ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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お盆

おかえりなさい、じゅうよん

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上手く出会えた従弟を抱きかかえて工場に隣接した家へと戻る。裏口から入り、靴を置きに玄関の方へ向かった。

「ま、ひろぉ……お前、よくも……」

靴を置いて従弟の部屋へ向かおうとすると、リビングから側頭部に氷嚢を押し当てた叔父が出てきたのでノールック裏拳、一撃ノックダウンを決める。

「國行、お前の部屋こっちだよな……っと、お兄ちゃん足びちょびちょだった。着替えどっかにないか?」

「……おとーさんのしかない」

「だよなぁ。ま、いいか。洗濯してるだろうし……國行は先に部屋行っときな」

大嫌いな叔父だが、洗濯した服すら着たくないなんて歳頃の娘みたいなことは言わない。脱衣所で靴下とスラックスを脱ぎ、小川の水は汚かったかもしれないので足だけシャワーを浴びた。

「ん……? なんだこれ、血……?」

不意に風呂場の鏡に映った自分を見ると、白いシャツの鎖骨あたりに血のシミがあった。まだ新しい。俺は慌てて叔父のズボンを履き、従弟の部屋へ走った。

「國行! お前、怪我してないか?」

「…………してる」

「見せてみろ。うわ……皮剥けてるじゃねぇか」

小さな手を広げさせてみると、手のひらの皮が剥けて血が滲んでいた。突き飛ばされて尻もちをついた時のものだろう。手を後ろについていたのだ。

「手洗ってこい、痛いだろうけど傷口にゴミ入るとダメだからな」

「……うん」

従弟が洗面所へ向かう前に救急箱の場所を聞き出し、部屋で開けて待機。

「…………ただいま」

「おかえり、國行……國行?」

胡座をかいて待っていたのだが、従弟は何も言わずに俺の足の上に乗ってきた。表情筋をほとんど動かさず、無言のまま俺にもたれる彼には猫のような可愛げがあった。

「手、出して」

「……ん」

「ちょっと染みるぞ」

傷口にトントンと消毒液を染み込ませた脱脂綿を押し当て、剥がれた皮を鋏で切り、絆創膏を貼った。

「よし。これで完璧。他に怪我してるとこないか?」

従弟は返事をせず手のひらをじっと見つめている。よほど痛いのだろう。

「國行、お兄ちゃん救急箱片付けてくるからちょっとどいてくれな」

抱えて下ろし、救急箱片手に立ち上がる。部屋を出ようとすると従弟は俺の足に抱きついてきた。

「…………置いてかないで」

「國行……? 離してくれ」

「……やだ」

ため息をついて屈むと従弟は怯えたような目で俺を見た。片手で抱きかかえてやると安心した様子で俺にもたれる。
従弟は俺によく懐いていたから、そんな俺と突然一緒に住むことになって、なのに突然居なくなって、寂しく思ってくれたのだろう。幼い彼には「引き取られる」という動きを理解出来ていなかったのかもしれない。

「なぁ國行、お兄ちゃんは自分の意思でどっか行っちゃったんじゃないんだぞ」

「…………知ってる。おとーさんが、売った。お金、遊んでなくしたくせに……にいちゃん売って、お金もらった」

「うん……お兄ちゃんは國行のこと嫌いになって離れたとかじゃないから、勘違いしないでくれよ。お兄ちゃんは國行のこと大好きだぞ、会いたかった」

俺のシャツを掴む怪我をしている手には、どこか切実なものを感じた。置いて行かれないように、離れないように──そんな願いを感じてしまった。



抱きついて離れたがらない従弟の背をぽんぽんと叩いて寝かしつけ、布団を敷いて寝かせた。若神子家の贅沢さに慣れたせいか、薄っぺらい煎餅布団は背中が痛くなりそうに思えた。

「ふぅ……おやすみ、國行」

一旦外に出て使用人達に今日は泊まりたいと伝え、夕飯の材料などの買い出しを頼んだ。形州家に戻り、リビングを覗く。

「真尋ぉ……覚えてろよ、お前……」

そういえば従弟の母親は叔父の暴力に耐えかねて逃げたと聞いた。従弟が小学二年生くらいの時だったっけ? 幼いながらも彼は母親をしょっちゅう庇って代わりに殴られたそうだが、母親は彼を連れて行く選択肢を選べなかったようだ。

「あっ、晩飯作るからキッチン掃除しとかないと」

まぁ、子供を連れて行くと連れ去りだの親権争いだので逃げにくくなるだろうから、一概に批判は出来まい。しかし母に捨てられたと思っている従弟の心の傷は深い、俺に出来ることはないのだろうか?

「お前が飯作るって? ふざけてんじゃっ……なん、でもない……好きにしろ」

俺はただフライパンを振りかぶっただけなのに、叔父は何かに怯えて私室に戻った。これで掃除がしやすくなった。俺は鼻歌をお供に汚いキッチンの掃除に勤しんだ。
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