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第二章 優しさには必ず裏や下心があると考えると虚しい

まるで普通の中学生みたいに

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2015年4月29日 水曜日 10時32分

目を覚まし、身体中の鈍痛に声を漏らしながら部屋を出る。体にはまだ父の痕跡が残っていて、足の間を垂れていくそれを憎みながら風呂に向かった。
殴られたせいで爛れた皮膚が一部剥がれたりしてシャワーすら苦痛だった。頬の内側を切ったせいか水を飲めば鉄臭い味がして不快だった。トーストを食べれば口内の傷が痛んだ。

学校に行かなければ。サボりを父に知られたらまた殴られる。塩飽達に殴られた方が痛くない。
昨日便器に突っ込まれた制服は洗濯機に洗わせたまま干していなかったのに必要になってから気付き、学校指定のジャージを着て家を出た。
けれど、学校へは行けなかった。家を出て道を歩いてしばらく、急に足が動かなくなった。父に殴られるのと塩飽達に殴られるのを天秤にかけて塩飽達の方がマシだと結論は出たし、これ以上勉強が遅れるのはまずい……なのにどうして足が動かないんだよ。

「化野さん、何してるの?」

ブロック塀に寄りかかり手提げカバンを抱き締めてすすり泣いていると式見蛇に声をかけられた。
無視されるのも優しくされるのも怖くて、友達になりたいのにこれ以上関わりたくなくて、会いたいのに会いたくなかった。

「え……ぁ、なっ、泣いてる? どうしたの? どっか痛い? 病院行く?」

お願いだから優しくしないで。お願いだから僕にずっと優しいままでいて。

「…………式見蛇、学校は?」

矛盾する感情はヘドロのようだ、口に出せるものではない。

「……今日休みだよ? 昭和の日で」

「え……!? あっ…………そ、そう……だったね、僕、間違えてた……ありがとう、教えてくれて。間抜けだよね、僕……家に帰るよ、さようなら」

「あ、待って化野さん。暇? 暇なら遊ぼうよ、どっか行こう。学校行く気だったのに行けなくなったら暇だよね? 遊ぼ? ダメ……かな」

その170センチを越えるだろう身長と筋肉質な体、何よりその強面からは想像もできない人懐っこい態度。それは僕を苦しめ、僕を癒す。

「それより、式見蛇……ごめんね、昨日……ちょっと気が立ってて。腕平気?」

「ん? うん、気にしないで、何ともない」

式見蛇の腕は袖に隠れて見えない。

「腕、見せて」

「えっ……い、いや、何ともないってば。大丈夫」

玄関扉は重いし、勢いもあった、きっと痣になっている。

「アザないか見たいんだよ」

「ないよ、大丈夫」

式見蛇は腕を後ろに回してしまった。どうしてそんなに腕を見せたくないのだろう、刺青でもあるのか? 強面だからってそれはないか。

「そ、それで、遊びには……行かない? 嫌かな」

話題を戻したがっている。これ以上腕を見せろと言っても嫌がられるだけだろう。

「……どこ連れてってくれるの?」

「い、行ってくれる!? ど、どどっ、どこがいい? カラオケでもゲーセンでも、どこでもいいよ、どこでも連れてってあげる!」

式見蛇は三十センチ以上の身長差がある僕に目線を合わせるため背をかなり曲げて話している。その仕草から彼の優しさを感じ取ることはできるけれど、塩飽達に絡まれたと知ったら離れるのだろうと思ってしまって、素直に喜べない。

「……ゲームセンター行ってみたいな。行ったことないんだ……ぁ、ジャージじゃない方がいいよね、着替えてくるね」

学校指定の服装のまま遊びに行くのはいけない。一度家に戻って着替え、カバンも替えて財布も持った。

「お、おまたせ……」

「全然待ってないよ。あ、可愛い服だね」

サラリと言われた褒め言葉に呆然とする。
僕が着ているのはメンズのパーカーにジーンズだ、とてもではないが「可愛い」なんて言われる服じゃない。

「どこが可愛いのさ……変な気遣わないでよ」

「え……? 似合ってるし……気を遣った訳じゃなくて、本当に可愛いと思ったんだよ」

パーカーにはネコのシルエットが印刷されている。まぁ、服のデザインは可愛いか……僕はともかく。

「式見蛇……式見蛇はカッコイイよ」

「えっ……!? あ、ありがとう……お気に入りなんだ、この服」

式見蛇が着ているのは見覚えのあるスポーツブランドのジャージだ、ファスナーを一番上まで締めているからなのかクソダサい。しかし顔とスタイルの良さで格好良く見える。力技だ。
顔が良いと言うのは躊躇してしまって、式見蛇が自分の服装を褒められたと勘違いしたままゲームセンターに着いてしまった。

「化野さん何かしたいのある?」

「来たことないから……よく分かんない。なんか、うるさい……」

式見蛇はゲーセンに慣れているのだろうか、見た目で判断してしまうと慣れていそうだけれど、気弱な性格には合わない。

「向こうの方がレース系、こっちは音ゲー、そっちはUFOキャッチャー、あっちはコイン系……ちょっと適当に見て回ってて、俺両替してくるから」

式見蛇はそう言うと両替機の方へ行ってしまった。初めての場所で一人になるのは不安だったが、同じくらいの高揚もあった。父に禁止されてきたゲーム、それだけがある施設、ここに居る背徳感は凄まじい。
ふらふらと歩き回り、ネコのぬいぐるみが並んだUFOキャッチャーの前で止まる。別にネコが好きな訳でも、ぬいぐるみが好きな訳でもない……ない、はずだ。

「………………可愛い」

別に欲しいなんて思ってない。ちょっと可愛いなと思っただけだ。
言い訳しつつもUFOキャッチャーとはどういうゲームだろうと予測していると、聞きたくない声が聞こえてきた。

「あれあれ~? 勇二ちゃんじゃ~ん、マジかよゲーセンとか来んのかよ~、え何どのゲームすんの?」

「あ、クソプ…………しっ、塩飽? なんで」

今日は一人か? 取り巻きの二人は他のゲームのところにでも居るのか?
鼓動が跳ねる、呼吸が荒くなる、逃げたいのに足が竦む。

「あぁ、ゾンビ撃つゲームあるもんな、ゾンビ役か! ははっ、画面から飛び出してきましたーってか? お前は俺に五千円渡さなきゃなんねーんだからこんなとこで遊んでる場合じゃないよなぁ? それとも、今渡してくれんのか?」

カバンの中の財布には五千円以上入っている。だが、これは食費も含んでいる。これを盗られたら父に殴り殺される。

「と、友達にっ……連れてこられただけ、お金はっ、今は、ない……」

「友達ぃ? ハゲゾンビの友達ってなんだよ、やっぱあのゾンビゲーの中か?」

ケラケラと笑う塩飽の汚い金髪に照明が反射して眩しい。染めるならちゃんと染めろよ安モン使いやがってクソプリンが。

「化野さん、何かいいの見つけた?」

両替を終えたらしい式見蛇が戻ってきた。
僕は彼が助けてくれる未来を思い描くと同時に、彼が塩飽の方につく未来を想像して憂鬱になった。
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