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二番目に雷神に近い可変生物
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今、何と言った?
ネメスィによく似た彼は、ネメスィと同じ苗字を名乗った彼は、俺を見つめて何と言った?
「──我が求めに応じ、我が敵を封じよ……土の精!──」
床板が割れ、隙間から土が吹き出し、ネメシスの四肢に絡む。
「返答次第でこのまま手足ぶっ潰す! お前、何者なんだ! どうしてネメスィと同じ名を名乗る、魔神王の勅命ってどういう意味だ、サクを殺す気なのか!?」
魔神王の勅命が俺を殺すということなら、魔神王は自身を倒そうとしている女神の存在に気付いたということだ。そして女神の協力者である俺を殺せと──!
「兄さん……」
「シャル、分かってるな? 俺の盾になるなよ、戦ってくれるのはありがたいけど絶対俺を庇ったりはするな!」
「兄さん、僕……僕っ、兄さんを守れないかもしれない……! 僕、勝てない……兄さん、兄さん……どうしよう、服なんか作らなきゃよかった……兄さん、兄さん、どうしようっ……!」
シャルは泣きそうな顔をしている。正直、シャルに戦ってもらえたら回避出来る危機だと思っていた。だが、シャルはネメシスの強さを悟って怯えている。兄として弟頼りになるのは情けない、シャルの方が強いのだとしても、兄は弟を守るべきなのだ。
「ネ、ネメシス! 教えてくれ、俺に何かあるって言うならちゃんと言ってくれ! なら、協力出来るかもしれない……」
ネメシスは冷たい金眼を俺に向けている。土に絡め取られた手足はもうひしゃげているのに、骨が折れる音もしなければ血が流れることもない。
「俺の、腹には……もう何も居ない。今朝、出ていった。出ていったんだ。それで、多分っ……あの人を襲った。そいつを捕まえに来たんならそいつを追ってくれ! 俺の中にはもう居ない!」
「いや、居るよ。君の胎にまだ潜んでいる。だから君をかっ捌く」
「──我が殺意に応じろ土の精霊! 我が怨敵を引き裂け!──」
両手に拳を作っていたカタラはその両腕を力を込めて広げた。それに呼応して土は更に強くネメシスの手足を締め上げ、四肢をちぎろうと引っ張った。
「…………は?」
四肢を引かれたネメシスは頭のてっぺんから胸元までが真っ二つに裂けた。その断面は虹色を孕んだ黒で、どろどろと粘着質な液体を溢れさせ、目玉を浮かべ、粘性を高めて触手を生やした。
「ひっ……!? サ、サク、逃げろ!」
見覚えがある。足を切られたあの邸宅でシャルと暮らしていた時に現れたネメスィの偽物の姿と同じだ。
「兄さんっ!」
呆然と立ち尽くしていた俺はシャルに突き飛ばされ、床に倒れた。伸ばされた黒い触手はシャルの腕に絡みついている。
「……君じゃないんだよね」
シャルの腕に絡みついた触手に紫電が走り、離されたシャルはぐったりと倒れた。
「え、と……確か、インキュバスは痛覚も鋭いんだよね? 痛かったかな、ごめんね。大人しくしてて、殺すつもりはないんだよ」
二つに割れている頭から声が出ているのは不気味だ。
「シャルっ……カタラ! カタラ、火を使ってくれ!」
「あ、あぁ、そうだな、スライムなら火に弱いはずだ──我が求めに応じ、敵を滅せよ、炎の精──!」
俺が前世でハマっていたとあるTRPGのクリーチャーに似たモノが居た。アレは銃火器を使えば倒せる強さだった、カタラの術なら勝てると思いたい。
触手の真ん中に火がつき、そこにあった目玉の横に口が現れ、ギュィイイッ……と悲痛な悲鳴を上げた。
「よし、効いてる……!」
ネメシスは手足を一度溶かして土による拘束を抜け出し、頭の断面から生えた触手をちぎった。割れた身体を引っ付けて人の姿に戻ると、体表に紫電を走らせた。
「カタラ、何か雷を防ぐものを……!」
次の攻撃を悟った俺はカタラに向かって叫んだが、既に雷撃を受けて倒れていた。ネメシスはカタラが倒れたからか火が消えた触手を拾い、自分の体に戻した。
「暴れないでくれる? 痛くはしないからさ」
俺には攻撃手段なんかない。
「ねっ……眠、れ」
「……発動してないよ? ドジな子だね」
術も使えない。
「…………どいてくれる?」
何の術も使えない人間である査定士の背に庇われても、俺は自分が犠牲になると宣言することすら出来ない。
「ねぇ、どけって言ってるんだけど」
「……早く、私を力づくでどかせばよかったのにな。もう着いたみたいだ」
大勢の足音が近付いてくる。扉を開け放ち、兵士達が現れる。
「人間に化けた魔物が現れたと言って呼んで……おい、た」
しかし、放たれた雷撃は兵士達を残らず感電させた。
「はぁ……もういいや」
査定士の肩にネメシスの指先がトンっと触れただけでスタンガンのような音が響き、彼も床に倒れた。
「さ、大人しくしてね、すぐ済むから」
ネメシスはローブの内側に縫い付けていたメスを三本指の間に挟み、もう片方の手でウエストポーチから樹液が詰まった瓶と何か薬液が入った注射器を取り出した。
「……そ、それ、なんだよ、何の薬だよ」
「麻酔薬だよ」
「…………え?」
「インキュバスには分からないだろ。ちょっとそこ寝転がってくれない?」
麻酔薬? なんで? メスでかっ捌くんだろ? 樹液も用意してあるし……まさか、こいつ、俺を殺しに来たんじゃなくて本当に調べに来ただけなのか?
「……お前、俺を殺すんじゃないのか?」
「え? あぁ……うん、神性が敵性だって分かって、君がそれに汚染されていて、それが不可逆的なものならね」
「…………初めっから言ってくんないかなただの検査だって!」
「何キレてんの急に」
ネメシスは不快そうに眉を顰め、本心から首を傾げた。
「コミュ障ばっかり……!」
「君、体重は? インキュバスは麻酔効きにくいんだよねぇ……の割に痛がりだから麻酔絶対要るし……」
「何なのお前も良い奴ではあるの?」
「少なくとも君にとっては違うかもね」
大多数の生き物にとっては良い奴なんだな? 言い方が悪いんだよ。腹を裂くとか、かっ捌くとか、そのせいでカタラとシャルは無駄に戦闘を……あぁもういいや。
「……寝た方がやりやすいんだよな? こっち来てくれ、ベッドあるから」
「綺麗なタオルとかもあると嬉しいな」
感電させられた彼らが起きた時、どんな説明をすればいいのだろう。俺はそれに頭を悩ませつつ、大人しく着いてくるネメシスに既に呆れていた。
ネメスィによく似た彼は、ネメスィと同じ苗字を名乗った彼は、俺を見つめて何と言った?
「──我が求めに応じ、我が敵を封じよ……土の精!──」
床板が割れ、隙間から土が吹き出し、ネメシスの四肢に絡む。
「返答次第でこのまま手足ぶっ潰す! お前、何者なんだ! どうしてネメスィと同じ名を名乗る、魔神王の勅命ってどういう意味だ、サクを殺す気なのか!?」
魔神王の勅命が俺を殺すということなら、魔神王は自身を倒そうとしている女神の存在に気付いたということだ。そして女神の協力者である俺を殺せと──!
「兄さん……」
「シャル、分かってるな? 俺の盾になるなよ、戦ってくれるのはありがたいけど絶対俺を庇ったりはするな!」
「兄さん、僕……僕っ、兄さんを守れないかもしれない……! 僕、勝てない……兄さん、兄さん……どうしよう、服なんか作らなきゃよかった……兄さん、兄さん、どうしようっ……!」
シャルは泣きそうな顔をしている。正直、シャルに戦ってもらえたら回避出来る危機だと思っていた。だが、シャルはネメシスの強さを悟って怯えている。兄として弟頼りになるのは情けない、シャルの方が強いのだとしても、兄は弟を守るべきなのだ。
「ネ、ネメシス! 教えてくれ、俺に何かあるって言うならちゃんと言ってくれ! なら、協力出来るかもしれない……」
ネメシスは冷たい金眼を俺に向けている。土に絡め取られた手足はもうひしゃげているのに、骨が折れる音もしなければ血が流れることもない。
「俺の、腹には……もう何も居ない。今朝、出ていった。出ていったんだ。それで、多分っ……あの人を襲った。そいつを捕まえに来たんならそいつを追ってくれ! 俺の中にはもう居ない!」
「いや、居るよ。君の胎にまだ潜んでいる。だから君をかっ捌く」
「──我が殺意に応じろ土の精霊! 我が怨敵を引き裂け!──」
両手に拳を作っていたカタラはその両腕を力を込めて広げた。それに呼応して土は更に強くネメシスの手足を締め上げ、四肢をちぎろうと引っ張った。
「…………は?」
四肢を引かれたネメシスは頭のてっぺんから胸元までが真っ二つに裂けた。その断面は虹色を孕んだ黒で、どろどろと粘着質な液体を溢れさせ、目玉を浮かべ、粘性を高めて触手を生やした。
「ひっ……!? サ、サク、逃げろ!」
見覚えがある。足を切られたあの邸宅でシャルと暮らしていた時に現れたネメスィの偽物の姿と同じだ。
「兄さんっ!」
呆然と立ち尽くしていた俺はシャルに突き飛ばされ、床に倒れた。伸ばされた黒い触手はシャルの腕に絡みついている。
「……君じゃないんだよね」
シャルの腕に絡みついた触手に紫電が走り、離されたシャルはぐったりと倒れた。
「え、と……確か、インキュバスは痛覚も鋭いんだよね? 痛かったかな、ごめんね。大人しくしてて、殺すつもりはないんだよ」
二つに割れている頭から声が出ているのは不気味だ。
「シャルっ……カタラ! カタラ、火を使ってくれ!」
「あ、あぁ、そうだな、スライムなら火に弱いはずだ──我が求めに応じ、敵を滅せよ、炎の精──!」
俺が前世でハマっていたとあるTRPGのクリーチャーに似たモノが居た。アレは銃火器を使えば倒せる強さだった、カタラの術なら勝てると思いたい。
触手の真ん中に火がつき、そこにあった目玉の横に口が現れ、ギュィイイッ……と悲痛な悲鳴を上げた。
「よし、効いてる……!」
ネメシスは手足を一度溶かして土による拘束を抜け出し、頭の断面から生えた触手をちぎった。割れた身体を引っ付けて人の姿に戻ると、体表に紫電を走らせた。
「カタラ、何か雷を防ぐものを……!」
次の攻撃を悟った俺はカタラに向かって叫んだが、既に雷撃を受けて倒れていた。ネメシスはカタラが倒れたからか火が消えた触手を拾い、自分の体に戻した。
「暴れないでくれる? 痛くはしないからさ」
俺には攻撃手段なんかない。
「ねっ……眠、れ」
「……発動してないよ? ドジな子だね」
術も使えない。
「…………どいてくれる?」
何の術も使えない人間である査定士の背に庇われても、俺は自分が犠牲になると宣言することすら出来ない。
「ねぇ、どけって言ってるんだけど」
「……早く、私を力づくでどかせばよかったのにな。もう着いたみたいだ」
大勢の足音が近付いてくる。扉を開け放ち、兵士達が現れる。
「人間に化けた魔物が現れたと言って呼んで……おい、た」
しかし、放たれた雷撃は兵士達を残らず感電させた。
「はぁ……もういいや」
査定士の肩にネメシスの指先がトンっと触れただけでスタンガンのような音が響き、彼も床に倒れた。
「さ、大人しくしてね、すぐ済むから」
ネメシスはローブの内側に縫い付けていたメスを三本指の間に挟み、もう片方の手でウエストポーチから樹液が詰まった瓶と何か薬液が入った注射器を取り出した。
「……そ、それ、なんだよ、何の薬だよ」
「麻酔薬だよ」
「…………え?」
「インキュバスには分からないだろ。ちょっとそこ寝転がってくれない?」
麻酔薬? なんで? メスでかっ捌くんだろ? 樹液も用意してあるし……まさか、こいつ、俺を殺しに来たんじゃなくて本当に調べに来ただけなのか?
「……お前、俺を殺すんじゃないのか?」
「え? あぁ……うん、神性が敵性だって分かって、君がそれに汚染されていて、それが不可逆的なものならね」
「…………初めっから言ってくんないかなただの検査だって!」
「何キレてんの急に」
ネメシスは不快そうに眉を顰め、本心から首を傾げた。
「コミュ障ばっかり……!」
「君、体重は? インキュバスは麻酔効きにくいんだよねぇ……の割に痛がりだから麻酔絶対要るし……」
「何なのお前も良い奴ではあるの?」
「少なくとも君にとっては違うかもね」
大多数の生き物にとっては良い奴なんだな? 言い方が悪いんだよ。腹を裂くとか、かっ捌くとか、そのせいでカタラとシャルは無駄に戦闘を……あぁもういいや。
「……寝た方がやりやすいんだよな? こっち来てくれ、ベッドあるから」
「綺麗なタオルとかもあると嬉しいな」
感電させられた彼らが起きた時、どんな説明をすればいいのだろう。俺はそれに頭を悩ませつつ、大人しく着いてくるネメシスに既に呆れていた。
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