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海ミサキ
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夜の海は昼の海よりずっと冷たい。しかも暗い、水が黒い。せめて懐中電灯のスイッチを切らずに砂浜に置けばよかった、今日は月も星も見えない薄曇りなのにこんな……
「どこ!? どこですか!? どこに……へっくしゅっ、寒ぅ……」
早く溺れている人を助けて戻らないと風邪を引いてしまう。けれど真っ暗で何も見えない、いや、手が見えた。波間から俺に向かって手を振る真っ白な手だけが暗闇に浮かんで見えた。
「居た……!」
ザブザブと音を立ててその手に向かって進んでいく途中で俺の足は止まった。おかしくないか? どうして人の手があんなにハッキリ見えるんだ? 自分の手もあんなふうにくっきりと暗闇に浮かんで見えないのに、どうして遠くにある手があんなに……それに、あんなに手を振れるならもっと水飛沫を立てられるのでは? なんでその音や声がしないんだ? 溺れるというのはそういうものなのか?
「…………」
日が沈んだ後の海を極端に嫌ったリュウの言動が、レイが撮った夕暮れの海の写真が、脳裏に浮かぶ。あの手は本当に生きている人間のものだろうか。このまま進めば俺は……
「いや、まさか、そんな」
恐怖に頭が支配されて足が動かなくなってしまった。一際大きな波がぶつかって目を閉じ、よろけ、手で目を擦りながらもう一度目を開けると手なんてどこにもなかった。黒々とした夜がどこまでも広がっていた。
「怖……」
一体あの手は何だったんだと呆然とする俺の手を誰かが掴んだ。海中に引きずり込むようなその手に反抗し、逆に引っ張り上げてやった。手の主は小さな少年だ、驚いたような顔で俺を見ている。
「……!?」
「き、君……大丈夫!? 誰!? なんでこんなっ、うわ冷たっ!」
肩に触れてみると彼の身体が氷のように冷えていることが分かった。
「身体に力入る? お兄ちゃんに掴まって」
「…………?」
俺は彼を片腕で抱いて急いで砂浜へと泳いだ。彼は着物を着ており、爪先から頭のてっぺんまでぐしょ濡れで、氷のように冷えているのに震えもしていなかった。
「とりあえず脱ごう、濡れてるの着てたら余計冷えるから……どうやって脱がすのこれ。ご、ごめんね、お兄ちゃんあんまり和服のこと知らなくて」
濡れたせいか帯の結び目が固くなってしまっている。これじゃ脱がせられない。
「ごめん、後で弁償するから」
「……!?」
ダメ元で引っ張ってみると簡単に裂けた。どうやらかなり古い布だったようだ。俺は着物を破って少年を裸にし、俺の服を着せた。
「…………」
「ぶかぶかだ。君……身長ミフユさんくらいかな、後で服借りてあげるからね」
抱き上げて坂を駆け上がり、玄関前で少年を下ろして扉を開ける。
「おいで」
手を差し伸べると少年は素直に俺に手を伸ばし、一歩踏み出す──しかし寸前で手を引き、足を止めた。
「……どうしたの? 早く身体温めないと。お風呂お湯張ってるから。ね? ほら、おいで」
「………………入って、いい?」
「うん……? いいよ。おいで」
少年はニタァっと笑って俺の手を掴み、玄関に入った。俺はそのまま彼の手を引いて脱衣所に連れて行き、俺の服を脱がして彼を湯船に浸けた。
「肩まで浸かってゆっくり温まるんだよ」
「…………」
「温かいもの飲んだ方がいいよね。コーンスープ作ってくるよ、ちょっと待ってて」
キッチンに向かい、沸かしたお湯にコーンスープの素を溶かし、スプーンを入れたまま取っ手付きの器を浴場に運んだ。
「はい、どうぞ」
「…………?」
少年は戸惑ったような顔で俺とスープを交互に見ている。俺はスプーンを手に取り、スープを少しすくってふぅふぅと息をかけて冷まし、温度を唇で確認してから少年の口元に差し出した。
「…………」
「あーん」
「…………ぁ」
口を開けたのでスプーンをそっと口の中に入れる。
「熱くない?」
「…………甘い」
「全部君のだよ。ゆっくり飲んで」
「…………」
少年は小さく頷くとスプーンを持ち、ちびちびとスープを飲み始めた。
「……君、名前は?」
「…………と…………み、さき……こ……」
「……? ミサキくん……っていうの? 綺麗な名前だね。俺は水月、よろしくね」
「ミツキ」
「ちょっと似てるね、ミサキくんはこの辺の子?」
この別荘は無人の離れ小島に建っている訳ではない。車で少し行けば買い物が出来る場所があるとミフユの親類が話していた、ただ自然がそのまま残っているだけの場所だ。別荘周辺は紅葉家の持ち物だが、その外には民家があるのかもしれない。ミフユの親類が話していた店のある辺りとか、それこそその店の子かもしれない。
「…………」
「分かんないか。どうして海に居たの?」
私有地にこっそり入って遊ぶタイプの子には見えない。プライベートビーチではない場所で遊んでいて流されたとか?
「…………海」
「うん、何してたの?」
「……隱俶巨迥ッ縺ォ谿コ縺輔l縲∵オキ縺ォ謐ィ縺ヲ繧峨l縺……ある、じ様は……無事だろう、か」
「……? ごめんね、よく聞き取れなかった」
「………………」
黙り込んでしまった。拗ねたようには見えない。見た目十歳かそこらの子供だし、詳しく話を聞けなくても仕方ないか。
「親御さんきっと探してるよね、明日ミフユさんとレイに頼んで交番にでも連れてってもらうよ。温まったら出ておいで、着替え用意してくるからね」
「…………」
少年を置いて浴場を後にする。犬に迷惑そうな顔をされながらミフユの服をワンセット持ち出し、脱衣所に置いた。
(また溺れてたりしませんよな……?)
そっと浴場を覗くと少年は静かにスープを啜っていた。ホッとした俺はそのまま少年を見守り、彼が出てくるのを待った。
「……ご馳走様」
「いえいえ。これ着替え」
「…………? 洋服……?」
少年は戸惑いながらもミフユの服を着た。しかしシャツが後ろ前だ。
「反対反対。こっち向き。タグがある方が後ろだよ」
「…………?」
「洋服慣れてない?」
「……式で……一度、着た」
「和服が基本のお家なのかぁ、いいねぇ」
ちゃんと着直させてやって気付いたが、少年の身体はまだまだ氷のように冷たい。
「…………寝たい」
「眠い? まだ冷たいけど……しょうがないか。分かった。おいで」
空の器を流し台に置き、ホットミルクを作る。それを少年に飲ませてから俺の部屋に彼を連れ込む。
「ミツキと寝たい」
「俺と? んー……分かった、いいよ」
彼氏達を探したいし、アキにデザートをリクエストされている。けれど一人で寝るのは心細いだろうし、何より寒いだろう。俺は氷柱を抱き締めているような気分になりながら、少年が寝付くまで傍にいようと目を閉じた。
「どこ!? どこですか!? どこに……へっくしゅっ、寒ぅ……」
早く溺れている人を助けて戻らないと風邪を引いてしまう。けれど真っ暗で何も見えない、いや、手が見えた。波間から俺に向かって手を振る真っ白な手だけが暗闇に浮かんで見えた。
「居た……!」
ザブザブと音を立ててその手に向かって進んでいく途中で俺の足は止まった。おかしくないか? どうして人の手があんなにハッキリ見えるんだ? 自分の手もあんなふうにくっきりと暗闇に浮かんで見えないのに、どうして遠くにある手があんなに……それに、あんなに手を振れるならもっと水飛沫を立てられるのでは? なんでその音や声がしないんだ? 溺れるというのはそういうものなのか?
「…………」
日が沈んだ後の海を極端に嫌ったリュウの言動が、レイが撮った夕暮れの海の写真が、脳裏に浮かぶ。あの手は本当に生きている人間のものだろうか。このまま進めば俺は……
「いや、まさか、そんな」
恐怖に頭が支配されて足が動かなくなってしまった。一際大きな波がぶつかって目を閉じ、よろけ、手で目を擦りながらもう一度目を開けると手なんてどこにもなかった。黒々とした夜がどこまでも広がっていた。
「怖……」
一体あの手は何だったんだと呆然とする俺の手を誰かが掴んだ。海中に引きずり込むようなその手に反抗し、逆に引っ張り上げてやった。手の主は小さな少年だ、驚いたような顔で俺を見ている。
「……!?」
「き、君……大丈夫!? 誰!? なんでこんなっ、うわ冷たっ!」
肩に触れてみると彼の身体が氷のように冷えていることが分かった。
「身体に力入る? お兄ちゃんに掴まって」
「…………?」
俺は彼を片腕で抱いて急いで砂浜へと泳いだ。彼は着物を着ており、爪先から頭のてっぺんまでぐしょ濡れで、氷のように冷えているのに震えもしていなかった。
「とりあえず脱ごう、濡れてるの着てたら余計冷えるから……どうやって脱がすのこれ。ご、ごめんね、お兄ちゃんあんまり和服のこと知らなくて」
濡れたせいか帯の結び目が固くなってしまっている。これじゃ脱がせられない。
「ごめん、後で弁償するから」
「……!?」
ダメ元で引っ張ってみると簡単に裂けた。どうやらかなり古い布だったようだ。俺は着物を破って少年を裸にし、俺の服を着せた。
「…………」
「ぶかぶかだ。君……身長ミフユさんくらいかな、後で服借りてあげるからね」
抱き上げて坂を駆け上がり、玄関前で少年を下ろして扉を開ける。
「おいで」
手を差し伸べると少年は素直に俺に手を伸ばし、一歩踏み出す──しかし寸前で手を引き、足を止めた。
「……どうしたの? 早く身体温めないと。お風呂お湯張ってるから。ね? ほら、おいで」
「………………入って、いい?」
「うん……? いいよ。おいで」
少年はニタァっと笑って俺の手を掴み、玄関に入った。俺はそのまま彼の手を引いて脱衣所に連れて行き、俺の服を脱がして彼を湯船に浸けた。
「肩まで浸かってゆっくり温まるんだよ」
「…………」
「温かいもの飲んだ方がいいよね。コーンスープ作ってくるよ、ちょっと待ってて」
キッチンに向かい、沸かしたお湯にコーンスープの素を溶かし、スプーンを入れたまま取っ手付きの器を浴場に運んだ。
「はい、どうぞ」
「…………?」
少年は戸惑ったような顔で俺とスープを交互に見ている。俺はスプーンを手に取り、スープを少しすくってふぅふぅと息をかけて冷まし、温度を唇で確認してから少年の口元に差し出した。
「…………」
「あーん」
「…………ぁ」
口を開けたのでスプーンをそっと口の中に入れる。
「熱くない?」
「…………甘い」
「全部君のだよ。ゆっくり飲んで」
「…………」
少年は小さく頷くとスプーンを持ち、ちびちびとスープを飲み始めた。
「……君、名前は?」
「…………と…………み、さき……こ……」
「……? ミサキくん……っていうの? 綺麗な名前だね。俺は水月、よろしくね」
「ミツキ」
「ちょっと似てるね、ミサキくんはこの辺の子?」
この別荘は無人の離れ小島に建っている訳ではない。車で少し行けば買い物が出来る場所があるとミフユの親類が話していた、ただ自然がそのまま残っているだけの場所だ。別荘周辺は紅葉家の持ち物だが、その外には民家があるのかもしれない。ミフユの親類が話していた店のある辺りとか、それこそその店の子かもしれない。
「…………」
「分かんないか。どうして海に居たの?」
私有地にこっそり入って遊ぶタイプの子には見えない。プライベートビーチではない場所で遊んでいて流されたとか?
「…………海」
「うん、何してたの?」
「……隱俶巨迥ッ縺ォ谿コ縺輔l縲∵オキ縺ォ謐ィ縺ヲ繧峨l縺……ある、じ様は……無事だろう、か」
「……? ごめんね、よく聞き取れなかった」
「………………」
黙り込んでしまった。拗ねたようには見えない。見た目十歳かそこらの子供だし、詳しく話を聞けなくても仕方ないか。
「親御さんきっと探してるよね、明日ミフユさんとレイに頼んで交番にでも連れてってもらうよ。温まったら出ておいで、着替え用意してくるからね」
「…………」
少年を置いて浴場を後にする。犬に迷惑そうな顔をされながらミフユの服をワンセット持ち出し、脱衣所に置いた。
(また溺れてたりしませんよな……?)
そっと浴場を覗くと少年は静かにスープを啜っていた。ホッとした俺はそのまま少年を見守り、彼が出てくるのを待った。
「……ご馳走様」
「いえいえ。これ着替え」
「…………? 洋服……?」
少年は戸惑いながらもミフユの服を着た。しかしシャツが後ろ前だ。
「反対反対。こっち向き。タグがある方が後ろだよ」
「…………?」
「洋服慣れてない?」
「……式で……一度、着た」
「和服が基本のお家なのかぁ、いいねぇ」
ちゃんと着直させてやって気付いたが、少年の身体はまだまだ氷のように冷たい。
「…………寝たい」
「眠い? まだ冷たいけど……しょうがないか。分かった。おいで」
空の器を流し台に置き、ホットミルクを作る。それを少年に飲ませてから俺の部屋に彼を連れ込む。
「ミツキと寝たい」
「俺と? んー……分かった、いいよ」
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