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四章 条件
五話 勇気を出して
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浅葱の部屋の近くまで戻り、スズナが、
「この先が浅葱様のお部屋よ」
と、廊下の先を指差した時、
「だからですね、父上! 俺は美桜と結婚すると……」
「くどい!」
浅葱と翡翠の言い争う声が聞こえてきた。
「婚約解消など、白蓮に申し訳が立たない。こういうことになるのなら、もっと早く結婚させておけば良かった」
「昔の恋にしがみつくなど、みっともないですよ、父上」
「……今、なんと言った?」
不穏な気配を察し、スズナが、
「あらあら」
と、口元に手を当てる。
「親子げんかをしているわ。いつも冷静沈着な翡翠が声を荒げるなんて、めずらしいこと」
そう言いながらも、どこか楽しそうだ。
美桜は一瞬、怖じ気づいたが、
「美桜ちゃん、大丈夫?」
スズナに顔をのぞき込まれ、
「はい、大丈夫です」
と、背筋を伸ばした。その時、
「スズナ様、失礼します」
背後から声が聞こえた。振り返ってみると、顔の一部に鱗のある男性が、スズナを呼んでいた。
「どうしたの?」
スズナが問いかけると、
「浅葱様にお客人が来られております」
名前を出すのが憚られるのか、男性は、ちらりと美桜を見た後、小声で伝えた。
「お客人?」
「はい」
「うーん、浅葱様は今、取り込み中だから、私が会うわ」
男性も、漏れ聞こえてくる浅葱の怒りの声に、びくびくしていたのだろう。ほっとした様子で、「お願い致します」と頭を下げた。
「じゃあね、美桜ちゃん。頑張ってね」
ひらひらと手を振り、男性を従えたスズナが去って行く。美桜は、
(よし! 行くぞ)
と気合いを入れると、廊下の先を目指して歩き出した。
「人間が龍穴に人柱を立てていた時代は終わりました。美桜は人間ですが、気立ての良い優しい子です。人間嫌いの蒼天城のあやかしたちともうまくやっています」
「人間は残酷な上、簡単に死ぬ。そのような相手を選ぶなど、正気の沙汰ではない。それに、その娘との間に子ができたら、どうするのだ。我が血筋は、統治者の血筋。青龍の一族の中に、純血でない龍を出すわけにはいかない」
「蒼天城には、元人間のあやかしも住んでおります。こちらの世界のものを食べ、こちらの世界の者と交われば、人であっても、あやかしへと変わっていきます。今、蒼天城にいる者は、既に二百歳を超えております。それに、子が純血であるとかそうでないとか、愛があれば関係ないでしょう?」
部屋から聞こえて来た会話に、美桜は息をのんだ。
(人間があやかしに変わる?)
そういえば芙蓉が穂高のことを「元人間のあやかし」だと言っていた。穂高は、まだ人柱を立てられていた時代に幽世に来た人間だ。普通の寿命ではないとは思っていたが、そういうことだったのかと、美桜は納得した。
(ということは、私もそのうちあやかしになるの?)
意外にも、美桜の中に不安や恐怖はなかった。あやかしになり、寿命が長くなれば、翡翠とずっと一緒にいられるという嬉しい気持ちの方が勝っている。
(私、本当に幽世が好きなんだ。もう、現世に未練はないんだ)
あらためて気づかされる。
「この先が浅葱様のお部屋よ」
と、廊下の先を指差した時、
「だからですね、父上! 俺は美桜と結婚すると……」
「くどい!」
浅葱と翡翠の言い争う声が聞こえてきた。
「婚約解消など、白蓮に申し訳が立たない。こういうことになるのなら、もっと早く結婚させておけば良かった」
「昔の恋にしがみつくなど、みっともないですよ、父上」
「……今、なんと言った?」
不穏な気配を察し、スズナが、
「あらあら」
と、口元に手を当てる。
「親子げんかをしているわ。いつも冷静沈着な翡翠が声を荒げるなんて、めずらしいこと」
そう言いながらも、どこか楽しそうだ。
美桜は一瞬、怖じ気づいたが、
「美桜ちゃん、大丈夫?」
スズナに顔をのぞき込まれ、
「はい、大丈夫です」
と、背筋を伸ばした。その時、
「スズナ様、失礼します」
背後から声が聞こえた。振り返ってみると、顔の一部に鱗のある男性が、スズナを呼んでいた。
「どうしたの?」
スズナが問いかけると、
「浅葱様にお客人が来られております」
名前を出すのが憚られるのか、男性は、ちらりと美桜を見た後、小声で伝えた。
「お客人?」
「はい」
「うーん、浅葱様は今、取り込み中だから、私が会うわ」
男性も、漏れ聞こえてくる浅葱の怒りの声に、びくびくしていたのだろう。ほっとした様子で、「お願い致します」と頭を下げた。
「じゃあね、美桜ちゃん。頑張ってね」
ひらひらと手を振り、男性を従えたスズナが去って行く。美桜は、
(よし! 行くぞ)
と気合いを入れると、廊下の先を目指して歩き出した。
「人間が龍穴に人柱を立てていた時代は終わりました。美桜は人間ですが、気立ての良い優しい子です。人間嫌いの蒼天城のあやかしたちともうまくやっています」
「人間は残酷な上、簡単に死ぬ。そのような相手を選ぶなど、正気の沙汰ではない。それに、その娘との間に子ができたら、どうするのだ。我が血筋は、統治者の血筋。青龍の一族の中に、純血でない龍を出すわけにはいかない」
「蒼天城には、元人間のあやかしも住んでおります。こちらの世界のものを食べ、こちらの世界の者と交われば、人であっても、あやかしへと変わっていきます。今、蒼天城にいる者は、既に二百歳を超えております。それに、子が純血であるとかそうでないとか、愛があれば関係ないでしょう?」
部屋から聞こえて来た会話に、美桜は息をのんだ。
(人間があやかしに変わる?)
そういえば芙蓉が穂高のことを「元人間のあやかし」だと言っていた。穂高は、まだ人柱を立てられていた時代に幽世に来た人間だ。普通の寿命ではないとは思っていたが、そういうことだったのかと、美桜は納得した。
(ということは、私もそのうちあやかしになるの?)
意外にも、美桜の中に不安や恐怖はなかった。あやかしになり、寿命が長くなれば、翡翠とずっと一緒にいられるという嬉しい気持ちの方が勝っている。
(私、本当に幽世が好きなんだ。もう、現世に未練はないんだ)
あらためて気づかされる。
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