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使用人体験
てんらんかい、に
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あれは俺が中学に入学してすぐの頃──遠い親戚の誰かの葬儀の日。大人達が酒を飲んで騒ぐ夜、小学生になったばかりの従弟の面倒を見せられていた。
「古い日本家屋……いいなぁ、雰囲気たっぷり」
懐中電灯を右手に、従弟の手を左手に、俺は薄暗い家を探検していた。
「……にーちゃ、部屋もどろ」
「なんちゃあ國行ぃ、ノリ悪ぃど」
ギシギシと軋む廊下、揺らぐ懐中電灯の明かり、雰囲気が最高潮に達した頃──階段がから物音が聞こえた。
「階段……? 向こうかえ」
「…………やだ」
「はいはい行かんよ、見るだけな」
階段に近付き、上の方に懐中電灯を向ける。裸足が見えた、更に上に向けると見覚えのない顔色の悪い男が俺達を睨んでいた。
「……ぎゃああああっ!」
従弟が叫んだ直後、男が階段を駆け下りてきた。腰を抜かした従弟が喚く。男が近付いてくる、従弟が泣き叫ぶ。
「こんっ……ダボがぁっ! 國行泣っきょおんやろがっ! 國行、國行ぃー、もう泣かんじいいちゃ、兄ちゃんがバケモンにくらしたったからなぁー」
泣いている従弟を抱えて俺は急いで部屋に戻った。幽霊よりも泣いた子供の方が人を困らせるものだ。
───と、二時間後の電車を待つ間に祖父に話してみた。
「……拳で解決する怪談か、ネタとして見ればまぁ……」
「あ、いえ、足です。屈んで國行をあやしてたんで、咄嗟に両手を床について、床を蹴って、逆立ちの要領で思いっきり顎を蹴ってやりましたよ」
「それはどうでもいい。後日談は? 霊の正体予想くらいはなければな。見慣れない顔ということは葬儀の対象でもないんだろ?」
「…………その家の引きこもりのおじさんでした」
「クソが」
三文字で的確な感想を話すとは素晴らしい、流石は祖父だ。
「その後しばらく國行が軋む階段怖がったらしくて、俺めっちゃ怒られましたよ」
「知らん奴の知らん話をされてもつまらん」
「俺の従弟ですよ、目付きが悪いとこ以外は可愛いんです。ちっこくて怖がりで盆菓子とか饅頭とかが好きな渋い子でして」
「興味ない…………いや、お前、そいつに会いたいとは思わないのか?」
事故の後、引き取ってもらっていた叔父の息子がその國行だ。もう一年以上会ってないことになるな。その前までは法事で年に一回は必ず会っていたのだが。
「……あんまり」
「おい」
「いや、だって……法事の時に面倒見て、可愛かったなぁーってだけで…………いや、違う、クソ叔父のとこに居た時……あの子めっちゃ世話焼いてくれて……」
「……お前の叔父、クソしか居ないんだな」
血縁の叔父も義理の叔父もクソ野郎だ。父親はどちらも変だけどいい人なのにな。
「あぁーっ! やっば……國行会いたい! めっちゃ会いたいですおじい様! なんか色々忘れてたのが頭ん中ぶわーって、ぶわーって!」
「……俺が悪かった。頼むから落ち着け」
「はい」
「急に落ち着くな」
無茶苦茶だ。
「…………近いうちに都合をつけてやるから」
「多分また忘れますよ俺」
「………………また話せば思い出すだろ」
「あ、次おじい様の怪談の番ですよ」
「……お前まさかもう忘れたのか? まぁいい、怪談だな……実体験でいいんだな?」
祖父は俺の忘れっぽさを咎めたりはしなかった。中学の頃の記憶がほとんど抜けていたり、事故の日から雪兎に会うまでの記憶がすっぽり抜けていたり、俺の記憶はスカスカだ。
あれ? 俺は何を忘れていて、何を思い出したんだっけ…………あ、祖父が怪談を話してるな。実体験らしいし期待大だ。
「古い日本家屋……いいなぁ、雰囲気たっぷり」
懐中電灯を右手に、従弟の手を左手に、俺は薄暗い家を探検していた。
「……にーちゃ、部屋もどろ」
「なんちゃあ國行ぃ、ノリ悪ぃど」
ギシギシと軋む廊下、揺らぐ懐中電灯の明かり、雰囲気が最高潮に達した頃──階段がから物音が聞こえた。
「階段……? 向こうかえ」
「…………やだ」
「はいはい行かんよ、見るだけな」
階段に近付き、上の方に懐中電灯を向ける。裸足が見えた、更に上に向けると見覚えのない顔色の悪い男が俺達を睨んでいた。
「……ぎゃああああっ!」
従弟が叫んだ直後、男が階段を駆け下りてきた。腰を抜かした従弟が喚く。男が近付いてくる、従弟が泣き叫ぶ。
「こんっ……ダボがぁっ! 國行泣っきょおんやろがっ! 國行、國行ぃー、もう泣かんじいいちゃ、兄ちゃんがバケモンにくらしたったからなぁー」
泣いている従弟を抱えて俺は急いで部屋に戻った。幽霊よりも泣いた子供の方が人を困らせるものだ。
───と、二時間後の電車を待つ間に祖父に話してみた。
「……拳で解決する怪談か、ネタとして見ればまぁ……」
「あ、いえ、足です。屈んで國行をあやしてたんで、咄嗟に両手を床について、床を蹴って、逆立ちの要領で思いっきり顎を蹴ってやりましたよ」
「それはどうでもいい。後日談は? 霊の正体予想くらいはなければな。見慣れない顔ということは葬儀の対象でもないんだろ?」
「…………その家の引きこもりのおじさんでした」
「クソが」
三文字で的確な感想を話すとは素晴らしい、流石は祖父だ。
「その後しばらく國行が軋む階段怖がったらしくて、俺めっちゃ怒られましたよ」
「知らん奴の知らん話をされてもつまらん」
「俺の従弟ですよ、目付きが悪いとこ以外は可愛いんです。ちっこくて怖がりで盆菓子とか饅頭とかが好きな渋い子でして」
「興味ない…………いや、お前、そいつに会いたいとは思わないのか?」
事故の後、引き取ってもらっていた叔父の息子がその國行だ。もう一年以上会ってないことになるな。その前までは法事で年に一回は必ず会っていたのだが。
「……あんまり」
「おい」
「いや、だって……法事の時に面倒見て、可愛かったなぁーってだけで…………いや、違う、クソ叔父のとこに居た時……あの子めっちゃ世話焼いてくれて……」
「……お前の叔父、クソしか居ないんだな」
血縁の叔父も義理の叔父もクソ野郎だ。父親はどちらも変だけどいい人なのにな。
「あぁーっ! やっば……國行会いたい! めっちゃ会いたいですおじい様! なんか色々忘れてたのが頭ん中ぶわーって、ぶわーって!」
「……俺が悪かった。頼むから落ち着け」
「はい」
「急に落ち着くな」
無茶苦茶だ。
「…………近いうちに都合をつけてやるから」
「多分また忘れますよ俺」
「………………また話せば思い出すだろ」
「あ、次おじい様の怪談の番ですよ」
「……お前まさかもう忘れたのか? まぁいい、怪談だな……実体験でいいんだな?」
祖父は俺の忘れっぽさを咎めたりはしなかった。中学の頃の記憶がほとんど抜けていたり、事故の日から雪兎に会うまでの記憶がすっぽり抜けていたり、俺の記憶はスカスカだ。
あれ? 俺は何を忘れていて、何を思い出したんだっけ…………あ、祖父が怪談を話してるな。実体験らしいし期待大だ。
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