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番外編 残された石(ネメスィside)
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サクが男娼としてスパイに出て数日、今日はまだ鳩が来ない。
「……遅いな」
一日一通必ず送って無事を知らせろと言い聞かせたのに、いつも送ってくる時刻を三時間過ぎても鳩は来ない。
昨日の手紙では王が信仰している新しい神に体を改造された男の話をしていた、胸騒ぎがする。
「行くべきか、いや……でも……どうする……」
仕事が長引いているだけかもしれないし、俺が行けばスパイ作戦は台無しだ。いや、俺が客として行けば怪しまれずにサクに接触できるか? 悩んでいると部屋の扉が叩かれた。
「入れ」
「……こんばんは、ネメスィさん」
「弟……シャルか、どうした」
「兄さんにはまだ会っちゃいけないんでしょうか。もう何日も地下にこもりっぱなしで……体調を悪くしてしまいますよ。兄さんは僕と違って魔力を溜められないんですから、飢えてしまいます」
サクがスパイに行くなんてサクの夫のアルマや弟のシャルが許さない。サクは地下室にこもって作業中だと嘘をついているが、一番面倒なのがシャルだ。
「問題ない。様子を見たが元気そうだった」
「……どうしてあなたは様子を見に行ってよくて、僕はダメなんですか?」
昨日、手紙と一緒にサクから送られてきたハンカチを差し出す。
「…………これ、兄さんの……?」
「あぁ、元気だと、そう伝えてくれと言っていた」
俺が嗅いでも分かるほどにサクの臭いが染み付いている。魔物のシャルには効くだろう、大好きな兄の匂いを嗅いで大人しくしてくれるはずだ。
「……兄さん、どこに居るんですか?」
「地下だと何度も言っただろう」
「………………嘘だ」
「何……?」
「嘘だっ! 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だっ! 兄さん違うところに居る、人間の匂いがするっ、兄さん人間いっぱい居るところに居るんだ! 嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきっ!」
サクと同じ細い手に首を掴まれる。作戦決行のためにシャルは日々大量の樹液を飲んでいる。もう俺では適わないほどに強い。
「しゃ、るっ……はな、せっ」
血走った瞳からは俺を殺す覚悟を感じる。
「本当のことを話すからっ、離してくれ。お前がここで魔力を使えば、全部無駄になるっ……」
パッと手が離れ、俺は情けなくも床に座り込んでしまう。立ち上がろうとしたがシャルは厚底のブーツを履いたまま俺の肩に足を乗せ、尻尾を俺の首の周りで揺らした。
「……早く話してください。首、切りますよ」
髪を掴んで持ち上げられ、狂気的な紫の瞳に見つめられる。
「サクは情報収集のためにスパイに向かった。軍や王室の関係者も来る高級店で男娼として働いてな。俺も当然反対はしたがサクの意思は硬かった、おそらくだが、負い目を感じていたのだろう。俺もカタラもお前も旦那も、強い。きっと……守られるばかりなのが嫌だったんだ」
「そんな……そんなの、あなたの思い込みでしょう」
「あぁ、そうだ。だが……サクはやる気に満ち溢れていた。ようやく役に立てる、とな」
「そんなっ……! 嘘だ、嘘です……嘘、でしょう? 兄さん……」
ぺたりと座り込むシャルとは反対に立ち上がり、改めて窓の外を眺める。俺の分身でもある鳩はまだ帰ってこない。
「……一日一通、無事知らせる手紙を寄越せと言ってある。これまでは途切れず届いていたが、今日はまだ来ない」
「何かあったんですか? 早く行かないと……!」
「待て、数時間早まったり遅れたりはさして異常ではない。今乗り込めばサクのスパイ活動を邪魔してしまう」
「遅れてるだけかもしれませんけど、本当に何か危険なことになってるかもしれないじゃないですか!」
「あぁ、だから明日の朝……明るくなったら見に行こうと思っている」
「それで間に合うと思ってるんですか!?」
シャルの意見はもっともだ。しかし、酷いことを言ってしまえばサクは絶対に死なない。叔父上──いや、魔神王が行っている異種族同士の婚姻の契約、アレをこなしたサクはアルマの魔力が枯渇しない限り、彼から魔力を供給されて生きながらえる。
「……サクは魔神王の名の元に婚姻している。何があろうと死ぬことはない」
「…………死ななきゃいいって、あなたはそう思うんですね」
思っていない。だからこそ叔父上から下賜されたネックレスを渡したんだ。
「あなたも僕みたいに兄さんを愛してるんだって、そう思ってたから兄さんの気持ちを尊重できていたのに……あなたは、兄さんのこと愛してない」
「……違う、愛してる……だからこそサクの邪魔をしたくない。実情も分かっていないのに助けに行けば、サクには俺達が自分を信用していないよう伝わるかもしれない」
「この際、兄さんの信用は二の次です! 兄さんが危ないかもしれないのに、兄さんの意地っ張りに付き合う暇はありません! あなたは自分が兄さんによく思われたいがために兄さんを見殺しにするんですか!?」
サクが言っていた通り、シャルはサクのことだけを考えている。産まれてすぐに出会ったからだろうか、経験がないせいだろうか、サク以外を見ないのは。
「樹液は十分飲めたんです。兄さんを迎えに行って、王城に乗り込んでやりましょう。そうすればおじさんも助けられます!」
どうしてあの人間には懐いて、俺やカタラには懐かないんだ?
「…………そうだな。お前はもう十分な量の樹液を飲んだ。よし、カタラとアルマを呼んできてくれ。ついでにサクがスパイに出ていることも説明してくれ、俺は口下手なんだ」
「分かりました!」
走って出ていくシャルの尻尾が扉に挟まりそうになるのを見て、サクを思い出した。あの子の羽と尻尾は俺が切り落としてしまった、詰め物にした俺の細胞を取れば再生するだろうけど、可哀想なことをしたと思う。
「サク……少し、遅れてるだけだ。そうだろ?」
バンッと窓に何かがぶつかる。窓を開けると地面に鳩が落ちていた。
「鳩っ……ようやく来たか。手紙はあるか? 吐け」
目眩を起こしている鳩を拾い、腹を掴んで揺さぶる。そうするといつもは手紙を吐くのだが、今回は血肉を吐いた。
「…………なんだ、これは」
鳩はクルクルと鳴いている。
「これはなんだと聞いている! 答えろ!」
自分の分身である鳩に怒鳴るなんて、なんて滑稽な姿だろう。
「……もういい、もうお前は必要ない。戻れ」
鳩を両手で握ると黒い粘液に変化し、俺の体に吸い込まれていった。相変わらず不気味だ。こんなにも気持ち悪い生物の俺を愛してくれたサクを見殺しになんて出来ない、信用を失ったっていい、サクが嫌がったっていい、あの子は俺の全てだ、辛い思いなんてさせたくない。
サクが勤務しているらしい店に辿り着いた。バニースーツを着た少年をウサギと称して売っている店だ。
「……なぁ、何があったんだ?」
店の周りには人だかりが出来ていた。
「おっそろしいことだよ、あの店の窓からインキュバスが飛び降りてきたんだ。すぐに捕まったがね」
「インキュバスが……!? お、おい、そのインキュバスは黒髪だったか?」
「……黒髪だったらなんだ」
近所の住民に話を聞いていたが、俺が背後から大柄な男に声をかけられると住民は逃げてしまった。いつの間にか他の住民達も逃げている。
「…………お前は何だ?」
「中佐だ。クソインキュバスを捕まえてやった」
「……ならどうしてお前はここにいる」
兵士や馬車は見当たらないし、男の格好は軍関係者には見えない。
「インキュバスを逃がそうとしやがったクソ野郎に滅多刺しにされてな……失神して、今起きた。部下共め、俺が死んだと思って退却しやがったのか?」
流石サクだ、こんな風俗店でも自身の味方を作っていただなんて。
「……お前、重傷に見えるが」
「あぁ~? ぁー、かもなぁ」
男には片腕がなく、腹や胸からも血を流している。
「でもなぁ、王様が信仰してる新しい神様……あの皮膚のない神様のおかげで、俺は強靭な体を手に入れたんだっ!」
傷口から噴き出す血が赤から黒へと変色する。間合いを取り、剣を抜いたその瞬間、大きな発砲音が響いて男の頭は吹き飛んだ。
「……っ、な、なんだ……?」
周囲を見回すと猟銃を構えた血まみれの男が店から出てきていた。剣を鞘に戻して彼の方へ行くと銃口を向けられる。
「……一発装填だろう。お前、何故撃った? あいつは市民を守る兵隊様方のお偉いさんだろう?」
「…………バケモンだ。腕ないくせに、滅多刺しにしてやったのに……動いてやがった」
「お前がサクを逃がしたのか?」
「……落ちやがったけどな。インキュバスって飛べないんだな……お前、サクの知り合いか?」
「知り合い…………あぁ、そうだな、知り合いだ」
アルマなら夫だと名乗れたが、俺は何と名乗ればいいのか分からなかった。
「今からどうするんだ?」
「サクを助けに行く」
「……乗り込むのか? 無茶苦茶だな……俺は無理だ、そこまでの勇気はない」
「いらん。邪魔なだけだ」
「だろうな……なぁ、ちょっと来いよ。サクが置いてったもん持ってってくれ。つってもほとんどねぇけどな」
時間が惜しかったが、どちらにせよ仲間と合流しなければならない。ただ待つよりは有意義だ。
「店は大混乱だからな……今のうちに持ってけ」
サクが寝泊まりしていた部屋、その棚の中から男はチョーカーとネックレスを出した。
「大事にしてたんだ、勤務中は外してたけどよ。届けてやってくれ」
黒革のチョーカーには俺の瞳と同じ色の宝石がぶら下がる。俺がサクに贈ったものだ。
「……大事に、していたのか?」
「めちゃくちゃな」
「…………俺が贈った物なんだ。二つとも」
あまり強く握っては石が割れてしまう。鞄に入れておこう。ネックレスは俺の物に戻すか。
「それとこれも」
「これは……なんだ、指輪?」
「同室の教育係がサクに惚れててな、今日の仕事が終わったら贈るからって俺に代理で買わせやがったんだよ」
結婚指輪のつもりか? サクには既に夫がいるのに。
「その教育係は?」
「サクを庇って殺された」
「……そ、うか。分かった……もう物はないな?」
「あぁ、助けられるもんなら助けてやってくれ」
「必ず助ける。じゃあな」
「おー……もう二度と会わねぇだろうな」
店を出るとちょうど俺を追ってきていたらしいカタラ達と合流した。大柄なアルマはどこかから盗んできたのだろう荷車に隠れており、シャルはローブで羽と尻尾を隠している。
「クソ疲れた……はぁっ、クソ、お前が引け馬鹿力野郎!」
汗だくのカタラも荷台に乗り、次からは俺が引く。王都の中心へ向かって走り出した俺は頭を吹き飛ばされたはずの中佐の死体が消えていたことで頭がいっぱいで、どうしてサクをスパイに行かせたんだと俺を責めるカタラ達の声も聞こえなかった。
「……遅いな」
一日一通必ず送って無事を知らせろと言い聞かせたのに、いつも送ってくる時刻を三時間過ぎても鳩は来ない。
昨日の手紙では王が信仰している新しい神に体を改造された男の話をしていた、胸騒ぎがする。
「行くべきか、いや……でも……どうする……」
仕事が長引いているだけかもしれないし、俺が行けばスパイ作戦は台無しだ。いや、俺が客として行けば怪しまれずにサクに接触できるか? 悩んでいると部屋の扉が叩かれた。
「入れ」
「……こんばんは、ネメスィさん」
「弟……シャルか、どうした」
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サクがスパイに行くなんてサクの夫のアルマや弟のシャルが許さない。サクは地下室にこもって作業中だと嘘をついているが、一番面倒なのがシャルだ。
「問題ない。様子を見たが元気そうだった」
「……どうしてあなたは様子を見に行ってよくて、僕はダメなんですか?」
昨日、手紙と一緒にサクから送られてきたハンカチを差し出す。
「…………これ、兄さんの……?」
「あぁ、元気だと、そう伝えてくれと言っていた」
俺が嗅いでも分かるほどにサクの臭いが染み付いている。魔物のシャルには効くだろう、大好きな兄の匂いを嗅いで大人しくしてくれるはずだ。
「……兄さん、どこに居るんですか?」
「地下だと何度も言っただろう」
「………………嘘だ」
「何……?」
「嘘だっ! 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だっ! 兄さん違うところに居る、人間の匂いがするっ、兄さん人間いっぱい居るところに居るんだ! 嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきっ!」
サクと同じ細い手に首を掴まれる。作戦決行のためにシャルは日々大量の樹液を飲んでいる。もう俺では適わないほどに強い。
「しゃ、るっ……はな、せっ」
血走った瞳からは俺を殺す覚悟を感じる。
「本当のことを話すからっ、離してくれ。お前がここで魔力を使えば、全部無駄になるっ……」
パッと手が離れ、俺は情けなくも床に座り込んでしまう。立ち上がろうとしたがシャルは厚底のブーツを履いたまま俺の肩に足を乗せ、尻尾を俺の首の周りで揺らした。
「……早く話してください。首、切りますよ」
髪を掴んで持ち上げられ、狂気的な紫の瞳に見つめられる。
「サクは情報収集のためにスパイに向かった。軍や王室の関係者も来る高級店で男娼として働いてな。俺も当然反対はしたがサクの意思は硬かった、おそらくだが、負い目を感じていたのだろう。俺もカタラもお前も旦那も、強い。きっと……守られるばかりなのが嫌だったんだ」
「そんな……そんなの、あなたの思い込みでしょう」
「あぁ、そうだ。だが……サクはやる気に満ち溢れていた。ようやく役に立てる、とな」
「そんなっ……! 嘘だ、嘘です……嘘、でしょう? 兄さん……」
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「……一日一通、無事知らせる手紙を寄越せと言ってある。これまでは途切れず届いていたが、今日はまだ来ない」
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「待て、数時間早まったり遅れたりはさして異常ではない。今乗り込めばサクのスパイ活動を邪魔してしまう」
「遅れてるだけかもしれませんけど、本当に何か危険なことになってるかもしれないじゃないですか!」
「あぁ、だから明日の朝……明るくなったら見に行こうと思っている」
「それで間に合うと思ってるんですか!?」
シャルの意見はもっともだ。しかし、酷いことを言ってしまえばサクは絶対に死なない。叔父上──いや、魔神王が行っている異種族同士の婚姻の契約、アレをこなしたサクはアルマの魔力が枯渇しない限り、彼から魔力を供給されて生きながらえる。
「……サクは魔神王の名の元に婚姻している。何があろうと死ぬことはない」
「…………死ななきゃいいって、あなたはそう思うんですね」
思っていない。だからこそ叔父上から下賜されたネックレスを渡したんだ。
「あなたも僕みたいに兄さんを愛してるんだって、そう思ってたから兄さんの気持ちを尊重できていたのに……あなたは、兄さんのこと愛してない」
「……違う、愛してる……だからこそサクの邪魔をしたくない。実情も分かっていないのに助けに行けば、サクには俺達が自分を信用していないよう伝わるかもしれない」
「この際、兄さんの信用は二の次です! 兄さんが危ないかもしれないのに、兄さんの意地っ張りに付き合う暇はありません! あなたは自分が兄さんによく思われたいがために兄さんを見殺しにするんですか!?」
サクが言っていた通り、シャルはサクのことだけを考えている。産まれてすぐに出会ったからだろうか、経験がないせいだろうか、サク以外を見ないのは。
「樹液は十分飲めたんです。兄さんを迎えに行って、王城に乗り込んでやりましょう。そうすればおじさんも助けられます!」
どうしてあの人間には懐いて、俺やカタラには懐かないんだ?
「…………そうだな。お前はもう十分な量の樹液を飲んだ。よし、カタラとアルマを呼んできてくれ。ついでにサクがスパイに出ていることも説明してくれ、俺は口下手なんだ」
「分かりました!」
走って出ていくシャルの尻尾が扉に挟まりそうになるのを見て、サクを思い出した。あの子の羽と尻尾は俺が切り落としてしまった、詰め物にした俺の細胞を取れば再生するだろうけど、可哀想なことをしたと思う。
「サク……少し、遅れてるだけだ。そうだろ?」
バンッと窓に何かがぶつかる。窓を開けると地面に鳩が落ちていた。
「鳩っ……ようやく来たか。手紙はあるか? 吐け」
目眩を起こしている鳩を拾い、腹を掴んで揺さぶる。そうするといつもは手紙を吐くのだが、今回は血肉を吐いた。
「…………なんだ、これは」
鳩はクルクルと鳴いている。
「これはなんだと聞いている! 答えろ!」
自分の分身である鳩に怒鳴るなんて、なんて滑稽な姿だろう。
「……もういい、もうお前は必要ない。戻れ」
鳩を両手で握ると黒い粘液に変化し、俺の体に吸い込まれていった。相変わらず不気味だ。こんなにも気持ち悪い生物の俺を愛してくれたサクを見殺しになんて出来ない、信用を失ったっていい、サクが嫌がったっていい、あの子は俺の全てだ、辛い思いなんてさせたくない。
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「……なぁ、何があったんだ?」
店の周りには人だかりが出来ていた。
「おっそろしいことだよ、あの店の窓からインキュバスが飛び降りてきたんだ。すぐに捕まったがね」
「インキュバスが……!? お、おい、そのインキュバスは黒髪だったか?」
「……黒髪だったらなんだ」
近所の住民に話を聞いていたが、俺が背後から大柄な男に声をかけられると住民は逃げてしまった。いつの間にか他の住民達も逃げている。
「…………お前は何だ?」
「中佐だ。クソインキュバスを捕まえてやった」
「……ならどうしてお前はここにいる」
兵士や馬車は見当たらないし、男の格好は軍関係者には見えない。
「インキュバスを逃がそうとしやがったクソ野郎に滅多刺しにされてな……失神して、今起きた。部下共め、俺が死んだと思って退却しやがったのか?」
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「……お前、重傷に見えるが」
「あぁ~? ぁー、かもなぁ」
男には片腕がなく、腹や胸からも血を流している。
「でもなぁ、王様が信仰してる新しい神様……あの皮膚のない神様のおかげで、俺は強靭な体を手に入れたんだっ!」
傷口から噴き出す血が赤から黒へと変色する。間合いを取り、剣を抜いたその瞬間、大きな発砲音が響いて男の頭は吹き飛んだ。
「……っ、な、なんだ……?」
周囲を見回すと猟銃を構えた血まみれの男が店から出てきていた。剣を鞘に戻して彼の方へ行くと銃口を向けられる。
「……一発装填だろう。お前、何故撃った? あいつは市民を守る兵隊様方のお偉いさんだろう?」
「…………バケモンだ。腕ないくせに、滅多刺しにしてやったのに……動いてやがった」
「お前がサクを逃がしたのか?」
「……落ちやがったけどな。インキュバスって飛べないんだな……お前、サクの知り合いか?」
「知り合い…………あぁ、そうだな、知り合いだ」
アルマなら夫だと名乗れたが、俺は何と名乗ればいいのか分からなかった。
「今からどうするんだ?」
「サクを助けに行く」
「……乗り込むのか? 無茶苦茶だな……俺は無理だ、そこまでの勇気はない」
「いらん。邪魔なだけだ」
「だろうな……なぁ、ちょっと来いよ。サクが置いてったもん持ってってくれ。つってもほとんどねぇけどな」
時間が惜しかったが、どちらにせよ仲間と合流しなければならない。ただ待つよりは有意義だ。
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「めちゃくちゃな」
「…………俺が贈った物なんだ。二つとも」
あまり強く握っては石が割れてしまう。鞄に入れておこう。ネックレスは俺の物に戻すか。
「それとこれも」
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「同室の教育係がサクに惚れててな、今日の仕事が終わったら贈るからって俺に代理で買わせやがったんだよ」
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「サクを庇って殺された」
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「おー……もう二度と会わねぇだろうな」
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