過労死で異世界転生したのですがサキュバス好きを神様に勘違いされ総受けインキュバスにされてしまいました

ムーン

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病んだ芸術家のような夢に居る

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目を開けても閉じていても変わらない暗闇、何度も来た経験のある夢の空間だ。夢に入るのには成功した。

「……シャル、シャル、居るかー?」

ゆっくりと周囲を見回すと豪邸が暗闇にポツンと浮かんでいた。大きな扉は押しても引いても叩いても蹴っても開かない。

「シャル! シャル、ここに居るのか? 頼むから起きてくれ。お兄ちゃんお前がいないと寂しいよ」

びちゃっ、と水音が聞こえて顔を上げると扉に血文字が現れていた。「帰って」と。

「こ、怖いな……ホラゲかよ。ホラゲ……? そうだ、鍵」

夢の中は夢魔であるインキュバスの独壇場、望めば何もかもが手に入る。シャルは家を作って閉じこもったようだ、俺はその家に入る鍵を作った。

「邪魔するぞ、シャル」

豪邸に入るとひとりでに紫色の炎が燭台に浮かんだ、しかし燭台にロウソクはない。紫色のカーペットを歩み、広い玄関から廊下へと歩む。廊下には絵画が飾られていた。

「俺、と……シャルか」

その絵は全て俺とシャルを描いたものだ。仲良さげに語らうもの、抱き合うもの、どれも笑顔だ。

「女子高生のプリクラかよ……」

ハメ撮りみたいなのがないのは意外だな、なんて呑気に見つつも絵画の異常な部分に胸が締め付けられる。絵画はどれも俺とシャルを描いたものだが、シャルの顔にはハサミが刺されていた。

「シャル……なんで。ここはお前の夢の中だろ? どうして自分を……」

ハサミを抜くと絵画の穴は修復され、綺麗な元の絵が現れた。

「……いい笑顔じゃないか。可愛いよ、シャル。可愛い俺の弟……これ以上自分を責めないでくれよ、俺も痛いよ」

夢の中なのだからこの場にシャルが居なくても俺の言葉は全てシャルに伝わっているだろう。そう考えて絵の中のシャルを撫でながらシャルに語りかける。

「愛してるよ、シャル」

ドンッ、と、新しいハサミが俺の指の間に──シャルの顔に刺さる。ハサミに怯えて手を引けばハサミはひとりでに絵を切り刻んだ。シャルが描かれた部分はシュレッダーにかけられたようになり、ヒラリと落ちた絵は俺だけになってしまった。

「………………シャル、ダメだろ? こんなことしちゃ。お兄ちゃん、一人は嫌だな……」

半分になった絵が再生する。新しく生まれたもう半分にはアルマとネメスィとカタラと査定士が描かれていた、みんな笑顔だ、シャルだけが居ない。

「こんなの……もっと、嫌だ。シャル、お前が居ないと嫌だよ」

他の絵画も変わってしまっている。どれも笑顔の五人が描かれていて、シャルだけが居ない。長い廊下を歩いたが途中に扉はなく、突き当たりに着いた。突き当たりに飾られた一際大きな絵画には先程まで行っていた酒宴の様子が描かれていて、シャルは当然居ない。

「ぁ……い、いや、だって、シャル……ただ寝てるだけだと、思って。別に仲間外れにしてたわけじゃない! いつ起きるかなって、早く一緒に……って、ちゃんと考えてた……お前のこと忘れたりなんかしてない!」

絶叫が廊下に響く。無音が戻る。

「……シャル」

俺の手の中に笑顔のシャルを映した写真が現れる。その写真を酒宴の絵画に押し付けると、俺の隣にシャルが現れ、俺の腕にきゅっと抱きついた。

「そう、だよ……そうしてくれよ、シャル」

絵画が壁から剥がれ落ち、絵画があった場所に小窓が現れる。そこをくぐり抜けると別の部屋に着いた。彫刻が並んだ部屋だ、中心には俺をモデルにした物が置かれており、その周りにたくさんあっただろうシャルをモデルにしたものは全て壊されていた。

「……シャル、そんなに自分が嫌いか? お兄ちゃんはシャルのこと大好きだぞ、俺の好きな子あんまり虐めないでくれよ」

目を閉じてシャルの姿を思い浮かべ、目を開ける。すると俺の目の前には可愛らしい笑顔を浮かべたシャルの彫刻が現れる、それを押して俺の隣に並べる。しかし、突然動いた俺の彫刻がシャルの彫刻を倒して壊してしまった。

「…………俺、そんなこと、しないっ……しない、よな? してたのか? シャル……俺、シャルのこと、追い詰めてたのか?」

どうすればいいのか分からなくなって、シャルを壊した自分に苛立って、俺を模した彫刻を思い切り押した。あっけなく倒れた俺の彫刻は粉々に砕け散り、それが立っていた場所に地下への階段が現れた。

「……暗い」

暗闇に怯えつつも「この先にシャルが居る」と自分を鼓舞し、薄暗い廊下に降りた。その突き当たりの扉を押し、引き、叩き、ため息をつく。

「はぁ……鍵」

鍵を使って中に入り、紫色の炎に照らされた部屋を見て驚愕する。

「俺……?」

大きなベッドの真ん中に俺とシャルがいた。シャルは俺に膝枕をされ、髪を撫でられ、ボーッと寝転がっている。

「なんで俺……あぁもういい、シャル、ここに着けたってことは俺と話す気になったってことだよな?」

シャルではなくシャルに膝枕をしている俺が顔を上げ、俺を見てケラケラと笑った。

「こっ、怖い怖いマジで怖い! この豪邸の外装も内装も絵画も彫刻も全部そうだよ怖いんだよ! ホラー映画か! 怖いってば!」

偽物の『俺』がピタリと止まる。シャルの頭をクッションに移し、ベッドを下りて俺の前に立った。鏡を見ている気分だ。

「……な、なんだよ、偽物」

『何しに来たんだよ、帰れ』

「あ、声は違うのか……何しにって、そりゃシャルを迎えに来たんだよ。どけよ」

シャルが作っただろう『俺』の声は俺より少し高めだ、シャルは声が高い俺が好きなのだろうか。

『自分の声って自分が聞いてるもんとは違うんだよバーカ』

「バ、バカってお前……! 俺はお前だぞ!?」

『違う。俺はお前じゃない。俺はシャル以外誰も知らない、ビッチなお前と違ってな』

ベッドに腰掛けた『俺』はシャルの頭を愛おしそうに撫でる。

『……俺は生まれた時からずっとシャルに助けられて生きてきた。ある時、シャルは俺が寝る家を手に入れるために偏屈じーさんを絞め殺した。俺を虐めたサキュバス共を殴り殺した』

それは俺が生まれたばかりの頃、シャルと一度目に別れた理由だ。

『嬉しかった……! シャル、可愛いシャル、シャルは俺のためなら人間や同族の命なんてどうでもいいんだ。可愛すぎるだろ……なぁ、こんな弟離すわけにはいかないよな』

転生したばかりの俺には他人の命を奪ったシャルが怖くて、俺も殺されると勘違いして、森に逃げた。

『だからシャルは渡さない。シャルは俺のもんだ』

「ふ、ふざけんなよ偽物っ! お前はシャルが自分の都合のいいように作っただけの偽物だろ!? シャル、シャルだって分かってるだろ、虚しいだろ自分で作った幻に甘えるのなんて!」

シャルはベッドの上でピクリとも動かない。目を開いたまま、どこも見ず、ただ呼吸をしている。

『偽物だの幻だの好き勝手言ってくれるなよ。俺は選択肢を変えただけのお前だ。ゲームの主人公は選択肢ひとつで平和主義者にも虐殺者にもなる、でも主人公は……プレイヤーは同じ人間、それと一緒だ』

シャルが作った幻ならゲームだのプレイヤーだのと前世の概念を持ち出して話すはずがない。ならコイツはなんだ? どうしてシャルはここまで俺を再現できているんだ?

『……お前はお前のために殺人鬼と化したシャルから逃げた。可哀想なシャル……全てお前のためにやったのにな』

「そっ、その後で、ちゃんと俺は……!」

『シャルはお前の全てが欲しかったのに、お前は行きずりの男と寝て純潔を散らした』

「なんなんだよ……なんなんだよお前! シャル、コイツどうやって作ったんだよ、なんで!」

シャルの元へ行こうとすると『俺』に腕を掴まれて止められた。『俺』のくせに俺より力が強い。

『俺を作ったのはシャルじゃねぇよ、俺はさっきまでここに居なかった。ここはシャルが作ったシャルだけの城……美しい絵と、美しい彫刻が飾られた、シャルの休憩所。俺なんてシャルは作ってない、自分で俺を作っても納得できないって分かってるからな』

「は……? じゃお前はなんなんだよ!」

『俺を作ったのはお前だろ? お前は前から思ってたんだ……シャル専用の俺が居れば、他の男と寝てる間に寂しい思いをさせないのになって』

俺が作った? 確かに俺も夢の中では全能になれるけれど、自分の分身なんて作った覚えはない。

『お前は後悔してたんだ。シャルから逃げたことも、シャルを放置したことも、シャルの気持ちを知らなかったことも……』

「確かに後悔はしてたけど、でもだからって分身なんて!」

『ヤンデレのブラコンはシャルだけじゃねぇよ、てめぇも十分病んだブラコンだ。シャルがちょっとおっさんと仲良くしただけでイライライライラして、取り返したくて仕方なかっただろ?』

「お、俺が病んでる……? そんなわけねぇだろ、俺は……ただ、シャルが可愛くて、好きで……それだけだ、ブラコンかもしれないけど病んでなんて」

『俺に膝枕されてるシャルを見た時、一番に何を思った? 当ててやろうか? 「なんで俺じゃないんだ」だろ?』

図星だ。何も言えない。

『……シャルに独占される気はないけど、シャルを独占したくて仕方ないんだよな? 自分しか見ないヤンデレのシャルが好きなんだ……みんなと仲良くして欲しいとか言ってるくせに、誰とも仲良くなれずに「兄さんの期待に応えられない」って泣くのを期待してたんだ』

「違うっ! シャルの泣き顔は一番見たくないんだ俺は! やっぱりお前は偽物だ!」

そう叫びながらも俺はシャルの泣き顔を思い出して興奮していた。それを見破っているのだろう、『俺』はニヤニヤとムカつく笑顔を崩さなかった。
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