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二章 洋菓子作り
十四話 市場
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通りをぶらぶらと歩いて行くと、一際、賑わっている場所に着いた。無秩序にテントが張られ、その下で、野菜や果物、スパイス、古着に雑貨と、ありとあらゆるものが売られている。
「わぁ! ここが市場ですか?」
美桜が歓声を上げると、湖月が美桜の手を取った。
「そうだよ。人が多いから、はぐれないように手を繋いで行くよ」
「果物がいっぱい! 桃に、ブドウに、スイカ……おいしそう!」
木箱に山盛りになっている果物を見て、思わず引き寄せられて行くと、
「味見してみるかい?」
頭に狸の耳の生えた女性が手早く商品の桃を切り、美桜に差し出した。
「いいのですか?」
「気に入ったら、買っておくれ」
「ありがとうございます」と礼を言って、桃を受け取る。口に入れると、じゅわっと果汁が広がり、甘くて美味だった。
「ショートケーキに使えるかな? 生クリームも買ってあるし。あっ、でもお金が……」
よく考えたら、美桜は無一文だった。しょんぼりと肩を落としている美桜を見て、湖月があははと笑い、財布を取り出した。
「心配おしでないよ。あたしが買ってあげるから。おかみさん、その桃を一籠おくれ」
「買ってもらうなんて、そんな……」
美桜は慌てて遠慮しようとしたが、湖月は、
「いいって、いいって。その代わり、そのしょぉとけぇきっていうのを作ったら、食べさせておくれ」
と、ひらひらと手を振った。
桃を手に入れ、さらに市場内を歩く。香ばしい香りが漂ってくる露店があり、近づいてみると、
「風船芋?」
不思議な名前の菓子を売っている店だった。蓑を身につけた男性が、鼻歌を歌いながら鍋で何かを揚げている。
「ああ、あれは、サツマイモの菓子だよ。茹でて練ったサツマイモに衣を付けて揚げてあるんだ」
「へええ……」
(スイートポテトと天ぷらの間みたいなお菓子かな?)
興味深く見ていると、
「油すましの旦那。一つおくれ」
湖月が素早く風船芋を購入した。
「はい、美桜」
紙に挟まれた風船芋を差し出され、美桜は、
「ありがとうございます。図々しいですけど、いただきます」
と受け取った。美桜の想像した通り、ほくほくとしたポテトにフリットのような衣がかかった菓子だ。万人に好かれそうな優しい味だった。
「お芋のお菓子、おいしいですね」
「でも、実はうちは油屋だよ」
油すましの旦那が、風船芋に舌鼓を打っている美桜に笑いかける。
「えっ、そうなんですか!」
「この風船芋は米油で揚げてあるよ。あとは、ごま油とか、大豆油とか、色々あるよ」
よく見ると、陳列された木箱の中に瓶が並べられていて、茶色や白色、金色の油が入れられている。
「米油はあたしも使ってるね。天ぷらがカラッと揚がるんだ」
湖月が瓶を手に取り「一つ買って帰ろうかな」などとつぶやいている。
(油か……。油を使うお菓子……あっ、シフォンケーキがあった!)
美桜は、ぽんと手を打った。
「今、何かを思いついただろう? 旦那、米油、一本おくれ」
「はいよ。まいどあり」
湖月が一升瓶と引き換えに、油すましの旦那にお金を渡す。
「しまった。袋を持ってくるべきだった」
片手に桃のカゴ、片手に一升瓶を抱えた湖月は、弱ったような顔をした。きょろきょろと周囲を見回した湖月は、
「あっちに雑貨屋があるね。安い袋でも買って来よう。美桜、ちょっとここで待っていて」
雑貨の露店を見つけ、美桜に手を振り、人の波の中へと入って行ってしまった。
「あっ、湖月さん……!」
油屋の前に取り残された美桜は、湖月を追うか迷ったものの、迷子になりそうな気がしたので、その場で帰りを待つことにした。すると、
「旦那、風船芋ちょうだい。持ち帰りで五個」
「こっちにもおくれ。十個」
にわかに客が増えてきた。
(ここにいると邪魔になっちゃう。油屋さんからあまり離れないようにして、人の少ない場所に移動しよう)
テントとテントの隙間を見つけ、移動しようとした時、大柄な男性にドンとぶつかられ、
「きゃあっ!」
美桜は自分の着物の裾に足を取られて、こけてしまった。
「いたた……」
咄嗟に手のひらをついて体を支えたので、手の皮がむけ、血が滲んでいる。しかも、下駄の鼻緒が切れてしまい、踏んだり蹴ったりだ。
「どうしよう」
立ち上がったものの、歩けないでいると、美桜を突き飛ばした男性が振り返り、慌てた様子で戻ってきた。
「ああ、すまねぇ、嬢ちゃん。大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
男性の頭には角が生えている。肌も赤いので、赤鬼なのかもしれない。いかめしい顔立ちに、やや怯みながら返事をすると、
「これはいけない。怪我をしているではないか。鼻緒も切れたのか?」
赤鬼の男性は、心配そうな顔をした。
「怪我はなめておけば治ります。下駄も……脱げば歩けますし、気にしないで下さい」
美桜は赤鬼に笑いかけたが、
「いかん、いかん。あちらで神水を売っている店があった。下駄も新しいものを買わせてくれ」
赤鬼は、美桜の体をひょいと片手で持ち上げ、肩に乗せると、歩き出した。
「お、鬼さん、私、人を待っていて……!」
慌てて止めたものの、店を探すのに集中している赤鬼の耳には入っていないようだ。
「神水、神水」
美桜は、赤鬼の肩から下りようとしたが、がっしりと足を掴まれているので、動けない。
「こ、湖月さ~ん……」
急いで周囲を見回し、名前を呼んだが、湖月の姿は見つけられなかった。
「わぁ! ここが市場ですか?」
美桜が歓声を上げると、湖月が美桜の手を取った。
「そうだよ。人が多いから、はぐれないように手を繋いで行くよ」
「果物がいっぱい! 桃に、ブドウに、スイカ……おいしそう!」
木箱に山盛りになっている果物を見て、思わず引き寄せられて行くと、
「味見してみるかい?」
頭に狸の耳の生えた女性が手早く商品の桃を切り、美桜に差し出した。
「いいのですか?」
「気に入ったら、買っておくれ」
「ありがとうございます」と礼を言って、桃を受け取る。口に入れると、じゅわっと果汁が広がり、甘くて美味だった。
「ショートケーキに使えるかな? 生クリームも買ってあるし。あっ、でもお金が……」
よく考えたら、美桜は無一文だった。しょんぼりと肩を落としている美桜を見て、湖月があははと笑い、財布を取り出した。
「心配おしでないよ。あたしが買ってあげるから。おかみさん、その桃を一籠おくれ」
「買ってもらうなんて、そんな……」
美桜は慌てて遠慮しようとしたが、湖月は、
「いいって、いいって。その代わり、そのしょぉとけぇきっていうのを作ったら、食べさせておくれ」
と、ひらひらと手を振った。
桃を手に入れ、さらに市場内を歩く。香ばしい香りが漂ってくる露店があり、近づいてみると、
「風船芋?」
不思議な名前の菓子を売っている店だった。蓑を身につけた男性が、鼻歌を歌いながら鍋で何かを揚げている。
「ああ、あれは、サツマイモの菓子だよ。茹でて練ったサツマイモに衣を付けて揚げてあるんだ」
「へええ……」
(スイートポテトと天ぷらの間みたいなお菓子かな?)
興味深く見ていると、
「油すましの旦那。一つおくれ」
湖月が素早く風船芋を購入した。
「はい、美桜」
紙に挟まれた風船芋を差し出され、美桜は、
「ありがとうございます。図々しいですけど、いただきます」
と受け取った。美桜の想像した通り、ほくほくとしたポテトにフリットのような衣がかかった菓子だ。万人に好かれそうな優しい味だった。
「お芋のお菓子、おいしいですね」
「でも、実はうちは油屋だよ」
油すましの旦那が、風船芋に舌鼓を打っている美桜に笑いかける。
「えっ、そうなんですか!」
「この風船芋は米油で揚げてあるよ。あとは、ごま油とか、大豆油とか、色々あるよ」
よく見ると、陳列された木箱の中に瓶が並べられていて、茶色や白色、金色の油が入れられている。
「米油はあたしも使ってるね。天ぷらがカラッと揚がるんだ」
湖月が瓶を手に取り「一つ買って帰ろうかな」などとつぶやいている。
(油か……。油を使うお菓子……あっ、シフォンケーキがあった!)
美桜は、ぽんと手を打った。
「今、何かを思いついただろう? 旦那、米油、一本おくれ」
「はいよ。まいどあり」
湖月が一升瓶と引き換えに、油すましの旦那にお金を渡す。
「しまった。袋を持ってくるべきだった」
片手に桃のカゴ、片手に一升瓶を抱えた湖月は、弱ったような顔をした。きょろきょろと周囲を見回した湖月は、
「あっちに雑貨屋があるね。安い袋でも買って来よう。美桜、ちょっとここで待っていて」
雑貨の露店を見つけ、美桜に手を振り、人の波の中へと入って行ってしまった。
「あっ、湖月さん……!」
油屋の前に取り残された美桜は、湖月を追うか迷ったものの、迷子になりそうな気がしたので、その場で帰りを待つことにした。すると、
「旦那、風船芋ちょうだい。持ち帰りで五個」
「こっちにもおくれ。十個」
にわかに客が増えてきた。
(ここにいると邪魔になっちゃう。油屋さんからあまり離れないようにして、人の少ない場所に移動しよう)
テントとテントの隙間を見つけ、移動しようとした時、大柄な男性にドンとぶつかられ、
「きゃあっ!」
美桜は自分の着物の裾に足を取られて、こけてしまった。
「いたた……」
咄嗟に手のひらをついて体を支えたので、手の皮がむけ、血が滲んでいる。しかも、下駄の鼻緒が切れてしまい、踏んだり蹴ったりだ。
「どうしよう」
立ち上がったものの、歩けないでいると、美桜を突き飛ばした男性が振り返り、慌てた様子で戻ってきた。
「ああ、すまねぇ、嬢ちゃん。大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
男性の頭には角が生えている。肌も赤いので、赤鬼なのかもしれない。いかめしい顔立ちに、やや怯みながら返事をすると、
「これはいけない。怪我をしているではないか。鼻緒も切れたのか?」
赤鬼の男性は、心配そうな顔をした。
「怪我はなめておけば治ります。下駄も……脱げば歩けますし、気にしないで下さい」
美桜は赤鬼に笑いかけたが、
「いかん、いかん。あちらで神水を売っている店があった。下駄も新しいものを買わせてくれ」
赤鬼は、美桜の体をひょいと片手で持ち上げ、肩に乗せると、歩き出した。
「お、鬼さん、私、人を待っていて……!」
慌てて止めたものの、店を探すのに集中している赤鬼の耳には入っていないようだ。
「神水、神水」
美桜は、赤鬼の肩から下りようとしたが、がっしりと足を掴まれているので、動けない。
「こ、湖月さ~ん……」
急いで周囲を見回し、名前を呼んだが、湖月の姿は見つけられなかった。
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