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一章 幽世へ

二十一話 変身

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 その夜、美桜は、今まで寝たことのないようなふかふかの布団で眠りについた。疲れていたのだろう。熟睡し、目が覚めた時は、窓の外はすっかり明るくなっていた。
 美桜は飛び起きると、

「今、何時?」

 枕元の時計を見た。文字盤は、数字ではなく十二支だった。針は「巳」を指している。

(巳?)

 首を傾げ、ハッと思い出した。自分は家を飛び出し、幽世へ来たのだった。叔父や叔母、いとこのために、朝食を作る必要はないのだ。
 とはいえ、ぐうたらと寝ているのは如何なものかと思い、布団から這い出る。

(巳って何時なんだろう?)

 窓の外の光は眩しい。早朝でないことは確かだ。
 起きたものの、洗顔や着替えはどうしたら良いのだろう。

(とりあえず、昨日の服を着よう)

 体操服は長押に掛けられている。美桜が浴衣の帯を解こうとした時、襖がすっと開き、早雪が顔を出した。

「美桜様。起きていらっしゃったのですね」

「あっ、早雪さん」

「朝食のご用意をしようと思い、お声をかけに来ました。お着替えでしょうか? こちらに、持って来ています」

 早雪は部屋に入ってくると、漆塗りの箱を美桜の前に置いた。中には、桃色の着物と、着付けのための襦袢や肌着など、一式が揃っている。

「お着替えを手伝います。ああ、その前に、お化粧ですね」

「お化粧?」

 びっくりした美桜に、早雪は、

「失礼ながら、美桜様は、翡翠様の隣に立つには不釣り合いです。お顔をもう少し整えられた方が良いと思いますので」

 と、しれっとした顔で言った。あまりにも正直な早雪の感想に、美桜は言葉を失った。

(確かに、私は不細工だけど……)

 はっきりそう言われると、やはり傷つく。

「こちら、洗顔用の石けんと手ぬぐいです。洗面所は、お部屋を出て、左に行くとございます」

「は、はい」

 美桜は早雪から石けんと手ぬぐいを受け取ると、廊下に出た。早雪の言う通り、左に行くと、洗面所があった。レトロな蛇口をひねって水を出し、パシャパシャと顔を洗う。

 すっきりしたところで部屋に戻ると、早雪が鏡台の前に化粧道具を広げていた。「こちらへどうぞ」と招かれたので、鏡台の前に座る。早雪は慣れた様子で綿に化粧水を染み込ませると、美桜の肌をぽんぽんと叩いた。
 おしろいの後、目元に控えめに紅を入れ、眉墨、頬紅と、早雪が美桜の顔に色を加えていく。最後に口紅を塗って、

「できました」

 早雪に鏡を見るよう促されると、

「これが……私?」

 映っている自分に驚いた。艶のなかった肌は明るくなり、ボサボサだった眉も整えられ、頬紅や口紅が顔色を良く見せている。髪も綺麗に結い上げられて、別人のようだ。

「意外と見られるようになりましたね」

 早雪は相変わらず失礼だが、仕上がりに満足しているのか、ほんの少し口角が上がっている。
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