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1巻

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「まあ、本当の用事は、買い物なんだけどね。ねえ、百合子ちゃん、相談があるんだけど。女子高生が好きそうな髪飾りって、あるかなぁ?」

 大黒さんに問いかけられて、おばあちゃんは、ぱちりと目をしばたたいた。

「女子高生さんが好きそうな髪飾り? それがどうしはったんです?」
「実はさ、今度、うちのサロンで、常連の女子高生に、浴衣ゆかたの着付けをしてあげることになったんだけど、今、店にある髪飾りが、大人女子向けのものばかりでさ。若い子に似合いそうなものがないんだ」
「ほな、大黒さんは、女子高生さん向きの髪飾り、探しに来はったんですね」

 大黒さんの説明を聞いて、おばあちゃんが確認した。大黒さんが「そうそう」とうなずく。

「なんだ、本当に買い物に来たのか」

 八束さんが腰に手をあて、拍子抜けした顔をする。

「それやったら、うちより歳の近い真璃ちゃんに選んでもらわはったほうが、ええんとちがうやろか」

 三人の様子を眺めていた私は、突然、話を振られて、びっくりした。

「私が接客を?」
「そうえ」
「真璃ちゃん。女子高生が気に入りそうなものを一緒に選んでよ」

 お客様と一緒にお望みの商品を探す……そんな接客、いつぶりだろう!

「わかりました。一緒に選びましょう!」

 私は笑顔でけ合った。

「ところで、サロンって、大黒さんはなんの仕事をしているんですか?」
「美容師。常連さんに頼まれたら、着物の着付けや、ヘアセットもするよ。今度、着付けをする女子高生は、最近交際を始めた彼氏と一緒に、花火大会を見に行くんだってさ。だから、とびっきり可愛くしてあげたいんだ」

 にっこりと笑った大黒さんの想いを感じて、私のやる気がますます上がる。

「それじゃあ、何がいいか一緒に考えましょう。かんざしのコーナーはこちらです」

 大黒さんと一緒に、かんざしの置いてある棚に歩み寄る。

「いろいろあるね」
「その女子高生さんの浴衣ゆかたって、どんな柄なんですか?」
「モダンな柄でさ、水色がベースで、白色の水玉模様が描かれてるんだ。おびは黄色で、とっても可愛いんだ」

 現代風のポップな浴衣ゆかたなのかな?
 棚の上には、オーソドックスな玉かんざしや、バチ型のかんざし、くしなどが並べられている。
 どれも、ものは悪くないけど、ちょっと大人向けだなぁ。玉かんざしは若い子でもいけるかな……。
 私は、玉かんざしを手に取った。スティック部分の素材は木で、黒く色付けされている。頭に付いているプラスチック製の玉は赤い。

「それ、可愛いけど、ちょっと古風すぎない?」

 玉かんざしを持って考えている私の手元を見て、大黒さんが感想を述べた。

「確かにそうですね」

 伝統的な柄の浴衣ゆかたになら、似合いそうだけど……。

「大黒さんは、どんな髪飾りがいいと思いますか?」

 私は大黒さんの希望を聞いてみた。大黒さんは考え込んだ後、つまみ細工ざいくの梅の花が付いたヘアピンを指差した。

「高校生の女の子の髪を飾るものだし、華やかなのがいいな。そっちにある、花が付いたやつみたいな」

 和柄の布で作られた梅の花は、赤色や白色、紫色むらさきいろなど、カラーバリエーションも豊富だ。
 可愛いけれど、華やかというには、少し小さいかな……。それに、梅だと季節外れ。和テイストが強いから、モダンな浴衣ゆかたに似合うかなぁ……?
 うーん……。
 あっ、そうだ! 今ここに、大黒さんの希望にぴったりの商品がないのなら、仕入れたらいいんだ!

「おばあちゃん、髪飾りが載っている商品カタログってない?」

 私は、にこにことこちらを見ていたおばあちゃんに問いかけた。

「あるえ。ほなこれ、はい」

 おばあちゃんに差し出されたカタログを「ありがとう」と言って受け取り、ぱらぱらとめくる。

「わあ、素敵!」

 思わず声を上げた私の隣から、大黒さんがカタログをのぞき込む。

「ホントだ!」

 カタログに掲載されていたのは、桜がモチーフになったつまみ細工ざいくのかんざしだった。下がりも付き、大ぶりで華やかだ。

「これ、すごく綺麗でいいね!」

 大黒さんは気に入った様子だったけれど、よくみると商品説明のらんに「成人式の振り袖や、卒業式のはかまなどにおすすめ」と書かれている。
 浴衣ゆかたに合わせるには豪華ごうかすぎるみたい。
 大黒さんにそう言うと、彼は「なぁんだ、そっかぁ」と残念そうな顔をした。
 何か他に良いものがないかな。
 私はさらにカタログをめくった。すると、造花が付いたカジュアルなコームが目に入った。複数の花やリボンを合わせたものもあり、ブーケのようで可愛らしい。ラナンキュラス、ローズ、ダリア……その中に、ヒマワリの花を見つけ、私は声を上げた。

「これだ! 大黒さん、このヒマワリの髪飾りはどうですか? 夏の花ですし、形が花火に似ているので、花火大会に行くにはぴったりだと思うんです!」
「ヒマワリか……いいかも。おびと同じ黄色だし、あの子の浴衣ゆかた姿に似合いそう」

 勢い込んですすめると、大黒さんは、「うんうん」とうなずいた。私は、さらに、

「大黒さんはヒマワリの花言葉って知っていますか? 『あなただけを見つめている』っていう意味があるんですよ」

 と、付け足した。大黒さんが「へえ!」と目を丸くする。

「そっかぁ! いいね! 恋人同士のデートにはぴったりだよ。これに決めた!」
「じゃあ、さっそく、注文しますね。ええと、このカタログの会社は……あっ、『株式会社京夕堂』だ。おばあちゃん、注文って、メールでするの?」

 私の接客を眺めていたおばあちゃんに問いかけると、

「電話かファックスやで」

 という答えが返ってくる。
 今時、ファックス使ってるんだ。でも、おばあちゃん、帳簿も手書きでつけていると言っていたから、パソコン苦手なんだろうな。

「えーと、納期はどれぐらいかかるのかな。電話で聞いちゃったほうが早いか」

 おばあちゃんから、営業の佐橋さんの携帯番号を教えてもらうと、さっそく電話をかけた。数コールの後、「はい、『京夕堂』の佐橋です」と、男性の落ち着いた声が聞こえてきた。
 佐橋さんに、ヒマワリのコームを注文する。できるだけ早く納品してほしいと頼むと、明後日あさってには到着するように送ると言ってくれた。ついでとばかりに、他に欲しい商品はないかと問われたので、おばあちゃんと相談して、後でファックスを送ることになった。
 佐橋さんとの通話が終わり、

「大黒さん、発注できましたよ。明後日あさってには入ってきます」

 と、声をかける。すると、大黒さんは、困った顔で腕を組んだ。

明後日あさってかぁ。その日は仕事があって、『七福堂』に来られないんだよね。でも、あの子の着付けをするのは、今週の日曜日だし……」

 どうしよう……。私がお届けしてもいいけど、引き継ぎがあるし……。少しぐらい抜けても大丈夫かな。
 おばあちゃんに聞いてみようと振り返ったら、今まで黙って様子を見ていた八束さんが、

「それなら、俺が届けよう」

 と、申し出てくれた。

「八束さん、いいんですか?」
「ああ」

 うなずいた八束さんに驚きながら「ありがとうございます」とお礼を言う。
 八束さんって、感じ悪いと思っていたけど、実はいい人?
 思わずまじまじと顔を見つめていると、八束さんは、眉間みけんしわを寄せた。

「なんだ?」
「なんでもないです」

 見直していたのににらまれて、ぷうと頬をふくらませる。
 前言撤回てっかい! 感じ悪い!

「ありがとう、恵比寿。真璃ちゃんも、一緒に考えてくれてありがとね」

 大黒さんが、私の両手を取った。そのまま上下にぶんぶんと振る。
 ああ、そうだ。私、ずっとこういう接客がしたかったんだ。やっぱり、販売の仕事が好きだ。
 嬉しそうな大黒さんを見ていると、胸の中があたたかくなり、自分の想いを再確認した。

「じゃあ、よろしくね。まったね~!」

 明るく手を振って大黒さんが『七福堂』を出ていくと、私の気持ちを察したのか、おばあちゃんが微笑ほほえんだ。

「真璃ちゃん、よかったね」
「うん、よかった」

『七福堂』だったら、私の理想とする接客ができる。きっと!

「私、『七福堂』の新しい店長として頑張るよ」

 おばあちゃんに、ガッツポーズをしてみせた時、暖簾のれんが揺れて、次のお客様が入ってきた。

「お邪魔する」

 振り向くと、品の良い麻のジャケットを着て、パナマ帽をかぶった老紳士が立っていた。手にはステッキを持っている。

「百合子殿。お元気じゃったかな?」

 老紳士は好々爺こうこうやの笑みを浮かべて、おばあちゃんの名前を呼んだ。

寿老人じゅろうじんさん、こんにちは。『お元気か?』なんて、このあいだも来てくれはったところやないですか」

 おばあちゃんがにこにこと答える。
 このおじいさんも常連さん?
 大黒さんもおばあちゃんのことを「百合子ちゃん」と呼んでいたし、おばあちゃんってもしかして、親しげに名前を呼ばれるほど、お客様に人気があるのかな。

「よう、寿老人。また、茶を飲みに来たのか?」

 八束さんが老紳士に声をかけた。どうやらこの老紳士は、寿老人さんというらしい。

「恵比寿、そなたこそ、まだ『七福堂』におるのか」
「前にも話しただろう。俺は、足を悪くした百合子を手伝っている」
「確か、そんなことを言っていたな。だが、男神が一人暮らしの婦人の家に同居とはいかがなものか」

 寿老人さんは、まるで「若い男女が一つ屋根の下で同居をするなんて」のノリで八束さんに注意をしている。八束さんはやれやれといった様子だ。

「なんの心配をしている。俺は神だぞ。人に害をなすわけがない」
「百合子殿は神たちのアイドルじゃ。恵比寿が独り占めしていると思うと、腹立たしいのじゃ」

 寿老人さんは、どうやら、嫉妬しっとしているようだ。
 もしかして寿老人さん、おばあちゃんが好きなの?
 おばあちゃんの夫、つまり私のおじいちゃんは、私が小学生の時に亡くなっている。おばあちゃんのことを寿老人さんが好きでも、なんら問題はないけれど、孫としては複雑な気分だ。
 ――ていうか、八束さんと寿老人さん、なんの話をしているんだろう。神とか、神たちのアイドルとか。
 私が寿老人さんを見つめていると、寿老人さんがこちらを向いた。背が低く小柄なおじいさんなのに、意外にもまなざしが鋭くて、私は一瞬ひるんだ。

「ところで、そこにおる娘は何者じゃ?」

 ステッキの頭で指される。
 なんだか失礼な人だなぁ……。

「繁昌真璃といいます」

 心の中ではムッとしたけれど、笑みを浮かべて名乗ると、寿老人さんの顔が、ほんの少し緩んだ。

「ほぅ、繁盛はんじょうとな?」
「私の名字が何か?」

 そういえば、先ほど、大黒さんに「はんじょう? いいね。俺、繁盛はんじょうって言葉大好き」と言われたばかり。
 めずらしい名字なので、気になるのかな?
 そう思って問い返したのに、寿老人さんは視線を鋭くした。

生意気なまいきな娘じゃな」

 あれっ? 私が文句を言ったと、勘違いされたのかも。

「あ、深い意味があったわけではなく、私の名字がめずらしいから気になるのかと思っただけで……」

 弁解しようとしたら、おばあちゃんが先に説明をした。

「この子は、うちの孫なんです。うち、そろそろお店を引退しよかなて思てて、この子に店をゆずるつもりなんです」
「引退じゃと? 百合子殿が?」

 寿老人さんはショックを受けたのか、オーバーによろよろとよろめいた。

「そんなことは許さぬ。『七福堂』は『神の御用達ごようたし』。百合子殿あっての店じゃ」
「だが、百合子は人間だ。信仰がある限り存在し続ける神とは違う。百合子はいたんだよ。時間は限られている。『神の御用達ごようたし』の仕事から離れて、好きに生きる権利がある」

 そう言った八束さんに、寿老人さんは、キッとしたまなざしを向けた。そして、視線を私に移すと、

「そなたが『七福堂』を継ぐというのか? こんな小娘に、『神の御用達ごようたし』が務まるものか」

 と、にらみ付けた。

「なっ……!」

 本当に失礼なおじいさん!
 私にだって、全国展開している服飾雑貨店の、店長を務めていたという実績があるのに!

「なんですか、その言いよう。私のことを何も知らないくせに! そもそも、さっきから、神とか、御用達ごようたしとか、わけのわからないことばかり言って!」

 み付いたら、寿老人さんの目が三角になった。どうやら、怒らせてしまったらしい。

「その言葉、そっくりそなたに返そう。そなたこそ、わしらのことを何もわかっておらぬ! わしは、そなたを認めぬぞ!」

 バチバチと視線を交わす私と寿老人さん。八束さんのいきが聞こえ、立ち上がったおばあちゃんが、私たちの間に入った。

「まあまあ、二人共、落ち着いて」
「百合子殿。『神の御用達ごようたし』を辞めないでおくれ。そなたがいなくなるなど、耐えられぬ。他の神々も、きっとわしと同じ気持ちじゃ」

 寿老人さんは、おばあちゃんの手を取り、懇願こんがんした。おばあちゃんが困った顔になる。

「そう言うてくれはるのは嬉しいけど、八束さんの言わはるとおり、うちはいてしもたんです」
「ならば、わしがそなたを不老長寿ふろうちょうじゅにしてしんぜよう」

 おばあちゃんの手をぎゅっと握った寿老人さんに、八束さんが厳しい声をかけた。

「寿老人。神が霊験れいげんで安易に人に干渉するのは、許されないことだぞ」
「そなたも、『七福堂』を手伝っているではないか。商売繁盛はんじょうの神よ。そなたこそ、霊験れいげんで、店を流行はやらせているのではないか?」
「俺は、ただ手を貸しているだけだ。霊験れいげんは使っていない。神を心のどころにするのは良いが、願いを叶えるためには、人は自分の力で努力するべきというのが、俺の持論だからな。神は、ほんの少しきっかけを与えるぐらいでちょうどいい」

 八束さんはきっぱりとそう言ったけれど、私にはやはり二人の会話の意味がわからない。
 霊験れいげんってなんなの? まるで、神様同士のやりとりみたい。
 寿老人さんは、ふんと鼻をならすと、私たちに背中を向けた。

「不愉快じゃ。今日は失礼する」
「お茶を飲んで行かはったらええのに。寿老人さんのお好きなあられもありますよ」

 おばあちゃんが慌てた様子で引き留める。寿老人さんは「あられ……」と、一瞬、心惹こころひかれたようにつぶやいたものの、

「いや、やはり今日は帰らせていただく」

 と言って店を出ていってしまった。
 八束さんの盛大ないきが聞こえ、ムカムカしながら寿老人さんを見送っていた私は、憤慨ふんがいした声を上げた。

「八束さん、あのおじいさん、何者なんですか! 知り合いですか? めちゃくちゃ失礼な人じゃないですか!」
「前にも説明しただろう。俺は七福神の恵比寿だと。あのじじいは同じ七福神の一人、寿老人だ」

 以前にも八束さんはそんなことを言っていたけれど、この期に及んでも、私をからかうのかと、私はさらに頭にきた。

「嘘ばっかりつかないでくださいよ! 私は、本当のことを聞いているんです!」
「は? お前、まだ信じていないのか? 俺は恵比寿。あいつは寿老人。そして、さっき店に来た大黒は、大黒天だ。『七福堂』は、神仏が買い物に来る『神の御用達ごようたし』なんだよ」
「大黒さんが仮に神様だとして、神様が美容師をしているなんて、おかしいじゃないですか」
「あいつは、神の中でも変わり者なんだ。人の世が好きで、人の真似をして仕事をするのが趣味なんだ」

 八束さんの声音が荒くなる。

「真璃ちゃん」

 二人でにらみ合っていると、おばあちゃんが、優しく私の名前を呼んだ。

「もう少し引き継ぎが進んでから言おうと思てたんやけど、八束さんの言わはるとおりやねん。『七福堂』にはな、いろんな神様や仏様がお買い物に来てくれはるの。おそれ多いことやけど、神様仏様の間では『神の御用達ごようたし』て言われてるんよ」
「……おばあちゃんまで、そんなこと…………」

 八束さんと二人で私をからかっているの?
 泣きたい気持ちで唇をんだ私を見て、おばあちゃんが慌てたように近づいてきた。

「ああ、真璃ちゃん、そないな顔せんといて。びっくりするやろ、思て、なかなか言い出せへんかってん。大事なことやし、最初に話しておかなあかんかったね」

 優しく腕に触れたおばあちゃんの瞳は真剣で、嘘をついているようには見えない。

「……本当、なの……?」

 おずおずと問いかけると、おばあちゃんはゆっくりとうなずいた。

「わけわかんない……」
「八束さん、少しの間、お店をお任せしてもええ? 真璃ちゃん、ちゃんと説明するし、ちょっと座ろか」

 おばあちゃんは八束さんに声をかけた後、私のほうを向いて微笑ほほえんだ。
 こくんとうなずいて、椅子に腰かける。おばあちゃんも座り、お客様用のお茶を魔法瓶から湯飲みに注ぎ入れ、私の前に置いた。興奮気味だった私は、「ありがとう」と言って受け取り、口を付けた。お茶を飲み、落ち着いた私を見て、おばあちゃんが話し始めた。


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