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愚痴に解決策は要らない
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お土産ももらったことだし、そろそろ帰りたい。ヒトは俺を帰す気はないのか仕事の愚痴や新しく飼いたい爬虫類の話を全くやめない。
「そうなんですねぇ」
声の調子を変えつつ同じセリフを何度も繰り返す。ただそれだけでヒトは機嫌を良くしていく。
「ふふ……やっぱりあなたと話すのは楽しい。高校生でしたっけ、卒業したらウチで働きませんか? 歓迎しますよ」
「えっ? い、いえ……まだ、あんまりそういうのは考えてなくて」
会話らしい会話なんてしていない、俺はただ愚痴やうんちくに相槌を打っていただけだ。
「そうですか。まぁ、前向きに考えておいてくださいよ。あなたも知っている通り、今この事務所にはバカしか居ません。ヤツが選び抜いた、ヤツの命令にだけは従順な、バカのくせに私に反抗的なバカ共」
「そうなんですかぁ」
「サンが組長を務めていた期間に父の時代から居る者達はみんな辞めさせられた、焼肉屋だの銭湯だの……堅気に戻らされたんですよ。ヤツに。そしてヤツ自身が見つけたバカを入れた。そんなに私を苦しめたいんですかね。確かに昔からの連中はサンばかり慕って、今居る連中よりもずっと私に反抗的でしたが……それでも今よりずっと楽に経営出来てたはずなんですよ」
ヤツ、というのはフタの言うところのボスだろうか。
「……独立とかはやっぱ出来ない感じですか? ヒトさんすごく優秀だし、新しく会社興しても成功すると思うんですけど」
そうすればフタとの関わりも薄くなるし、と心の中で真の目的を呟いた。
「独立……そう、ですね。そうするべきなんでしょうね……この環境は耐え難いですし、私ならどこでだってやっていける」
俺の提案に賛成して自信ありげなセリフを言っているが、その表情や声色はそんな自信を感じさせない。
「まぁ、そんなことヤツが許すはずもありません。儚い夢ですよ」
そう話す声色はどこか安心しているようだ。独立はしたくないのだろう、やっていく自信がないのかな? 俺には愚痴を聞かせたいだけ? 解決策なんて欲しくない? そりゃそうか、高校生呼び付けて現状の打開策を出して欲しいなんて大人が考える訳がない。
「……そうそう、この間爬虫類ショップで──」
俺の役目は中身のない相槌を打つこと、ただそれだけ。カンナと付き合うのには火傷跡に興奮する性癖が必要なこと、リュウと付き合うのにはSを演技する必要があること、ハルと付き合うのにはすぐに手を出さない忍耐が必要なこと、シュカと付き合うのには彼の照れ隠しの暴力に耐える肉体と精力が必要なこと、それらと一緒だ。フタと付き合うのにはヒトの愚痴に付き合うのが必要事項なのだ。
「──ミズオオトカゲが居て可愛くて、でもあのサイズを飼う余裕がここには──」
まぁ、フタやサンの兄弟で顔がそこそこ似ているから、ヒトは結構な美形だし、声もイイから、聞くのが愚痴でもそこまで苦痛ではないからいいけど。
「──自宅で飼うと妻が捨ててしまうんですよね……あのクソ女、誰のおかげで生きていけてると思ってるんだか」
「えー、そうなんですか……」
「そうなんですよ! はぁ……あなたのような趣味の合う人間と結婚するべきでした」
「光栄です」
「……鳴雷さんはフタとずっと付き合っていく気なんですか?」
「え? えぇ、はい……」
将来的には同棲したいと思っているが、猫を飼っているとなると難しいかもしれないな。カンナ辺りが嫌がりそうな気がする、今まで猫と触れ合う機会がなかったから知らないだけでヒトのように猫アレルギーの彼氏が居るかもしれないし。
「どうしてあんなバカを気に入ったのか全く分かりませんね、確かに顔はいいですけど」
ナルシストなのかな。
「確かに覚えてくれないこととか会話の要領を得ないとことか腹立っちゃうこともありますけど、可愛いんですよ」
「……犬猫可愛がる感じですか?」
自分の弟に対して何てこと言うんだ、まぁ暴力振るってたような仲だからな……
「それならまぁ分からなくもないですよ、フタは素直で善良な子ですからね。プライベートでの付き合いだけなら可愛がれるでしょう、納得です」
素直で善良と認識している弟をアザが出来るまで殴ったり、指の骨を折ったりしていたのかコイツ。
「…………もうフタの話はいいでしょう。えぇと……そうだ、鳴雷さんあの映画は見たことあります? かなり昔のなんですけど、タイトルは、えぇと──」
俺はその後、日が暮れ始めるまで話に付き合わされた。空が赤くなっていくのが窓から伺えて、母が夕飯の支度をしているだろうからと帰りたがってみるとヒトは名残惜しそうな顔で俺を見送った。
「さようなら。また来てくださいね」
寂しそうに笑う顔はやはりどこか幼くて、フタやサンの笑顔を思い出させる。手を振って一階に降り、仕事場を覗いた。
「フタさーん……?」
「お、フタさんの嫁」
「爆イケボーイだ」
「フタさんなら部屋帰ったよ」
「ありがとうございます」
嫁呼ばわりは不服だが、不特定多数にどっちがタチだのネコだのと言いふらす訳にはいかないので、ただ礼を言ってその場を離れた。
「フタさーん……居ますー?」
張り紙が貼られたボロい扉を叩く。ほどなくして開けてもいいと返事があり、両腕に猫を抱えたフタに出迎えられた。
「やほ~、みつきぃ~。サキちゃーん、水月来たよ~」
扉を閉じると猫が下ろされ、黒猫はキャットタワーに逃げ込み白猫の方は俺の足の周りをウロウロして匂いを嗅ぎ始めた。
「どったのみつきぃ、今日来るって言ってたっけぇ? ま、いいや。会えて嬉しい」
人懐っこい笑顔を浮かべ、フタは俺に抱きついてきた。背と首に回る逞しい腕に胸がときめく。抱き返しながらキスに誘うとノってきてくれて、舌を絡ませ合う濃厚なキスが楽しめた。
「……ふぅ、で、どったの? 何か用だっけ?」
十分余りのキスを終えるとそう尋ねられた。
「えっと、フタさんにハッキリした用はないんです。ただフタさんの顔が見たくて」
「そっかぁ」
「明日からまた遠出するので、サキヒコくん迎えに来たってのもあります。迎えに来たって言ってもサキヒコくんがここに居たいなら──」
「わざわざ私を迎えに来たのか? 嬉しいぞミツキ」
「──ここでお留守番でも別に……えっ? な、なんか聞こえた、声聞こえた! その声変わり前ギャンかわショタボイスは我が恋人サキヒコたんでわないか!?」
出会った当初や夢の中で確かに聞いた可愛らしい声。二度と目を覚ましたまま聞くことは出来ないのだろうと半ば諦めていたその声は、確かに俺の鼓膜を揺さぶった。
「そうなんですねぇ」
声の調子を変えつつ同じセリフを何度も繰り返す。ただそれだけでヒトは機嫌を良くしていく。
「ふふ……やっぱりあなたと話すのは楽しい。高校生でしたっけ、卒業したらウチで働きませんか? 歓迎しますよ」
「えっ? い、いえ……まだ、あんまりそういうのは考えてなくて」
会話らしい会話なんてしていない、俺はただ愚痴やうんちくに相槌を打っていただけだ。
「そうですか。まぁ、前向きに考えておいてくださいよ。あなたも知っている通り、今この事務所にはバカしか居ません。ヤツが選び抜いた、ヤツの命令にだけは従順な、バカのくせに私に反抗的なバカ共」
「そうなんですかぁ」
「サンが組長を務めていた期間に父の時代から居る者達はみんな辞めさせられた、焼肉屋だの銭湯だの……堅気に戻らされたんですよ。ヤツに。そしてヤツ自身が見つけたバカを入れた。そんなに私を苦しめたいんですかね。確かに昔からの連中はサンばかり慕って、今居る連中よりもずっと私に反抗的でしたが……それでも今よりずっと楽に経営出来てたはずなんですよ」
ヤツ、というのはフタの言うところのボスだろうか。
「……独立とかはやっぱ出来ない感じですか? ヒトさんすごく優秀だし、新しく会社興しても成功すると思うんですけど」
そうすればフタとの関わりも薄くなるし、と心の中で真の目的を呟いた。
「独立……そう、ですね。そうするべきなんでしょうね……この環境は耐え難いですし、私ならどこでだってやっていける」
俺の提案に賛成して自信ありげなセリフを言っているが、その表情や声色はそんな自信を感じさせない。
「まぁ、そんなことヤツが許すはずもありません。儚い夢ですよ」
そう話す声色はどこか安心しているようだ。独立はしたくないのだろう、やっていく自信がないのかな? 俺には愚痴を聞かせたいだけ? 解決策なんて欲しくない? そりゃそうか、高校生呼び付けて現状の打開策を出して欲しいなんて大人が考える訳がない。
「……そうそう、この間爬虫類ショップで──」
俺の役目は中身のない相槌を打つこと、ただそれだけ。カンナと付き合うのには火傷跡に興奮する性癖が必要なこと、リュウと付き合うのにはSを演技する必要があること、ハルと付き合うのにはすぐに手を出さない忍耐が必要なこと、シュカと付き合うのには彼の照れ隠しの暴力に耐える肉体と精力が必要なこと、それらと一緒だ。フタと付き合うのにはヒトの愚痴に付き合うのが必要事項なのだ。
「──ミズオオトカゲが居て可愛くて、でもあのサイズを飼う余裕がここには──」
まぁ、フタやサンの兄弟で顔がそこそこ似ているから、ヒトは結構な美形だし、声もイイから、聞くのが愚痴でもそこまで苦痛ではないからいいけど。
「──自宅で飼うと妻が捨ててしまうんですよね……あのクソ女、誰のおかげで生きていけてると思ってるんだか」
「えー、そうなんですか……」
「そうなんですよ! はぁ……あなたのような趣味の合う人間と結婚するべきでした」
「光栄です」
「……鳴雷さんはフタとずっと付き合っていく気なんですか?」
「え? えぇ、はい……」
将来的には同棲したいと思っているが、猫を飼っているとなると難しいかもしれないな。カンナ辺りが嫌がりそうな気がする、今まで猫と触れ合う機会がなかったから知らないだけでヒトのように猫アレルギーの彼氏が居るかもしれないし。
「どうしてあんなバカを気に入ったのか全く分かりませんね、確かに顔はいいですけど」
ナルシストなのかな。
「確かに覚えてくれないこととか会話の要領を得ないとことか腹立っちゃうこともありますけど、可愛いんですよ」
「……犬猫可愛がる感じですか?」
自分の弟に対して何てこと言うんだ、まぁ暴力振るってたような仲だからな……
「それならまぁ分からなくもないですよ、フタは素直で善良な子ですからね。プライベートでの付き合いだけなら可愛がれるでしょう、納得です」
素直で善良と認識している弟をアザが出来るまで殴ったり、指の骨を折ったりしていたのかコイツ。
「…………もうフタの話はいいでしょう。えぇと……そうだ、鳴雷さんあの映画は見たことあります? かなり昔のなんですけど、タイトルは、えぇと──」
俺はその後、日が暮れ始めるまで話に付き合わされた。空が赤くなっていくのが窓から伺えて、母が夕飯の支度をしているだろうからと帰りたがってみるとヒトは名残惜しそうな顔で俺を見送った。
「さようなら。また来てくださいね」
寂しそうに笑う顔はやはりどこか幼くて、フタやサンの笑顔を思い出させる。手を振って一階に降り、仕事場を覗いた。
「フタさーん……?」
「お、フタさんの嫁」
「爆イケボーイだ」
「フタさんなら部屋帰ったよ」
「ありがとうございます」
嫁呼ばわりは不服だが、不特定多数にどっちがタチだのネコだのと言いふらす訳にはいかないので、ただ礼を言ってその場を離れた。
「フタさーん……居ますー?」
張り紙が貼られたボロい扉を叩く。ほどなくして開けてもいいと返事があり、両腕に猫を抱えたフタに出迎えられた。
「やほ~、みつきぃ~。サキちゃーん、水月来たよ~」
扉を閉じると猫が下ろされ、黒猫はキャットタワーに逃げ込み白猫の方は俺の足の周りをウロウロして匂いを嗅ぎ始めた。
「どったのみつきぃ、今日来るって言ってたっけぇ? ま、いいや。会えて嬉しい」
人懐っこい笑顔を浮かべ、フタは俺に抱きついてきた。背と首に回る逞しい腕に胸がときめく。抱き返しながらキスに誘うとノってきてくれて、舌を絡ませ合う濃厚なキスが楽しめた。
「……ふぅ、で、どったの? 何か用だっけ?」
十分余りのキスを終えるとそう尋ねられた。
「えっと、フタさんにハッキリした用はないんです。ただフタさんの顔が見たくて」
「そっかぁ」
「明日からまた遠出するので、サキヒコくん迎えに来たってのもあります。迎えに来たって言ってもサキヒコくんがここに居たいなら──」
「わざわざ私を迎えに来たのか? 嬉しいぞミツキ」
「──ここでお留守番でも別に……えっ? な、なんか聞こえた、声聞こえた! その声変わり前ギャンかわショタボイスは我が恋人サキヒコたんでわないか!?」
出会った当初や夢の中で確かに聞いた可愛らしい声。二度と目を覚ましたまま聞くことは出来ないのだろうと半ば諦めていたその声は、確かに俺の鼓膜を揺さぶった。
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