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食事って難しい

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草木も眠り虫の声すら聞こえない深夜、人間の村に侵入。
見つかったらどうなるか分からない、退治される可能性が高い、下手を打てば討伐隊を組まれて森に攻め込まれることもある、そんなふうに脅されてはどう動けばいいか全く分からない。
弟は既に見当たらない、本能なのか行くべき家が分かったのだろう。二人で襲うのもどうかとは思うが、置いていかないで欲しかった。

「んー……こう、こう……こう! だっけ? いや……んー?」

羽根を広げて尻尾を揺らし、民家の壁に両の手のひらをくっつける。念じて……なんてそんなふわっとしたアドバイスで出来てたまるか、具体的に言え具体的に。

「……疲れた」

もう良いだろうかと木造民家の窓を覗く。窓に近いベッドには少し歳を食ってはいるがなかなかの美女を見つけた。寝込みを襲うのは趣味ではないのだが、ヤらなければ餓死してしまう。
心の中で謝りつつ窓に触れると淫魔の力なのか建築技術が拙いのかガラスが外れて倒れてきた。そのガラスをそっと地面に下ろし、窓から侵入。女性はよく眠っている。隣にもベッドがあり、男性が寝ている。夫婦だろうか。

「…………失礼しまーす」

そっと布団を捲る……女性は自らの身体を抱き締めるようにして身悶えていた。先程の適当な念じ方でも効果はあったらしい、淫らな夢を見ていることだろう。捲れた寝間着に触れる──女性の目が開く、目が合う、叫ばれる。

「ま、待って、俺は怪しいもんじゃ……」

めちゃくちゃに振られた足が腹や胸に当たり、ベッドから落とされてしまった。

「……この淫魔が、よくも我が妻に!」

「おっさん起きたっ……やばっ、痛っ!? い、痛い、待って、俺実は元々人間で……痛いって、話せば分かる、俺ヤらなきゃ餓死する……痛いぃっ!」

よく見えないが木の棒か何かで叩かれている。あの森の近くの村だし、淫魔はよく来るのかもしれない。いや、冷静に分析している場合ではない、逃げなければ。

「猟銃持ってこい!」

「は、はい、あなた……!」

本当に殺されてしまう。人妻に手を出してはいけなかったのだ。
窓から転がり出て地面に置いておいたガラスの上に落ち、割り、腕に破片が刺さる。激痛を堪えながら走り出すと発砲音が夜闇に響いた。もはや痛みも感じない、死の恐怖だけを抱えて村の外に出て、村と森を分けている川にかかった橋の下に隠れた。

「痛てぇ……クソっ、あんなとこにガラス置くんじゃなかった。ってかもっとよく見ればよかった」

女性の一人暮らしを探すのは難しくとも一人部屋で寝ている令嬢くらいなら見つけられただろう。それなら抵抗されても迎撃されるなんてことはなかった。

「はぁっ…………お腹減った」

ガラスの破片を全て抜いて、川に投げ込む。川のせせらぎを間近に聞きながら、そっと体を横たえた。夢を見せるのに魔力を消費した、逃げるのに体力を消費した、早くヤらなければ死んでしまう……そんな確信がある。

「誰か……」

お腹が空いた。

「助けて……」

餓死しかけの淫魔に身体を預けてくれる人間の女なんて居ない。人間でなくともそんな女は居ない。
俺はきっとここで死んでしまうのだろう。弟は悲しむだろうか、ここまで出来ない奴だったとはと呆れるだろうか。まぁ、どうせ次に会う時俺は死体だ。願わくば彼が俺の死に悲しみませんように。
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