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不運はこの時のために

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ベランダで第二第三のファーストキスだなんて言いながら唇を重ねた。当然不慣れな僕達に出来たのは不格好なキスで、口を離すと緊張からの解放が効いたのかシンヤはその場に座り込んでしまった。

「……立てる?」

「腰、抜けちゃった……」

部屋から漏れる明かりだけでも分かる、シンヤの顔は真っ赤だ。僕もきっと赤いのだろう、顔が熱い。

「手、貸すけど……立つ?」

「う、うん……立つ」

何故か目を合わせられない。震える手を震える手で掴み、手に力が入らず引っ張れないし、シンヤも足に力が入らず立ち上がれない。

「…………」

「…………」

手を繋いだまま目を逸らし、互いの手の温度だけを伝え合う。

「ヒロ……くん」

「なっ、何?」

「立つ、から……その、引っ張って欲しい」

「あ、うん……」

いつの間にか震えは止まり、力が入るようになっていた。シンヤを立たせて数分間見下ろしていた彼を見上げる。

「か、顔、顔洗ってくるっ! なんか、暑くて」

「えっ、ぁ、行ってらっしゃい」

部屋に戻ったシンヤは足早に洗面所に向かった。キスの直後に洗面所に向かうって……相手が僕で彼がシンヤでなければ喧嘩になるぞ? キス嫌だったのかなんて勘違いされて。

「……暑い」

窓を閉めて冷蔵庫を開け、涼む。冷蔵庫の中にあるジュースは出すと金を取られる仕組みだったかな、取ったら教師に怒られそうだ。見てると飲みたくなってくる、この顔の冷やし方はやめよう。

「はぁ……ぁ?」

扉が開いた音がした。音の方を見てみると同室の陽キャ共がわらわら帰ってきていた。おかえりなんて言う柄じゃないし、話しかけられたくないし、顔を背けておこう。

「お、小宅ー、ぶっ倒れてたけど無事?」
「昼はぐねってたし災難過ぎねぇ?」
「吉良は? どっか行ったん?」

めっちゃ話しかけてくるじゃんコイツら。やだな、どうしよう。担任や保健医は触れてこなかったけど、コイツらにはシンヤと恋人関係であることをからかわれるかもしれないんだよな……

「も、もう平気……大丈夫、ありがとう。き、吉良……吉良くんは、えっと……顔を洗って、ぁ、来た」

シンヤが帰ってきた、よかった、陽キャ共との会話はシンヤに任せよう。

「…………ヒロくん? 今、なんて言ったの? 俺のことなんて呼んだ?」

「え? 何……どうしたの、シンヤくん……」

「………………聞き間違いかぁ。なんでもないよ♡ ヒロくん♡ ただいま♡」

抱きついてきた、背中に隠れさせて欲しかったのに。

「あ……帰ってたんだ。おかえり」

「おー、ただいま。これから一号室でUNOやんだけど来る?」

一号室はこのクラスの陽キャ共十人のうち上から数えた連中六人のグループだ。つまり僕が行くと死ぬ部屋。

「うの……? ヒロくんどうする?」

「えっ僕に聞くの」

僕が断ったら僕ごときが断るのかよって雰囲気悪くなるし、僕が行ったら空気が悪くなるじゃないか。

「シンヤくんの好きにしなよ、聞かれてるの君なんだから」

「いやお前にも聞いてるけど」

「えっ」

「俺ヒロくんが行くなら行く、行かないなら行かない」

「ちょ」

やめて僕に選択権を渡さないで。

「どーすんの? 早く決めろよ小宅」

やめて名前呼ばないで。

「君達は四人とも行くの? ふぅん……行かなきゃ二人きりかぁ……二人きりだってさヒロくん、どうする?」

「え、ゃ……えっと」

「なんで悩むの? 悩むことないよね? 俺と二人きりよりみんなと遊ぶ方がいいの? ヒロくんがそっちがいいならいいけどさ……」

シンヤはこんなふうに言ってくる性格だったか? 僕の彼氏ということに自信を持って積極的になっているのだろうか。うっすらヤンデレみがあっていいなぁ。

「こーやーけ! とっとと決めろってば」

「ひぃっ……い、行きますんっ」

シンヤの新しい一面にときめいていたら陽キャに凄まれ、口が勝手に返事をしてしまった。

「どっちだよ!」

「俺のヒロくん怒鳴るのやめろよっ!」

「ひぃっ!? シ、シシ、シンヤくんどうしたのっ……? キャラが違う……!」

「あぁヒロくんごめんね大声出しちゃって……怯えてるヒロくんも可愛い♡ 俺と二人きりがいいよね? いいね? いいよね♡ ごめんねー、ヒロくん俺と二人っきりがいいって♡ 行ってらっしゃいバイバイ帰ってこないでねー♡」

僕は一言も話していない。まぁ、行きたくなかったし返事をしたくもなかったからよかったんだけどさ。シンヤ、本当にちょっと性格変わってない?

「ふふっ……♡ ひぃーろぉーくぅーん♡ 邪魔なの居なくなったね♡」

二人きりになれたのは嬉しい限りだ。芋虫事件や捻挫、シンヤとの喧嘩などの不運は全て、この幸運のためだったのかもしれない。
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