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蜘蛛の子散らすように
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セイカが服を着て、縄もペンチも片付け終えて、緊縛の気配は部屋から消え──なかった。
「うぅむ……」
長い時間と手間をかけてツルツルすべすべにしたはずの麻縄は、セイカの皮膚に赤い跡を残した。アザなどではなく、皮膚が剥がれたように見える。
「縄はツルスベにしたはずだけど……摩擦のせいかな」
縄をほどいた瞬間は、圧迫されていたから一時的に跡が残っているだけだろうと気にしていなかった。時間を置いても消えずに首元から覗く赤い跡が気になり、シャツだけを脱いでもらって改めてよく調べると、毛羽立ったような剥がれかけた皮膚や、皮膚の破片らしき白いものが服の内側に散見された。
「この子……」
「……っ」
歌見に背を撫でられるとセイカはビクッと身体を跳ねさせた。
「…………結構な乾燥肌だな。だから縄をツルツルにしても摩擦で剥がれちゃったんじゃないか?」
「なんと……! 縄だけでなく相手の肌の調子も気にしなければならなかったとは……水月一生の不覚。ごめんなセイカ……セイカ?」
身体を丸めて背中を見せてくれていたセイカの顔を覗き込むと、彼は静かに泣いていた。
「セ、セイカっ? 痛いのか? あぁあごめんなぁ……」
「かなりヒリヒリするだろうな……軟膏か何かないのか?」
「ち、ちが……違う、痛いのじゃない……ごめんなさい、鳴雷せっかく……ごめんなさい、縛るの初めてって、鳴雷、ごめんなさい……肌、こんなで、ごめんなさい」
俺の初緊縛を完全成功で終わらせられなかったことを気にしているのか? 俺の迂闊さが悪かったのに?
「あの、でもっ、気持ちよかったから。ちゃんと、その……鳴雷は上手く出来てたっ、他のヤツならきっとこんなことにならない……俺じゃ、なければ。俺なんか……居なければ」
「あぁもう自己嫌悪の方向にだけ連想力豊かなのやめてぇ!? セイカが気にすることじゃないんだよ、俺が思い至らなきゃダメなことなんだから! はぁ……ボロボロ。ごめんな、本当……すぐに軟膏取ってくるから」
セイカの涙を拭った後、胸周辺の縄の跡を指でなぞる。ポロポロと皮膚が剥がれ、新しいまだ赤っぽい皮膚が顕になっていく。
「痛いよな……」
俺が傷付けてしまった。俺がセイカの全身に淡い傷を付けた。
「……水月? 早く軟膏取ってきてやれ」
俺がセイカを傷付けられた。嬲られて泣きじゃくるばかりだった俺が、セイカを痛めつけて泣かせられた。
「鳴雷……? そんな大したのじゃないから気にしないで……痛っ、な、鳴雷? 何、痛いっ」
「水月!」
歌見に手首を掴まれてハッとする。
「…………」
赤い跡をなぞっていた指はそのうち皮膚がポロポロ剥がれる感覚を気に入って擦るようになり、セイカの身体を削っている快感に酔った俺は爪を立てて引っ掻き、本物の傷を付けた。人差し指の爪の隙間に赤黒いものが詰まっている。
「……救急箱、すぐ持ってくる」
立ち上がり、セイカの頭を撫で、ふらふらと庭に出た。
「…………俺、何して……」
救急箱はどこにあったっけ。まずは家に戻らないと。
「……私、私はあんな……」
家に戻るにはウッドデッキに上がって、ダイニングの窓を開けてダイニングに入るルートが最短だ。
「セイカ様…………ちょっとびっくりしてた……可愛かったなぁ」
自分の手や足元を見つめて歩いた俺は、網戸に手をかけるまで気付かなかった、忘れていた。
「…………あっ」
傷付けたことへの、傷付けたことに興奮してしまったことへの、興奮を後から自覚して僅かにだが肯定してしまったことへの、天罰だったのだと思う。
「イィイイヤァアアアアアァアアアッ!?」
俺が網戸に与えた僅かな振動に反応したセミが、アキが集めた大量のセミが、飛んだ。蜘蛛の子を散らすようとはまさにこのこと。全てではないが八割方飛び立ち、そのうち半分は俺にぶつかってきた。もう半分は上手く飛び立てる器用なセミと地面に落ちてしまう鈍臭いセミに分かれた。
救急箱を取り、セイカの元に戻った。
「ど、どうしたんだ水月……なんだそのレイプ目。大丈夫か……?」
窓のないアキの小屋の中には俺の悲鳴は届かなかったらしい。
「セミ……」
「セ、セミ?」
「ぼーっと、して、忘れて、て……網戸、開けちゃった。セミ、いっぱい、体当たり」
「セミのたいあたり、水月のメンタルにこうかばつぐん…………狭雲、俺が軟膏塗ってやる。水月はしばらくそっとしといてやろう……」
歌見は俺を部屋の隅に座らせると、救急箱の中を探った。軟膏と絆創膏を取り出し、俺を気にしている様子のセイカの背に回った。
「前は自分で出来るな?」
「うん……手間かけてごめんなさい、背中届かなくて……両手あれば何とかなったんだけど」
「…………こういう時はな、ありがとうって言うんだ」
「……ありがとう」
「そうだ、そっちの方がこっちも気持ちいいからな…………なんか今の感情知らない系キャラに色々教えてるシーンっぽくなかったか? イイな……!」
「興奮の仕方が鳴雷に似てるなぁ……」
俺が引っ掻いてしまった場所には絆創膏が貼られ、セイカの治療は終わった。
「元々乾燥肌なのか?」
「そうでもない……多分、絶食とかストレスとか薬とか……そういうの。だから、最近は良くなってきてる。引っ掻かないように頑張ってるし……」
「そうか。そのうち綺麗な肌になるかもな」
「なる……? ガサガサで血色も悪くて、このままじゃ鳴雷に愛想尽かされるって……俺…………どれくらいで治りそう?」
「俺は医者じゃないし美容にもそんな関心ないからなぁ……一言言えるとすれば、多分水月は肌ガサガサで血色悪いのも属性の一つとして萌えてると思うってとこか」
「…………サウナって肌とか血色に効くかな?」
「新陳代謝とか血行が良くなるから、まぁ……でも上がった後は風呂より乾燥しそうだし、保湿しっかりしなきゃ悪化するんじゃないか?」
「そっか……えっと、ありがとう」
「そうそう。ふふ、なんか可愛いなぁお前」
歌見がセイカと仲良くなりつつあるようだ、そろそろセミの恐怖から冷めて鼓動が落ち着きつつあるし、ちゃんとセイカに謝罪しに行かなければ。
「うぅむ……」
長い時間と手間をかけてツルツルすべすべにしたはずの麻縄は、セイカの皮膚に赤い跡を残した。アザなどではなく、皮膚が剥がれたように見える。
「縄はツルスベにしたはずだけど……摩擦のせいかな」
縄をほどいた瞬間は、圧迫されていたから一時的に跡が残っているだけだろうと気にしていなかった。時間を置いても消えずに首元から覗く赤い跡が気になり、シャツだけを脱いでもらって改めてよく調べると、毛羽立ったような剥がれかけた皮膚や、皮膚の破片らしき白いものが服の内側に散見された。
「この子……」
「……っ」
歌見に背を撫でられるとセイカはビクッと身体を跳ねさせた。
「…………結構な乾燥肌だな。だから縄をツルツルにしても摩擦で剥がれちゃったんじゃないか?」
「なんと……! 縄だけでなく相手の肌の調子も気にしなければならなかったとは……水月一生の不覚。ごめんなセイカ……セイカ?」
身体を丸めて背中を見せてくれていたセイカの顔を覗き込むと、彼は静かに泣いていた。
「セ、セイカっ? 痛いのか? あぁあごめんなぁ……」
「かなりヒリヒリするだろうな……軟膏か何かないのか?」
「ち、ちが……違う、痛いのじゃない……ごめんなさい、鳴雷せっかく……ごめんなさい、縛るの初めてって、鳴雷、ごめんなさい……肌、こんなで、ごめんなさい」
俺の初緊縛を完全成功で終わらせられなかったことを気にしているのか? 俺の迂闊さが悪かったのに?
「あの、でもっ、気持ちよかったから。ちゃんと、その……鳴雷は上手く出来てたっ、他のヤツならきっとこんなことにならない……俺じゃ、なければ。俺なんか……居なければ」
「あぁもう自己嫌悪の方向にだけ連想力豊かなのやめてぇ!? セイカが気にすることじゃないんだよ、俺が思い至らなきゃダメなことなんだから! はぁ……ボロボロ。ごめんな、本当……すぐに軟膏取ってくるから」
セイカの涙を拭った後、胸周辺の縄の跡を指でなぞる。ポロポロと皮膚が剥がれ、新しいまだ赤っぽい皮膚が顕になっていく。
「痛いよな……」
俺が傷付けてしまった。俺がセイカの全身に淡い傷を付けた。
「……水月? 早く軟膏取ってきてやれ」
俺がセイカを傷付けられた。嬲られて泣きじゃくるばかりだった俺が、セイカを痛めつけて泣かせられた。
「鳴雷……? そんな大したのじゃないから気にしないで……痛っ、な、鳴雷? 何、痛いっ」
「水月!」
歌見に手首を掴まれてハッとする。
「…………」
赤い跡をなぞっていた指はそのうち皮膚がポロポロ剥がれる感覚を気に入って擦るようになり、セイカの身体を削っている快感に酔った俺は爪を立てて引っ掻き、本物の傷を付けた。人差し指の爪の隙間に赤黒いものが詰まっている。
「……救急箱、すぐ持ってくる」
立ち上がり、セイカの頭を撫で、ふらふらと庭に出た。
「…………俺、何して……」
救急箱はどこにあったっけ。まずは家に戻らないと。
「……私、私はあんな……」
家に戻るにはウッドデッキに上がって、ダイニングの窓を開けてダイニングに入るルートが最短だ。
「セイカ様…………ちょっとびっくりしてた……可愛かったなぁ」
自分の手や足元を見つめて歩いた俺は、網戸に手をかけるまで気付かなかった、忘れていた。
「…………あっ」
傷付けたことへの、傷付けたことに興奮してしまったことへの、興奮を後から自覚して僅かにだが肯定してしまったことへの、天罰だったのだと思う。
「イィイイヤァアアアアアァアアアッ!?」
俺が網戸に与えた僅かな振動に反応したセミが、アキが集めた大量のセミが、飛んだ。蜘蛛の子を散らすようとはまさにこのこと。全てではないが八割方飛び立ち、そのうち半分は俺にぶつかってきた。もう半分は上手く飛び立てる器用なセミと地面に落ちてしまう鈍臭いセミに分かれた。
救急箱を取り、セイカの元に戻った。
「ど、どうしたんだ水月……なんだそのレイプ目。大丈夫か……?」
窓のないアキの小屋の中には俺の悲鳴は届かなかったらしい。
「セミ……」
「セ、セミ?」
「ぼーっと、して、忘れて、て……網戸、開けちゃった。セミ、いっぱい、体当たり」
「セミのたいあたり、水月のメンタルにこうかばつぐん…………狭雲、俺が軟膏塗ってやる。水月はしばらくそっとしといてやろう……」
歌見は俺を部屋の隅に座らせると、救急箱の中を探った。軟膏と絆創膏を取り出し、俺を気にしている様子のセイカの背に回った。
「前は自分で出来るな?」
「うん……手間かけてごめんなさい、背中届かなくて……両手あれば何とかなったんだけど」
「…………こういう時はな、ありがとうって言うんだ」
「……ありがとう」
「そうだ、そっちの方がこっちも気持ちいいからな…………なんか今の感情知らない系キャラに色々教えてるシーンっぽくなかったか? イイな……!」
「興奮の仕方が鳴雷に似てるなぁ……」
俺が引っ掻いてしまった場所には絆創膏が貼られ、セイカの治療は終わった。
「元々乾燥肌なのか?」
「そうでもない……多分、絶食とかストレスとか薬とか……そういうの。だから、最近は良くなってきてる。引っ掻かないように頑張ってるし……」
「そうか。そのうち綺麗な肌になるかもな」
「なる……? ガサガサで血色も悪くて、このままじゃ鳴雷に愛想尽かされるって……俺…………どれくらいで治りそう?」
「俺は医者じゃないし美容にもそんな関心ないからなぁ……一言言えるとすれば、多分水月は肌ガサガサで血色悪いのも属性の一つとして萌えてると思うってとこか」
「…………サウナって肌とか血色に効くかな?」
「新陳代謝とか血行が良くなるから、まぁ……でも上がった後は風呂より乾燥しそうだし、保湿しっかりしなきゃ悪化するんじゃないか?」
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