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1巻
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「まあ、本当の用事は、買い物なんだけどね。ねえ、百合子ちゃん、相談があるんだけど。女子高生が好きそうな髪飾りって、あるかなぁ?」
大黒さんに問いかけられて、おばあちゃんは、ぱちりと目を瞬いた。
「女子高生さんが好きそうな髪飾り? それがどうしはったんです?」
「実はさ、今度、うちのサロンで、常連の女子高生に、浴衣の着付けをしてあげることになったんだけど、今、店にある髪飾りが、大人女子向けのものばかりでさ。若い子に似合いそうなものがないんだ」
「ほな、大黒さんは、女子高生さん向きの髪飾り、探しに来はったんですね」
大黒さんの説明を聞いて、おばあちゃんが確認した。大黒さんが「そうそう」と頷く。
「なんだ、本当に買い物に来たのか」
八束さんが腰に手をあて、拍子抜けした顔をする。
「それやったら、うちより歳の近い真璃ちゃんに選んでもらわはったほうが、ええんとちがうやろか」
三人の様子を眺めていた私は、突然、話を振られて、びっくりした。
「私が接客を?」
「そうえ」
「真璃ちゃん。女子高生が気に入りそうなものを一緒に選んでよ」
お客様と一緒にお望みの商品を探す……そんな接客、いつぶりだろう!
「わかりました。一緒に選びましょう!」
私は笑顔で請け合った。
「ところで、サロンって、大黒さんはなんの仕事をしているんですか?」
「美容師。常連さんに頼まれたら、着物の着付けや、ヘアセットもするよ。今度、着付けをする女子高生は、最近交際を始めた彼氏と一緒に、花火大会を見に行くんだってさ。だから、とびっきり可愛くしてあげたいんだ」
にっこりと笑った大黒さんの想いを感じて、私のやる気がますます上がる。
「それじゃあ、何がいいか一緒に考えましょう。かんざしのコーナーはこちらです」
大黒さんと一緒に、かんざしの置いてある棚に歩み寄る。
「いろいろあるね」
「その女子高生さんの浴衣って、どんな柄なんですか?」
「モダンな柄でさ、水色がベースで、白色の水玉模様が描かれてるんだ。帯は黄色で、とっても可愛いんだ」
現代風のポップな浴衣なのかな?
棚の上には、オーソドックスな玉かんざしや、バチ型のかんざし、櫛などが並べられている。
どれも、ものは悪くないけど、ちょっと大人向けだなぁ。玉かんざしは若い子でもいけるかな……。
私は、玉かんざしを手に取った。スティック部分の素材は木で、黒く色付けされている。頭に付いているプラスチック製の玉は赤い。
「それ、可愛いけど、ちょっと古風すぎない?」
玉かんざしを持って考えている私の手元を見て、大黒さんが感想を述べた。
「確かにそうですね」
伝統的な柄の浴衣になら、似合いそうだけど……。
「大黒さんは、どんな髪飾りがいいと思いますか?」
私は大黒さんの希望を聞いてみた。大黒さんは考え込んだ後、つまみ細工の梅の花が付いたヘアピンを指差した。
「高校生の女の子の髪を飾るものだし、華やかなのがいいな。そっちにある、花が付いたやつみたいな」
和柄の布で作られた梅の花は、赤色や白色、紫色など、カラーバリエーションも豊富だ。
可愛いけれど、華やかというには、少し小さいかな……。それに、梅だと季節外れ。和テイストが強いから、モダンな浴衣に似合うかなぁ……?
うーん……。
あっ、そうだ! 今ここに、大黒さんの希望にぴったりの商品がないのなら、仕入れたらいいんだ!
「おばあちゃん、髪飾りが載っている商品カタログってない?」
私は、にこにことこちらを見ていたおばあちゃんに問いかけた。
「あるえ。ほなこれ、はい」
おばあちゃんに差し出されたカタログを「ありがとう」と言って受け取り、ぱらぱらとめくる。
「わあ、素敵!」
思わず声を上げた私の隣から、大黒さんがカタログをのぞき込む。
「ホントだ!」
カタログに掲載されていたのは、桜がモチーフになったつまみ細工のかんざしだった。下がりも付き、大ぶりで華やかだ。
「これ、すごく綺麗でいいね!」
大黒さんは気に入った様子だったけれど、よくみると商品説明の欄に「成人式の振り袖や、卒業式の袴などにおすすめ」と書かれている。
浴衣に合わせるには豪華すぎるみたい。
大黒さんにそう言うと、彼は「なぁんだ、そっかぁ」と残念そうな顔をした。
何か他に良いものがないかな。
私はさらにカタログをめくった。すると、造花が付いたカジュアルなコームが目に入った。複数の花やリボンを合わせたものもあり、ブーケのようで可愛らしい。ラナンキュラス、ローズ、ダリア……その中に、ヒマワリの花を見つけ、私は声を上げた。
「これだ! 大黒さん、このヒマワリの髪飾りはどうですか? 夏の花ですし、形が花火に似ているので、花火大会に行くにはぴったりだと思うんです!」
「ヒマワリか……いいかも。帯と同じ黄色だし、あの子の浴衣姿に似合いそう」
勢い込んですすめると、大黒さんは、「うんうん」と頷いた。私は、さらに、
「大黒さんはヒマワリの花言葉って知っていますか? 『あなただけを見つめている』っていう意味があるんですよ」
と、付け足した。大黒さんが「へえ!」と目を丸くする。
「そっかぁ! いいね! 恋人同士のデートにはぴったりだよ。これに決めた!」
「じゃあ、さっそく、注文しますね。ええと、このカタログの会社は……あっ、『株式会社京夕堂』だ。おばあちゃん、注文って、メールでするの?」
私の接客を眺めていたおばあちゃんに問いかけると、
「電話かファックスやで」
という答えが返ってくる。
今時、ファックス使ってるんだ。でも、おばあちゃん、帳簿も手書きでつけていると言っていたから、パソコン苦手なんだろうな。
「えーと、納期はどれぐらいかかるのかな。電話で聞いちゃったほうが早いか」
おばあちゃんから、営業の佐橋さんの携帯番号を教えてもらうと、さっそく電話をかけた。数コールの後、「はい、『京夕堂』の佐橋です」と、男性の落ち着いた声が聞こえてきた。
佐橋さんに、ヒマワリのコームを注文する。できるだけ早く納品してほしいと頼むと、明後日には到着するように送ると言ってくれた。ついでとばかりに、他に欲しい商品はないかと問われたので、おばあちゃんと相談して、後でファックスを送ることになった。
佐橋さんとの通話が終わり、
「大黒さん、発注できましたよ。明後日には入ってきます」
と、声をかける。すると、大黒さんは、困った顔で腕を組んだ。
「明後日かぁ。その日は仕事があって、『七福堂』に来られないんだよね。でも、あの子の着付けをするのは、今週の日曜日だし……」
どうしよう……。私がお届けしてもいいけど、引き継ぎがあるし……。少しぐらい抜けても大丈夫かな。
おばあちゃんに聞いてみようと振り返ったら、今まで黙って様子を見ていた八束さんが、
「それなら、俺が届けよう」
と、申し出てくれた。
「八束さん、いいんですか?」
「ああ」
頷いた八束さんに驚きながら「ありがとうございます」とお礼を言う。
八束さんって、感じ悪いと思っていたけど、実はいい人?
思わずまじまじと顔を見つめていると、八束さんは、眉間に皺を寄せた。
「なんだ?」
「なんでもないです」
見直していたのに睨まれて、ぷうと頬を膨らませる。
前言撤回! 感じ悪い!
「ありがとう、恵比寿。真璃ちゃんも、一緒に考えてくれてありがとね」
大黒さんが、私の両手を取った。そのまま上下にぶんぶんと振る。
ああ、そうだ。私、ずっとこういう接客がしたかったんだ。やっぱり、販売の仕事が好きだ。
嬉しそうな大黒さんを見ていると、胸の中があたたかくなり、自分の想いを再確認した。
「じゃあ、よろしくね。まったね~!」
明るく手を振って大黒さんが『七福堂』を出ていくと、私の気持ちを察したのか、おばあちゃんが微笑んだ。
「真璃ちゃん、よかったね」
「うん、よかった」
『七福堂』だったら、私の理想とする接客ができる。きっと!
「私、『七福堂』の新しい店長として頑張るよ」
おばあちゃんに、ガッツポーズをしてみせた時、暖簾が揺れて、次のお客様が入ってきた。
「お邪魔する」
振り向くと、品の良い麻のジャケットを着て、パナマ帽をかぶった老紳士が立っていた。手にはステッキを持っている。
「百合子殿。お元気じゃったかな?」
老紳士は好々爺の笑みを浮かべて、おばあちゃんの名前を呼んだ。
「寿老人さん、こんにちは。『お元気か?』なんて、このあいだも来てくれはったところやないですか」
おばあちゃんがにこにこと答える。
このおじいさんも常連さん?
大黒さんもおばあちゃんのことを「百合子ちゃん」と呼んでいたし、おばあちゃんってもしかして、親しげに名前を呼ばれるほど、お客様に人気があるのかな。
「よう、寿老人。また、茶を飲みに来たのか?」
八束さんが老紳士に声をかけた。どうやらこの老紳士は、寿老人さんというらしい。
「恵比寿、そなたこそ、まだ『七福堂』におるのか」
「前にも話しただろう。俺は、足を悪くした百合子を手伝っている」
「確か、そんなことを言っていたな。だが、男神が一人暮らしの婦人の家に同居とはいかがなものか」
寿老人さんは、まるで「若い男女が一つ屋根の下で同居をするなんて」のノリで八束さんに注意をしている。八束さんはやれやれといった様子だ。
「なんの心配をしている。俺は神だぞ。人に害をなすわけがない」
「百合子殿は神たちのアイドルじゃ。恵比寿が独り占めしていると思うと、腹立たしいのじゃ」
寿老人さんは、どうやら、嫉妬しているようだ。
もしかして寿老人さん、おばあちゃんが好きなの?
おばあちゃんの夫、つまり私のおじいちゃんは、私が小学生の時に亡くなっている。おばあちゃんのことを寿老人さんが好きでも、なんら問題はないけれど、孫としては複雑な気分だ。
――ていうか、八束さんと寿老人さん、なんの話をしているんだろう。神とか、神たちのアイドルとか。
私が寿老人さんを見つめていると、寿老人さんがこちらを向いた。背が低く小柄なおじいさんなのに、意外にもまなざしが鋭くて、私は一瞬怯んだ。
「ところで、そこにおる娘は何者じゃ?」
ステッキの頭で指される。
なんだか失礼な人だなぁ……。
「繁昌真璃といいます」
心の中ではムッとしたけれど、笑みを浮かべて名乗ると、寿老人さんの顔が、ほんの少し緩んだ。
「ほぅ、繁盛とな?」
「私の名字が何か?」
そういえば、先ほど、大黒さんに「はんじょう? いいね。俺、繁盛って言葉大好き」と言われたばかり。
めずらしい名字なので、気になるのかな?
そう思って問い返したのに、寿老人さんは視線を鋭くした。
「生意気な娘じゃな」
あれっ? 私が文句を言ったと、勘違いされたのかも。
「あ、深い意味があったわけではなく、私の名字がめずらしいから気になるのかと思っただけで……」
弁解しようとしたら、おばあちゃんが先に説明をした。
「この子は、うちの孫なんです。うち、そろそろお店を引退しよかなて思てて、この子に店を譲るつもりなんです」
「引退じゃと? 百合子殿が?」
寿老人さんはショックを受けたのか、オーバーによろよろとよろめいた。
「そんなことは許さぬ。『七福堂』は『神の御用達』。百合子殿あっての店じゃ」
「だが、百合子は人間だ。信仰がある限り存在し続ける神とは違う。百合子は老いたんだよ。時間は限られている。『神の御用達』の仕事から離れて、好きに生きる権利がある」
そう言った八束さんに、寿老人さんは、キッとしたまなざしを向けた。そして、視線を私に移すと、
「そなたが『七福堂』を継ぐというのか? こんな小娘に、『神の御用達』が務まるものか」
と、睨み付けた。
「なっ……!」
本当に失礼なおじいさん!
私にだって、全国展開している服飾雑貨店の、店長を務めていたという実績があるのに!
「なんですか、その言いよう。私のことを何も知らないくせに! そもそも、さっきから、神とか、御用達とか、わけのわからないことばかり言って!」
噛み付いたら、寿老人さんの目が三角になった。どうやら、怒らせてしまったらしい。
「その言葉、そっくりそなたに返そう。そなたこそ、儂らのことを何もわかっておらぬ! 儂は、そなたを認めぬぞ!」
バチバチと視線を交わす私と寿老人さん。八束さんの溜め息が聞こえ、立ち上がったおばあちゃんが、私たちの間に入った。
「まあまあ、二人共、落ち着いて」
「百合子殿。『神の御用達』を辞めないでおくれ。そなたがいなくなるなど、耐えられぬ。他の神々も、きっと儂と同じ気持ちじゃ」
寿老人さんは、おばあちゃんの手を取り、懇願した。おばあちゃんが困った顔になる。
「そう言うてくれはるのは嬉しいけど、八束さんの言わはるとおり、うちは老いてしもたんです」
「ならば、儂がそなたを不老長寿にしてしんぜよう」
おばあちゃんの手をぎゅっと握った寿老人さんに、八束さんが厳しい声をかけた。
「寿老人。神が霊験で安易に人に干渉するのは、許されないことだぞ」
「そなたも、『七福堂』を手伝っているではないか。商売繁盛の神よ。そなたこそ、霊験で、店を流行らせているのではないか?」
「俺は、ただ手を貸しているだけだ。霊験は使っていない。神を心の拠り所にするのは良いが、願いを叶えるためには、人は自分の力で努力するべきというのが、俺の持論だからな。神は、ほんの少しきっかけを与えるぐらいでちょうどいい」
八束さんはきっぱりとそう言ったけれど、私にはやはり二人の会話の意味がわからない。
霊験ってなんなの? まるで、神様同士のやりとりみたい。
寿老人さんは、ふんと鼻をならすと、私たちに背中を向けた。
「不愉快じゃ。今日は失礼する」
「お茶を飲んで行かはったらええのに。寿老人さんのお好きなあられもありますよ」
おばあちゃんが慌てた様子で引き留める。寿老人さんは「あられ……」と、一瞬、心惹かれたようにつぶやいたものの、
「いや、やはり今日は帰らせていただく」
と言って店を出ていってしまった。
八束さんの盛大な溜め息が聞こえ、ムカムカしながら寿老人さんを見送っていた私は、憤慨した声を上げた。
「八束さん、あのおじいさん、何者なんですか! 知り合いですか? めちゃくちゃ失礼な人じゃないですか!」
「前にも説明しただろう。俺は七福神の恵比寿だと。あのじじいは同じ七福神の一人、寿老人だ」
以前にも八束さんはそんなことを言っていたけれど、この期に及んでも、私をからかうのかと、私はさらに頭にきた。
「嘘ばっかりつかないでくださいよ! 私は、本当のことを聞いているんです!」
「は? お前、まだ信じていないのか? 俺は恵比寿。あいつは寿老人。そして、さっき店に来た大黒は、大黒天だ。『七福堂』は、神仏が買い物に来る『神の御用達』なんだよ」
「大黒さんが仮に神様だとして、神様が美容師をしているなんて、おかしいじゃないですか」
「あいつは、神の中でも変わり者なんだ。人の世が好きで、人の真似をして仕事をするのが趣味なんだ」
八束さんの声音が荒くなる。
「真璃ちゃん」
二人で睨み合っていると、おばあちゃんが、優しく私の名前を呼んだ。
「もう少し引き継ぎが進んでから言おうと思てたんやけど、八束さんの言わはるとおりやねん。『七福堂』にはな、いろんな神様や仏様がお買い物に来てくれはるの。畏れ多いことやけど、神様仏様の間では『神の御用達』て言われてるんよ」
「……おばあちゃんまで、そんなこと…………」
八束さんと二人で私をからかっているの?
泣きたい気持ちで唇を噛んだ私を見て、おばあちゃんが慌てたように近づいてきた。
「ああ、真璃ちゃん、そないな顔せんといて。びっくりするやろ、思て、なかなか言い出せへんかってん。大事なことやし、最初に話しておかなあかんかったね」
優しく腕に触れたおばあちゃんの瞳は真剣で、嘘をついているようには見えない。
「……本当、なの……?」
おずおずと問いかけると、おばあちゃんはゆっくりと頷いた。
「わけわかんない……」
「八束さん、少しの間、お店をお任せしてもええ? 真璃ちゃん、ちゃんと説明するし、ちょっと座ろか」
おばあちゃんは八束さんに声をかけた後、私のほうを向いて微笑んだ。
こくんと頷いて、椅子に腰かける。おばあちゃんも座り、お客様用のお茶を魔法瓶から湯飲みに注ぎ入れ、私の前に置いた。興奮気味だった私は、「ありがとう」と言って受け取り、口を付けた。お茶を飲み、落ち着いた私を見て、おばあちゃんが話し始めた。
大黒さんに問いかけられて、おばあちゃんは、ぱちりと目を瞬いた。
「女子高生さんが好きそうな髪飾り? それがどうしはったんです?」
「実はさ、今度、うちのサロンで、常連の女子高生に、浴衣の着付けをしてあげることになったんだけど、今、店にある髪飾りが、大人女子向けのものばかりでさ。若い子に似合いそうなものがないんだ」
「ほな、大黒さんは、女子高生さん向きの髪飾り、探しに来はったんですね」
大黒さんの説明を聞いて、おばあちゃんが確認した。大黒さんが「そうそう」と頷く。
「なんだ、本当に買い物に来たのか」
八束さんが腰に手をあて、拍子抜けした顔をする。
「それやったら、うちより歳の近い真璃ちゃんに選んでもらわはったほうが、ええんとちがうやろか」
三人の様子を眺めていた私は、突然、話を振られて、びっくりした。
「私が接客を?」
「そうえ」
「真璃ちゃん。女子高生が気に入りそうなものを一緒に選んでよ」
お客様と一緒にお望みの商品を探す……そんな接客、いつぶりだろう!
「わかりました。一緒に選びましょう!」
私は笑顔で請け合った。
「ところで、サロンって、大黒さんはなんの仕事をしているんですか?」
「美容師。常連さんに頼まれたら、着物の着付けや、ヘアセットもするよ。今度、着付けをする女子高生は、最近交際を始めた彼氏と一緒に、花火大会を見に行くんだってさ。だから、とびっきり可愛くしてあげたいんだ」
にっこりと笑った大黒さんの想いを感じて、私のやる気がますます上がる。
「それじゃあ、何がいいか一緒に考えましょう。かんざしのコーナーはこちらです」
大黒さんと一緒に、かんざしの置いてある棚に歩み寄る。
「いろいろあるね」
「その女子高生さんの浴衣って、どんな柄なんですか?」
「モダンな柄でさ、水色がベースで、白色の水玉模様が描かれてるんだ。帯は黄色で、とっても可愛いんだ」
現代風のポップな浴衣なのかな?
棚の上には、オーソドックスな玉かんざしや、バチ型のかんざし、櫛などが並べられている。
どれも、ものは悪くないけど、ちょっと大人向けだなぁ。玉かんざしは若い子でもいけるかな……。
私は、玉かんざしを手に取った。スティック部分の素材は木で、黒く色付けされている。頭に付いているプラスチック製の玉は赤い。
「それ、可愛いけど、ちょっと古風すぎない?」
玉かんざしを持って考えている私の手元を見て、大黒さんが感想を述べた。
「確かにそうですね」
伝統的な柄の浴衣になら、似合いそうだけど……。
「大黒さんは、どんな髪飾りがいいと思いますか?」
私は大黒さんの希望を聞いてみた。大黒さんは考え込んだ後、つまみ細工の梅の花が付いたヘアピンを指差した。
「高校生の女の子の髪を飾るものだし、華やかなのがいいな。そっちにある、花が付いたやつみたいな」
和柄の布で作られた梅の花は、赤色や白色、紫色など、カラーバリエーションも豊富だ。
可愛いけれど、華やかというには、少し小さいかな……。それに、梅だと季節外れ。和テイストが強いから、モダンな浴衣に似合うかなぁ……?
うーん……。
あっ、そうだ! 今ここに、大黒さんの希望にぴったりの商品がないのなら、仕入れたらいいんだ!
「おばあちゃん、髪飾りが載っている商品カタログってない?」
私は、にこにことこちらを見ていたおばあちゃんに問いかけた。
「あるえ。ほなこれ、はい」
おばあちゃんに差し出されたカタログを「ありがとう」と言って受け取り、ぱらぱらとめくる。
「わあ、素敵!」
思わず声を上げた私の隣から、大黒さんがカタログをのぞき込む。
「ホントだ!」
カタログに掲載されていたのは、桜がモチーフになったつまみ細工のかんざしだった。下がりも付き、大ぶりで華やかだ。
「これ、すごく綺麗でいいね!」
大黒さんは気に入った様子だったけれど、よくみると商品説明の欄に「成人式の振り袖や、卒業式の袴などにおすすめ」と書かれている。
浴衣に合わせるには豪華すぎるみたい。
大黒さんにそう言うと、彼は「なぁんだ、そっかぁ」と残念そうな顔をした。
何か他に良いものがないかな。
私はさらにカタログをめくった。すると、造花が付いたカジュアルなコームが目に入った。複数の花やリボンを合わせたものもあり、ブーケのようで可愛らしい。ラナンキュラス、ローズ、ダリア……その中に、ヒマワリの花を見つけ、私は声を上げた。
「これだ! 大黒さん、このヒマワリの髪飾りはどうですか? 夏の花ですし、形が花火に似ているので、花火大会に行くにはぴったりだと思うんです!」
「ヒマワリか……いいかも。帯と同じ黄色だし、あの子の浴衣姿に似合いそう」
勢い込んですすめると、大黒さんは、「うんうん」と頷いた。私は、さらに、
「大黒さんはヒマワリの花言葉って知っていますか? 『あなただけを見つめている』っていう意味があるんですよ」
と、付け足した。大黒さんが「へえ!」と目を丸くする。
「そっかぁ! いいね! 恋人同士のデートにはぴったりだよ。これに決めた!」
「じゃあ、さっそく、注文しますね。ええと、このカタログの会社は……あっ、『株式会社京夕堂』だ。おばあちゃん、注文って、メールでするの?」
私の接客を眺めていたおばあちゃんに問いかけると、
「電話かファックスやで」
という答えが返ってくる。
今時、ファックス使ってるんだ。でも、おばあちゃん、帳簿も手書きでつけていると言っていたから、パソコン苦手なんだろうな。
「えーと、納期はどれぐらいかかるのかな。電話で聞いちゃったほうが早いか」
おばあちゃんから、営業の佐橋さんの携帯番号を教えてもらうと、さっそく電話をかけた。数コールの後、「はい、『京夕堂』の佐橋です」と、男性の落ち着いた声が聞こえてきた。
佐橋さんに、ヒマワリのコームを注文する。できるだけ早く納品してほしいと頼むと、明後日には到着するように送ると言ってくれた。ついでとばかりに、他に欲しい商品はないかと問われたので、おばあちゃんと相談して、後でファックスを送ることになった。
佐橋さんとの通話が終わり、
「大黒さん、発注できましたよ。明後日には入ってきます」
と、声をかける。すると、大黒さんは、困った顔で腕を組んだ。
「明後日かぁ。その日は仕事があって、『七福堂』に来られないんだよね。でも、あの子の着付けをするのは、今週の日曜日だし……」
どうしよう……。私がお届けしてもいいけど、引き継ぎがあるし……。少しぐらい抜けても大丈夫かな。
おばあちゃんに聞いてみようと振り返ったら、今まで黙って様子を見ていた八束さんが、
「それなら、俺が届けよう」
と、申し出てくれた。
「八束さん、いいんですか?」
「ああ」
頷いた八束さんに驚きながら「ありがとうございます」とお礼を言う。
八束さんって、感じ悪いと思っていたけど、実はいい人?
思わずまじまじと顔を見つめていると、八束さんは、眉間に皺を寄せた。
「なんだ?」
「なんでもないです」
見直していたのに睨まれて、ぷうと頬を膨らませる。
前言撤回! 感じ悪い!
「ありがとう、恵比寿。真璃ちゃんも、一緒に考えてくれてありがとね」
大黒さんが、私の両手を取った。そのまま上下にぶんぶんと振る。
ああ、そうだ。私、ずっとこういう接客がしたかったんだ。やっぱり、販売の仕事が好きだ。
嬉しそうな大黒さんを見ていると、胸の中があたたかくなり、自分の想いを再確認した。
「じゃあ、よろしくね。まったね~!」
明るく手を振って大黒さんが『七福堂』を出ていくと、私の気持ちを察したのか、おばあちゃんが微笑んだ。
「真璃ちゃん、よかったね」
「うん、よかった」
『七福堂』だったら、私の理想とする接客ができる。きっと!
「私、『七福堂』の新しい店長として頑張るよ」
おばあちゃんに、ガッツポーズをしてみせた時、暖簾が揺れて、次のお客様が入ってきた。
「お邪魔する」
振り向くと、品の良い麻のジャケットを着て、パナマ帽をかぶった老紳士が立っていた。手にはステッキを持っている。
「百合子殿。お元気じゃったかな?」
老紳士は好々爺の笑みを浮かべて、おばあちゃんの名前を呼んだ。
「寿老人さん、こんにちは。『お元気か?』なんて、このあいだも来てくれはったところやないですか」
おばあちゃんがにこにこと答える。
このおじいさんも常連さん?
大黒さんもおばあちゃんのことを「百合子ちゃん」と呼んでいたし、おばあちゃんってもしかして、親しげに名前を呼ばれるほど、お客様に人気があるのかな。
「よう、寿老人。また、茶を飲みに来たのか?」
八束さんが老紳士に声をかけた。どうやらこの老紳士は、寿老人さんというらしい。
「恵比寿、そなたこそ、まだ『七福堂』におるのか」
「前にも話しただろう。俺は、足を悪くした百合子を手伝っている」
「確か、そんなことを言っていたな。だが、男神が一人暮らしの婦人の家に同居とはいかがなものか」
寿老人さんは、まるで「若い男女が一つ屋根の下で同居をするなんて」のノリで八束さんに注意をしている。八束さんはやれやれといった様子だ。
「なんの心配をしている。俺は神だぞ。人に害をなすわけがない」
「百合子殿は神たちのアイドルじゃ。恵比寿が独り占めしていると思うと、腹立たしいのじゃ」
寿老人さんは、どうやら、嫉妬しているようだ。
もしかして寿老人さん、おばあちゃんが好きなの?
おばあちゃんの夫、つまり私のおじいちゃんは、私が小学生の時に亡くなっている。おばあちゃんのことを寿老人さんが好きでも、なんら問題はないけれど、孫としては複雑な気分だ。
――ていうか、八束さんと寿老人さん、なんの話をしているんだろう。神とか、神たちのアイドルとか。
私が寿老人さんを見つめていると、寿老人さんがこちらを向いた。背が低く小柄なおじいさんなのに、意外にもまなざしが鋭くて、私は一瞬怯んだ。
「ところで、そこにおる娘は何者じゃ?」
ステッキの頭で指される。
なんだか失礼な人だなぁ……。
「繁昌真璃といいます」
心の中ではムッとしたけれど、笑みを浮かべて名乗ると、寿老人さんの顔が、ほんの少し緩んだ。
「ほぅ、繁盛とな?」
「私の名字が何か?」
そういえば、先ほど、大黒さんに「はんじょう? いいね。俺、繁盛って言葉大好き」と言われたばかり。
めずらしい名字なので、気になるのかな?
そう思って問い返したのに、寿老人さんは視線を鋭くした。
「生意気な娘じゃな」
あれっ? 私が文句を言ったと、勘違いされたのかも。
「あ、深い意味があったわけではなく、私の名字がめずらしいから気になるのかと思っただけで……」
弁解しようとしたら、おばあちゃんが先に説明をした。
「この子は、うちの孫なんです。うち、そろそろお店を引退しよかなて思てて、この子に店を譲るつもりなんです」
「引退じゃと? 百合子殿が?」
寿老人さんはショックを受けたのか、オーバーによろよろとよろめいた。
「そんなことは許さぬ。『七福堂』は『神の御用達』。百合子殿あっての店じゃ」
「だが、百合子は人間だ。信仰がある限り存在し続ける神とは違う。百合子は老いたんだよ。時間は限られている。『神の御用達』の仕事から離れて、好きに生きる権利がある」
そう言った八束さんに、寿老人さんは、キッとしたまなざしを向けた。そして、視線を私に移すと、
「そなたが『七福堂』を継ぐというのか? こんな小娘に、『神の御用達』が務まるものか」
と、睨み付けた。
「なっ……!」
本当に失礼なおじいさん!
私にだって、全国展開している服飾雑貨店の、店長を務めていたという実績があるのに!
「なんですか、その言いよう。私のことを何も知らないくせに! そもそも、さっきから、神とか、御用達とか、わけのわからないことばかり言って!」
噛み付いたら、寿老人さんの目が三角になった。どうやら、怒らせてしまったらしい。
「その言葉、そっくりそなたに返そう。そなたこそ、儂らのことを何もわかっておらぬ! 儂は、そなたを認めぬぞ!」
バチバチと視線を交わす私と寿老人さん。八束さんの溜め息が聞こえ、立ち上がったおばあちゃんが、私たちの間に入った。
「まあまあ、二人共、落ち着いて」
「百合子殿。『神の御用達』を辞めないでおくれ。そなたがいなくなるなど、耐えられぬ。他の神々も、きっと儂と同じ気持ちじゃ」
寿老人さんは、おばあちゃんの手を取り、懇願した。おばあちゃんが困った顔になる。
「そう言うてくれはるのは嬉しいけど、八束さんの言わはるとおり、うちは老いてしもたんです」
「ならば、儂がそなたを不老長寿にしてしんぜよう」
おばあちゃんの手をぎゅっと握った寿老人さんに、八束さんが厳しい声をかけた。
「寿老人。神が霊験で安易に人に干渉するのは、許されないことだぞ」
「そなたも、『七福堂』を手伝っているではないか。商売繁盛の神よ。そなたこそ、霊験で、店を流行らせているのではないか?」
「俺は、ただ手を貸しているだけだ。霊験は使っていない。神を心の拠り所にするのは良いが、願いを叶えるためには、人は自分の力で努力するべきというのが、俺の持論だからな。神は、ほんの少しきっかけを与えるぐらいでちょうどいい」
八束さんはきっぱりとそう言ったけれど、私にはやはり二人の会話の意味がわからない。
霊験ってなんなの? まるで、神様同士のやりとりみたい。
寿老人さんは、ふんと鼻をならすと、私たちに背中を向けた。
「不愉快じゃ。今日は失礼する」
「お茶を飲んで行かはったらええのに。寿老人さんのお好きなあられもありますよ」
おばあちゃんが慌てた様子で引き留める。寿老人さんは「あられ……」と、一瞬、心惹かれたようにつぶやいたものの、
「いや、やはり今日は帰らせていただく」
と言って店を出ていってしまった。
八束さんの盛大な溜め息が聞こえ、ムカムカしながら寿老人さんを見送っていた私は、憤慨した声を上げた。
「八束さん、あのおじいさん、何者なんですか! 知り合いですか? めちゃくちゃ失礼な人じゃないですか!」
「前にも説明しただろう。俺は七福神の恵比寿だと。あのじじいは同じ七福神の一人、寿老人だ」
以前にも八束さんはそんなことを言っていたけれど、この期に及んでも、私をからかうのかと、私はさらに頭にきた。
「嘘ばっかりつかないでくださいよ! 私は、本当のことを聞いているんです!」
「は? お前、まだ信じていないのか? 俺は恵比寿。あいつは寿老人。そして、さっき店に来た大黒は、大黒天だ。『七福堂』は、神仏が買い物に来る『神の御用達』なんだよ」
「大黒さんが仮に神様だとして、神様が美容師をしているなんて、おかしいじゃないですか」
「あいつは、神の中でも変わり者なんだ。人の世が好きで、人の真似をして仕事をするのが趣味なんだ」
八束さんの声音が荒くなる。
「真璃ちゃん」
二人で睨み合っていると、おばあちゃんが、優しく私の名前を呼んだ。
「もう少し引き継ぎが進んでから言おうと思てたんやけど、八束さんの言わはるとおりやねん。『七福堂』にはな、いろんな神様や仏様がお買い物に来てくれはるの。畏れ多いことやけど、神様仏様の間では『神の御用達』て言われてるんよ」
「……おばあちゃんまで、そんなこと…………」
八束さんと二人で私をからかっているの?
泣きたい気持ちで唇を噛んだ私を見て、おばあちゃんが慌てたように近づいてきた。
「ああ、真璃ちゃん、そないな顔せんといて。びっくりするやろ、思て、なかなか言い出せへんかってん。大事なことやし、最初に話しておかなあかんかったね」
優しく腕に触れたおばあちゃんの瞳は真剣で、嘘をついているようには見えない。
「……本当、なの……?」
おずおずと問いかけると、おばあちゃんはゆっくりと頷いた。
「わけわかんない……」
「八束さん、少しの間、お店をお任せしてもええ? 真璃ちゃん、ちゃんと説明するし、ちょっと座ろか」
おばあちゃんは八束さんに声をかけた後、私のほうを向いて微笑んだ。
こくんと頷いて、椅子に腰かける。おばあちゃんも座り、お客様用のお茶を魔法瓶から湯飲みに注ぎ入れ、私の前に置いた。興奮気味だった私は、「ありがとう」と言って受け取り、口を付けた。お茶を飲み、落ち着いた私を見て、おばあちゃんが話し始めた。
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