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一章 幽世へ

二十三話 買い物へ

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 豪華な和定食の朝食を食べ終えると、美桜は早雪に連れられて翡翠の部屋へと向かった。翡翠の部屋は昨夜降り立ったバルコニーの隣で、ちょうど天守閣のようになっている部分だった。

「翡翠様。美桜様をお連れしました」

 中から「入れ」と声が聞こえ、早雪が扉を開ける。

「どうぞ。美桜様」

 早雪に促されて部屋の中へと入ると、意外にもそこは洋室だった。壁の片側には、天井まで届く書棚が置かれ、中に、隙間なく書物が収まっている。部屋の隅には天球儀のようなものと、望遠鏡のようなものがあった。窓辺に鳥かごが吊り下げられていて、中に一羽の鳩がいた。
 翡翠は書斎机に背中を預け、立ったまま書物を読んでいた。テーブルの上には紙の山。

(もしかして、お仕事中だった……とか?)

 翡翠の仕事は何なのだろうと思っていると、

「美桜、おはよう。ん? 今日は化粧をしているのか? 美しい」

 翡翠が書物から顔を上げ、さらりと甘い言葉を口にした。クールな翡翠からそんなことを言われるとは思わず、美桜はドキッとした。

「もう良い、早雪」

 ひらりと手を振られ、早雪が一礼して部屋を去って行く。

「おはようございます、翡翠様」

 頬を赤くしながら美桜がぺこりと頭を下げると、翡翠は書物をテーブルの上に置き、美桜を手招いた。近づいて行くと、指で顎をつままれた。

「美桜、また敬語になっている」

「あっ……」

「敬語を使ったら、口づけると言っただろう」

 間近に顔を寄せられて、美桜は翡翠から飛び退いた。
 一瞬で鼓動の早まった胸を押さえていると、そんな美桜を見て、翡翠が軽く唇の端を上げた。

「美桜の反応を見ると、もっと悪戯をしたくなるな」

「もっと悪戯……? だ、ダメ!」

 ふるふると首を振った困り顔の美桜と反対に、翡翠はくつくつと笑っていて楽しそうだ。

「さて、冗談はさておき、美桜。今日は君を連れて行きたい場所がある」

 昨日、翡翠が「付き合って欲しい」と言っていたことを思い出し、美桜は頷いた。

(どこなんだろう?)

 期待と不安の混じった瞳で翡翠を見つめていると、翡翠は、

「買い物だ」

 と言った。

「買い物? どこへ?」

「すぐ近くだ」      

 翡翠が先に立って部屋を出る。その後について行くと、翡翠は天守閣のある階から、一つ下の階へと下りた。すると、廊下の端、突き当たりに、レトロなエレベーターがあった。外側はガラス扉、スライドさせると中は蛇腹の鉄格子の扉という、二重構造になっている。

「すごい……!」
(エレベーターがあったなんて、昨日は気づかなかった!)

 翡翠は、見たことのないエレベーターに驚く美桜を連れてカゴの中に入ると、扉を閉めた。カゴの中に取り付けられているレバーを引くと、エレベーターがゆっくりと下降を始める。

「私、こんなエレベーターに乗ったの初めて! 手動なんだね」

「現世にこういった昇降機はないのか?」

「あるけど、全然違うものだよ。ボタンを押したら動くの」

「俺には、その方がすごいと思うがな」
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