燃料でもある、必須だ」
ジャックは茂みをかき分けて大木の前に立ち、その木の肌を撫で、鞄から瓶を取り出した。中を覗けば五百ミリは入りそうな瓶が六本入っていた、先程ガシャンと鳴ったのはこれだ。幸い割れていない。
「魔樹と呼ばれる特別な木がある、ユウに見分けは無理だろう。俺が示した木だけに近付け、動く木もあるからな。魔樹に短剣を突き立てると樹液が零れる、それを入れるんだ」
ジャックは腰にぶら下げた短剣を木の肌に突き刺しながら説明した。鞄には折り畳みナイフも入っている、これを使ってお前もやれということだろう。罪悪感を覚えつつ木にナイフを突き立て、滴り落ちる黄色っぽい粘性の液体を瓶に受け止めていく。よく見れば木には刺傷や樹液が流れた跡だろうシミが多くあった。
「この樹液がどうして高く売れるの?」
「質の良い濃い魔力を含むからだ。しかもどの属性の魔力にも染まり、拒絶反応を起こさない。人に対しては効果が薄いが、魔物には傷も病も一瞬で治る万能薬になる」
魔物の万能薬なら持っていても仕方ない、僕達には金を稼ぐためのものでしかないな。
「……これで全部か」
「重っ……!」
かなりの時間をかけて六本の瓶を樹液で満たした。元々重かった鞄は約三キロ増えたことになる。
「俺が持つんだ、貸せ」
「……ごめんね、足手まといで」
「俺がユウを足手まといと思うことは絶対にない」
鬱蒼と生い茂る木々を掻き分けてしばらく進むと道らしき場所に出た。車輪の跡がある、車が通ったのだろうか。
「轍……馬車だな。街はこっちだ」
ジャックが指差した方に目を凝らせば森の終わりと建物が見えた。舗装こそされていないものの木の根や草や石がない道は歩きやすく、足取りが軽くなる。しばらく行くと犬の鳴き声が聞こえてきて、足を止める。
「ユウ? 何してる、行くぞ」
「犬が鳴いてる……なんかキュンキュン言ってる、ちょっと見に行かない?」
「もう日が暮れるぞ」
「でも……怪我してるのかもしれないし、ジャック先行ってて。道まっすぐだから一人で追いかけられるよ」
茂みに入り、鳴き声の方に歩いていくと灰色の大きな犬の群れが倒木に集っていた。
「ハスキー……?」
「狼だ」
ジャックは街に向かわず僕に着いてきてくれていた。
「狼? すごい、異世界ってすごいね、野生の狼がいるんだ」
「……これ以上近付くな、大声も出すな。連中は魔物だ、女神様はああいうのを倒せと言っている」
魔物……アレが? ただの狼に見えるが。
「動物とは違うの?」
「こちらの世界にユウの世界のような動物はいないと考えていい」
なら動物と魔物の役割はほぼ同じか。
「倒しちゃダメだよ、狼を殺したら鹿とかが増えて山が禿げちゃうって読んだよ」
野生動物に関わるのはよくないし、狼となれば怖い。大人しく街に向かおう──そう思ったが、倒木の下敷きになった狼を見つけた。周りに居る狼はその狼を助けようとしているらしく、倒木の隙間に鼻先を潜り込ませたり引っ掻いたりしていた。下敷きになった狼のキュンキュンという苦しそうな鳴き声が僕の足を止めてしまう。
「……あれ何とかならないかな、可哀想だよ」
「計測……計測…………計測完了。あの木なら俺は持ち上げられるが、する必要はない」
「助けられるなら助けてあげて、あのままじゃ死んじゃう」
僕はジャックの腕を引っ張って狼の群れに近付いた。狼達は途端に僕の方を向き、姿勢を落とした──警戒されているのかな?
「安心して、大丈夫だよ、この人は木をどかせられるって。その子を助けたいんだ」
獣に言葉が通じるわけがない。分かっていつつも落胆したが一番前に居た真っ白な体毛の狼が僕に近付いてきた。
「……アルファの雄だな、つまりこの群れのボスだ」
「綺麗な目してるね、すごく綺麗な深い青……」
やはり僕にはハスキー犬に見える。
白い狼は僕をしばらく眺め、後ずさりをして距離を取ってから振り返り、狼達に向かって一声吠えた。すると狼達が下がり、下敷きになった狼までの道ができた。
「…………助けてってさ。ジャック、お願い」
「言葉が分かるのか?」
「いや、全然……でも、そう言ってる気がする」
全身を金属板で覆っているジャックの表情は分からないが、僕に呆れていることだろう。しかしジャックは倒木を持ち上げて僕に狼を引っ張り出すよう言った。
前足を掴んで引っ張り出したが狼の後ろ足は折れているようで、立ち上がろうとして悲痛な鳴き声を上げた。
「あぁ、ダメだよ動いちゃ……どうしよう、折れてるよこれ……」
「複雑骨折だな、野生動物にとって足の傷は致命的だ。安楽死が妥当だろう」
「ダメ! そんなのダメだよ……! ぁ、そうだ、樹液、ねぇ樹液って使えない?」
樹液の採取中、ジャックは「魔樹の樹液は魔物にとって万能薬」と言っていた。
「……ユウ、それを一本売るだけで二日分の宿代になるんだぞ?」
「お金より命の方が大事だよ。どう使えばいいの?」
「外傷なら患部にかけて使う」
カバンから取り出した瓶の栓を抜き、樹液を狼の足や腰にかけていく。
「かけ過ぎだ、もったいない……」
みるみるうちに折れ曲がった足が元の形に戻り、狼が元気に立ち上がる。
「すごい! すごい効き目だね! これ……現実にもあればなぁ」
全身に浴びれば僕の火傷跡も治るだろう、異世界が僕の現実ならよかったのに。いや、魔物にしか効かないんだっけ?
半分に減った瓶の中の樹液を光に透かしていると骨折が治ったばかりの狼が頬を舐めてきた。
「わ……わっ、あははっ……元気になったみたいだね、よかった」
「早く行くぞ」
ジャックは僕から瓶を奪って鞄に入れ、街道に戻っていく。
「あ、ま、待ってよ! じゃあね! 気を付けるんだよ!」
街道に出てからも僕をじっと見つめていた白い狼の澄んだ青い瞳はいつまでも記憶に残るだろう。
応援ありがとうございます!
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