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今やるべきこと (水月+シュカ・サキヒコ・ミタマ)
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階段に腰を下ろし、深いため息をつく。
「ミツキ……大丈夫か?」
ひやりと寒気がして鳥肌が立つ。サキヒコが隣に座って、俺の背をさすり始めたのだ。
「…………」
「何があったかさっちゃんから聞いたぞぃ。夢に入ったとか……その影響か?」
「はい、おそらく……すみません。他人の夢に入るなど許される行為ではないと、此度まで私は気付きませんでした。私の数少ない特技でミツキを喜ばせられるのだと、誇ってすらいて……秘匿した過去を暴いてしまう可能性など、微塵も。愚かな私が悪いのです、ミツキは悪くない……ミツキは優しい子で、優しいから、こんなに傷付いてしまって……! どう詫びればいいのか、見当も……」
「落ち着きぃさっちゃん、ワシは何も責めとりゃせん。夢に干渉は出来んのじゃろ? 覗くだけじゃ、何が悪い。それが悪ならワシも占いの力を使えんじゃろ。知ること自体は悪にはならん、情報を得る手段とその先の取り扱いに善悪があるだけよ」
「……手段と、取り扱いですか」
「無理に聞き出してしゅーちゃんの古傷を抉ったのなら、悪かもしれん。じゃがさっちゃんは夢には干渉出来んのじゃろ? たまたま思い出していたものを覗いただけ……しゅーちゃんは知られたことすら知らん。これの何が悪い」
「シュカ殿は、きっと知られたくなかっただろうと……だから、勝手に知ってしまったのは……よくないと思うのですが」
「じゃから、しゅーちゃんは知られたことを知らんのじゃろう?」
「……? 私達は、知ってしまったのですよ?」
「じゃーかーらぁ、しゅーちゃんはそれを知らんのじゃろ? ならしゅーちゃんにとっては知られとらんまんまじゃろ、知っちゃったぞーぃと喧伝でもする気か?」
「まさか! しかし、そんな、知られたことを知られなければいいなどと、過去を暴いておいてそんな……!」
「……バレなきゃイカサマじゃねー、ってヤツ? コンちゃん……まぁ、分かるけどさぁ、罪悪感はどうにもなんないよ」
「こんな問答知っとるかの。誰も居ない森で木が倒れた、木が倒れた音を聞いた者はもちろん居ない。さて、木が倒れた時に音はしたのか?」
「したでしょう、倒れたのなら」
「聞いた者は居らんのじゃ、誰の耳にも届かん音は果たして音と言えるのかのぅ」
「……? 音はしたでしょう? 幹や枝が折れたり、地面とぶつかったりするのですから」
「問答、向いとらんの。こういうのを延々と考え続けることで人は無の境地だとか悟りだとかを目指すらしく──」
「その森は真空状態ではないのですよね? なら音はしますよね?」
「あぁもう向いとらんのじゃさっちゃんは! もう忘れぃ!」
俺を慰めに出てきた訳じゃなかったのかコイツら。
「はぁ……」
シュカは俺が知ったことを知らない、知らないままでいさせなければならない。それが最低限の責任だ、不躾に過去を覗いた者にとっての。
「…………」
シュカを傷付けないことが一番大切なんだ。シュカにはいつも通りに過ごしてもらわなくてはいけない。あの子の笑顔を、幸せを守らなければ。
(シュカの、幸せ……シュカの幸せって何だろう)
自分の名前すら忘れた母親の世話をして、用意した食事は投げ散らかされ、時折怪我をさせられて、すっかり参っている様子の彼の幸せ……
「………………俺?」
シュカは話していた、俺の家に時々泊まりたいと。俺と食事を共にして、一緒に眠って、目が覚めたら名前を呼ばれたい、と。全部俺だ、俺がシュカにとっての幸せなんだ。
「…………」
こんなところで何してるんだ俺は。戻らないと、ほら立って、戻ってシュカの傍に居ないと。歩くんだ、シュカの元まで、彼は俺を求めているのだから。そうだ、一時間と少し前約束したじゃないか、昼休みに抱くって。
『水月、その……今日の昼休みも抱いてくれますよね?』
俺の腕の中で照れくさそうに笑って、そう言っていた。あれがシュカの望みだ、幸せだ、抱いてやらないと。
(……約束したんだっけ?)
そういえば、あの時俺返事したっけ。しなかった気がする、ただ抱き締めただけだったような。なんで?
(なんでって、だって、シュカはあんな小さな頃に強姦されて、痛くて怖い目に遭って……だからセックスなんてトラウマのはずで、俺とたくさんヤりたがるのはトラウマの焼き増しで、よくないことのはずで……? いや、それは、ただの想像で)
気付けば俺は生徒会長室の前に居た。
(…………分かんない。シュカは、抱いたら本当は傷付くの? それとも、心底幸せを感じてくれる? 俺がやってるのは最悪のトラウマの再現? 愛情を育む恋人としての営み?)
ドアノブを握ったまま、考え込む。脱力する。扉があちら側から開けられて、転びそうになる。
「水月っ? 水月……戻ってきたんですか? 保健室は……もう行ったんですか? 先生、なんて? 居なかったんですか?」
扉を開けたのはシュカだ。ドアノブを握ったまま力を抜いたからドアノブが傾いたのだろう、それを不審に思って開けたのだ。
「…………なんで、俺だって?」
「え……?」
「……開ける前から、水月って」
「はぁ……? 出てったの水月しか居ませんし……それに、あなたのこと心配していたので……あなただって発想しかありませんでした。そんなに不思議ですか?」
「…………シュカは、さ……俺と居ると、幸せ?」
「……なんなんですか。幸せかって……幸せ、ですよ。どうしたんですか本当に」
「………………保健室、着いてきてくれないかな」
「え、いいですけど……分野さん達じゃダメなんですか?」
「……シュカが必要なんだよ」
「何ですかそれ、支えなら誰でもいいでしょうに……ま、分かりましたよ。仕方ありませんねぇ」
シュカはにんまり笑って俺に肩を貸して、保健室まで連れて行こうとしてくれた。
「ぁ……悪い、ちょっとトイレ。先に行っててくれ」
「いや意味分かりませんよ私だけ先に行くなんて、待ってますよ」
「……音聞かれんの恥ずかしいじゃん」
「えぇ……今更? 分かりましたよ、ちょっと離れて待っててあげますから」
呆れた顔で保健室の手前のトイレの入り口で緩く手を振るシュカを横目で見つめながら、俺は個室に入った。スラックスを履いたまま便器に腰を下ろし、また深いため息をつきながら項垂れた。
「ミツキ……大丈夫か?」
ひやりと寒気がして鳥肌が立つ。サキヒコが隣に座って、俺の背をさすり始めたのだ。
「…………」
「何があったかさっちゃんから聞いたぞぃ。夢に入ったとか……その影響か?」
「はい、おそらく……すみません。他人の夢に入るなど許される行為ではないと、此度まで私は気付きませんでした。私の数少ない特技でミツキを喜ばせられるのだと、誇ってすらいて……秘匿した過去を暴いてしまう可能性など、微塵も。愚かな私が悪いのです、ミツキは悪くない……ミツキは優しい子で、優しいから、こんなに傷付いてしまって……! どう詫びればいいのか、見当も……」
「落ち着きぃさっちゃん、ワシは何も責めとりゃせん。夢に干渉は出来んのじゃろ? 覗くだけじゃ、何が悪い。それが悪ならワシも占いの力を使えんじゃろ。知ること自体は悪にはならん、情報を得る手段とその先の取り扱いに善悪があるだけよ」
「……手段と、取り扱いですか」
「無理に聞き出してしゅーちゃんの古傷を抉ったのなら、悪かもしれん。じゃがさっちゃんは夢には干渉出来んのじゃろ? たまたま思い出していたものを覗いただけ……しゅーちゃんは知られたことすら知らん。これの何が悪い」
「シュカ殿は、きっと知られたくなかっただろうと……だから、勝手に知ってしまったのは……よくないと思うのですが」
「じゃから、しゅーちゃんは知られたことを知らんのじゃろう?」
「……? 私達は、知ってしまったのですよ?」
「じゃーかーらぁ、しゅーちゃんはそれを知らんのじゃろ? ならしゅーちゃんにとっては知られとらんまんまじゃろ、知っちゃったぞーぃと喧伝でもする気か?」
「まさか! しかし、そんな、知られたことを知られなければいいなどと、過去を暴いておいてそんな……!」
「……バレなきゃイカサマじゃねー、ってヤツ? コンちゃん……まぁ、分かるけどさぁ、罪悪感はどうにもなんないよ」
「こんな問答知っとるかの。誰も居ない森で木が倒れた、木が倒れた音を聞いた者はもちろん居ない。さて、木が倒れた時に音はしたのか?」
「したでしょう、倒れたのなら」
「聞いた者は居らんのじゃ、誰の耳にも届かん音は果たして音と言えるのかのぅ」
「……? 音はしたでしょう? 幹や枝が折れたり、地面とぶつかったりするのですから」
「問答、向いとらんの。こういうのを延々と考え続けることで人は無の境地だとか悟りだとかを目指すらしく──」
「その森は真空状態ではないのですよね? なら音はしますよね?」
「あぁもう向いとらんのじゃさっちゃんは! もう忘れぃ!」
俺を慰めに出てきた訳じゃなかったのかコイツら。
「はぁ……」
シュカは俺が知ったことを知らない、知らないままでいさせなければならない。それが最低限の責任だ、不躾に過去を覗いた者にとっての。
「…………」
シュカを傷付けないことが一番大切なんだ。シュカにはいつも通りに過ごしてもらわなくてはいけない。あの子の笑顔を、幸せを守らなければ。
(シュカの、幸せ……シュカの幸せって何だろう)
自分の名前すら忘れた母親の世話をして、用意した食事は投げ散らかされ、時折怪我をさせられて、すっかり参っている様子の彼の幸せ……
「………………俺?」
シュカは話していた、俺の家に時々泊まりたいと。俺と食事を共にして、一緒に眠って、目が覚めたら名前を呼ばれたい、と。全部俺だ、俺がシュカにとっての幸せなんだ。
「…………」
こんなところで何してるんだ俺は。戻らないと、ほら立って、戻ってシュカの傍に居ないと。歩くんだ、シュカの元まで、彼は俺を求めているのだから。そうだ、一時間と少し前約束したじゃないか、昼休みに抱くって。
『水月、その……今日の昼休みも抱いてくれますよね?』
俺の腕の中で照れくさそうに笑って、そう言っていた。あれがシュカの望みだ、幸せだ、抱いてやらないと。
(……約束したんだっけ?)
そういえば、あの時俺返事したっけ。しなかった気がする、ただ抱き締めただけだったような。なんで?
(なんでって、だって、シュカはあんな小さな頃に強姦されて、痛くて怖い目に遭って……だからセックスなんてトラウマのはずで、俺とたくさんヤりたがるのはトラウマの焼き増しで、よくないことのはずで……? いや、それは、ただの想像で)
気付けば俺は生徒会長室の前に居た。
(…………分かんない。シュカは、抱いたら本当は傷付くの? それとも、心底幸せを感じてくれる? 俺がやってるのは最悪のトラウマの再現? 愛情を育む恋人としての営み?)
ドアノブを握ったまま、考え込む。脱力する。扉があちら側から開けられて、転びそうになる。
「水月っ? 水月……戻ってきたんですか? 保健室は……もう行ったんですか? 先生、なんて? 居なかったんですか?」
扉を開けたのはシュカだ。ドアノブを握ったまま力を抜いたからドアノブが傾いたのだろう、それを不審に思って開けたのだ。
「…………なんで、俺だって?」
「え……?」
「……開ける前から、水月って」
「はぁ……? 出てったの水月しか居ませんし……それに、あなたのこと心配していたので……あなただって発想しかありませんでした。そんなに不思議ですか?」
「…………シュカは、さ……俺と居ると、幸せ?」
「……なんなんですか。幸せかって……幸せ、ですよ。どうしたんですか本当に」
「………………保健室、着いてきてくれないかな」
「え、いいですけど……分野さん達じゃダメなんですか?」
「……シュカが必要なんだよ」
「何ですかそれ、支えなら誰でもいいでしょうに……ま、分かりましたよ。仕方ありませんねぇ」
シュカはにんまり笑って俺に肩を貸して、保健室まで連れて行こうとしてくれた。
「ぁ……悪い、ちょっとトイレ。先に行っててくれ」
「いや意味分かりませんよ私だけ先に行くなんて、待ってますよ」
「……音聞かれんの恥ずかしいじゃん」
「えぇ……今更? 分かりましたよ、ちょっと離れて待っててあげますから」
呆れた顔で保健室の手前のトイレの入り口で緩く手を振るシュカを横目で見つめながら、俺は個室に入った。スラックスを履いたまま便器に腰を下ろし、また深いため息をつきながら項垂れた。
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