龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか

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二章 洋菓子作り

十一話 翡翠からの依頼

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 オーブンがピーと音を立てた。どうやら、パウンドケーキが焼き上がったようだ。  

「美桜、音が鳴ったぞ」

 待ちきれない様子の翡翠に笑みを向けて、美桜はオーブンの蓋を開けると、天板を取り出した。厨房一杯に甘い香りが広がる。パウンドケーキは綺麗に膨らんでいる。

「うん、焼けてる」

「いい匂ーい」

 ライがコンセントを離し、くんくんと鼻を動かした。
 注意をしながら熱々のパウンドケーキをケーキ型から取り出す。まだ柔らかいパウンドケーキを包丁で切り分け、

「翡翠、ライちゃん、味見をしてくれる?」

 お皿にのせ、翡翠とライに差し出した。皿を受け取った翡翠は、

「おっと、熱いな」

 と、言いながら手に取り、一口囓ると、

「ん、うまい。甘みの中の、レモンの爽やかさが良いな」

 と、感想を述べた。ライも目の前に置かれたパウンドケーキに齧り付き、

「ホントだ、おいしー!」

 ぱたぱたと二股に分かれた尻尾を振っている。
 美桜も火傷に気をつけながらパウンドケーキを口に運び、

「上手にできてる。良かった!」

 と、ほっとした。

「時間をおくと、バターが馴染んで、さらにおいしくなるの。……って、翡翠、もう二個目を食べてるの?」

 あっという間に一個目を食べ終えた翡翠が、二個目のパウンドケーキを頬張っていることに気づき、美桜は苦笑した。この調子だと、バターが馴染むまで置いておく分はなさそうだ。

「そういえば、そろそろプリンも蒸し上がっている頃かな」

 鍋の蓋を開けてみると、卵色のプリンが、ぷるんと固まっている。調理器を止め、

「プリンはしばらく冷やしておこう」

 美桜は、ひとりごちた。

「美桜、そちらの菓子もできたのか?」

 パウンドケーキに夢中になっていた翡翠が近づいて来て、鍋をのぞき込んだので、

「うん。でも、こっちのお菓子は冷えた方がおいしいから」

 と、言うと、翡翠は、

「そうか、今すぐは食べられないのか」

 と残念そうな顔をした。

「では、こちらの菓子をもう一つ……」

 翡翠が再びパウンドケーキに手を伸ばしたので、

「厨房を使わせてもらったお礼に、湖月さんや紬さん、木綿さん、それから、早雪さんと穂高さんにもあげたいから、翡翠はここまでね」

 美桜はやんわりとその腕を押さえた。

「むむっ……」

「後でプリンも食べられるし、パウンドケーキは明日も作るから、ね」

 不満そうな顔をした翡翠をなだめる。翡翠は、しぶしぶといった様子で頷いた後、

「では、明日の菓子も楽しみにしている。ところで、美桜。菓子店を開店させる日のことだが……」

 と、真面目な顔で美桜を見た。

「一ヶ月後後の創業祭に間に合わせたいと思っている」

「一ヶ月後!」 
 
 準備期間の短さに驚き、思わず大きな声を上げると、

「創業祭は、蒼天堂の一年に一度の大売り出しの日なのだ。その日に、美桜の店のお披露目ができたら、話題にもなって良いのではないかと考えている。……難しいか?」

 翡翠は、不安な表情を浮かべている美桜を見つめた。

(蒼天堂の一年に一度の大売り出しのイベント……。そんな重大な日にお店をオープンさせるなんて……。私はお菓子作りのプロではないし、準備期間も短いし、きっと無理……)

 自信が持てず俯いていると、翡翠が頭に手を置いた。

「難しいのであれば、他の日にしよう。美桜が、もう大丈夫だと思った時に、声をかけてくれ」

 優しい声で言われ、美桜の胸がツキッと痛む。

「そろそろ、湖月たちが厨房に来る頃だ。引き上げようか」

 美桜の頭をぽんと叩くと、翡翠は厨房の出口へと向かって行った。ライも立ち上がり、その後に続く。美桜は二人を見送ると、空になった食器を洗い、菓子を湖月たちの目につく場所に置き、厨房を後にした。 
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