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第1章 蒼い森の出会い
蒼の森を抜けて、君に還る
しおりを挟む王都から北へ3日。霧のように細かな魔力が舞い続ける《蒼い森》には、古い時代の魔法が今も息づいているといわれている。
その森の入口に、陽光の中で一際輝く銀の鎧があった。鎧の持ち主ーーテオドア・レオンハルトは、汗を拭いながら馬を降りた。
彼は王国でも名の知れた若き騎士で、快活で大胆、迷いがなく剣の腕も一流。しかし、その表情には珍しく不安が浮かんでいた。
ーー本当に、この森の奥に住んでいるのか……あの変わり者の魔術師が。
任務はたったひとつ。
森に潜む魔物の暴走を鎮めるため、ある魔術師を王都へ連れ帰ること。
だが、事前に聞いた話はどれも妙だった。
"顔は騎士様にそっくりでしたよ"
"けれど、性格は全く違って……静かでふんわりしてて……"
"人と距離をとる人で……好物は蜂蜜菓子……"
ーーそんな共通点があるか?とテオドアは半信半疑だった。第一、彼は自分と似た顔の男なんて見たことがない。
それでも森に1歩踏み出した瞬間、空気が変わった。しん、と静まり返っているのに、どこか温かい。揺らぎのような魔力が肌を撫で、木々が青く光って見える。
"ここは個人の結界の中ですよ"村人がそう言っていたのを思い出し、テオドアは息を呑む。たったひとりで、森全体に結界を張れる魔術師。それだけで只者ではない。
歩くことしばし、白い霧の向こうに、小さな家が見えた。丸い窓に蔦が絡まり、煙突からは淡い煙が立っている。近づくと不意に風が生まれ扉がひとりでに開いた。
「……誰?」
声は驚くほど柔らかかった。テオドアは、霧の奥から歩み出た人物を見て、言葉を失った。
ーー自分の姿がそこにあった。
いや、正確には"自分とよく似ている青年"がそこに立っていた。栗色の髪は少し長く、魔力で揺れているのかふわりと風に躍る。
瞳は青く澄み、どこまでも穏やかで、細身の身体にゆったりとしたローブをまとっている。
「あなたが……テオドア騎士?」
その声も、表情も、全てが柔らかい。テオドアは思わず構えていた剣を下ろした。
「お、お前が……セオドアか?」
青年ーーセオドア・イリスは、静かに微笑んだ。その微笑は、森の魔力よりも柔らかく、まるで世界の温度を1度上げたようだった。
「はじめまして。似ているって言われたかもしれないけど……どうだろうね。あなたの方が凛々しいよ」
「い、いや……そんなことは……」
騎士が言葉に詰まるのを見て、セオドアはクスリと笑う。その笑い方があまりに綺麗で、テオドアは胸の奥が少しザワつく。
ーーなんだ、この感じ……?
任務だ。落ち着け、と心の中で叱咤する。
「セオドア、森の魔物が暴走している。国王からの命だ。すぐに一緒に王都へーー」
「行かないよ」
穏やかな声色なのに、その拒絶は鋼のようだった。テオドアは一瞬言葉を失う。
「どういう意味だ。国王の命令だぞ」
「命令でも、理由が違うなら従わない。魔物が暴れているのは、誰かが森を乱しているから。僕はそれを止めるために、ここにいる。それだけ」
その瞳には確固たる意思があった。穏やかで優しげなのに、芯は強い。
テオドアは感じた。この男は強いと、物理的な意味だけではなく精神の奥が、誰よりも強い。
「王都に戻る気は、ないってわけか」
「あなたが帰りたいならどうぞ。でも僕はここに残るよ」
淡々とした言葉。しかし次の瞬間、セオドアはふっと視線を逸らした。
「本当は行きたいけどね」
「な、なんで?」
「人混みが苦手で。知らない人と話すのも。だから……あなたみたいに堂々とした人を見ると、ちょっと羨ましい」
そう言った瞬間だけ、セオドアは頬を少し赤らめていた。その表情は、魔術師であることを忘れてしまうほど人間的で、可愛らしくてーーテオドアの胸の奥が、強く跳ねた。
ーーやばい、なんだこれ。
仕事なのに。今まで、どんな姫に言い寄られても動じなかったのに。
たった一言で顔が熱くなるなんて。
「……と、とにかく、お前ひとりをここに置いて帰れるか。魔物が来たらどうする」
「大丈夫だよ。結界があるし、魔物なんてーー」
その時だった。地面がぐらりと揺れ、森の奥から獣の唸り声が響いた。セオドアは表情を変えず、だが手はすでに杖を握っていた。テオドアも剣を構える。
「……話は後だな」
「うん。あなたの背中を守らせてね?」
その言葉にテオドアの心臓がもう一度跳ねた。背中を預けるーーそれは騎士にとって最大の信頼の証。
「……俺の役目は、お前を守ることだろ」
それでも言い返すと、セオドアは静かに微笑んだ。「じゃあ、ふたりで守り合うってことで」ふたりは視線を交わす。似ているはずの顔なのに、どこか互いに足りない部分を補い合うようなーーそんな不思議な距離が生まれた。
そして次の瞬間、森の奥から巨大な影が飛び出す。騎士と魔術師。真反対で、だけど何故か惹かれ合うふたりの、最初の戦いが始まった。
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