龍神様の婚約者、幽世のデパ地下で洋菓子店はじめました

卯月みか

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三章 婚約者

九話 美桜と穂高

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 桜の間を出て行き、階下の厨房へと向かう。
 すると、廊下の途中で穂高と行きあった。

「あっ、穂高さん」

「どうした? 龍神様たちと宴会中ではなかったか?」

 いつも通りの無愛想な顔で問いかけられ、美桜は、

「お酒が足りなくなったので、厨房に取りに行くところなんです」

 と答えた。

「なんだ、そうか」

「失礼します」

 会釈をして立ち去ろうとした美桜を、穂高が「待て」と引き留めた。

「俺も行こう。酒をしまってある場所が分からないだろう」

「大丈夫ですよ。探せば見つかると思います」

 断ったものの、穂高はいつになく強引に、

「いや。一緒に行った方が早いだろう」

 と、ついてくる。

「ありがとうございます」

 厚意をむげにもできず、美桜は穂高と連れだって歩き出した。

「…………」

「…………」

 相変わらず穂高は無表情のままで、二人の間には会話がない。

 厨房に着き、

「ええと、お酒、お酒……」

 美桜がうろうろと探し出すと、穂高がぽつりと、

「美桜」

 と名前を呼んだ。

「は、はいっ」

 穂高のめずらしい名前呼びに、美桜は声を裏返らせながら返事をする。すると、穂高は美桜の元へと近づいてきて、

「……お前、参ってはいないか」

 と問いかけた。

「……?」
(参って……ってどういう意味?)

 美桜がきょとんとすると、

「芙蓉様がいらして、落ち込んではいないか」

 穂高は真面目な顔で、もう一度そう尋ねた。

「あ……」

 美桜はそこでようやく理解した。穂高は、自分のことを心配してくれているのだ。

「大丈夫……ですよ」

 正直、翡翠と芙蓉が仲良くしているところを見ると、胸中は複雑だ。「翡翠は私のことを好きだと言ってくれたのに」という、うぬぼれの気持ちもわいてくる。そんな自分が嫌で、美桜は桜の間を出てきたのだった。
 弱々しく笑った美桜を見て、穂高が小さく溜め息をついた。

「翡翠様には芙蓉様がいらっしゃる。だからお前を認めないと言っただろう」

 そう言いつつも、穂高の言葉の中には、美桜に同情する響きがあった。

「翡翠は、私のことを好きだと言ってくれました。翡翠が芙蓉さんと結婚しても、許されるなら、そばにいたい。でも、きっと無理ですよね……」

 そうなったら、美桜は、身寄りのない幽世で、どこに行けばいいのだろう。

(神楽さんのところ……?)

 紅香堂でも、洋菓子店を開かせてもらえるだろうか。

「実は、神楽さんから、紅香堂へ来ないかと誘われています」

 正直に話すと、穂高が驚いた顔をした。

「行くのか?」

「お断りはしているのですが……」

 翡翠が芙蓉と結婚したら、美桜は蒼天城を出て行くべきだと分かっている。けれど、離れたくない。迷う美桜を見て、穂高が溜め息をついた。

「ならば、ここにいればいい」

「そんな簡単に言わないで……!」

 苦しい声を上げた美桜を、穂高がじっと見つめている。二人の間に沈黙が落ちた。
 穂高は美桜を翡翠の婚約者だと認めないと言った。けれど、今、美桜を心配してくれている。穂高の真意と、自分の気持ちが分からず、美桜は俯いて考え込んでいたが、

「大きな声をあげてごめんなさい。穂高さん。心配して下さってありがとうございます」

 と、頭を下げた。穂高が、

「いや……別にいい」

 と、首を振る。
 美桜は、ここへ来た目的を思い出し、

「あっ、お酒を探しに来たんでした」

 と、顔を上げた。

「確かお酒専用の冷蔵庫があったはず……」

 厨房の隅を探すと、

「あった!」

 ワインセラーのような冷蔵庫があった。扉を開けると、幾本かの瓶が入れられている。腰をかがめてそのうちの一本を取り上げ、立ち上がって振り返ろうとした時、

「きゃあっ」

 床の上で足を滑らせてしまった。油で、ぬめっていたのかもしれない。
 瓶が手から落ち、がちゃんと割れて、赤い果実酒が床に広がる。尻餅をつくはずだった美桜の体は、咄嗟に手を伸ばした穂高に抱き留められていた。

「す、すみません、穂高さん。ありがとうございます」

 細いと思っていたが、意外とがっしりしている腕の中で、美桜はどぎまぎと礼を言った。穂高が、

「掃除が行き届いていないな。明日、手配する」

 と、溜め息をつく。

 その時、厨房の入り口で、かたんと音がした。
 驚いて穂高から離れ、視線を向けてみると、芙蓉の姿があった。美桜が酒を持って帰るのが待ちきれなくて、やって来たのだろうか。美桜と穂高を見て、驚いた顔をしている。何か誤解をされたかもしれないと思い、美桜は慌てて、

「今のは私が足を滑らせたので……っ」

 と、説明をしようとしたが、芙蓉は唇を噛むと、泣き出しそうな顔をして去って行った。

(芙蓉さん……?)

 美桜は芙蓉の表情の意味が分からないままに穂高から距離を取り、

「あっ、床! 掃除しなきゃ」

 と、しゃがみこんだ。
 割れた瓶の破片を指で摘まみ上げようとした美桜を、「危ない」と言って、穂高が止める。

「掃除は俺がやっておく。あなたは酒を持って部屋に帰れ」

 新しい瓶を押しつけられたので、美桜は反射的に受け取ると、

「ありがとうございます」

  と、ぺこりと頭を下げた。
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