龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか

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一章 幽世へ

十四話 嫁になれ

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 龍穴神社へ辿り着くと、満月の明かりのみの境内は暗かった。昼間の雰囲気とは違い、薄気味が悪い。美桜は一瞬躊躇したものの、翡翠に会いたい一心で玉垣に近づいた。
 すると、本殿の前に、一人の男性が立っていた。

「翡翠様……!」

 美桜は翡翠の元へ走り寄ると、思わず縋り付いていた。

「どうしたのだ、美桜? 鱗を通して、美桜が叫ぶ声が聞こえてきたので、何かあったのかと思い、出てきた」

 翡翠は美桜の顎に手を当てると、上向かせ、心配そうな面持ちで顔をのぞき込んだ。普段、クールな翡翠にしては、めずらしい表情だった。

「ご、ごめん、なさい……翡翠様……私、私……」

 美桜の目に涙が浮かぶ。声を詰まらせ、謝罪を口にする美桜に、

「落ち着け、美桜。ゆっくりでいいから、何があったか話してくれ」

 翡翠が優しく声をかけ、トントンと背中を叩いた。子供をあやすような翡翠の仕草に、美桜の嗚咽が次第に収まっていく。ようやく落ち着いて声を出せるようになると、美桜は自分の身の上と、今夜家で起こったことを包み隠さず話した。

 長い美桜の話が終わると、翡翠は、

「……美桜はずっとつらかったのだな」 
  
 と、髪を撫でた。

(そうか。私はつらかったのか)

 養ってもらってありがたいと思っていた。叔父や叔母に感謝しこそすれ、つらいと思ってはいけないと――それは恩義に反することだからと、耐えていたことに気がつき、美桜の目に再び涙が浮かんだ。

「美桜。これからどうしたい?」

 翡翠に問いかけられ、美桜は翡翠を見つめた。

「家に帰りたいか?」

 海色の瞳の中に、慈愛に満ちた光を見つけ、美桜は思わず、

「……帰りたく、ない」

 と、つぶやいていた。

「それでは、美桜。俺と来い」

「どこへ?」

 翡翠の誘いに首を傾げる。すると、翡翠は、

「幽世へ」

 と微笑んだ。

「幽世? 私が行ってもいいのですか……?」

「俺の嫁になるのなら、連れて行ってやろう」

 翡翠が発した言葉に、美桜の目が見開かれる。

「嫁?」

 翡翠は、動揺している美桜の耳元で、

「昔から、異界へ行ける人間は、人ではないものに嫁ぐ者だけだと決まっているのだよ」

 内緒話をするように、囁いた。

「はい……はい、私、翡翠様のお嫁さんになります。だから連れて行って……!」

 恐れることもなく美桜が翡翠に懇願すると、翡翠は、

「了承した」

 と答え、青銀色の龍の姿に変わった。美桜はいつの間にかその背に乗っていて、

「美桜、しっかり掴まっておけ」

 翡翠の言葉通り、龍の体に抱きついた。そして、龍は舞い上がり、吸い込まれるように龍穴の中へと飛び込んで行った。
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