ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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雪の降らない日々

まひろ、よん

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若神子家では両目とも真っ赤な男児が最良。片目が青い叔父は長男だろうと跡継ぎの資格はなく、ろくな教育もされず放ったらかしにされ使用人にすら陰口を叩かれて育ったそうだ。

「だからっ、俺に生まれてきた意味なんかないんだよっ! 生きてる意味もない!」

涙ながらに語られた彼の身の上話を聞いて俺は──何も感じなかった。ここまで心が無になることがあるだろうか。

「うん……ないんじゃない?」

「へっ? えっ……ちょっとは同情くらいしろよ、人間性を疑う!」

「いやだって、ねぇじゃん。生まれつきダメ認定は運悪い止まりだけどさ……雪風虐待する理由にはならねぇだろ。雪風だけ生まれてりゃよかったんだよ、お前が別の家にでも産まれてりゃ二人とも初めから幸せだったんじゃねぇの」

「……分かりきってること言うなよぉ」

床に体育座りをしてぐすぐすと鼻を鳴らして泣いている叔父を見て、俺は──ちょっと愉快に思った。

「家の風習的に要らない子扱いでした、みんなに虐められました、はいここまでは可哀想。優秀な弟が気に入らないので強姦して自分が上だと物理的にマウント取ります、はいクズ。死ね」

「気に入らなかったんじゃない! 逆だ、雪風だけは家の決まりとか難しいこと理解する前に、小さいうちに俺に懐いて、雪風だけが俺を愛してくれたから……」

「から、家庭教師に調教させたのち玩具にしました。え、死ねポイント高まっただけだぞお前……言い訳無意味すぎる」

「……まぁ懐いたショタが可愛くて勃っただけで、優秀な弟って点ではもうすっごく嫌いだったからね。性欲もストレスも解消出来て一挙両得」

「涼斗さんに俺が今日来ることを知られていなければ殺してた」

使用人達と同じ訓練を受けて俺もかなり強くなったとは思うが、涼斗は相手にしたくない。キレた彼は自分の身を守ることすら捨てて相手を殺すことだけを考える、格闘なんてやってられない。

「はぁ……まぁ、俺は生まれてくる意味なかったし、生きてる価値もないクズだけどさ……それでもこの身の上話したら多少は同情するだろ、人間として。何冷静に俺の落ち度語ってくれてんの」

「……身内以外に向ける感情持ってないんで」

「右目で見てると君本気で感情動いてないから怖い」

言いながら叔父は眼帯で右目を隠した。感情の機微を見られているというのは不愉快なのでよかった。

「自殺でもしてくれるんならこのまま悪態ついたけど、しなさそうだから言うよ。生まれてきた意味も生きてる価値もあるだろ、涼斗さんと仲良くやれてんだから。生きろよ、死にたいからって涼斗さんに刺させるな、唯一お前を愛してくれてる人を殺人鬼にさせんな、そんくらいの恩義は持てよ」

叔父はチラッと眼帯をズラし、また戻した。

「……そのセリフを無感情で言えるの怖すぎる。どういうこと?」

「知らねぇよ。感情じゃなくロジックで話してるから……か?」

「こう言っておくべきだって考えただけって? なるほど、ふふ……気持ち悪。怖。あ……涼斗さん帰ってきた」

メガネケースを机に置き、立って涼斗を待つ。念のためクッションを左手に持つ。

「ただいま戻りました……」

廊下とリビングを繋ぐ扉が開き、長い髪で顔を隠した男がぬるりと現れる。その手にはカッターナイフが刃を出した状態で握られている。まさにジャパニーズホラーのワンシーン。

「凪さん僕の知らない靴がありました、誰のですかまた浮気ですかどうして僕のこと虐めるんですか」

「お久しぶりでっ……! クソっ!」

俺だということには気付いていないのだろう、雪凪以外の人影が家の中にあるのが許せないだけだろう、彼は条件反射的にカッターナイフで俺の首を狙い、俺はクッションを刺させて初撃を防いだ。

「とっとと説得しろクソカス!」

カッターナイフを握っている右手を両手で掴み、叔父を呼ぶ。

「涼斗さん落ち着いてください! 事前に連絡があったでしょう? 今日はほら、犬なんとか君が来るって。涼斗さんが帰る時間に合わせて来てくれたんですけど、涼斗さんが残業になったからここで待ってもらってて……それだけです。何もやましいことなんてありません。信じられないならカメラを確認してください」

目に見えるほど変わってはいないと思うのだが、逆立っていた涼斗の髪が落ち着いたような錯覚があった。

「ぁ……あ、僕……僕、ごめ……ぁ、ごめん、なさ……ぁあ……」

崩れ落ちた涼斗はカッターナイフを床に落とし、さめざめと泣き始めた。叔父が彼を慰め終わるまで話は出来なさそうだ。
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