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おまけ
番外編 出来損ないの走馬灯 前編
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前書き
※水月の中学時代のお話。どのタイミングで読んでも大丈夫です。水月視点ではありません。本編と直接の関わりはないため、読まなくても問題はありません。
⚠️イジメ・虐待などを扱った普段とは違う重たいエピソードとなっております。閲覧は推奨しません。
中学校の入学式で、とんでもないデブを見た。縦幅も横幅も三人分くらいはあったと思う。アレと同じクラスになったら嫌だなと思っていたら、同じクラスになってしまった。
まずは一人一人自己紹介をする。名前だけでなく何か一言言うのが決まりらしい。俺は無難に好きな食べ物としてサバの塩焼きと言ったけれどそれは嘘だ。俺に好きな食べ物なんてない、魚を食べると頭が良くなると思い込んでいる母親がしょっちゅう食わせる物を言っただけだ。
「わたくしはゲームもアニメも漫画もラノベもそれなりに知っておりますが、とりあえずは今期アニメについて語りたいと思いまする。しかしわたくしどうにも引っ込み思案で……そちらから話しかけていただければと! あ、今期アニメは全部チェックしておりますので」
例のデブの自己紹介は早口で聞き取りにくかった。
全員が自己紹介を終えて休み時間が訪れる。俺は適当な男子生徒数人と会話を交わしたが、あのデブはぽつんと席に座ったままだった。
入学式から約一週間、俺はクラス内の地位を確固たるものにした。いわゆる一軍だ。スクールカーストなんてくだらない、クラスメイト同士のクソみたいな交流さえなければ休み時間を有効に使えるのに。
席で一人本を読んでいるあのデブが少し羨ましかった。
ある日俺と同じグループに属する男子生徒が例のデブにあだ名を付けた。キモオタデブスというド直球でセンスの欠片もないクソみたいなあだ名だったが、俺を含めてグループ全員が笑った。
次の日、あだ名を付けた男子生徒が例のデブが読んでいた本を奪った。小説のようだが、現国のテストで出されるようなものではないようだ。
「か、返してくだされ!」
「うぉおキモいこっち来んなデブス!」
俺はその男子生徒の手から本を取り、そのデブに差し出した。
「ん」
「えっ、ぁ、ありがとうございまする……」
「人畜無害な豚ちゃんをイジメちゃ可哀想じゃん〇〇くーん。動物虐待はよくないなぁ~」
クラス内の地位を保つため、そのデブを助けてやった訳ではないのだと悪口を言って誤魔化した。幸いバカばっかりだったので上手くいった。
俺はいい成績を修めて、いい学校に進んで、いい会社に就職して、いい車を買っていい時計をしていい女と結婚し、出来のいい子供を作らなければならない。それが出来なければ俺に存在は許されない。
俺の経歴は完璧でなければならない。だから、クラスでイジメなんて起こしてはならないのだ。平凡な人間が集まればよかっただけなのに、どうしてオタクでデブなんていうイジメっ子ホイホイが同じクラスになってしまったんだ。
「じゃ、ペア作ってー」
体育の時間、サッカーのパス練習のためにそう言われた。このクラスの男子生徒は十六人で、今日は休みなんて居ないから、余りなんて出ないはずだった。
「俺ら三人でやろうぜ」なんて言い出すバカが居なければ。
「地獄の一言でそ……わたくしのぼっち力は偶数に勝りました。うぅ……」
「……へいへいホグジラちゃーん、一人ぃ?」
デブはキョロキョロと周りを見渡した後、遠慮がちに自分を指した。
「わたくし鳴雷と申すのですが……」
「巨大なイノブタのあだ名はホグジラなんよ」
「ほぇー、博識でいらっしゃる」
「そこは豚扱いに怒んなきゃっしょ」
「……あの、もしやわたくしと組んでくださる?」
「余っちゃってねー」
「ふぉぉ……! ありがとうございます! あなたはわたくしのメシア様!」
そのデブは予想通りパスさえろくに出来ない運動音痴で、すぐに滝のような汗をかいてへばったが、ことあるごとに俺に感謝して救世主扱いしてくれるから気分はよかった。
それからペアワークは常に一緒、休み時間は彼をからかって上位グループの笑いを誘った。イジメを未然に防ぐためだけに彼に関わり続けた。
「……そういえばメシア、あなた様もしや敏感肌でいらっしゃる?」
「はぁ?」
「体育の時ずっとジャージですので、お肌が日に弱いのでわ?」
「あ、あぁ……うん、まぁ、そんなとこ」
ある日の体育の後そう言われ、俺は一瞬焦った。日焼けに弱いと勘違いしていたことに安堵した。
頭脳明晰、運動神経抜群の俺でも、母の期待に応え切れないことは多々ある。腕の無数のアザは俺の失敗の証拠だ、そんなもの恥ずかしくて誰にも見せられない。
「しかしメシア殿は女子みたいな着替え方しますよな~」
「おー、どっかの豚ちゃんがキモい目で見てくるからな」
「ふぉっ!? な、何故それを……!」
「はぁ!? マジかよキッモ!」
「ふぉおおっ!? カマかけましたな酷いでそ!」
この日の放課後の帰り道、彼は自分が同性愛者であることをカミングアウトしてくれた。
「し、しかしわたくし! 誓ってメシア様に叶わぬ恋などしておりませんぞ! ぼっちから救っていただいた恩からあなた様のご命令なら何でも聞く所存ですが、畏れ多くも恋などは!」
「うるっせぇなぁどうでもいいよ」
「…………あ、明日からも変わらず接してくださりますか?」
「はぁ? あぁうん、別に……」
他人の性愛の対象が何であろうとどうでもいい。なのに彼からの感謝は次の日から勢いと熱量を増した。
「わたくし本当に嬉しいのでそ、誰にも言わないでいただいて……変わらず接してくださって、メシア様は素晴らしいお方でそ」
「……そんなに俺っていい人?」
「はい! 頭もよござんすし、スポーツも万能でいらっしゃる! その上このようなキモオタにも慈悲をくださる……聖人でそ!」
「ふぅん……なぁ、鳴雷くん」
俺はその日初めて彼の名前を呼んだ。覚えてくださっていたなんて……と彼は更に感謝を募らせた。
「鳴雷くんのこともっと教えて?」
「ふぉ?」
「……他人に言いにくいこと」
「ふむぅ……ゲイなのが一番の秘密ですが。あ、わたくしにはお父様が居ませんぞ」
「へ? マジ? 俺ん家も」
「メシア様のお父上は神様ですからなぁ、処女懐胎でそ」
勉強は出来ないくせに妙なところで教養を混じえたジョークを振ってくるのも彼とばかり過ごすようになった原因だ。誰かと過ごす時間に楽しさを感じたのは初めてかもしれない。
「ちげぇよ死んでんの。まぁすぐ再婚して異父の弟もいるんだけどな」
「ほぇー、異父兄弟……ドラマが始まりそうですな」
「お前は一人っ子か」
「ええ」
「ふぅん……ま、どうでもいいけどな」
父親が居ないという共通点は更に俺達の仲を深めた。欲を言えば優秀な異父兄弟も居て欲しかった。
鳴雷は頭も運動神経も悪いから、さぞ酷い扱いを受けているのだろう。なのに毎日ニコニコ笑っていじらしいヤツだ。きっと俺のおかげだろう、俺がぼっちから救ってやるまでは笑うことなんてなかったから間違いない。
「メシア様~、股擦れで内腿が痛い痛いでそ~。ふぇぇ……でそ」
「帰りに薬局行くか? 財布持ってる?」
「持ってますが、どのお薬がいいのか……」
「俺が選んでやるよ」
鳴雷は本当にダメなヤツだった。勉強や運動はもちろん、一人で買い物をするのもままならなかった。
一人では何にも出来ないのに俺以外に彼を助けようとするヤツは居なかった。可哀想で、寂しくて、哀れなヤツだ。
「メシア様~! 股擦れいい感じでそ、メシア様が選んでくだすったお薬よく効きましたぞ」
俺が助けてやらなきゃならないヤツだ。
「だろ? お前、前に絆創膏貼って荒れてたからさ、あのメーカーの絆創膏がダメなら軟膏はそれが合うと思ったんだよ」
「お薬にも詳しくていらっしゃる」
「開業医目指してるからな」
「おぉ! お医者様とな。メシア様なら絶対なれますぞ!」
「あったりまえだろ、俺だぞ? ふふふ……なんかあったら俺の病院来いよな、清掃員とかで雇ってやってもいいぜ」
「お掃除は苦手でそ……」
「安心しろ、ちゃーんと教えてやるよ」
「メシア様ぁ~!」
鳴雷は確かに邪魔で暑苦しいデブだ、笑い方は気持ち悪いし興奮すると早口になって何を言っているのか分からなくなる。けれど、可愛げがあった。
「突き指しましたぞ~! メシア様ぁ~!」
何かあるとすぐに俺を呼んだ。本当に俺が居ないとダメなヤツだ。俺が同じクラスでなかったらどうなっていたんだろう。最悪、イジメで自殺なんてのも有り得たんじゃないだろうか。
「あーはいはい保健室行こうな。出荷出荷~」
「ドナドナドーナードーナー……」
「てめぇは可愛い仔牛じゃなくて醜い豚だ」
「うぇぇ!? 酷いでそぉ! ぷぎー!」
「……うーそ、お前は可愛いよ」
「ふぇ……?」
実際、鳴雷はよく見ると可愛い顔をしていた。顔についた肉のせいで細くなっている目は案外と綺麗だし、頬肉のせいで目立たないが鼻も高かった。ニキビが酷いのはまぁ、思春期を過ぎれば治まるだろう。各パーツの配置もバランスがいいし、痩せれば案外いい顔をしているのかもな。
「メシア様~」
まぁ、だからって痩せて欲しいとは思わない。俺は鳴雷の顔や体型なんてどうでもいいけれど、下手に小綺麗になってバカが寄ってきては困る。
「アニメショップで好きなアニメのキャンペーンがあるのですが……レジで二人で決め台詞を言わなければグッズがもらえなくて……」
「……まさか俺に付き合えって言ってる?」
「はい、今度の土曜日なのですが……ダメでしょうか、わたくしメシア様以外に頼れる方が居ませんし……このグッズとても欲しいのですが、諦めるしかないのでしょうか」
休日の外出は許されていない。
「………………分かった。いいぜ、土曜日な。何時?」
金曜日のうちに靴を部屋に持ち込み、私室の窓から抜け出して鳴雷と共にアニメショップに行った。
「運命なんて迷信だ!」
「諦めろ、俺がお前の運命だ…………これでいいのか?」
「はい! ありがとうございましたー。どうぞ」
受け取ったキーホルダーを店の外で鳴雷に渡し、ため息をつく。
「はぁ……なんなんだよあのセリフ」
「オメガバースもののBL漫画の」
「エロ本かよ!」
「全年齢でそ、全年齢でそ! ラブシーンは少女漫画みたいな感じでぼかされてるんでそぉ!」
「……ったく。そういやお前、現実で好きなヤツ居ねぇの?」
「ふえ……? ゃ、わたくしは男しか好きになれませんで……」
「知ってる。好きな男居ねぇの? って聞いてんの」
鳴雷はパンパンに膨らんだ頬を赤らめ、もじもじと下を向いた。
「……わたくし、気持ちの悪いオタクのデブスですから、人を好きになる資格なんてあるとは思っておりませぬ」
「ま、それはそうだな」
「ですが、その……もし、何かの奇跡が起こってわたくしがスラリと美しい男になれた日には、メシア様……あなた様に告白したいと思っております」
それはもう告白じゃないのか?
「…………ふぅん」
「あっ、メシア様と……など夢のまた夢だと理解しておりまする。今以上の関係になろうなどと思ってはおりませぬので、どうか気分を害さないでくだされ」
「……人に好かれて不快になる訳ねぇだろ」
「え……でも、わたくしは、男ですし」
「関係ねぇよ。どうにかなる訳でもねぇんだろ?」
フラれていると理解していないのか、鳴雷は嬉しそうに微笑んだ。
「なぁ、告白してみろよ。断るけどさ、俺の名前呼んでみ?」
「そ、そんな、畏れ多い……」
「呼べって。何遠慮してんだよ、タメだろ? 俺の名前呼べ、鳴雷」
「…………さっ、狭雲……星火様。分不相応にもわたくしはあなたをお慕い申しておりまする」
叶わない恋までしてしまうなんて、本当に哀れなヤツだな。
「あははっ、無理! じゃあな水月、また明後日!」
「あっ……は、はい! また学校で!」
自宅に帰ると開けておいたはずの部屋の窓が閉まっていたので仕方なく玄関から入ると、予想通り母が立っていた。
「……どこ行ってたの?」
「………………友達と、ちょっと」
「アンタこの間の塾の模試、全国何位だったか覚えてる? 二位よ、二位。遊んでる暇なんてないって分かってる?」
「……ごめんなさい」
「はぁ……上脱いでキッチンに来なさい」
「…………はい」
今日は久しぶりにセイカって呼んでもらえたな。鳴雷も喜んでいたし、いい日だ。今日は、いい日。
「あ、づっ……ぁあっ! ぅあぁあああっ!」
「うるさい!」
「痛っ、ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
バカな鳴雷が、出来損ないの鳴雷が、俺よりもずぅっと不幸で可哀想な鳴雷が喜んでいた、笑っていた。俺が彼を幸せにしている。
だから今日はいい日だ。いい日だったんだ。いい日だ……
※水月の中学時代のお話。どのタイミングで読んでも大丈夫です。水月視点ではありません。本編と直接の関わりはないため、読まなくても問題はありません。
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まずは一人一人自己紹介をする。名前だけでなく何か一言言うのが決まりらしい。俺は無難に好きな食べ物としてサバの塩焼きと言ったけれどそれは嘘だ。俺に好きな食べ物なんてない、魚を食べると頭が良くなると思い込んでいる母親がしょっちゅう食わせる物を言っただけだ。
「わたくしはゲームもアニメも漫画もラノベもそれなりに知っておりますが、とりあえずは今期アニメについて語りたいと思いまする。しかしわたくしどうにも引っ込み思案で……そちらから話しかけていただければと! あ、今期アニメは全部チェックしておりますので」
例のデブの自己紹介は早口で聞き取りにくかった。
全員が自己紹介を終えて休み時間が訪れる。俺は適当な男子生徒数人と会話を交わしたが、あのデブはぽつんと席に座ったままだった。
入学式から約一週間、俺はクラス内の地位を確固たるものにした。いわゆる一軍だ。スクールカーストなんてくだらない、クラスメイト同士のクソみたいな交流さえなければ休み時間を有効に使えるのに。
席で一人本を読んでいるあのデブが少し羨ましかった。
ある日俺と同じグループに属する男子生徒が例のデブにあだ名を付けた。キモオタデブスというド直球でセンスの欠片もないクソみたいなあだ名だったが、俺を含めてグループ全員が笑った。
次の日、あだ名を付けた男子生徒が例のデブが読んでいた本を奪った。小説のようだが、現国のテストで出されるようなものではないようだ。
「か、返してくだされ!」
「うぉおキモいこっち来んなデブス!」
俺はその男子生徒の手から本を取り、そのデブに差し出した。
「ん」
「えっ、ぁ、ありがとうございまする……」
「人畜無害な豚ちゃんをイジメちゃ可哀想じゃん〇〇くーん。動物虐待はよくないなぁ~」
クラス内の地位を保つため、そのデブを助けてやった訳ではないのだと悪口を言って誤魔化した。幸いバカばっかりだったので上手くいった。
俺はいい成績を修めて、いい学校に進んで、いい会社に就職して、いい車を買っていい時計をしていい女と結婚し、出来のいい子供を作らなければならない。それが出来なければ俺に存在は許されない。
俺の経歴は完璧でなければならない。だから、クラスでイジメなんて起こしてはならないのだ。平凡な人間が集まればよかっただけなのに、どうしてオタクでデブなんていうイジメっ子ホイホイが同じクラスになってしまったんだ。
「じゃ、ペア作ってー」
体育の時間、サッカーのパス練習のためにそう言われた。このクラスの男子生徒は十六人で、今日は休みなんて居ないから、余りなんて出ないはずだった。
「俺ら三人でやろうぜ」なんて言い出すバカが居なければ。
「地獄の一言でそ……わたくしのぼっち力は偶数に勝りました。うぅ……」
「……へいへいホグジラちゃーん、一人ぃ?」
デブはキョロキョロと周りを見渡した後、遠慮がちに自分を指した。
「わたくし鳴雷と申すのですが……」
「巨大なイノブタのあだ名はホグジラなんよ」
「ほぇー、博識でいらっしゃる」
「そこは豚扱いに怒んなきゃっしょ」
「……あの、もしやわたくしと組んでくださる?」
「余っちゃってねー」
「ふぉぉ……! ありがとうございます! あなたはわたくしのメシア様!」
そのデブは予想通りパスさえろくに出来ない運動音痴で、すぐに滝のような汗をかいてへばったが、ことあるごとに俺に感謝して救世主扱いしてくれるから気分はよかった。
それからペアワークは常に一緒、休み時間は彼をからかって上位グループの笑いを誘った。イジメを未然に防ぐためだけに彼に関わり続けた。
「……そういえばメシア、あなた様もしや敏感肌でいらっしゃる?」
「はぁ?」
「体育の時ずっとジャージですので、お肌が日に弱いのでわ?」
「あ、あぁ……うん、まぁ、そんなとこ」
ある日の体育の後そう言われ、俺は一瞬焦った。日焼けに弱いと勘違いしていたことに安堵した。
頭脳明晰、運動神経抜群の俺でも、母の期待に応え切れないことは多々ある。腕の無数のアザは俺の失敗の証拠だ、そんなもの恥ずかしくて誰にも見せられない。
「しかしメシア殿は女子みたいな着替え方しますよな~」
「おー、どっかの豚ちゃんがキモい目で見てくるからな」
「ふぉっ!? な、何故それを……!」
「はぁ!? マジかよキッモ!」
「ふぉおおっ!? カマかけましたな酷いでそ!」
この日の放課後の帰り道、彼は自分が同性愛者であることをカミングアウトしてくれた。
「し、しかしわたくし! 誓ってメシア様に叶わぬ恋などしておりませんぞ! ぼっちから救っていただいた恩からあなた様のご命令なら何でも聞く所存ですが、畏れ多くも恋などは!」
「うるっせぇなぁどうでもいいよ」
「…………あ、明日からも変わらず接してくださりますか?」
「はぁ? あぁうん、別に……」
他人の性愛の対象が何であろうとどうでもいい。なのに彼からの感謝は次の日から勢いと熱量を増した。
「わたくし本当に嬉しいのでそ、誰にも言わないでいただいて……変わらず接してくださって、メシア様は素晴らしいお方でそ」
「……そんなに俺っていい人?」
「はい! 頭もよござんすし、スポーツも万能でいらっしゃる! その上このようなキモオタにも慈悲をくださる……聖人でそ!」
「ふぅん……なぁ、鳴雷くん」
俺はその日初めて彼の名前を呼んだ。覚えてくださっていたなんて……と彼は更に感謝を募らせた。
「鳴雷くんのこともっと教えて?」
「ふぉ?」
「……他人に言いにくいこと」
「ふむぅ……ゲイなのが一番の秘密ですが。あ、わたくしにはお父様が居ませんぞ」
「へ? マジ? 俺ん家も」
「メシア様のお父上は神様ですからなぁ、処女懐胎でそ」
勉強は出来ないくせに妙なところで教養を混じえたジョークを振ってくるのも彼とばかり過ごすようになった原因だ。誰かと過ごす時間に楽しさを感じたのは初めてかもしれない。
「ちげぇよ死んでんの。まぁすぐ再婚して異父の弟もいるんだけどな」
「ほぇー、異父兄弟……ドラマが始まりそうですな」
「お前は一人っ子か」
「ええ」
「ふぅん……ま、どうでもいいけどな」
父親が居ないという共通点は更に俺達の仲を深めた。欲を言えば優秀な異父兄弟も居て欲しかった。
鳴雷は頭も運動神経も悪いから、さぞ酷い扱いを受けているのだろう。なのに毎日ニコニコ笑っていじらしいヤツだ。きっと俺のおかげだろう、俺がぼっちから救ってやるまでは笑うことなんてなかったから間違いない。
「メシア様~、股擦れで内腿が痛い痛いでそ~。ふぇぇ……でそ」
「帰りに薬局行くか? 財布持ってる?」
「持ってますが、どのお薬がいいのか……」
「俺が選んでやるよ」
鳴雷は本当にダメなヤツだった。勉強や運動はもちろん、一人で買い物をするのもままならなかった。
一人では何にも出来ないのに俺以外に彼を助けようとするヤツは居なかった。可哀想で、寂しくて、哀れなヤツだ。
「メシア様~! 股擦れいい感じでそ、メシア様が選んでくだすったお薬よく効きましたぞ」
俺が助けてやらなきゃならないヤツだ。
「だろ? お前、前に絆創膏貼って荒れてたからさ、あのメーカーの絆創膏がダメなら軟膏はそれが合うと思ったんだよ」
「お薬にも詳しくていらっしゃる」
「開業医目指してるからな」
「おぉ! お医者様とな。メシア様なら絶対なれますぞ!」
「あったりまえだろ、俺だぞ? ふふふ……なんかあったら俺の病院来いよな、清掃員とかで雇ってやってもいいぜ」
「お掃除は苦手でそ……」
「安心しろ、ちゃーんと教えてやるよ」
「メシア様ぁ~!」
鳴雷は確かに邪魔で暑苦しいデブだ、笑い方は気持ち悪いし興奮すると早口になって何を言っているのか分からなくなる。けれど、可愛げがあった。
「突き指しましたぞ~! メシア様ぁ~!」
何かあるとすぐに俺を呼んだ。本当に俺が居ないとダメなヤツだ。俺が同じクラスでなかったらどうなっていたんだろう。最悪、イジメで自殺なんてのも有り得たんじゃないだろうか。
「あーはいはい保健室行こうな。出荷出荷~」
「ドナドナドーナードーナー……」
「てめぇは可愛い仔牛じゃなくて醜い豚だ」
「うぇぇ!? 酷いでそぉ! ぷぎー!」
「……うーそ、お前は可愛いよ」
「ふぇ……?」
実際、鳴雷はよく見ると可愛い顔をしていた。顔についた肉のせいで細くなっている目は案外と綺麗だし、頬肉のせいで目立たないが鼻も高かった。ニキビが酷いのはまぁ、思春期を過ぎれば治まるだろう。各パーツの配置もバランスがいいし、痩せれば案外いい顔をしているのかもな。
「メシア様~」
まぁ、だからって痩せて欲しいとは思わない。俺は鳴雷の顔や体型なんてどうでもいいけれど、下手に小綺麗になってバカが寄ってきては困る。
「アニメショップで好きなアニメのキャンペーンがあるのですが……レジで二人で決め台詞を言わなければグッズがもらえなくて……」
「……まさか俺に付き合えって言ってる?」
「はい、今度の土曜日なのですが……ダメでしょうか、わたくしメシア様以外に頼れる方が居ませんし……このグッズとても欲しいのですが、諦めるしかないのでしょうか」
休日の外出は許されていない。
「………………分かった。いいぜ、土曜日な。何時?」
金曜日のうちに靴を部屋に持ち込み、私室の窓から抜け出して鳴雷と共にアニメショップに行った。
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「諦めろ、俺がお前の運命だ…………これでいいのか?」
「はい! ありがとうございましたー。どうぞ」
受け取ったキーホルダーを店の外で鳴雷に渡し、ため息をつく。
「はぁ……なんなんだよあのセリフ」
「オメガバースもののBL漫画の」
「エロ本かよ!」
「全年齢でそ、全年齢でそ! ラブシーンは少女漫画みたいな感じでぼかされてるんでそぉ!」
「……ったく。そういやお前、現実で好きなヤツ居ねぇの?」
「ふえ……? ゃ、わたくしは男しか好きになれませんで……」
「知ってる。好きな男居ねぇの? って聞いてんの」
鳴雷はパンパンに膨らんだ頬を赤らめ、もじもじと下を向いた。
「……わたくし、気持ちの悪いオタクのデブスですから、人を好きになる資格なんてあるとは思っておりませぬ」
「ま、それはそうだな」
「ですが、その……もし、何かの奇跡が起こってわたくしがスラリと美しい男になれた日には、メシア様……あなた様に告白したいと思っております」
それはもう告白じゃないのか?
「…………ふぅん」
「あっ、メシア様と……など夢のまた夢だと理解しておりまする。今以上の関係になろうなどと思ってはおりませぬので、どうか気分を害さないでくだされ」
「……人に好かれて不快になる訳ねぇだろ」
「え……でも、わたくしは、男ですし」
「関係ねぇよ。どうにかなる訳でもねぇんだろ?」
フラれていると理解していないのか、鳴雷は嬉しそうに微笑んだ。
「なぁ、告白してみろよ。断るけどさ、俺の名前呼んでみ?」
「そ、そんな、畏れ多い……」
「呼べって。何遠慮してんだよ、タメだろ? 俺の名前呼べ、鳴雷」
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叶わない恋までしてしまうなんて、本当に哀れなヤツだな。
「あははっ、無理! じゃあな水月、また明後日!」
「あっ……は、はい! また学校で!」
自宅に帰ると開けておいたはずの部屋の窓が閉まっていたので仕方なく玄関から入ると、予想通り母が立っていた。
「……どこ行ってたの?」
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「……ごめんなさい」
「はぁ……上脱いでキッチンに来なさい」
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