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番外編 可変生物 (ネメスィside)

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王都、裏街道。何かと怪しい取引が盛んな区画、王都の恥部と呼ばれているが、王族にもその関係者にも欠かせない店があるのも事実だ。
表とは違ってどんよりとした空気が漂う街に二人の男が居た。前を歩くのは金髪金眼の筋肉質な剣士、その後ろを行くのは灰髪青眼の細身の魔術師、彼らは情報屋かそれに類するものを探していた。

「道なのか人家なのか店なのか分からんな……」

裏街道にはそこら中に違法建築物があり、道を塞ぐそれらの中を通り抜けなければ街を歩けない。金髪の男──ネメスィはすっかり迷っていたが、堂々と進んでいた。

「カタラ、お前はそろそろ何か食わなければ……カタラ?」

「ん……? ん、へいき。食わなくても……まだ、いける」

舌がもつれた話し方にネメスィは違和感を覚えたが、ひとまず屋根のない明るい場所まで行ってから様子を見ようとそのまま進んだ。



今にも崩れそうな素人作りの住居の中を抜け、太陽の光に照らされた道に出る。今日は雲一つない快晴だ。

「カタラ、こっちを向け」

「ん……まぶ、しい」

カタラは大きな帽子を傾けて俺の方を向いたが、すぐに目を伏せてしまった。深海にも似た青い瞳の彼は眩い光を嫌う、並外れて白い肌は陽の光を浴びると赤く腫れる、光を反射しやすい俺の髪は体調が悪そうな今は特に見たくないのだろう。

「体調が悪いなら宿で休んでろと言っただろう」

王都に来るまでの道で打撲と刺傷を多く負った、俺が夜に出発するなんて言ったせいだ。

「さく、さがさ……ないと」

「……とりあえず水でも飲め」

蓋を開けて水筒を渡す。カタラは小さな声で礼を言い、それを飲もうとし、零して服を濡らした。

「……ごめん」

手がすべった訳ではない。口があまり開いていなかったし、手が震えていた、何より先程から動きが固い。

「カタラ、病院に行くぞ」

「は……? だめ、だろ。さくを……」

「お前は自分の体調も分からないのか!」

「さく、がっ……どんなめに、あってるか」

決して首を縦に振らないカタラの頭を殴って気絶させ、ぐったりとした彼を背負って病院に向かった。

「どうだ?」

裏街道の病院はあまり清潔ではないが、外科の腕は良いと評判だ。何より表の病院より料金が安い。

「破傷風……だな」

「病名なんて言われても分からん、いつ治る?」

「……君ら王都の外から来たのか? それとも孤児か? 普通は予防接種があるもんだ」

「王都の外の孤児だ。いつ治るかとっとと言え」

カタラは背後のベッドで眠っている。医師はそれを確認した後、ため息をついてから話し始めた。

「傷口をすぐに洗わなかっただろ。しかも症状が出るまで放置して……薬は裏じゃまず手に入らない、表でも数百万だ。発症直後でなきゃ効果は低いし、偽物が多く出回ってるって話だし」

「いつ治る?」

「多分死ぬ。諦めろ。そこのベッドは死ぬまで貸してやるから死んだら運び出せよ」

傷口の縫合や異物の除去に定評がある医師だったから来てみたが、とんだ無駄骨だった。ベッド料金が宿よりは安いことを喜ぶべきか。

「……ねめ、しー」

「スィ、だ。なんだ?」

「ここ、は?」

「病院だ。傷が化膿している、しばらく休め」

「俺……いつまで、ここに?」

医師との会話は聞こえていなかったようだ、今起きたのだろう。

「一晩寝れば治るだろう、そう心配するな。お前の傷はそう酷くはない」

「俺の、しんぱいなんか……してない。さく、さがせよ」

「あぁ……分かっている」

「はやく、いけよ。俺は、はやくなおす、から、ねる」

荷物を持って部屋を出て、指がちぎれかけた男の指を繋いでいた医師の元へ行く。

「手術室に汚いカッコで入ってくるんじゃない。俺を恨んだって仕方ないだろ、恨むべきは予防接種を受けられない環境に生まれて、しかも知識がなくて放置してた君ら自身だ」

「……魔術師は居ないのか?」

「表の方には居るな。でも、連中も切れた腕を繋げる程度しか出来ない。菌には治癒魔術なんて意味がないんだ、活性化させちまうこともあるらしい。菌を狙い撃ちする魔術を使える奴なんかそうそう居ないんだ」

「……カタラの病は菌なのか?」

「破傷風菌っていう菌だ。だから薬じゃないと……あっ、おい! 扉を閉めていけ!」

カタラが寝かされている部屋に戻ると彼はもう眠っていた。指が中途半端に広げられて固まり、時折に痙攣している。俺は扉の前に椅子を置き、カーテンをしっかり閉め、カタラが起きていないことを確認してから短剣を抜いた。

「……戻れ」

左手のグローブを外し、手のひらの中心に短剣を突き刺した。激痛を覚え、赤い血が流れる。その数秒後、痛みは消えて血は黒く変色した。

「……っ、ふぅ……戻るのが遅いな。人間に慣れ過ぎだ……」

短剣を引き抜き、傷口から滴る黒い粘液を眺める。黒の下に虹があるような、暗い虹色のそれは次第に粘性を増し、床に落ちた粘液と繋がって髪よりも細い触手となった。

「…………カタラ。お前は俺の本性を知ったらどうするんだ?」

うねる触手は人間の目には気味悪く映るらしい。
孤児院に行く前、まだ人間の戦い方を知らなかった俺は魔物に襲われていた人間を助けるために右腕の肘から下を数本の触手に変え、魔物に絡めて蛇がするように骨を砕き、そのまま触手から吸収した。助けた人間は俺を罵倒し、俺の頭に石を投げて逃げた。
この触手には三つにもならない子供の見た目をしていても石を投げさせる気味悪さがあるのだ。正義の味方にとって最も大切なのは強いことではなく人々に良い印象を与えることだ、この姿は絶対に誰にも見せてはいけない。

「……起きるなよ、カタラ」

カタラの腕に貼られていたガーゼを剥がし、痛々しい刺傷を晒す。傷口に触手を潜り込ませるとカタラの体内の感触と味が伝わってきた。

「…………よし、感染した」

破傷風菌とやらが触手を見つけたようだ、俺の触手の中に侵入してきている。

「………………免疫獲得。流石、早いな……人間の身体を模すよりも人間の見た目を真似た方が強くなりそうだ」

俺を形作る細胞はあらゆる環境に適応する、抗体の獲得など容易だ。

「普通の薬より効くはずだ。カタラ、ゆっくり休め」

手のひらの傷口から伸びた触手を引き抜き、菌の毒素を中和する抗体だけを水程度の粘性の液体に溶かし、傷口に注入した。

「……大丈夫だよな? これで……多分……うん、カタラ、頑張れよ」

触手を体内に戻し、人間の細胞に置き換えた。途端に手のひらの傷が痛み、血が流れ始めた。

「赤い……うん、うん、お前と同じだ、カタラ」

ベッド横の棚に入っていた包帯を巻き、床を汚すのを止める。

「俺はお前と同じ、人間だ」

白い包帯に滲む赤色は人間の証、甘やかな痛みは人間の証だ。愛おしくなって頬擦りをすると人間の血の匂いがした。
俺は勇者ネメスィ・ルーラー、種族は人間、それは決して覆ることない事実であるべきだ。
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