15 / 22
第一章
第15話 教師と認めるべからず
しおりを挟む八代学園には音楽室が二つある。
本校舎にある全学科共通の第一音楽室と、芸能科棟にある芸能科専用の第二音楽室。
どちらも大きな音楽室だが、音楽関係を仕事としているまたは目指している学生が多い芸能科の方が設備が良く、より立派な造りとなっていた。
今回の呼び出し先にどちらかの指定はない。
けれども綿貫に呼ばれる時は決まって第二音楽室の方なので、今回も迷う余地なくそちらへ向かう。
芸能科棟に入るには棟入口の警備員の許可が必要となるが、夕方を過ぎて生徒がほとんどいなくなる時刻になれば必要な手続きが簡便になる。
警備員に行き先と目的、大まかな所要時間を伝えれば意外とあっさり通してくれるのだ。
「こんにちは。怠慢教師に呼ばれたので音楽室に行ってきます。そのうち戻ります」
「はは、また呼ばれたのかい? 気をつけていってらっしゃい」
都の場合は身内が芸能科にいるということもあり、また都と玲双方が行き来を容認しているため、わりと普段から簡単に通してもらえるのだ。
すでに顔見知りとなったおじいちゃん警備員に笑顔で見送られ、芸能科棟に足を踏み入れた。
過激なファンや追っかけ、悪質なストーカーなどの防犯のために施錠された教室を通り過ぎ、その奥に音楽室がある。
「先生、います?」
扉を開ければ、まずはポロローンとピアノの音に出迎えられた。
そのメロディが某コンビニの入店音だったことになんだか無性にイラッとした。
「お、待ってたぞ~」
「毎回呼び出さないでくれません? 今日部活あったんだから先生が来たほうが早いですよね」
「ダメダメ、ボクさっきまでかわいい生徒たちの自主練に付き合ってたんだから。こういうのって特別手当とか出ないのかなー? 有給休暇でも可。それならボクだってそれなりに頑張るしゲームだって買えるのに。…ふわぁ、昨日ボス討伐で徹夜しちゃったから眠くてしょうがねーや……あ、そうだ。雨宮ちょっと理事長のこと説き伏せてきてくんね? 報酬と休みくれって」
「うだうだ言ってないで働け怠慢教師が」
ピアノ椅子に座ってあくびをかます男に、遠慮なく冷たい視線を送らせてもらう。
「こんな大人が教師だなんて世も末ですね」
「おぉーい、せっかく顧問やってやってんのにヒドい言い草だな」
「だったら定期的に顔出してから言ってくれません? 久々に来たと思ったら茶をしばきながらゲームするだけじゃないですか。こちとら喫茶店じゃないんですよ」
「ボクだって君たちと遊びたいんだよ~」
なんて言いながら、ははは、と呑気に笑うこの男。
認めたくはないが、結構スゴいこの学園の音楽教師である。そして天文部の顧問でもある。認めたくはないが。
「それで、なんの用でしょう? 暗くなる前に早く帰りたいんですけど」
「そうだったそうだった。ちと待っててけろー」
要件を促せば準備室に入っていった綿貫。
ものの数秒で出てきたその手には数枚の紙と小さな箱が握られていた。
「はいコレ。こっちの書類は生徒会からな。部費に関するものだから、適当に書いて適当に提出しといてくれればオッケー」
「コレって前も出しませんでした? 部費の精査ってそんな頻繁にあるんでしょうか……」
「活動調査も兼ねてんでね? ほら~、君たちいつも楽しそうにハッスルしてんじゃん。クソ羨ましいから今度やるときは先生も呼んでくれな」
「なるほど、つまりは生徒会に活動実態を疑われていると……まったくもって面倒ですね。コレを提出したとしても連中ならまた定期的に難癖つけてくるでしょうし。今度会長サマのツラでも拝みにいってやろうかしら」
「あれ、ボクのお願いは無視? 呼べよ? ちゃんと呼ぶんだぞ?」
「書類の方はしかと承りました。もう用がないなら帰っても?」
「雨宮さ~、だんだんボクの扱い酷くなってなぁい?」
「そんなつもりはないですよ。初めから怠慢教師として扱ってます」
「ヒドっ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐアラサー音楽教師を無視して帰ろうとすれば、「ちょい待ちー」と間伸びした声に呼び止められた。
「……なんですか?」
「そんな嫌そうな顔しないでくれよ。ほい、コレもあげる」
書類と一緒に綿貫が持ってきていた小さな箱をポイっと放られ、咄嗟に受け取る。
重さはないが軽く振ってみるとコロコロと中から音がした。
「なんですか、これ」
「チョコレート」
「…ハロウィンもバレンタインもまだずっと先ですけど??」
「この前、ウィーンにいる知り合いからたくさん送られてきてさー。ボクひとりじゃ食べきれないからお裾分け。雨宮は特進科だし頭使うし糖分必要だろ? 勉強のお供にでもしてくださいなー」
「へぇ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
この教師はたまにこういうところがあるから憎めない。
中身はゲーム好きの怠慢教師なのだが、意外と面倒見がいいしよくお菓子をくれる。
果たして本当に貰い物なのかは知らないが、貰えるものなら貰っておこう精神の都はいつもありがたく受け取っていた。
(なーんか餌付けされてるような気もするけど……まあいいわ。甘いものは嫌いじゃないし)
書類はクリアファイルに挟みチョコレートの箱共々鞄にしまう。
ちなみに特進科棟も夕方以降は施錠され盗難や悪戯の被害に遭うことは滅多にないので、都はバリバリに置き勉をしている。だから鞄は意外と軽い。
というかそもそもタブレットを使用した授業も多いので、教科書とかノートとかの数はあまり多くはないけれど。
「ありがとうございました。失礼します」
「おー、気をつけて帰るんだぞ。……あ、今度部室に遊びにいくから茶菓子用意しとけよー!」
後半の台詞はまるっと聞き流して音楽室を出た。
せっかくほんの少しだけいい大人バロメーターが上がりかけていたのに、あっという間に元の位置に戻ってしまったではないか。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢だったので、身の振り方を考えたい。
しぎ
恋愛
カーティア・メラーニはある日、自分が悪役令嬢であることに気づいた。
断罪イベントまではあと数ヶ月、ヒロインへのざまぁ返しを計画…せずに、カーティアは大好きな読書を楽しみながら、修道院のパンフレットを取り寄せるのだった。悪役令嬢としての日々をカーティアがのんびり過ごしていると、不仲だったはずの婚約者との距離がだんだんおかしくなってきて…。
俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい
沢尻夏芽
恋愛
自他共に認める陰キャ・真城健康(まき・けんこう)は、高校入学前に宝くじで10億円を当てた。
それを知る、陽キャ幼馴染の白駒綾菜(しらこま・あやな)はどうも最近……。
『様子がおかしい』
※誤字脱字、設定上のミス等があれば、ぜひ教えてください。
現時点で1話に繋がる話は全て書き切っています。
他サイトでも掲載中。
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた
夏見ナイ
恋愛
平凡な大学生・藤堂蓮には忘れられない過去がある。高校時代、告白した幼馴染の星宮瑠奈に「アイドルになるから」とこっ酷くフラれたことだ。
数年後、瑠奈は国民的アイドル『LUNA』として輝いていた。遠い世界の住人になった彼女との再会なんて、あるはずもなかった――そう、変装した彼女が俺の前に現れ、「もう一度やり直したい」と泣きつくまでは。
トップアイドルの立場を使い強引に迫る元幼馴染と、過去の傷。揺れ動く俺の日常を照らしてくれたのは、俺の才能を信じてくれる後輩・朝霧陽葵の存在だった。
俺をフッた幼馴染か、俺を支える後輩か。過去の清算と未来の選択を描く、ほろ苦くも甘い、逆転ラブコメディ、開幕。
家から出ない女優の幼馴染を連れ出したら、いつの間にか伝説になっていた件。
Memu(メム)
恋愛
学校に行かない引きこもりの国民的女優――水宮小鞠。
女の子に間違われる地味男子――白雲凪。
俺に与えられた役目はひとつ。
彼女を、学校へ連れて行くこと。
騒動になれば退学。
体育祭までに通わせられなくても退学。
成功率ほぼゼロの無理ゲーだ。
距離は近い。
でも、心は遠い。
甘えてくるくせに、本音は隠す幼馴染。
それでも――
俺は彼女の手を引く。
退学リミット付き登校ミッションから始まる、
国民的スター幼馴染とのドタバタ青春ラブコメ、ここに開幕。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる